Dark & Light  〜10th Chapter〜

 

 

 

目の前にサラリとした金髪が揺れている。

身に着けているのは淡いグリーンのワンピースを着た少女。

 

「―――!!」

 

アスランは慌てて少女に追いつき、強引にその肩をつかんで振り向かせる。

 

「カガリ!!」

 

・・・だが振り向いた少女は、追い求める面影とは似ても似つかない少女。

「あの・・・何か?」

「いえ・・・すいません・・・人違いでした。」

 

うなだれるアスランに小首を傾げると、少女は人混みの中に消えていった。

 

 

 

―――(・・・カガリ・・・)

 






カガリがアスランの目の前から姿を消して、もう3日以上が過ぎていた。

 

その焦燥になりふり構わなくなっている自分に気が付く。

見れば両手を握り締め、手のひらは汗にまみれている。

どんな時にも冷静沈着。教団内でもその冷静さと判断力は誰の追随をも許さなかった自分が、今は一体どうだ。

この姿を見たらさぞかし滑稽と思われるだろう。

それでも今の姿を教団で曝し、何を言われようと、それ以上のものを失った今の自分に比べればましな方だ。

 

 

 





*        *        *

 

 

 





カガリを傷つけた―――

 

自分でも気がつかないうちに溢れ出していたカガリへの想いを、理性をも省みず押し付けようとしてしまった。

その結果、彼女が抱いていてくれた、純粋に自分に対し信じてくれている思いを裏切り、苦しめてしまった。

 

カガリはDarkとは思えないほど純粋だ。

真っ白・・・いや、透明といっていいほど、何者にも染められていない心を持つDark。

全てのものに素直に喜び、恐がり、驚き・・・。

自分に対しては全く鈍感なのに、他人に対しての心は凄く敏感に感じ取って。

きっとカガリは気が付いていないだろうが、いつの間にか彼女の周りに集まった人々は、彼女の純粋さと優しさに包まれている。

 




―――大事な・・・誰よりも大事な『温かい場所』―――『カガリ』

 







その唯一大事な場所が、目の前から忽然と姿を消した。

 






「カガリィィーーーーっ!!」

慌てて周囲を探したが、既に彼女の気配はなかった。

「クッ!」

光り輝く金髪の姿を追い求めてアスランは走った。

ロクに日も差し込まない、薄暗い森の中を、導いてくれる光を求めるようにして―――

 

だが、カガリの姿は見当たらなかった。

 




(カガリ・・・何も知らないカガリ・・・世間を・・・世界を知らないカガリ・・・今君はどこに―――)

 


ふと脳裏によぎるのは、カガリの泣き出しそうな、大きな金の瞳。

(何か怖い目にあっていないだろうか・・・お腹は空かせていないだろうか・・・)

心配ばかりが募り、あれだけ冴えていた冷静な判断を下す余裕は、今のアスランにはどこにもなかった。

 


(彼女を護ってやれるのは・・・)



そのとき、ふとひらめいた。


(―――!そうだ、ルーシエ!)


「カガリを護っている」といったルーシエ。そして自分を『主人』と呼んだルーシエ。


(ルーシエを召還すれば、カガリは―――!)

そう思った瞬間、翡翠の瞳をギュッと閉じ、一気に魔力を凝縮し、必死に念じる。




(―――来い!ルーシエ!!)

 

・・・だが、アスランの魔力に反応したのは、深い森の中の風の精霊が逆巻き、木々をざわめかせただけだった。

(!?どうして・・・)

フルに放った魔力に、あのルーシエが現れる時の様な、魔力を急激に吸い取られるような感覚がわかない。

(何故だ!?俺の使い魔といったのは、おまえ自身だろう!?)

再び魔力を凝縮する。しかしそれに呼応するように、森の中に住まうDark達に呼び水を与える形になってしまい、かえってアスランは予定外のDarkと戦闘状態に陥ってしまった。

「くそっ!」

戦闘を終えた体を、近くに流れていた小川の水に頭ごと<バシャ>と勢いよく沈め、ようやく冷静さを取り戻して考えた。

 

 




     『召還』―――

     普通Lightであれ、Darkであれ、召還する場合は彼らの住む異界との空間を捩じ曲げ、そこに自分の魔力を餌としてその場におびき寄せる、という形が常だ。

     アスランが魔力を振り絞れば、確かにそれを感じたカガリの中のルーシエは、「主人に呼ばれた」と思い、そこに駆けつける、という考えはあてはまる。

     しかし、アスランの場合、『決定的』に他のエクソシストの召還と違う点がある。

 

     



     アスランとルーシエの圧倒的な『力の差』。

 



     ルーシエは遥かにアスランの力をしのぐ魔力の持ち主だ。

     「従属した」―――とはいえ、「従属させた」訳ではない。

     力の強いDarkの場合、その気になればあるいは主人をも簡単に殺し、自由の身になるやからもいる。

     ましてやルーシエはカガリの中で、いつもカガリを見守っているという。

     あんな事をしてカガリを傷つけたアスランを、許しておくだろうか?

     それに召還したとして、ルーシエがここに来るとは限らず、あの魔力がどこかで発動してしまったっ場合、この世界の被害は甚大の一言では済まないだろう。

 





「一体・・・どうすれば・・・」

水で火照った体を冷やし、休めるように、その場に<ドスン>と腰を下ろす。

 

―――「大丈夫か?アスラン。少し休んだ方がいいぞ!」

 

隣でタオルを差し出しながら、アスランを迎えるカガリの明るい笑顔

 

「!?」

一瞬耳を掠めたような声に振り向いたが、その姿は翡翠の瞳に悲しい幻影を残し、暗闇に消えた。

「俺は・・・」

瞳の奥が熱くなる

 

 



       あの太陽の様な笑顔



   
      



       それだけで、何故十分ではなかったのだろう・・・

 

 





ふと涙が溢れそうになった顔を拭おうとしたそのとき

<カサ>

「?」

服の内ポケットからはみ出した、小さな紙片

 

そこには、固く緊張した、ちょっと怖がった面持ちで、アスランの服の片袖を握っているカガリと、その緊張を和らげようとしている、自然な笑みを浮かべる自分の写真。



―――「でも、これで今度アスランと離れ離れになっても、絶対探し出せるな!」

   
   そういって、あの時嬉しそうに写真を見ていた彼女



―――「お前が迷子になっても、絶対私がこれで見つけてやるからな!」




あの満面の笑みと言葉が脳裏に蘇る。

 

(そうだ。俺自身がカガリを見つけてやらなければ―――)

ルーシエを呼び出したとして、ルーシエが消えた後、意識を取り戻したカガリの前に、いきなり自分が立っていたら、彼女はどんなに驚くだろう。

只怖がらせるだけではない。それはカガリ自身が自分の中にルーシエというもう一人の、恐ろしいまでに強いDarkの人格を持っていることを説明しなければならない。

 

それだけではない。

 

何より・・・自分の力で懸命にキラを見つけようとしているカガリに対して、ルーシエの力をあてにしてカガリを見つけるというのは、なんとも誠意に欠けている気がした。

 

アスランは勢いよく立ち上がり、マントを羽織りなおす。

 

「・・・今度は、俺が君を見つけるから。俺自身の力で。」

 

 


     そして再び出会えたそのときには、ハッキリと口にしよう。

 






     「ゴメン。」と

 









     それから

 

 













    「どんなに愛しているか」ということを―――

 

 

 








*        *        *

 

 

 







「すいません。」

「ん、何だい?兄ちゃん。」

人のよさそうな男が、トラックの荷台からトマトを詰め込んだ木箱を担ぎながらアスランに視線を落とす。

「この女の子、見たことありませんか?」

既に端は破れかけ、皴のよった場所を懸命に伸ばした後の残る写真を、アスランは男に見せた。

「ほぉ・・・可愛い子じゃないか。兄ちゃんのアレかい?」

茶目っ気をもった声でウインクしながら囁く男に、思わずアスランは目を伏せる。

「いえ・・・そういうわけでは・・・」

自信を持って「そうだ。」と言えたら、どんなに嬉しいだろう。

だが彼女の気持をおびえさせた自分に、今堂々とそんなことを言える資格はないことが、アスランにとっては苦い痛みだ。

「ふ〜〜ん・・・こんな可愛い子だったら、見かけたら忘れやしないんだけれどな〜。」

「へぇ〜そんなこと考えてるのか、ジョバンニ。かみさんに言いつけるぞ。」

「うるせぃ!」

同じように野菜の積荷を下ろしていた男がチャチャを入れると、その場に一斉に笑が起こる。そしてジョバンニと呼ばれた男は、仲間内にも写真を見るように促した。

「確かに可愛い子だな。」

「あぁ、でも見たことないなぁ・・・。この街はそんなに大きくはないから、よそ者が入ってきたら気が付くと思うんだが。」

写真に向かって頭を寄せ合っていた男たちが顔を上げた。

「すまないな、兄ちゃん。お役に立てなくてよ。」

「いいんです。お仕事中にすいませんでした。」

深く礼をとり、背を向けて歩き出したアスランに、男たちは「頑張れよ!」と声をかける。

 

(明るい・・・いい人達だな・・・)

 

今まで自分を見ることだけで精一杯だった。

人に囲まれ、色々聞かれることは苦手で極力それを避けていた。

どうしても逃げられそうにないときは、メイリンがさりげなく、その場を引き取ってくれていた事に、すっかり慣れてしまっていたことに、改めて気が付く。

 

その殻をいとも簡単に破ってくれたのは・・・

 

(カガリ・・・君のおかげだな。)

 

そう思いながら、アスランは再び足を進めた。

 

 

 





*     *     *

 

 

 






「カガリを探す」―――

そう決めてから、アスランは写真を片手に人の集まるところへ幾度となく出掛け、情報を得ようとした。

Darkに襲われたとしたら、そのときはカガリを護る為ルーシエが出てくるはず。

そうしたら、アスラン自身何か自分の中の魔力の変化に気が付くはずだ。

今のところそれを感じない―――ということは、「あまりDarkの出現しない」=「教会のある街等にいる可能性が高い」、ということを推理した。

 

だが、当然それだけでは簡単に見つかるはずはない。

 

     アスランにとって、『カガリを探し出す為のポイント』は2つあった。

 

     1つは―――言うまでもなく『キラ』という人物。

     カガリは『キラ』を探す為に旅に出た訳だから、『キラ』を探し出せば、おのずとカガリと出会う確立は高くなる。

     だが、現実問題として、アスランにとって『キラ』という人物がどのくらいの年齢で、どんな風貌をしているのか全く知らないのが難点だ。

     あるとしたら『キラ』という名前そのものと、あのカガリが持っている『アミュレット』。

     あの特徴ある『アミュレット』が、『キラ』につながるのではないかとアスランは踏んだ。

 



     そしてもう2つ目のポイントは―――『ヘリオポリス』。

     多分どこかの国の街の名だろうが、カガリが無意識に『聖クサナギ教会』で口にした言葉。

     その『ヘリオポリス』にこそ、カガリに関する何かが見つかるのではないか。という一つの確信があった。

 

 

(そろそろ聞いてみるか。)

そう思い、アスランは電話ボックスの受話器を上げた。

 



<はい。『カーペンタリア教会』です。>

聞こえたのは聞きなれた幼さが残る、柔らかい声。

「ニコルか?」

<あ、アスラン!元気でしたか?中々連絡が来ないものだから、ちょっと心配していたんですよ。>

「すまない。ちょっと色々あって・・・。」

<そうですか・・・お疲れなんでしょうね。>

ニコルは賢い。きっと色々話したいこともあるのだろうが、言葉の調子からアスランの気落ちしたそれを察し、あえて触れないようにしている。それは今のアスランにとってありがたいことだった。

「ところで、先日の件なんだが―――」

<はい。あの『ヘリオポリス』という街の件ですね。>

そう、アスランはカガリが口にした『ヘリオポリス』という場所がどこかにないか、博識の高いニコルに捜索を打診していたのだった。

<申し訳ないのですが、どこを探しても『ヘリオポリス』という名は出てきませんでした。>

「そうか・・・」



カガリを見つけるポイントの一つ。だがその希望をアッサリ打ち砕かれて、アスランも声のトーンがいささか下がった。

だがそれを察したのか、ニコルはあえて声を明るく努め、話を続けた。

<でもですね、確かに『ヘリオポリス』という名前はないのですが・・・逆にそれが不思議なんです。>

「不思議・・・?」

アスランの疑問にニコルは更に続けた。

<えぇ。例えば昔戦争で滅ぼされた都市が、今名前を変えて新しい街の名前になった、という例は幾つかあるのですが、そういうものは歴史書を見れば大体載っているはずなんです。でもそれすらもない訳ですし、アスランの仰ったとおり、異界の街の名前にもありません。ですが、お役にたつかどうかわかりませんが、一つだけ見つけたことがあるんです。>

「それでもいい。何かつかめたのか?」

すがる思いのアスランの声に、ニコルはそれを感じとり、落ち着いた声で伝えた。

<・・・実は『ポリス』という部分に関してですが、この国のどこか分かりませんが、遠い昔、数箇所ほど『ポリス』と名のついた土地があったらしい―――というのを、ハルバートン神父から聞いたのです。>

「『ハルバートン神父』!? 今はもう退官されている元神官の!?」

<はい!もう退官された方とはお話できないことにはなっているのですが、ちょっとコネを使って聞きにいったんです。>

 


     ニコルのいう『コネ』・・・ニコルは有能な神父でありエクソシストだが、彼の名声にはもう一つ他に類を見ない『ピアノ奏者』としての実力があり、その演奏をひとたび
     聞けば天使も歌う、といわれるほどの腕前なのだ。

     ハルバートン神父は若き頃から無類の音楽好き、といわれている。

     
     多分「一曲お聞かせしますよ。」とでも言って喜ばせ、情報をつかみ出したのだろう。

 

笑いの篭ったニコルの声に、アスランは細い糸口をかろうじて掴んだ思いだった。

<ただし・・・ここからは先は「極秘情報だ」といって、聞かせてはもらえなかったんですが・・・。何でも『神官クラス』でないと見られない情報だという事で。きっと教団のどこかに資料があるとは思うのですが、そこまでは僕の力では・・・>

「いや、十分だ。本当にありがとう、ニコル。」

アスランのいたわりの篭った声に、ニコルはクスクスと笑い出した。

「?何かおかしかったか?」

<いえ、ただ・・・>

ニコルは受話器の向こうに微笑を浮かべて言った。

<アスラン、なんか感情が豊かになったなって感じがしまして・・・。いえ、悪い意味じゃなくって、何と例えたらいいのか・・・。そう!以前はお礼の言葉であっても『丁寧』ではありましたけれど、どこか儀礼的な感じがしたんですが、今は『心の中から素直な感情が湧き出たような』って感じがして・・・>

 

 

 




*        *        *

 

 

 




「『遠い昔』・・・『ポリス』・・・」

歩きながら、口の中でアスランはニコルの言葉を復唱した。

確かにあの『聖クサナギ教会』にあったレリーフはかなり昔のものだという印象はあった。

 

「だが・・・」

 

そうなると疑問は残る。

 

そんな昔の・・・そして『Z.A.F.T.』でも、神官クラス以上しか知らない情報を、何故カガリは知っていたのだろうか・・・?

 

「・・・いってみるか。」

 

『行き先に詰まったら始まりに戻れ』―――

 

もう一度見直すべく、アスランは『聖クサナギ教会』へと足を進めた。

 

 

 

・・・to be Continued.

 

 

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>カガリたんがいなくなった痛手を抱えつつも、ようやく自分自身の力で立ち上がったアスランです。

 正直彼ってあまり挫折を知らない人だと思うのです。だから『種』でもあっちこっちで始めて直面した自分の置かれた現状とか、知らないことにぶつかる度ヘタレる、カガリ曰く「危なっかしい」人になるのかな、と。

 これからアスランの本当の戦いが始まってきます(予定)。

 アスランには是非色んなことをきっかけにして、強くなっていって欲しいですね。

 

 ・・・にしても、なんなんだ、このいよーな話の長さは・・・(−△−;

 最初のプロットでは全12話のはずだったのに・・・全然終わりに近づかない!煤i−0−;

 

 と、とりあえず、がんばりますわ^^;