Dark & Light  〜The 1st.Chapter〜

 

 

 

<カラーン、カラーン・・・>

 

穏やかな日曜日の朝、小さな町の外れにある小さな教会から鐘の音が響く。

しかし、その鐘の音が聴こえる以前に、既に教会の中は、賑やかな町中とは全く別の厳粛な空気が流れていた。

小声で談笑する人々。が、「とある人物」の登場に一斉におしゃべりが止み、人々は頭を垂れる。

 

「とある人物」―――

年格好からして10代後半から20代前半・・・といったところだろうか。

真っ直ぐに姿勢を伸ばし、祭壇に上がる。

黒い衣装に身を包み、経典を片手に静かに人々の前に立つ。

 

「おはようございます。それでは本日の礼拝をはじめます。」

頭を垂れていた人々が頭を上げ、その人物に視線を向ける。

 

濃紺の肩口までに伸びた髪。

発する言葉は穏やかで、しかしその中にも冷静さをうかがえる。

そして見つめる瞳はどこまでも優しげに透き通った翡翠の色。

端整な顔立ちに浮かぶ穏やかな微笑みは、まるで神がそのまま目の前に現れたような錯覚さえ覚えされる。

 

普通ならまだ『学校』に通っている学生かと思われるだろう。

最初、「この人物」がこの町の教会に赴任してきたとき、町中の人々は「こんな若造に人々の救済が出来るものか」と鼻で笑ったが、その隙のない堂々たる姿と優しき説法に、今ではすっかり誰もが心酔している。

 

「では本日も賛美歌『イエレの福音』から。」




青年の声に教会のオルガンの音が流れると、人々は静かに歌い始めた。

 

 

 

 




ここは『ディオキア』と呼ばれる小さな町。

その町の教会にこの歳若い神父―――『アスラン・ザラ』が派遣されてもう3年目になろうとしていた。

人々の輪の中に自ら飛び込むような明るさと積極性には少々欠けるものの、この『ディオキア』では人々は確実に彼の力を認め、受け入れた。

 

 

・・・特に「この手」の連中には・・・

 

 

「アスラン様っ!!今日のお話も素敵でした!!」

「この後、私の懺悔を聞いていただけますか!?」

「なによっ!私が先よっ!!」

「私のほうが先週から予約していたんだから!!」

 

アスランの人望、そしてその端整な顔立ちと優美な身のこなし・・・

これが普段なら「日曜の朝っぱらから教会!?」と、行くのも面倒くさがる、あまり信心深くない若い女性のハートを刺激するらしいのだ。

 

「申し訳ありません。この後は子供たちの『日曜学校』がありますので・・・。」

決まりきった言葉だが、少し戸惑うように説明するアスラン。

花の乙女達に言わせれば、普段は完璧なアスランが私事の話になると上手く説明できない・・・その言葉尻の不器用ささえ魅力的なのだ。

 

「はい!申し訳ありませんが、神父様はこの後のご予定が詰まっておりますので、早々にお引き取りくださいっ!!」

 先ほどまでオルガンを弾いていた、ツインテールの赤い髪の少女が群がる女性をアスランから引き剥がし、無理やり教会の外へと追いやった。

 








「・・・すまないな。メイリン。」

困ったように微笑を浮かべ、少女に礼を言うアスラン。

その微笑を見て頬を赤らめたメイリンは、頬がますます赤くなるのを隠すように早口で言った。

「ダメですよ!アスラン様はいつも優しすぎますから。確かに『神にお仕えする身』ですから、平等に聞いてあげなきゃいけないって思われるかも知れませんが、ああいった『煩悩の塊』みたいな人達にはしっかりとお説教しなきゃ!!」

 

(『煩悩』か・・・確か東洋のほうで、新しい年になる前に鐘をつき、108つの煩悩を祓わなきゃいけない・・・という物があったが、108つじゃ足りないだろうな・・・)

 

クスクスと笑うアスランに、メイリンはテキパキとオルガンの楽譜を片付けた。

「次の準備に取り掛かりますね。」

そう告げるメイリンに、アスランは穏やかに礼を言った。

「いつも助かるよ。どうにも俺は『音楽』のセンスはないらしくって。」

 

神父―――神父になるには『神学校』では賛美歌も当然歌うはず。しかしながら『完璧』と思われるアスランにも、たった一つ『音痴』という欠点があるらしく、その為賛美歌はいつも聞き取れるか!?・・・と言ったくらい小さな声でしか歌わない。

そんなだから、当然楽器の類も苦手なのだ。

 



『完璧』なアスランのたった一つの欠点―――

それを知っているのは自分だけ・・・

 



そんな特権を持っていることが、メイリンにとってはあのアスランに群がる女性達に対しての大いなる自慢である。

 


「それに・・・」

アスランに視線を合わせられず、俯きながら楽譜を<トントン>と机の上で整えながら、メイリンは口ずさむ。

「・・・私には『アスラン様』や『お姉ちゃん』みたいな『能力』はないですし・・・。頑張ってみたけれど『Cクラス』にしかなれなかったし・・・。」

そんなメイリンにアスランは言葉を紡ぐ。

「そんなことで人の価値が決まるわけじゃない。神は誰にでも平等だ。メイリンにしか出来ないことだってあるだろう? 現にこうして俺の出来ないことを君はしっかりやってくれている。それは素晴らしいことじゃないか。・・・まぁこんな俺の手伝いなんて申し訳ないけれど・・・。」




―――あの『アスラン様』から謙遜な言葉を頂くなんて!!




メイリンは慌てて首を振った。

「そ、そんなことないです!!私だってアスラン様のお傍にいられて、こうしてお手伝いできるだけで、すっごく幸せです!!」

真っ赤な頬で懸命に訴えるメイリン。

「・・・ありがとう・・・。」

普段物静かで、殆ど自分から話そうとはしないアスラン様から、そんなお礼の言葉を頂けるなんて―――!!






メイリンは先ほどまでアスランに群がっていた女性達に、今の言葉を録音し、聞かせてやりたい気分だった。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

「はぁー・・・。」

祭壇から教会内の自室に戻ったアスランが、<バサッ>と机の上に『経典』を置き、ソファーに座って背伸びをしていると、遠くで電話のなる音が聞こえ、その音が聞こえなくなると同時にメイリンの「はい・・・。」と言う言葉が聞こえた。

いつもメイリンには助手代わりになってもらってばかりだ。

確かに『Cクラス』の『任務』の中には『助手』ということも入っていたが、役目とはいえ、自分にこだわらず、もっといい神父の傍にいるか、いっそのこと『教団』から退団して普通の女性として生きた方が幸せなのではないか・・・?と思う。

自分の傍に至って幸せになどなれないだろう。

 

 

・・・そう・・・特に『上級任務』の『指令』がでれば、この命だって何時尽きるか・・・

 

 

そんなことをボンヤリと考えていると、廊下を<パタパタ>と走る音が聞こえ、そしてメイリンがアスランの自室のドアをノックする音とともに、声が聞こえた。

「アスラン様、『本部』から連絡です!それも『神官様』から直接です!!」

「『神官』・・・デュランダル様から直々に?」

急いで受話器を取ると、いつものように穏やかながら深みのある声が聴こえた。

<やぁ、日曜礼拝の後で忙しいと思うが、すまないね。アスラン。>

「ご無沙汰しております。『神官、デュランダル様』」

<まぁそんな堅くならずに。・・・実はちょっと困ったことになってしまってね。>

どんなに急ぎの件でも、その穏やかな声はいつも変わらない。まぁそのくらいの威厳と堂々とした態度でなければ『神官』など勤まらないだろうが。

<君のいる『ディオキア』からさほど離れていないところに『セリア』という村があるのだが、聞いたことはあるかね?>

「えぇ・・・この町でも、その村で取れた農作物を売っている商人もおりますから。」

<その『セリア』付近の森に大量の『妖樹:オードリー』が大発生しているようでね。・・・『Aクラス』を3人ほど派遣したのだが、緊急の連絡で今、『オードリー』が村中にまで迫ってくる勢いだそうで、応援の要請が村から出ているのだよ。>

「『オードリー』・・・『E級以下クラス』の『妖樹』なら、『Aクラス』が3人もいれば十分でしょう。」

<確かに我々とても人手が足りぬゆえ、そうしてもらいたいところなのだが・・・>

デュランダルの声色が低くなった。相当考えた故の結果、自分を派遣することを決めたのだろう。

「・・・わかりました。早急にこのまま『セリア』へ向かいます。」

<そうしてくれるか。いや、本当にすまないね、アスラン。>

「いえ。どの道これで村中にまで被害が及ぶことになれば、わが町に住まう人々も困るでしょうし、何より我々『教団』の恥にもなりますから。信用を失墜しない為にも向かわせていただきます。」

 

電話の向こうでデュランダルの頷きを感じ取り、アスランは受話器を置いた。

 

 

 




「今すぐ・・・にですか!?」

傍で聞いていたらしいメイリンが、困ったような表情でアスランを見つめる。

「仕方がない。直ぐそこまで危機が迫っているのであれば、それを倒すのが『俺たちの役目』だ。」

凛とした表情でアスランはメイリンに言った。

「メイリン。本当にすまないが『日曜学校』の方は君が行なってくれないか?」

「えぇっ!? 私が・・・ですか!?」

胸元で両手を握り締め、オロオロするメイリンにアスランは優しく言う。

「大丈夫。『エクソシストの不在の間、教会を守る』のも『助手』の務めの一つだろ? それに―――」

アスランは笑顔を向ける。

 




「・・・俺、実は『子どもの相手』も苦手なんだ。」

 

 

 

*        *        *

 

 

 

「くっそーっ!! こんのぉぉぉーーーーっ!!『エレクトリカル・ファイガ!!』」

黒髪の少年が手の上に自分の瞳と同じ色の『紅蓮の炎』を作り出すと、それをそのまま妖樹に向け発射する。

<ギャァ・・・グギギギギ・・・・・・>

悲鳴をあげて妖樹が炎を浴びて燃え上がる。

しかし、灰になろうとした刹那―――<パンパン!>と房の中から野球ボールほどの種を5、6個打ち出し、燃え尽きると、今度はその種からあっという間に先ほどと同じ大きさの妖樹育ちあがった。

 

『妖樹:オードリー』・・・

成長すると全長3,4メートルに達する『樹木の形をした魔族』

地に付いた根は、地中に潜ってそこから栄養や水分を取る普通の木とは違い、足となって移動する。

葉のような触手は太陽を求めるそれとは違い、獲物を捕らえるためにある。そして根からとる栄養の代わりに、頭になっている一見巨大な薔薇のような花びらの奥には大きな口があり、鋭い牙がついている。

普段は人里離れた森林の奥深くに単体で生息して、森の中の動物を食べているが、稀に人里に現れては家畜、ひいては人間をも食いあげ、その栄養の糧とする、恐ろしい妖樹である。

普段は単体行動のはずの『オードリー』が、群れをなし、大きな口からよだれを垂らし、よだれが地面に落ちるたび<ジュッ>という音をたて、地面が焼ける。つまり強力な『酸』であり、それに触れることがどんなことか、という危険は説明がなくとも重々わかる。

 

「もう、シンってば!!さっきっから言ってるでしょう!!『オードリー』は確かに『妖樹』だけれど、他の『妖樹』とは違って、『高温』になると『種を発芽させる』性質があるから、絶対『炎で攻撃しちゃダメだ』って!!ちゃんと『アカデミー』で習ったじゃない!!」

どことなくメイリンに似た―――だが赤い髪は短く、修道服でありながら戦闘用にしているのか、全身黒装束にミニスカートの少女が、黒髪の少年に檄を飛ばす。

「そんなこと分かってるよ、ルナ!でも俺がもっと高温で燃やせば、種ごと燃えるんじゃないかって、さっきから実験しているんだよ!!」

「実験っていったて、もう何回やっているのよ!いい加減現実を見つめなさいよっ!!」

『ルナ』と呼ばれた少女が、『シン』と呼んだ少年に叫ぶと、後ろから冷静な声が上がった。

「シン、ルナマリア、いい加減にしろ。このままだと『セリア』の村に入られるぞ。」

長い金髪に冷静な瞳の青年・・・『レイ・ザ・バレル』が2人に叫んだ。

 

『神・悪魔』が時折混在するこの世界。

特に人に害を与えるような『悪魔』の類を退治できる、特別な能力を持った者が人間の中に存在する。

その能力を持つものを『エクソシスト』と人は名づけた。

その『エクソシスト』を養成する『アカデミー』を卒業し、『対悪魔要員』として『エクソシスト』を組織化したのが『Z.A.F.T.』と呼ばれる『戦闘教団』だ。

普段は『神の恵みを受けし者』・・・『メシアン』と呼ばれる『救済者』が現れることを祈り、神を崇拝する神父や修道女として、穏やかな生活を送っている。

 

しかしそれは『表の姿』・・・

 

こうして実際悪魔の類が人界に危険をもたらす危険が発生したときは、表の顔を隠し、悪魔を倒す『エクソシスト』へと豹変するのだった。

 

 

 

先ほどから『炎魔術』で敵を退治しようとしている少年―――『シン・アスカ』

その『シン』を諌めている少女は、アスランの助手をしているメイリンの姉―――『ルナマリア・ホーク』

そして冷静に状況判断を促している長い金髪の青年―――『レイ・ザ・バレル』

彼らはいずれも『アカデミー』を優秀な成績で卒業し、『Z.A.F.T.』に入ってからも、その実力を遺憾なく発揮し、『Z.A.F.T.』内でも『エクソシスト・ランク』では『Aランク』という、非常に高い位置にいる。

ランクが高ければ高いほど、当然強力な悪魔と戦う確率は高くなる。

だからこの『オードリー』―――『E級以下レベル』の妖樹など、一人でも簡単に退治できる能力はそろっているはずなのだが・・・

 

 

 

「もう!シンがあんな事するから、余計に増えちゃったじゃないのよ!! 『アカデミー』の『悪魔生態学』の授業でちゃんと習ったじゃない。「妖樹は確かに火に弱い属性だけど、『オードリー』は発芽するから炎系の魔術は使うな」って!」

「そんなの解ってるよ!ルナも説教ばかりしてないで、一匹でも早く倒していけよな!」

「もぅ!誰のせいだと思っているのよ!!」

「二人ともいい加減にしろ!もう村まで数百メートルしか残っていないぞ!!」

普段声を荒げないレイの声にシンとルナマリアが振り向くと、レイは既に村中に結界を張っていた。レイお得意の『結界魔法』だ。

「いくら俺が結界を張る『防御魔法』に通じているとはいえ、これだけの大きな妖樹に押し切られたら、妖気だけじゃなく質量でもそう長くは持たない。俺が少しでも防ぎきっている間、一匹でも退治していけ!」

レイの声に二人は我に帰ると一気に腰の剣を抜き、『オードリー』に切りかかった。

「こんのぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「えぇいっ!!」

<グギャァーーーーっ!!>

足となっている根と手のようにつかみ出す触手を切り落とし、『オードリー』の動きを封じていく2人。

しかし、村への侵入は既に時間の問題となっていた!

 

「くっそぉぉーーーーーーーーーーーっ!!ここまでなのかよ!?」

表情を軋ませるシン。

 

だが次の瞬間

 

<ゴォォォーーーーーーーーーーーッ>

 

大きな何かが迫ってくる気配。

それは『オードリー』の群れの方からではない。

それとは逆の・・・『村の中』から迫ってくる、とてつもなく強い―――『気』

 

「何っ!?」

 

思わず蒼白な表情から驚き、目を見開いて背後を振り返るレイ。そしてシンとルナマリア。

 

<バリン・・・>

 

レイの『結界魔法』がいとも簡単に割られた瞬間、3人の心に絶望という名の予感が走った。

 

 

                                        ・・・to  be  Continue.

 

 

 

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>さぁ、何だかまたもや始まってしまいました!!『お約束』のかずりん様との「コラボ」新シリーズ第一話!
 といっても、相変わらずエセ・・・というかホラというか、サギというか・・・なお話になりそうですが、是非是非かずりん様ファンの皆さん、イラストを楽しみに見てくださいね!(・・・と言ってNamiは逃げます)


 
※今回のお話はちょっと複雑な世界観になっております。もしこの続きも読んでみたい・・・という方がいらっしゃいましたら、是非一度『SET UP』にお目通しいただけると嬉しいですv