Cobalt blue

 

 

 

「…………」

 

急に瞼に感じた明るさに、そっと目を開けて見た。

 

―――そこは、まだ暗闇に覆われた世界―――

 

(…まだ朝じゃなかったんだ…)

 

そう思いながらゆっくりと目を見開いていくと、暗い部屋にひときわ明るく差し込む光は―――『月』

雲に隠れていた月明かりが雲を抜け、この漆黒の部屋に柔らかい光をもたらしている。

 

(そうか…月の光で目が冴えたんだ…)

 

ボンヤリと目を開けた直ぐ目の前には、月明かりで眠っているベッドのシーツしわの影に、『コバルト・ブルー』の影を落としている。

 

(…まるで『水たまり』みたいだ…)

 

光がもたらす『影』は、黒や灰色の『モノトーン』ばかりだと思っていた。

でも、今夜の月明りは、優しく包み込まれるような青さを湛えている。

そっとその『コバルト』の溜まりに手を伸ばしてみれば、当然水の感触などなく、瞬く間にしわを伸ばし、その青い影を消してゆく。

 


原色の多い『オーブ』の中に現れる、優しい『青』―――



この色が大好きになったのは、一体何時からだろう…?

 



「……。」

 

首に回された腕を動かさないように、そっと寝返りを打つ振りをする。

目の前には…日の光の元なら『Dark() Blue()』の色を呈する髪をした青年の寝顔。

しかし、月に照らされたその髪は更に明るい青さを増し、『コバルト・ブルー』の輝きを湛えている。

直ぐ目の前の青年は、安らかな寝息をたて、無防備な寝顔を曝している。

 

「…綺麗だよな…やっぱり…」

 

彼は『コーディネーター』なのだから、普段から端正な顔立ちをしているのは当たり前なのだが、でもこうして見つめていると、本当に綺麗に見える。

 


(…そういえば、以前、マユラ達が話してたっけ…)

 

 

 

      
         「ねぇ!聞いて聞いて!」

      頬を真っ赤にしながら、普段よりトーンの高い声で、マユラが喋りだす。

      

「何々!?まさか、彼氏となんかあったの!?」

      「教えなさいよ!まさかここまで来て「やっぱりや〜めた!」なんてオチはないでしょ!?」

      ジュリとアサギがキャンキャン言いながら、マユラに詰め寄ってた。

      

      マユラは「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに喋りだした。

      「あのね。彼の部屋に遊びに行っちゃったの!」

      「キャァ〜〜〜vvそれでそれで!?」

      「まさか・・・『しちゃったv』とか!?キャァ〜〜〜vv」

      ジュリもアサギも頬に手をあて、興奮して聞いた。

      「残念!まだそこまではいっていないんだけど…彼ったらね…」

      「「うんうん!」」

      「一緒に部屋で映画見てたら、私の肩に寄りかかって、スースー寝ちゃったの!!」

      「「キャァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!可愛いっ!!」」

 

      既にハイテンションの3人についていけず、私が別の仕事に手をつけていたら、急にジュリが私に振った。

      「ねぇ!カガリ様っ!!凄い羨ましくありませんか!?」

      その瞳の中はまるで星が光っているかのように、キラキラと甘い意見を求めている。

      「…男だって疲れりゃ寝るだろ? 別に騒ぐほどの事じゃないだろ?」

      呆れて返事する私に、アサギが更に耳に劈くようなハイテンションで言った。

      「だって〜、大好きな人が、『自分の目の前で眠っちゃった』ってことは、凄〜〜〜く『安心してる』ってことでしょ?」

      「そうそう!『安心して甘えてくれてるんだ』って思うと、もう可愛い可愛くって、『愛情係数100%』越えちゃいましたよ!!」

      マユラが目を閉じて話すと、ジュリもアサギも「「羨ましい〜〜vv」」と普段より3オクターブ高いんじゃないか・・・という
           声で話す。

      「それに、もし自分の前で『涙』なんて見せられちゃったら!!」

      「「いやぁ〜〜〜ん!!もう最高!!」」

      黄色い悲鳴はもう止まらない。

      エリカがいれば止めてくれるんだろうけれど、あいにく休憩時間には外に出ているのか、3人娘の暴走を止める手立ては無い。

 

      「…何言ってるんだ、お前ら。男だって苦しい時とか痛い時とか、泣く事ぐらいあるだろ?」

      ウンザリしている私に、マユラが<チッチッチ!>と立てた指を横に振りながら言った。

      「男だったら、普通彼女の前でなんか涙見せませんよ!」

      「だってやっぱり『男の沽券』に関わるし。」

      「格好つけたいし。」

      ジュリもアサギもマユラに加勢するかのごとく、連続攻撃を喰らった。

      「だから!そんな彼が自分の前で『涙』なんて見せられたら、『甘えてくれるんだ』って、もう母性本能擽られまくりですよ!!」

      私がまだキョトンとしていると、マユラは得意げに言った。

      「カガリ様は、まだまだ『お子様』だから判らないでしょうけど♪」

      「何を――っ!!」

      反駁した私をそっとジュリが自信に満ちた声で言った。

 

      

           「カガリ様もいつか『恋』をすれば、きっとわかりますよ。」

 

 

 






「…『恋』…か…」


少し溜息混じりに呟く。

確かに今の私にとって、誰よりも大事な者は『オーブ国民』だが、『特別な人』と言われたら、今、目の前で眠っている『彼』だろう。



「でも…」



確かにアサギ達が言うような『恋人同士』の関係にあると思うが、私の場合どうしても何処か違う。

大体アスランとは既に『出会った時』にカニのことで『笑われ』、降下したばかりの休息時間がないとかで、まだ敵のはずの私の前で堂々と『眠った』し。挙句「キラを殺した。」との言葉に『涙』まで私に見せたのだから。

アサギ達が言っていた『燃え上がる恋の順番』というのとは全く違う。

普通の男性なら『見せない甘さ』というのを、最初から見せてるんだから…。

 


あの頃から私を敵とも見ずに、全てを曝け出したアスラン。

最初、私は舐められていたのかとも思ったけれど…。

 


「あの時から…私は『甘えられる存在』になっていたのかな…?」

 



静かな寝息はまだ続いている。

あの頃と比べたら、幼さは消えているけれど、こうして大人になってみても、端整な顔立ちの中に少しだけ少年のときと同じ表情が現れていて、少し可愛いな…とも思ってしまう。

 

頬に落ちている『コバルト・ブルー』の髪を静かにはらってやりながら、まだ暫くその寝顔に見入る。

そして先の大戦――あの頃を反芻しながら、そっと私は思う。

 

あの頃と違うのは、2人共『国を背負う重責』を持ったから。

あの頃のように、私は甘えてなんていられない。

国家元首――国の代表たる私が甘えた顔なんて見せる訳にはいかない。

只でさえ「幾ら『オーブの獅子』の娘でも、女性に政治なんて出来る訳が無い。」と影で叩かれているのは判っているのだから。

昼間の気を張った政治活動を続ける私。そして恒久の平和を預る『オーブ軍』の准将の『アスラン』。

アスランだって嘗ての大戦の『戦犯の息子』という重圧を肩に背負ったまま、それでも友人や知人の多い『プラント』ではなく、この『オーブ』に尽くしてくれているのだ。その精神力も体力もこれまでにない程大きな負担を抱えているのだ。



(…『私のため』…に?)



思い上がりはしないように勤めているつもりだが、それでも少しでもアスランの心も身体も癒せるように、甘えさせてやりたい。

だけど、実際にはこうしてアスランを求め、その胸に抱かれて眠る―――私の方が勝手気ままにアスランに甘えている。



「…なぁ、アスラン…ごめんな。私いつもお前にばかり『甘えて』いて…。」



そっと胸に寄り添うようにして瞼を閉じようとした瞬間―――


「――――っ!?」


強い力が私の両手を掴み、ベッドの上に組まれた。



仰向けにされた私の目には―――先程まで綺麗だと思っていた寝顔の主が、悪戯な光を湛えた翡翠の瞳で私を見下ろしている。

「―――って、お前、まさか起きていて―――」

「あぁ。しっかりカガリの声は聞こえていたよ。」

少し笑いを含んだ声。自分でもわかるほど頬が熱くなっている。

暗闇なら見えることもないだろうが、この月明かりと『コーディネーター』の彼の瞳には、充分に私の真っ赤になった顔くらい見えるだろう。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!///お前っ!何時から起きて―――」

「『綺麗だよな』って言ってた辺りから。」

つまり、私の目が覚めたときには、アスランも私の寝返りで目が覚めていた…ってことか!

「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!///」

全く、こういう時は反論の余地も無い。何かいえばアスランにとっては手のひらで躍らせるように、簡単にひっくり返される。

 


「…カガリ…」

慌ててそっぽを向いた私の髪を、頬をそっと撫ぜながら、アスランが落ち着いた声で話し出した。

「カガリは俺に『甘えて』なんていないよ。…寧ろ『甘えている』のは俺の方だ…。」

その言葉の意味が判らなくて「え?」とアスランを見返すと、翡翠の瞳が優しく答える。

「カガリを抱く時、カガリは俺に甘えてるって言ってたけれど違うよ。…抱く俺の方がカガリに甘えてるんだ。」

「!?って…だって…私は…」

「カガリが俺を受け入れてくれるとき、俺にとっては一番嬉しくて、安心できるんだ。」

そっと視線を外すと、アスランが静かに告白する。

「…俺は小さい時から『人の温もり』をあまり知らずに育った。両親とも仕事で俺の入る隙間は無かった。

ずっとこのまま大人になって…歳をとって…そのまま命を終えると思ったんだ。だから『ジェネシス』を止めるとき、死ぬのは構わないと思った。」

「…アスラン…」

「父のしたことを俺が身をもって止めようとしたのも、温もりを知らない俺には死ぬのは怖くなかった。自分の果たすべき責任と、このまま生きていてもずっと一人だと思うと、命が惜しいとは感じなかった。でも―――」

翡翠の瞳が私を真っ直ぐ見下ろし、頬をやさしく撫ぜてくれる。

「カガリが温もりを教えてくれた。そのカガリが『ジャスティス』を爆破させようとした俺を止めたとき、俺は思った…『生きたい。生きてカガリの傍に居たい!この初めて知った温もりを教えてくれた彼女を守る為、このまま生きていたい!』と…。」

そっと視線を重ねると、そのまま唇に小さく触れる。

「だから、カガリが求めてくれると俺は嬉しい。俺がカガリに甘えて、その中でカガリが俺に甘えてくれると、もっと甘えたくなる。君の甘えた顔が愛しくて、もっと甘えて欲しくなる。俺にとっての一番の幸せはそれだから。」

私の髪が耳元でサラサラ揺れる。

「君が眠りにつく瞬間の表情を見守るのが大好きだ。だけど…」

急にアスランが私の首筋にキスを落とし、強く吸い上げた。

「―――っ!?何だよ!?いきなり―――」

「夜中に起き出して、これだけ元気なら、まだ『足りなかった』みたいだな。それに…」

笑みを含んだ余裕の表情


「『甘えさせて』くれるんだろ?」



(―――(はか)られたっ!!)

 



そう気がついたときは既に遅く―――アスランの唇が強く私のそれに重ねられた。

「ん…ぁ…」

何処から漏れるのか、未だに判らない、自然と発する私の甘い声。

 


やがて全身の力が抜ける。

 


アスランの髪が静かに私の胸にサラサラと落ちてくる。

 

 

―――もう、もがいても止めることが出来ない・・・

 

 

 

 








そして、私は『コバルト・ブルー』の海に、静かに溺れていった…。

 

 





 

・・・Fin.

 

 

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>最近萌えパワーが減少していったので、久しぶりに『イチャコラ』させてみました(笑)

 最初は『この後』の『大人部屋』行きになるのをプロットしていたんですが、前半だけで長くなったのでここで終了(笑)

 でも『甘ったる』過ぎますね…。読んだ後、虫歯にならないようによく磨いて下さい。