『CAGALLI』 ― 7th.Tradition.―
夜空に『漆黒の翼』が、溶け込むように見えなくなった。
「カガリィィーーーーーーーーーッ!!」
叫びながら、アスランは直ぐにでも後を追いたい気持ちに駆られた。
だが、アスランの行動を遮ったのは、村人から尚もあがる、『カガリ』への憎しみを込めた声だった。
「・・・全く、普段は可愛い顔していて、こんな惨事を呼び込むなんて!」
「いいように騙されたな!」
「こんなに村をメチャメチャにして!」
「あの娘が今朝の行きがけに魔族を呼んで、そして何食わぬ顔で帰って来たところで、弱りきった俺達を、あの魔族どもと、食い殺そうとしたに違いない!」
「きっとそうよ! そして、魔族どもを全部殺した後、一人で貪る気だったのよ!」
「マーナさん! 何であんな『魔族の子』を拾ってきたんだ!」
マーナは座り込みながら、苦しそうに泣いている。
アスランは、握った手から血が出るほどの、『怒り』に打ち震えながら、村人達を見回す。
―――「確かに、お前のいう様な『家族』じゃない。・・・でも私にとっては、『オノゴロ村』が私の『家』で、村の皆が『家族』なんだ。」
そう言って、嬉しそうに空を見上げていた『彼女』
―――「だから、少しでも役に立ちたくて、『薬草』のこと、覚えたんだ。」
懸命に自分のできることで、恩を返そうとしていた『彼女』
確かに、今まで一度も『魔族』に襲われたことの無い人々だ。
初めての惨状に、はけ口の無い『怒り』や『悲しみ』や『憎しみ』をぶつける所が無くて―――それを全て『カガリ』に背負わせた。
『異形の姿』になり、何より『彼女自身』が、一番傷つき、『自分』を恐れ、混乱しているだろう。
こんな時こそ、誰よりも『カガリ』の身も心も救えるのは、彼女の愛した『村人達』のはず・・・。
だが、今は―――その『彼女』の愛した『村』が焼け、そしてその『家族』が『彼女』の想いを砕いた・・・。
「アスラン!・・・ここは抑えろ!」
耳元で声をかけたイザークでさえ、気づくほど、『怒り』に満ちているのだろう。
『国王』として・・・『国の為』に・・・『彼女の力』を試し、できれば『利用』しようとした。
一番彼女を傷つけたのは―――何より『自身』だ。
村人への怒りと、自身への憤りに打ち振るえ、<キッ!>と顔をあげた、その時―――
「『カガリ』お姉ちゃんは、『悪くないっ』!」
ざわめく村人の声が、一斉に止み、その声をあげた人物に視線が注がれる。
その声をあげたのは―――『カズイ』
カズイは泣きじゃくりながらも、懸命に話し出した。
「…ボ…ヒック…僕…前に、一回…グスッ…皆で…グスッ…森に行ったんだ…ヒック…その時…ヒック…さっきの…グシュッ…『お化け』みたいなのに、襲われて…ヒック…でも…その時…ぼ、僕…ヒック…転んで…『お化け』が…グスッ…僕を襲ったとき…お姉ちゃんが…僕の事…か、庇ってくれて…ウッ…ウゥッ…ウヮァーーーーーン!」
大声を出して泣き出すカズイに、ミリアリア、トール、サイも一緒に泣き出す。
「お姉ちゃん! 『お化け』じゃない!…『お化け』なんかじゃ…ウッ、ウヮァーーン!」
一斉に泣き出す子供達。そして、子供達はマーナに抱きつきながら泣きじゃくった。
「…エグッ…ごめんなさい! おばさん・・・ウヮァーーーーン!」
「皆・・・ありがとう・・・ありがとうね・・・。」
マーナが涙を溢れさせながら、子供達を抱き締める。
「よく言ったな! 偉いぞ! ガキ共!」
そういって涙混じりの笑顔で、マードックが、子供達の頭をワシャワシャと力強く撫ぜる。
その様子を見ながら、ポツリとまた声が零れた。
「私が幼き折、母が亡くなりましたとき・・・そのショックで、何も喉を通らない日が続いたことが、ありましたの・・・」
そっと話し出したのは―――『ラクス』
「その時・・・私に『リンゴ』が一個届くようになりましたの・・・毎日・・・毎日・・・『一個』ずつ・・・」
ラクスは、カガリの去った夜空を、愁いを帯びた表情で見上げながら、話を続けた。
「私は、最初、それさえも食べる事はありませんでした・・・けれど、毎日届く『リンゴ』に・・・見守ってくださる『誰か』を感じ・・・4、5日後、ようやく『リンゴ』を食べましたの。・・・後で何方が贈って下さったのか、お父様に聞いたら・・・カガリさんが心配して、「ラクス・・・食べられるようになったか?」って、持ってきていた・・・と。」
「そうだったな・・・シーゲルさんから「その話」を聞いて・・・『なけなしの小遣い』はたいて、毎日カガリが「リンゴ」買いに来ていた、って・・・。あの時、いつもカガリが来る頃に、わざとリンゴの『値札』、『安値』に代えたの、出したっけな・・・。」
ムゥがマリューの肩を抱きながら、互いの顔を見つめあい、微笑んで頷きあった。
「俺はご存知の通り『流れ者』の『元・魔導騎士』だ・・・。」
言い出したのは、バルトフェルド。
「・・・『魔族』と戦って、目に傷を負った俺は、既に『回復魔法』を使う力さえ、残っていなかった・・・。その場で倒れ、意識を失った俺が、次に目を覚ましたのは、『クサナギ』の2階だった。マーナさんが『体力回復』の『薬湯』を持ってきてくれたが・・・まぁ、これが飲めたもんじゃなくてな・・・。やがて目だけじゃなく、身体にも『瘴気』が回り始めて・・・『これで終り』かと思ったとき・・・金の瞳の『小さな女の子』が『蜂蜜』持ってきてくれてな・・・「これを混ぜたら、少しは飲めるだろ?」って・・・。毎日『瘴気』で熱にうかされた俺に『冷えたタオル』を替えに来てな・・・。おかげで体力は回復し、魔法も使って、『瘴気』は取り除けた。・・・まぁ、間に合わなくて、結局『片目』は『ごらんの通り』だがな・・・。」
それぞれが、カガリへの『想い』を告白する。
―――明るい笑顔
無垢で、無邪気な瞳
いとも簡単に、心を開かせてくれた少女
村人達の罵声が、やがてすすり泣きに変わっていった・・・。
アスランは気を静めると、ゆっくりと話し出した。
「・・・彼女は、今日、俺に『オノゴロ村』の人達は『大事な家族』と言ってくれました。」
「陛下・・・。」
アスランの正体を知る者達が、一斉に跪き、頭を下げる。
アスランは続けた。
「自分が『孤児』でありながら、それでも『自分』を受け入れてくれた皆さんを、『家族』と呼んで・・・『オノゴロ村』が『大事な家』といって・・・皆さんの為に『役立ちたくて』薬草を学んだ・・・と。」
アスランの言葉に、村人達がそれぞれカガリとの思い出を、噛み締め、俯いている。
アスランは、「あとは任せる」と、イザークとディアッカに告げると、礼をとった二人の前を横切り、急ぎ『ジャスティス』を置いてきた場所に向かって、駆け出した。
(カガリ・・・君は今何処にいるんだ!?)
懸命に『カガリ』を想いながら、アスランは走った。
昼間の初めて触れるもの全てに楽しそうに触れた、無垢な笑顔・・・
嬉しそうに湖で遊んだ、無邪気な笑顔・・・
そして―――自分を包み込んでくれた優しい笑顔・・・
(『オノゴロ村』以外、外の世界に出たことがないカガリ・・・君は・・・君がいなければ、俺は―――!)
押さえ切れない感情―――
心の奥に、幾重にも『国の為』という『鎖』で固く絡み鍵をかけた『彼女への想い』
―――アスランの身も心も、既にその『鎖』は砕け切れ、『愛する想い』が溢れかえっていた。
(――――! そうだ!『彼女』ならきっと―――!)
アスランは、ふと、思い当たった『場所』に『ジャスティス』を走らせ始めた。
―――全く『根拠』も『理由』もない・・・
だが、アスランの中では、確固たる自信があった。
それは全て―――『カガリ』への『想い』だけが、『その場所』を告げていた。
* * *
その頃―――
『ハウメア湖』の湖畔で、一人、背に『黒い翼』をたたんだ少女が、膝を抱え、蹲っていた。
(・・・前にも、こんな事があったよな・・・)
―――うんと小さかった頃、
父と母の『墓』を探して、日が暮れるまで探して、見つからなくて・・・
『捨て子』であることに気付き、悲しくて墓地の隅で、こうして今のように、蹲って泣いていた。
でも『あの時』は『マーナ』が・・・『村のみんな』が・・・迎えに来てくれた。
その時思った―――皆が『私の家族』
だから、私は寂しくなかった。本当のお父さん、お母さん、いなくても・・・。
でもそれは違っていた。
『捨て子』じゃない、『魔族』だった自分
そして、『愛する人達』と、『大事な村』を、『自分の手』で、壊してしまった・・・。
―――「もう、帰る所もない! 愛してくれる人もいない!」
カガリは湖の岸辺から、無意識に、湖の中に足を沈め、進み出した。
昼間・・・あんなに楽しくて、嬉しくて、幸せだった『場所』
あれから、たった数時間で、全てが消えていった。
両手ですくった水が、零れ落ちていく様に・・・。
(・・・『冥府』って・・・『魔族』でも、いけるのかなぁ・・・)
そうボンヤリと思いながら、カガリの足は湖の中へ、ゆっくりと進みだした。
静かな湖面に、足の進むまま、幾つもの波紋が浮び、広がっていく。
そこに<ポツ…ポツ…>と金の瞳から伝う涙の湖面に落ちる音が聴こえる。
一歩ずつ、ゆっくりと、湖の深い所へ足を進める・・・
頭に浮ぶのは、『オノゴロ村』での『楽しかった』・・・『優しかった』――『思い出』・・・。
(・・・ごめんな・・・皆・・・皆に苦しい思いさせちゃって・・・でも、もう『大丈夫』・・・もうすぐ私『消える』から・・・)
ワンピースの裾は既に水の中で漂い始めている。
(・・・楽しいことばっかりだったぞ・・・いっぱいいっぱい『思い出』もらって・・・こんなに『嬉しい事』知ってる『魔族』なんて、きっといないだろうな・・・『冥府』無事に着けたら・・・笑って『自慢』してやるから・・・『私は世界一、幸せを知ってる魔族』だ・・・って・・・)
湖の波紋は更に大きく広がり、カガリの腰まで既に水は浸かっている。
―――その時
<ヒーヒヒンッ!>
(この声!?――『ジャスティス』!?)
カガリが振り返ると、そこには数時間前、『オノゴロ村』と同じくらい・・・いや、あの時一瞬、それ以上の『優しく』『温かい』、自分でも判らない『不思議な感情』を与えてくれた人の姿――
「カガリィィーーーーーッ! 行くなっ! 戻ってくるんだ!」
それは紛れもなく、あの『感情』を与えてくれた人の声。
「ダメだ! アスラン!! 私のことは放って置いてくれ!」
涙声で足を更に深みに進めるカガリ――
アスランはそれを見ると、靴と上着を脱ぎ捨て、湖畔から飛び込むと、一心にカガリの元へ泳ぎ始める。
「止めろ! 馬鹿っ! 来るなっ! 来るなってばぁーーー!!」
泣きながらカガリは沈む身体にアスランが追いつかないよう足を早める。
だが、泳ぎを知らないカガリ・・・身体の水への抵抗と、それ以上にその背に生えた『黒い翼』が、深みに嵌るにつれて抵抗を増し、カガリの歩みを遅める。
(―――! と、飛ばなきゃ!)
アスランの立てる飛沫の音が近づくにつれ、何とかアスランから逃げようとし、翼を広げようとするが――
「―――!? あ、あれ!? 何でだ!?」
水気を含んだ羽毛・・・そして何より既に胸の位置まで水面に浸かっていたカガリの身体の羽は、大部分が水に沈み、広げようにも水の抵抗に阻まれる。
そして―――飛沫と荒い波を立てて近づいた青年の腕が少女に届くと、その少女の細い腕を掴んだ。
「嫌だっ! 離せっ! アスラン!!」
カガリはその腕を払いのけようと、懸命にもがく。
「カガリッ! 落ち着け!」
アスランは叫びながら、カガリの腰に腕をまわすと、強い力で、暴れるカガリを抑えながら、水面が腰の位置くらいの所まで、カガリを引き上げた。
「何故だ! 私は『魔族』だ! 私は皆の村をメチャメチャにしたんだ! 皆の命も考えずに!私は居ちゃダメなんだ! 消えなきゃいけないんだ!!」
「違う! 君は『魔族』なんかじゃない!」
カガリの後ろから羽交い絞めするようにして、アスランはカガリを強く抱き締める。
だが、カガリは更に暴れ、もがきながら怒鳴る。
「じゃぁ、何だよ! こんな『醜い黒い羽』生えて! 『変な杖』が身体から出て! そして『村』を・・・私の『家』を、私自身が壊して!! 『魔族』以外の何だっていうんだ!?」
だが、アスランは尚も暴れるカガリの背に、顔を埋めた。
「―――っ!?」
カガリは背中に感じた温もりに、まるで魔法でもかけられたように、動けなくなる。
\アスランはカガリの背に口づけ、その翼の付け根の柔らかな羽毛に顔を埋め、頬を摺り寄せながら、口づけていく・・・。
「―――っぁ!」
まるで背中に雷が走ったような感覚――でも、決して『嫌』では無い・・・それより寧ろ・・・
「・・・温かい・・・カガリの匂いがする・・・」
愛しげに、優しく、カガリの『黒い羽』に触れるアスラン―――
やがて、カガリの身体から、ゆっくりと力が抜けていく・・・
「・・・いやぁ・・・やめ・・・て・・・アスラン・・・そんな・・・醜いもの・・・」
涙を零しながら、カガリは力なく、それでも懸命に言葉を紡ぎ、アスランの行為を止めようとする。
「どうして? 何処が『醜い』んだ?・・・俺は初めて見た・・・こんな『綺麗なもの』・・・」
尚も愛しげに、翼に触れ、宥めるように、アスランは囁く。
「私、・・・『魔族』なんだぞ? ・・・その『黒い羽』・・・きっと『瘴気』で黒く―――」
「今日俺は『わかった事』が『2つ』ある。・・・1つは『魔族』なんかじゃない! 『君』は・・・」
「何でそんな事を言える! 私は―――」
カガリの言葉を遮り、アスランは僅かな抵抗しか見せなくなったカガリに、自分の左腕をカガリに見せる。
「『ここ』・・・覚えているか?」
涙に濡れたカガリが、僅かに振り返りながらアスランの腕を見る。
「・・・そこって・・・」
「そう・・・初めて君と出会った時、『魔族』につけられた『傷』を、君が『カラブの葉』で『癒してくれた処』だ。」
「・・・それは、『カラブの葉』のお陰だろ? 私は―――」
「いいから、よく聞いて・・・」
カガリを背後から優しく抱き締めながら、アスランは穏やかに話し出した。
「『魔族』につけられた『傷』は『瘴気』が篭っている。それは只の『薬草』なんかじゃ消せないんだ。『回復魔法』をかけて、『瘴気』を払わないと、例えどんな薬でも、治りはしない。」
「・・・だから『カラブの葉』は―――」
言いかけるカガリを更に抑えながら、アスランは語る。
「俺はあの時、自分の『魔力』を使い果たし・・・傷さえ直す力がなかった・・・。この『薬草』自体に『瘴気』を消す『魔力』があるか、調べてもらったが、『魔力』の欠片もなかった・・・。じゃぁ、俺でもなく、『薬草』でもない『治癒の力』を、あの時持っていたのは・・・『誰』だ?」
カガリはハッと顔を上げ、顔だけ振り返りながらアスランの顔を見る。
アスランは優しく微笑みながら、ゆっくりと頷いた。
「そう・・・『君』だよ・・・『カガリ』・・・」
目を見開いて驚くカガリ―――
だが、まだカガリは、アスランの言う『自分の力』を信じ切れなかった。
「・・・だって・・・『魔族』の力の中にだって・・・『治癒』の力くらい―――」
「『魔族』同士ならともかく、『人間』や『動植物』に触れただけで、『魔族』なら己の出す『瘴気』で腐敗させてしまう。・・・でも君の触れるもの・・・『大事な薬草』も・・・皆、無事だったろ?」
混乱するカガリを、アスランは優しく片手でその金の髪を撫ぜながら、話し続けた。
「そして、君は『オノゴロ村』が『魔族』に襲われたことが一度もない、と言った。だが、今日、君を『村』の外に連れ出した途端・・・『魔族』が『村』を襲った。・・・この『意味』が判るな。」
「・・・私が・・・いなくなった・・・途端・・・?」
アスランは答えた。
「――そう。『君』の『存在』そのものが、村への『魔族』の侵入を遠ざけていたんだ。」
「――――っ!?」
信じられないアスランの答えに、カガリは大きな金の瞳を見開く―――。
「『君自身』が、『村の結界』だったんだよ。どんな『結界札』も敵わない・・・。」
アスランは、カガリに正直に告白した。
「俺は『君』と出会ったことをきっかけに、これだけ国を横行している『魔族』を1つも寄せ付けない唯一の『村』に、どんな力があるのか知りたかった・・・。そして、俺は『君』の持つ、『不思議な力』が関係しているのではないか・・・と思い、魔導騎士達に村を護らせ、君を外へ連れ出した。・・・そしてその『答え』は・・・あまりにも『明確』だった・・・。」
アスランも苦しげな声で告白した。彼女の大事な愛する村を、護りきれなかった事を、悔やみながら・・・。
「・・・君は『魔族』じゃない。・・・寧ろこの国の窮地を救ってくれる『大切な存在』だと確信した。・・・だから、お願いだ、カガリ・・・。俺と一緒にこの国を救ってくれる、『力』になってくれないか?」
アスランの言葉に、未だ自分の『力』や『姿』に混乱しきっているカガリ・・・。
その様子に、アスランは更に言葉を続けた。
「・・・もう一つ。今日判った事が『2つ』ある―――と、さっき俺は言った。・・・覚えてるね?」
コクンとカガリが頷くと、アスランはカガリの身体を自分に向けさせ、強く抱き締めながら、はっきりと言った。
「そのもう1つの『大事な事』・・・俺は・・・」
ゆっくりと・・・そしてはっきりと、その言葉は紡がれた。
「君を・・・『愛している』」
「・・・ぇ・・・?」
(・・・『アイシテイル』・・・)
あまりに衝撃的な事実を突きつけられた矢先に受けた告白に、カガリは更に混乱した。
「な…なに…何いってるんだ!?お前!! 冗談も大概に―――!」
「冗談なんかじゃない!」
翡翠の瞳が、その強い意思を込めて、涙に濡れた、金の瞳を覗きこむ。
「初めて出会った時から・・・君に惹かれていた・・・。『クサナギ』で薬草を買ったとき・・・公園で『薬草の勉強』をしたとき・・・そして、今日、君とこの湖で触れ合っていた時、はっきりと『自分の気持ち』が判った。『君』の存在が・・・『俺』にとって、どれほどの救いであり、誰よりも護りたい・・・愛しい存在だと―――。」
強い意志を込めながらも、優しい翡翠の瞳が、カガリを包み込む。
「・・・私・・・『人間』じゃないんだぞ・・・『変な魔族』かも知れないんだぞ・・・そんな私のことを『好き』だなんて・・・信じられる訳がな―――」
視線を逸らす金の瞳―――だが、次の瞬間、強い力がカガリの顎を引き上げ、唇が重ねられる。
「――――!?」
大きな金の瞳が見開き、直ぐ目の前にある青年の顔を見つめる。
(・・・『甘えていいよ』・・・)
昼間、抱すくめられた時、不思議と沸き出た『安らか』で『優しい』感情―――
あの時のように、自然と瞳が閉じ、身を任せてしまう―――
ふと唇が離れると、アスランはカガリの頬に伝う涙を拭いながら、愛するものへの込み上げる感情を曝け出す。
「好きだ・・・愛してる・・・カガリ・・・」
カガリは躊躇する。
「こんな・・・こんな私なのに・・・か?」
まだ脅えの残る金の瞳を、慈しむように見つめながら、アスランは力強く頷く。
「・・・ヒック・・・うっ・・・あぁぁーーーーーー!!」
アスランの胸に顔を埋めて泣く少女。
アスランはその髪を・・・背を・・・、優しくなぜながら、全身で受け止めた。
「いいよ・・・カガリ・・・もっと『甘えて』・・・俺に・・・もっと『君』を感じたい・・・もっと『近くにいたい』・・・『居て欲しい』んだ・・・。」
まだ太陽が昇り、暖かく柔らかな風が吹いていたあの時、胸の中で呟いた言葉・・・
それを今は自然と口に出来る―――溢れる思いのままに・・・
泣きじゃくったその頬が、胸から離れ、涙に濡れた金の瞳が翡翠の瞳を見つめる。
「君は俺が守るから・・・どんな苦しみからも、悲しみからも・・・」
そう誓い、頬を拭いてやると、自然と互いの顔が近づく。
そのまま、惹かれあうように、ゆっくりと唇を重ねあう。
荒れ立っていた湖面は、今は静かに一つの波紋だけが、穏やかに広がっていった。
* * *
アスランはカガリを抱き上げ、岸辺に上がると、『ジャスティス』がまるで見透かしていたように近寄ってきた。
ワンピースのスカートの含まれた水を絞るカガリ―――
一瞬そのしなやかな、白い足が大きく覗かせて、ふとアスランの頬が染まる。
そして翼の水分を、小鳥が水浴びした後のように<プルプルッ>と震わせると、その愛らしい仕草に、アスランから笑みが零れる。
「・・・何だよ。何か私、おかしかったか!?」
「いや、別に・・・。」
ちょっとむくれるカガリ。
僅かながら、何時ものカガリらしさが取り戻せたようで、アスランはタイミングを見図って、告げた。
「カガリ・・・『オノゴロ村』の皆は、君の事、ちゃんと判ってくれたよ・・・。」
一瞬驚いた表情でカガリがアスランを見ると、アスランは穏やかにカガリを見つめ、尚も続けた。
「・・・『村』に帰りたいか?」
だが、カガリは俯くと、表情を曇らせ、答えに迷っていた。
(・・・確かに、今のカガリには、幾ら『村人』達が受け入れてくれるとしても、自らの『力』への恐怖と、あれだけの罵声を浴びたという、ショックを受ければ、今直ぐには無理ないだろう・・・)
思い切ってアスランはカガリに言った。
「・・・もし・・・カガリさえよければ・・・『俺の家』に来ないか?」
アスランからの申し出に、一瞬カガリは躊躇したが、昼間、アスランは「両親を無くして一人」であると聞いていた。
(・・・人目につかないなら・・・その方がいいのかも・・・)
カガリは<コクン>と小さく頷いた。
アスランはその答えに頷くと、カガリを『ジャスティス』に乗せると、先ほど脱ぎ捨てたシャツを、カガリの羽にそっとかけてやった。
「・・・アスラン・・・?」
「こうすれば、少しでも人に見られずに済むだろう?」
「でも、お前、寒いんじゃ・・・」
心配顔のカガリに、アスランはそっと微笑む。
「大丈夫だ・・・『オーブ』は温暖だから、夜でもそんなに寒くないよ。」
だが、カガリはまだ躊躇する。
「わ、私、飛べるから!・・・お前の後、ついていくから!・・・ほら!『ジャスティス』だって、『びしょ濡れ』の私が乗ったら、気持ち悪くて、冷えて、可哀相だろ!?」
だが、アスランはカガリの肩を抱き、自分に強く引き寄せた。
「大丈夫。『ジャスティス』は、ちゃんと訓練受けているから、多少濡れても大丈夫だ。それに・・・ここから『俺の家』までは、森の中を通る。・・・木々が込み合っている細い山道だから、カガリは羽ばたけないし、空からじゃ、カガリ『森の出口』わからないだろ?」
「〜〜〜〜〜〜っ///」
他の言い訳が見つからず、顔をほのかに赤らめたカガリは、その身をアスランに預ける。だが、さり気なく片側の羽を伸ばすと、アスランを包むようにして夜風を避ける。
その小さな心遣いが嬉しく、愛しくて、カガリの額に小さなキスを落とすと、アスランは『ジャスティス』を走らせた。
* * *
どのくらい馬を走らせただろう・・・
カガリには、何処に向かっているのかさえ、判らなかった。
ただ、言えるのは――――
『オノゴロ村』とまるで違う―――夜なのに、明るい街灯が灯る、賑やかな街―――
「あ、アスラン・・・あの・・・」
「ん? 何だ? カガリ。」
カガリはアスランを包んでいた翼を小さくたたみながら、囁くように話す。
「お前の『家』って・・・こんな大きな街の中にあるのか・・・?」
多分、異形の姿を気にしての言葉だろう・・・街中では逆に人目がありすぎる。
だが、アスランは、カガリを安心させるように答えた。
「大丈夫。カガリのことを傷つけることを言うような者はいないから・・・」
だが、カガリの中の不安度数は、どんどん増していく。
街の中央に聳え立つ、『白亜の城』―――『ジャスティス』は間違いなくそこを目指して走っている。
「あ、あ、アスラン!? お前、何処に向かって―――」
カガリの声など聴こえなかったかのように、アスランは真っ直ぐ城門へと向かう。
そして、『ジャスティス』はカガリ共々、吸い込まれるように、城門をくぐった。
「お帰りなさいませ! 国王陛下!」
一斉に騎士達が、礼を取る。
その中には『オノゴロ村』で戦っていた、『銀髪の騎士』や『良く日焼けした肌の騎士』も揃っている。
アスランは『ジャスティス』から下り、カガリを下ろすと、その場で嬉しそうな笑顔で、カガリに言った。
「ようこそ、『我が城』へ。・・・『カガリ=ユラ』様。」
その場に立ち尽くしたまま、頭が真っ白になって、固まっているカガリ―――
胸の辺りで握りこぶしを作ったまま、微動だに出来ないカガリの片手を取ると、アスランは片膝をつき、その小さな手に、口づける。
アスランに倣い、騎士達も一斉に膝まずき、カガリに深く、礼を取る。
アスランは優しい翡翠の瞳で、カガリを見あげ、改まって名乗った。
「私がこの国――『オーブ王国』を預かる者にして、この『城』の『主』――『アスラン=ザラ』です。」
「・・・―――っ!? えぇーーーーーーーーーーーーーっ!?」
アスランが自分の『正体』を明かし、その意味を理解した少女が、『カグヤ』の城下にまで響き渡るような驚きの声をあげるまで、時間はたっぷり30秒以上を経過していた。
・・・to be Continued.
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>カガリの苦しみ、悲しみを真っ向から受け止めてくれたアスラン・・・
やっぱり『アスカガ』書いていて、こういうシーンは好きですね(笑)
もう、かずりん様からの挿絵プロット戴いた時から、黒い翼の美しさ、そしてそれを象徴させるような
背景と、ストーリー全体を引き立たせてくださる、かずりん様の挿絵には、ウットリですv
そして―――自分で書いておいて言うのもなんですが・・・
「何で『カズイ』がこんな『活躍』してるんだ!?(゚o゚)」
大体、本編でさえ、ビクビクオドオドの彼が、皆の前でこんな勇気をもって発言するなんて事は無かったはず・・・(-_-;)
何故だ!?(実は密かに『カズイ』のファンだったのか?・・・Namiは・・・)
正直、『ミリィ』辺りに言わせた方が合ってると思うのですが、あの2話の『転んだ』シーンの人物を持ってくるのが、一番適切じゃないかと・・・^^;
『プロットミス』ですね(苦笑)
まぁ、折角本編でもいいこと無かった『カズイ』ですから、この話くらい、活躍させてあげよう!(笑)
さて、カガリの苦しみを、少しは『男っぷり』を上げて、救い出してくれたアスラン。
次回からは『お城』での生活(?)――ドタバタの展開に、カガリはどうなるのか?
いよいよ「アスカガ」2人揃ってのお話は・・・次回で♪(伸ばす伸ばす(笑))