『CAGALLI』 ― 5th.Tradition.―
暫くの間、カガリが生まれて初めて見、触れた湖への感嘆に付き合った後、湖のほとりの草むらに2人並んで、マーナ特製の『サンドイッチ』を食べていた。
「そうだ! お前のお父さんか、お母さんだっけか・・・血圧、落ち着いたか?」
カガリの突然の質問に、アスランは慌てて記憶を振り返る。
前に何も知らずに買った『血圧を下げる』――という『チコリの実』―――それを「親が飲む」と繕って買ったことを・・・。
(忘れていないんだ・・・ちゃんと『誰』が『どの薬』を買って・・・効果があったか心配してくれて・・・)
カガリのその純粋な思いに、アスランはふと、自分の嘘に罪悪感を感じた。
ただ、『彼女の喜ぶ顔を見たい』、というだけで・・・あんな幼稚で稚拙な嘘をついてしまったことに・・・
―――彼女の前で・・・自分を偽りたくない!
アスランは食べかけたサンドイッチを置きながら、俯き、話し始めた。
「・・・ごめん・・・あれ・・・嘘、だったんだ・・・。」
「え・・・?」
カガリがキョトンとしながら、アスランに向き直ると、アスランはカガリの視線を避けるようにして、話し出した。
「君の薬草を、もっと買って・・・君の・・・喜ぶ顔が見たくて・・・それで・・・何も知らないくせに、俺は・・・」
(きっと、軽蔑される・・・純粋に心配してくれた彼女を『騙した』んだから・・・)
アスランは、俯いたまま目を閉じる。
カガリはきっと、『自分』に呆れているだろう。
その顔を見ることが、できない。
―――こんなに『嘘』が、苦しいなんて・・・
だが、次の瞬間、
「よかったじゃないか!」
アスランの耳に飛び込んだのは、嬉しそうな、カガリの声。
アスランは、思いもしなかったカガリの反応に、目を見開き、カガリの顔を見る。
カガリは笑顔で、アスランに向かって話し出した。
「だって、『薬草』が『必要な人がいる』ってことは、それだけ『苦しい』とか、『痛い』思いをしている人がいるってことだろ!? それが一人でも『いない』ってことは、凄くいいことじゃないか!」
満面の笑みで答え、サンドイッチに噛り付くカガリ―――
―――『カガリ』・・・君は・・・
アスランの中で、押さえ切れない衝動が、溢れ出す。
―――なんで・・・そんなふうに『広い心』を・・・『包み込むような優しさ』を持てるんだ?
初めて出会えた・・・こんなにも素直に『心を開ける人』に・・・
はっきりと自覚した―――『彼女』への愛しさ・・・『想い』を・・・
「それじゃぁ、『チコリの実』は使ってないんだな?」
カガリが『バルトフェルド』から貰った、『オレンジジュース』の入ったビンのコルク栓を開け、コップに注ぎ、アスランに手渡す。
「一応『それっぽい症状』を持つ人に、あげたけど・・・大丈夫だ。」
僅かにまだ、頬を染め、ジュースを受け取りながら答えるアスランに、カガリは尚も話を続けた。
「じゃぁ、お前のお父さんもお母さんも、元気なのか?」
その質問に、アスランの表情は、僅かに曇り、静かに答えた。
「いや・・・母は2年前に・・・父もその後を追うようにして、亡くなったから・・・」
「あ・・・ごめん・・・その・・・辛い事、聞いちゃって・・・」
今度はカガリの方が俯き、表情を曇らせる。
アスランは慌てて、柔らかい表情に戻り、話し出した。
「大丈夫。今はもう俺の心は落ち着いているし。『やらなきゃならない』こともあるから・・・悲しんでいる暇は無いよ。・・・それより、カガリはずっと『マーナ』さんの処にいるのか? カガリの家族は・・・」
アスランの問いに、カガリはムゥから貰ったリンゴを齧りながら、微笑んで指を折りながら答えた。
「私か? 私なら、いっぱいいるぞ! まずは『マーナ』だろ。それから、五月蝿いけど『マードック』のオッサン、それに兄弟みたいに遊んでくれた『ムゥ兄』と『マリュー』だろ。それから嫌味なヤツだけど、本当は優しい『バルトフェルド』だろ。それから―――」
「カガリ、それって、『オノゴロ村』の人達じゃないか。『家族』は―――」
苦笑しながら遮るアスラン。
だが、カガリが一瞬、その金の瞳を真っ直ぐにアスランに向けると、軽蔑とも侮蔑とも取れそうな表情で見つめ、その視線にアスランは顔を強張らせる。
「・・・確かに、お前の言っている様な『家族』じゃない。・・・でも、私には『大事な家族』なんだ。」
齧りかけのリンゴを置くと、カガリは果てしなく広がる青空を見上げながら、呟き始めた。
「私、『捨て子』なんだ・・・」
「『捨て子』?」
アスランが躊躇しながらも、反芻する。
カガリはそのまま話し出した。
「私・・・物心ついたときには、もう『マーナ』しか、いなかったんだ・・・
―――そう・・・いつもラクスやアフメド達と、日が暮れるまで公園で遊んでいると、皆の『お父さん』や『お母さん』が迎えに来
て・・・『私』は一人残された。
『マーナ』と私が血縁の無い関係だということは、子供ながらに感じていた。
あるときマーナに聞いた。
―――「なぁ、マーナ。私の『お父さん』と『お母さん』は?」
そうすると、マーナは困った顔をして、答えてくれた・・・。
―――「カガリの『お父さん』と『お母さん』は、『遠いお国』へ行ったんだよ。」
私はもっと聞きたくなった。
―――「じゃぁ、いつか迎えに来てくれるのか!?」
マーナは困った顔で「いつかね・・・」とだけ言ってくれた。
『遠いお国』―――一体何処まで『遠い』のかな? 私でも今から行けるかな?
そう考えていた矢先、ラクスの『お母さん』が亡くなった。
泣きじゃくるラクスに、シーゲルおじさんがラクスを抱き締めながら言ってた。
―――「ラクス。お母さんは『遠いお国』へ行ったけれど、いつもお空から、ラクスを見守ってくれているよ・・・。」
そのとき分かったんだ・・・『遠いお国』は『冥府』・・・『死んじゃった人が行く国』なんだって・・・。
だから私は思った。
―――「私の『お父さん』や『お母さん』も、『死んじゃったんだ』・・・って・・・」
それを確かめたかったんだ。
『カガリ=ユラ』―――「私の『姓名』」
きっと『お墓』の墓石に『ユラ』がある。そうしたら『お父さん』も『お母さん』もそこにいるって。
私は探した・・・村の教会の『墓地』
何度も何度も・・・日が暮れても『ユラ』の書かれた『お墓』があるって、信じて・・・
・・・でも・・・『無かった』・・・
(―――『お父さん』も『お母さん』も死んじゃったんじゃない! 本当に『私』を置いて、何処かに行っちゃったんだ・・・っ
て・・・)
真っ暗な墓地で蹲って泣いた・・・ずっとずっと泣いた・・・
そうしたら、どのくらい立った時だろう―――
「おーい! いたぞーっ!」
松明が『墓地』を照らし、私に近づいてきた。
「カガリッ!!」
私が顔をあげたら、マーナが泣きながら立っていた。
その時、
<パチーン>
マーナに頬を引っ叩かれてた。
「もう! この子は!! どんなに心配したか!!」
そうして私を強く抱き締めて・・・マーナは泣いてた。
(―――マーナ・・・泣いてる・・・私の為に・・・)
そうしたら・・・私もまた涙が溢れてきた。
叩かれた頬が痛かったんじゃない。マーナに心配かけたことが・・・安心できる場所があったことが分かって・・・嬉しかったんだ。
「ほら! カガリ。『苺』・・・朝からいなかったって聞いたから・・・お腹減っただろ?」
そう言って『苺』を食べさせてくれた―――『ムゥ兄』
「本当によかったわ。」
涙ぐみながら、ランプを灯し、優しい笑みを浮かべてくれた―――『マリュー』
「全く、嬢ちゃんも冒険するなら、もっと楽しい所、選べな!」
「ガハハ!」って笑いながら、私の頭をグシャグシャッと撫ぜた―――『マードック』
「よっし!帰るか! 今日の夕飯はカガリの大好きな、マーナさん特製の『クリームシチュー』が待っているっていうからな。カガリが
このままずっと泣いてたら、俺がお前の分まで食べてやるか!」
そう言って笑いながら肩車してくれた―――『バルトフェルド』
もう『お父さん』も『お母さん』も・・・いなくてもいい・・・
『オノゴロ村』が『私』の『家』・・・そして皆が・・・『私』の『家族』
・・・だから、いいんだ!『捨て子』でも。皆が私を大切にしてくれてるから・・・。だから私も皆に「ありがとう」って言いたくて、役に立てるように『薬草』の勉強したんだ。」
そう言って空を見上げるカガリの、澄んだ横顔―――
―――『抱きしめたい』!
苦しい時だけじゃなくて良い。・・・自分の胸の中で、思いっきり甘えさせて、泣かせてあげたい―――!
アスランの心が、その衝動に身体を突き動かされそうになり、カガリに手を伸ばす―――
その瞬間
「さーて! 食べ終わったら、いよいよ『薬草』摘みだぞ! この『バスケット』いっぱいに摘めて帰って、マーナを驚かせてやろうな!」
立ち上がったカガリの身体が、アスランの手から――<スルリ>――と掠めていった。
* * *
「・・・ふぅ・・・結構取れたな!」
カガリが額の汗を拭うと、アスランも一抱えした薬草を、カガリの傍に持ってきた。
「これだけあれば、マーナさんも喜ぶんじゃないか?」
アスランが、微笑み、答えると、カガリは悪戯っぽい金の瞳でアスランを覗き込み、話し出した。
「じゃぁ! ここから『お前』に『テスト』するからな!」
「・・・『テスト』?・・・」
アスランのキョトンとした表情に、カガリは尚も悪戯っ子のようにして、摘んできた『薬草』を並べ始めた。
「じゃぁ・・・まず『これ』だ! これの『名前』と『効果』は?」
「『カラッカ』の葉・・・『熱さまし』に効く『薬草』だ。」
カガリの質問に、サラリと答えるアスラン。
カガリは、尚も質問する。
「んじゃ、『これ』どうだ!?」
「『タンタル』の根・・・『頭痛』の時に煎じて飲むといいんだろ?」
あまりにアッサリと答えるアスランに、カガリの負けん気に火が付いた。
「〜〜〜っ!『これ』なんか、どうだ!? わかるか!?」
「それは『毒ミメット』の葉・・・一瞬見た感じでは『腰痛』に効く『ミメット』の葉に似ているが、『毒の葉』には、裏に『繊毛』が付いている。・・・これは付いているから、持って帰れないな。」
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
幼い頃から学んできた『薬草』を、カガリとの『勉強』で、アッサリ身につけられたアスランに、カガリは悔しそうに<プイッ>と横を向くと、一つの草を握り締めた。
「じゃぁ、『これ』は何だか分かるよな!?」
カガリがアスランの目の前に、一握りの『その草』を突き出すと、それを受け取りながら、アスランは眉を潜ませる・・・
(・・・これは・・・カガリと公園で勉強した時には、見たことが無いな・・・)
「どうだ? 分からないと、お前、『失格』だぞ!?」
まるで『形勢逆転』したこと喜ぶように、悪戯な金の瞳が、嬉しそうに覗き込む。
「・・・分からない・・・『降参』だ・・・。」
カガリの機嫌を損ねない様にしたくて、ちょっと「落ち込むような表情」で、翡翠の瞳が金の瞳に助けを求める。
途端、カガリの笑顔が満面に広がり、嬉しそうに答えた。
「お前、仮にも『ご主人様』なんだろ? 『これ』は今、『ジャスティス』が美味しそうに食べてる『草』だ! 知らなきゃ『ご主人様』失格だぞ!」
アハハと笑って後ろを指差すカガリに、アスランは慌てて後ろを向く。
そこには、名を呼ばれた事がわかったのか、『ジャスティス』が『カガリが出した草』と同じものを食みながら顔をあげるが、直ぐにそ知らぬ顔で、再び草原に顔を埋めた。
「こら! カガリッ!!」
アスランが声をあげると、先に立ちあがっていたカガリが笑いながら、クルリとアスランを振り返り、アスランの持っていた、『ジャスティス』の餌の草を、取り返そうとする。
その時
<ズルッ!>
「わぁっ!!」
足元の草に、カガリの履いていたミュールの踵が引っかかると、カガリが草むらに転びそうになる。
「―――っ! カガリッ!!」
アスランはカガリの細い手首を掴むと、倒れこむようにしてカガリを抱きとめた。
「ご、ごめん! アスラ―――」
カガリが慌てて下敷きになっていた、アスランの体から、身を離そうとする。
が―――
カガリの腰に、強くたくましい腕が回され、そのままカガリは再び、アスランの身体に身を重ねる。
「あ、あ、アスラン・・・?・・・あの・・・」
挙げようとした顔―――その大きく見開いた金の瞳には、優しい翡翠の瞳が映る。
そのまま、もう片方の大きな手が、カガリの頭を、自分の胸に優しく収める。
柔らかな草原の風―――
軽く煽られる、金の柔らかい髪―――
カガリが動かなくなると、その髪を壊れ物を扱うように、優しく撫ぜ、柔らかな頬にその温かさと柔らかさを慈しむように指を滑らせる。
「・・・暫く・・・このままでいさせてくれないか・・・?」
穏やかな、優しい声。
「・・・うん・・・」
少女はそのまま身体の全てを、青年に預ける。
――――<トクン、トクン、>
聴こえる・・・これは、アスランの胸の音・・・?
少し早くて・・・でも・・・何故だろう? とても・・・安心できる・・・
少女はそのまま静かに目を閉じる。
――――<トクン、トクン、>
どうしたんだろう?・・・これは・・・『私の胸の音』?
こんなに・・・早くて・・・『ドキドキ』してる・・・
多分・・・私の顔・・・きっと『赤くなってる』・・・
これは・・・マーナ達と一緒のときと・・・違う『感じ』がする・・・
同じ『優しい』感覚なのに・・・何だか・・・とっても『熱く』て・・・『甘えていいよ』って、言われてる感じ・・・
華奢な少女の身体を、全身で受け止めている青年も、愛しい眼差しを少女に向けながら、優しく少女の髪を撫ぜ、そこにそっと口づけする―――
――――<トクン、トクン、>
カガリに聴こえていないだろうか・・・俺の胸の鼓動が、高鳴っているのを・・・
もっと『甘えて』・・・俺に・・・もっと『君』を感じたい
もっと『近くにいたい』・・・『居て欲しい』んだ・・・
華奢な腰と、抱き寄せた肩・・・触れる唇から、柔らかく、甘い香りのする、金の髪・・・
――――彼女を・・・自分だけのものにしたい・・・
少し顔を覗きこむ。
少女は胸に頬をよせ、静かに目を閉じている
――――いいよ・・・カガリ・・・そのまま眠って・・・俺の腕の中で・・・
君は俺が守るから・・・
どんな苦しみからも、悲しみからも・・・
それがどれだけの時を過ぎたのだろう・・・
幸せで、満たされた『時間』
やがてカガリが呟いた。
「あ、あ、アスラン・・・その・・・」
「何? カガリ・・・」
頬を赤く染めた少女は、言い訳のように、オロオロと話し出した。
「な、なんか・・・風が冷たくなってきたから・・・そろそろ日も暮れるし・・・帰らないと・・・。」
「・・・そうだな。」
アスランが、腕を緩めると、金の小鳥は慌てて飛び立つように、その胸から離れた。
<ピィーーッ!>
アスランが口笛を吹き、『ジャスティス』を呼ぶ。
朝来た時と同じように、アスランはバスケットを抱えたカガリを横抱きにして、乗せる。
だが・・・
「カガリ、今朝と同じようにちゃんと俺に掴まって。」
「あ、あ・・・うん・・・」
しっかり、胸にしがみ付いていた朝とは違うカガリの様子。
頬を真っ赤に染め上げ、少し距離を置くようにしている。
(・・・カガリ・・・ひょっとして、『意識』してくれている?・・・俺のことを・・・)
淡い期待を抱きながら、アスランは、その華奢な肩を、強く引き寄せた。
<ヒーヒヒンッ!>
いななきとともに、アスランは『ジャスティス』を『オノゴロ村』に向けて走らせる。
―――できれば・・・少しでも「この時間」が続けば・・・
そんな思いが駆け巡る矢先だった。
「―――――っ!?」
アスランの表情が急に変わる。
(―――この『感じ』は―――『瘴気』!? まさか―――!)
「アスラン! あれっ!!」
カガリが声をあげ、指をさす。
その方向には、夕闇の迫る中、紅に染まった空。
そして、アスランが感じる『瘴気』がドンドンと濃くなっていく。
それは、明らかに『オノゴロ村』が立ち上げる、悲壮な苦しみの『叫び』だった・・・。
・・・to be Continued.
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>・・・何なんでしょう・・・?この『イチャイチャ、バカップル状態』は・・・(-_-;)
書いた本人、思いっきり『砂、吐きました』・・・。
かずりん様の感動的なイラストで、心を癒しましょうm(__)m
それはともかく、『オノゴロ村』緊急事態に、カガリは!? アスランは!? どういう運命を辿るのか!?
それは次回に続きます(^^ゞ
・・・ところで、この小説にでてきた『薬草の名前』の『出所』が判った方々へ、是非『一言』
―――立派な『海チョ○ボ』を育ててください。(ちなみにNamiは10頭以上育て上げました(笑:出展『F○Z』))