『CAGALLI』 ― Final Tradition.―
「・・・静かだな・・・。」
村の『教会』の結界を強めていたディアッカから、ふと言葉が零れる。
見上げた空には、既に太陽が月にほぼ覆い尽くされ、昼には見えない星々が星座の形を成している。
「あ! ねぇねぇ、凄ーい!! お昼なのに『お星様』見えてる!」
「凄ーい!」
「いっぱい見えるー!」
ディアッカがその幼い声に振り向くと、教会のドアを開け、子供達が空を見上げ、感嘆の声をあげていた。
「こらっ! お前ら、ちゃんと中に居ろって、あれほど―――」
慌てたディアッカが、子供達を教会に戻そうとした、その時―――
「あ! 『流れ星』!」
やんちゃなトールが空を指差し、声をあげる。
「本当だ!」
「綺麗・・・」
サイや、ミリアリアも続くように、空を見上げる。
(・・・『流れ星』!?・・・そんな・・・幾ら『皆既日食』だからといって、そんなものが・・・)
そう思いながら振り向いたディアッカの目に飛び込んできたのは―――
『流れ星』の様に、白い輝きを放つ小さな光が、真っ直ぐに暗い空を走っている。
―――だが、
「―――!?」
ディアッカが見たその『白い輝き』は、真っ直ぐ『オノゴロ村』の『裏山』―――つまり『魔界の門』の方へ、その輝きを増しながら、落ちて・・・いや、『下りていった』
「・・・何だよ・・・アレは・・・?」
驚愕するディアッカには、子供達の騒ぐ声すら、耳に入らなくなっていた。
* * *
「うぅ・・・っ! ぁああっ!」
「しっかりして下さい! 今、『カラブの葉』を当てていますから!」
魔族に襲われ、負った怪我に苦しむ部下に、既に『治癒魔法』すら残っていないニコルは、僅かな希望を込めて、カガリに教わった『薬草』で、手当てを施す。
そこに
「―――っ!? うわっ!!」
一瞬その眩しさに、ニコルの目がくらむ。
だが、恐る恐る目を見開くと、『眩しい光』はうっすらと消え、『その形』を成しながら、ゆっくりと『洞窟』の奥へと進んでいく。
まだ零れる『光』は負傷兵の傷を癒すように、その光に触れた者達を、みるみる回復させていく。
ニコルが、『その形』が、やがていつも見慣れた、『ある人物』とそっくりな姿になっていく様を目に追っていく・・・。
「!?・・・『貴方』は・・・」
驚き、思わず声をかけたニコルに、その者は優しい笑みを浮かべ、洞窟の奥へと進んでいった。
* * *
『全てが終わった』―――何もかも・・・
望みどおり―――『オーブ』は、『魔界の侵略』から逃れる事は叶った。
だが・・・その『代償』は―――自分が『最も愛した者』・・・
(俺は・・・俺は何処まで『非力』なんだ!? 一番護りたかった者を、犠牲にして!!)
「・・・アスラン・・・」
『障壁結界』も既になく、『魔界の門』も壊れ、魔族の影すらなくなり、静寂だけが支配するその場所に、膝から崩れ落ちるようにして、涙を拭う事もなく、悲しみの嗚咽をあげるアスランに、イザークが声をかける。
だが、その声はアスランの耳には届かない。
(――――「アスラン!」)
何時も苦しみを希望に変えてくれた・・・あの『眩しい笑顔』は、もう『この手』に掴む事は出来ない。
(―――「どうだ!? ちゃんと『5本目』だけ割れただろ!?」)
あの、無垢で疑いを知らない、真っ直ぐな金の瞳を思い出し、イザークも苦渋の表情を浮かべる。
―――すると
「―――!? な、何だ!?」
こちらに向かって、真っ直ぐにやってくる『光』―――
「クッ!」
イザークが、洞窟の暗がりから、一瞬にして真昼の太陽のような眩しさに、目を伏せる。
やがて『光』は<ストン>という降り立つ音と共に、その姿を現す。
イザークが恐る恐る目を開くと、其処には
―――歳は見た目、自分達と同じくらいだろうか・・・
『彼女』が着ていた『白い聖衣』と同じものを身に付け
そして背には―――『白い翼』
「・・・か・・・『神』・・・か?」
恐る恐る声をかけるイザークに、柔らかな笑みを浮かべると、その『神』はゆっくりとアスランの背後に立った。
「・・・今更『神』が、何の用だ・・・」
振り返ることもなく、抑揚のない声で、アスランが呟く。
すると『神』は、穏やかな声でアスランに向かって言った。
「丁度、『魔界の門』が開く時間のはず・・・なんだけど。・・・『門』の気配が消えちゃっていて・・・。ずっと探していたんだけど・・・。そうだったんだ。君達が『消しちゃって』くれたんだ。それも『封印』じゃなくって、本当に『消しちゃう』なんて・・・。」
少し笑いを含むその声に、アスランは怒りを露にし、猛然と立ち上がり、『神』の胸倉を掴み上げる。
「何が可笑しい!? お前達が何をした!? 『天界』が天上でノウノウと『地上界』と『魔界』の攻防を眺めている間に、カガリは―――お前達が捨てた『女神』が、たった一人でこの世界を護って―――俺達のために・・・『魔界』に飛び込んで、自らの命をかけて、俺達を・・・俺達を―――!!」
翡翠の瞳に怒りを込め、睨みながらアスランが叫ぶ。
「アスラン!! 相手は『神』だぞ!! 手荒なマネは―――!」
イザークの声も耳に入らず、その『神』に怒りをぶつけると、胸倉を掴んでいた手が振るえ、その手を離すと、アスランは再びその場に崩れ落ちた。
『神』は、涙を溢れさせ、力なく膝を折り、うなだれるアスランに、ゆっくりと声をかけた。
「そう・・・『カガリ』っていうんだ・・・姉上の名前は・・・」
「・・・『姉・・・上』・・・?」
目を見開き、もう一度その『神』の顔を、アスランは良く見る。
―――栗色の髪に、『紫水晶』のような、何処までも澄んだ瞳・・・
そう。その顔立ちも・・・表情も・・・瞳も・・・何処か『カガリ』と似ていて・・・
「僕達、『双子』なんだ。」
その『神』は、アスランを労わるように座り込み、アスランの肩に手を置きながら、優しく話し出す。
「・・・双・・・子・・・?」
アスランの声に頷くと、『神』は話を続けた。
「僕の名前は『キラ』。姉上――『カガリ』・・・だよね? とは、『天界』で双子として生まれたんだ。でも、僕が物心ついたときには、母上も・・・姉上も・・・『天界』にはいなかったんだ・・・。あるとき『父上』に訪ねたんだけど・・・「『母上』は亡くなった」って言うだけで・・・。でも、僕の中で、『何か』がずっと訴えていたんだ。」
『神』―――『キラ』は立ち上がり、『魔界の門』の痕がまだ残る、瘴気の固まりを見つめながら言った。
「ある時・・・聞いちゃったんだ。天界の『双子』は『禁忌の証』だ―――って・・・。でもそれは、『他の神々』には判らない、『僕』と・・・多分『姉上』しか解からない、『本能的』なものが備わっていたんだ・・・。そう―――それこそ『この日の為』に、僕らは『双子』として生まれた――――それも『光』と『闇』の力を背負って。」
(―――「私・・・何の為に『生まれてきた』か・・・ようやく判った気がするんだ・・・」)
カガリが言っていた―――『その言葉』
キラはさらに続ける。
「僕ら自身しか『判らない』本能だから・・・父上も『姉上』を『禁忌』として、この『地上界』に落としたんだ・・・。本来なら、『魔界の門』―――つまり『魔界と地上界』の『ひずみ』を閉じる為に、姉上――『カガリ』が、『門の内側』から。そして『僕』が『地上界側』・・・つまり『門の外』側から、『皆既日食』の時間に、同時に『鍵』をかけるはずだったんだ・・・。『コレ』でね。」
キラはそう言うと、その体から、アスランも見慣れたものを取り出す。
「・・・『魔丈』・・・」
目を見開き、アスランが呟くと、キラは頷き、話始めた。
「『魔丈』で、両側から『門』を閉め、『鍵』にすると、『千年に1度』位までは、『魔界』と『地上界』の『ひずみ』は塞げるんだ。でも、事情を知らなかった『天界』は、僕達を引き裂き、姉上を追放し・・・そして『母上』も追放した。だから、本来ならもっと早く『門』の場所も捉える事が出来たんだけど・・・『母上』が『封印』し、更に何も知らない『姉上』が、自ずとその本能で、『封印』をしていたから、『天界』でまだ力のない僕は、正確に『魔界の門』の場所も・・・そして、『姉上』に会って、『僕たちの役目』を伝える事が出来なかったんだ・・・。」
やむ負えない事情を、苦しげに告白するキラに、アスランはまだ残る『疑問』を、キラにぶつけた。
「だが、結局その君の言う『本能』であっても、カガリは『魔界』に取り残される訳だ・・・。『門の内側――魔界側』から、『鍵』をかけるのなら・・・。」
うなだれるアスランに、キラは「ううん。」と首を横に振る。
「その―――今、君が持っている『黒い羽』―――何で『姉上』が『黒い翼』なのか・・・君には判るだろう?」
アスランは初めて、翼の生えたカガリが悲観し、湖に身を沈めようとした時に、その背の翼に触れた時を思い出す。
「邪悪な物は感じなかった・・・温かくて・・・柔らかで・・・『美しい』・・・そう思った・・・。」
キラはアスランの答えを聞くと、またゆっくりと頷き、話し出した。
「うん。・・・実は姉上の羽には『瘴気』が含まれていたこと・・・君にだって、見えていたでしょ?」
アスランは驚き、目を見開くと、慌てて首を振った。
キラはそんなアスランに、訳を話した。
「姉上が『魔界側』から『鍵』をかければ、当然、『魔界』に閉じ込められちゃうけど。でも、姉上の翼には、『瘴気』が含まれていて、それが『地上界』にいるときは『封印』されているけど、『魔界』に入ると、その『封印』が溶けて、自ら『瘴気』を放って、『魔族』が姉上の正体を知らず、仲間と思わせるのが『黒い羽の訳』の1つ。それから―――」
一呼吸置くと、キラは話を続けた。
「本当の『魔界』の住人じゃない姉上が、鍵をかけた後、『魔界』から、自らの力で『魔界と地上界の壁』・・・『結界』を破って、外に―――『地上界』に出てこようとしたとき、その『破れた結界』が、『新たなひずみ』になって、そこから魔族が出てくることになるから・・・だから、すり抜ける時に、自然とそこを塞ぐ為に、姉上の羽には『瘴気』が含まれていたんだ。」
「つまり・・・その・・・『糊付け』みたいなものか?」
後ろから声をかけるイザークに、キラが「うん。」と笑いを浮べながら答えると、改めて、アスランに向きかえりながら言った。
「だから、『瘴気』が剥がれたから・・・見て・・・ほら。」
キラの指さした先を、アスランは振り返る。
そこには―――
『瘴気』が晴れると共に、『金の髪』の・・・『白い聖衣』を纏った・・・『純白の翼』になった少女の横たわった姿。
「!! カガリィィーーーーッ!!」
アスランはカガリの傍に、我も忘れて走り寄ると、その身体を抱き上げる。
顔にまとわりついた髪や汚れを、優しくぬぐいながら、翡翠の瞳から溢れ出す涙を堪える事もなく、その頬を摺り寄せる。
「・・・ん・・・?・・・ここ・・・は・・・?」
金の瞳が薄く覗かせる。
そこには涙で濡れた瞳を拭うことなく、嬉しさを・・・愛しい眼差しで見つめる――『大切な人』・・・
「・・・アス・・・ラン・・・? 私・・・一体・・・?」
ポツポツと呟くカガリを抱きしめながら、アスランは言った。
「大丈夫・・・君はちゃんと帰ってきてくれた・・・『魔界の門』まで壊して・・・」
「私・・・皆を・・・護れたか?」
「あぁ。『君』が『護った』んだ・・・君の『故里』を・・・」
アスランの涙を、カガリが微笑みながら手を伸ばし、拭うと、カガリは言った。
「ううん。私だけじゃない。・・・皆が・・・皆で護ったんだ。そうだろ?」
微笑むカガリを胸に強く抱きしめると、アスランは力強く、頷いた。
「陛下! 『皆既日食』が終わりました! 外が明るく―――」
連絡に走ってきたニコルが、『白い翼』のカガリに、思わず言葉が止まると、アスランはカガリを抱き上げ、カガリに言った。
「皆が待ってる・・・外に行こうか?」
アスランの腕の中のカガリが、何時もの無垢な笑顔で、「うん!」と頷いた。
* * *
外に出ると、暗かった洞窟の中とは雲泥の差の、眩しい光に、アスランもカガリも、一瞬目を細める。
次に目をゆっくり開けると、
―――そこは何時もに増して見える、眩しく、美しく、そして―――『広大な世界』
それが・・・愛しい―――
だが、その余韻を待つ間もなく、キラがカガリに向かって言った。
「姉上、僕と一緒に『天界』へ帰りましょう。」
キョトンとするカガリ。だが、アスランには耐えがたい衝撃が、全身を駆け巡り、冷水を浴びたように感じた。
「・・・んと・・・『お前』・・・『神』なのは解かったけど・・・誰だ?」
目が覚めたとき、既にアスランの腕の中にいたカガリは、この時初めてキラの姿を見、声を聞いた。
「僕は『キラ』。『カガリ』・・・姉上とは『双子』の姉弟です。」
「え?・・・『双・・・子』・・・?」
優しい紫水晶の瞳は、まだ状況が掴めないカガリに、改めて自己紹介すると、アスランたちに言った。
「本来であれば『封印』―――と言う形であれば、僅かながらに『ひずみ』は酷く稀にではあるけど発生し、魔族が現れることはあります。しかしその『ひずみ』さえも壊してしまった以上、もう『魔界』と『地上界』を繋ぐ要因はなくなりました。そうなると、『3界』の『バランス』を保つ為、『天界』も『地上界』との『門』を壊さなくてはなりません。・・・つまり、あなた方『魔導』の力を持つ者も、自然と魔法が使えなくなります。そして―――」
キラはカガリに向かって言った。
「姉上を、今すぐ僕たちの故里―――『天界』にお連れしないといけません。『天界の門』を壊す前に・・・早く。」
アスランはカガリを抱く腕に、自然と力を込める。
―――また自分は、この手を離してしまうのか?
何時も大事なときに、伸ばしても届かなかった手・・・
苦しい過去を語ってくれた時・・・『力』に目覚め、脅えた時・・・そして、一人で『魔界の門』に立ち向かっとき・・・
もう、絶対に離さない!! 離したくない!!
・・・でも・・・もし『カガリ』が『天界』に帰る事を望んだら・・・俺は・・・でも俺は―――!!
「・・・なぁ・・・『天界』ってどんな所なんだ・・・?」
腕の中のカガリが、キラに尋ねる。
(―――行くな! 行かないでくれ!! カガリ!!)
必死の願いを込めた腕が、カガリを強く抱きしめ、アスランは濡れたままの自分の頬を摺り寄せる。
そんな2人を見ながら、キラはカガリに答える。
「僕たちの『天界』は、とってもいい所だよ。一年中花は咲き乱れ・・・争いもなく・・・病気もなく、皆の笑顔が絶えない・・・優しくって、温かな『楽園』だよ・・・だから早く姉上も一緒に―――」
「なぁ・・・それって『本当』に『楽園』なのか・・・?」
「ぇ・・・?」
キラの言葉を途中で遮り、カガリは語り始めた。
「お前、知ってるか?・・・例え病気になっても、皆が支え合って、薬とか飲ませて、元気になった人から「ありがとう。」って言ってもらえるの・・・その時の嬉しさ・・・。喧嘩もするけど、それはもっと「相手の事も知りたいし、自分の思いを知って欲しい」からこそ、言い合って・・・それで分かり合えたとき、お互い嬉しくなること・・・。寒い日は皆で寄り添って、小さな小さなテーブルで『ココア』作って温まりながら、おしゃべりして・・・。暑い日は川に魚獲りに行って、皆で川原で捕まえた魚焼いて食べて・・・。お前がいる『天界』もいいところだと思う。ううん!本当にいいところなんだって思ってる。・・・でも―――」
カガリは穏やかにキラの顔を見つめ、言った。
「優しくって、穏やかな世界でも、ずっと『それ』ばっかりじゃ、『本当の幸せ』って・・・見えなくなっちゃうんじゃないか? 時には辛くて苦しいこともあるけど、それを知っているからこそ、『天界』から見たら、ホンの小さな『喜び』でも、すっごく大きな『幸せ』になるんだ。私は、小さくっていい・・・ホンの些細な事でも、ちっちゃくても・・・『宝物』に出来る、『地上界』が『大好き』だ・・・。」
「カガリ・・・」
カガリの柔らかな笑顔に、アスランは愛しげに頬を・・・髪を撫ぜる。
「でも姉上―――」
キラが懸命に訴える。
「このまま『地上界』に残って、『天界の門』が無くなったら、姉上は『神格』を無くして・・・長い寿命も、魔力も、その翼も、皆無くなるんだよ!? 今戻らなかったら、もう二度と―――」
「ありがとう・・・キラ」
初めて呼んでもらった『自分の名前』に驚くキラの話を押さえ、カガリは静かに――だが力強く言った。
「私は『地上界』で育った、『普通の『薬草屋』の娘』だ。私が出来る事は凄く小さいことだけど、それでも私を必要としてくれる人達が・・・待ってくれている人達がいるんだ・・・。」
思い浮かぶ―――『オノゴロ村』の・・・大事な人達の笑顔―――そして…アスランを―――
「短い寿命かもしれんが・・・病気もするだろうが・・・空は飛べなくなるが・・・私はその中で、精一杯生きたい。 皆の知らない、私だけの『幸せ』が、『地上界』にあるんだ。お前は『お前の世界』で、幸せを見つけられるように・・・時々空を見上げて、祈ってるから・・・。」
言葉を終えると、キラは少し残念そうに―――でも何処か羨ましげにカガリを見つめると、静かに――だが力強く頷いた。
「僕も――『天界』から、姉上の『幸せ』見守っているから・・・」
晴れ渡り、森の木々の隙間から差し込む眩しい光に包まれて、キラが純白の翼を広げる。
「さようなら―――『カガリ』」
「さよなら!―――『キラ』! ありがとな!!」
キラが昇って行く・・・大空に、眩しい光を放って―――
「!? カ、カガリさん!?」
ニコルの声に、『魔導騎士』達がカガリを見る。
アスランに抱かれたままの、カガリの両腕の『紋様』が消えていくと同時に、背から純白の羽が<フワッ・・・>と抜け出していく。
やがてそれは<ハラハラ>と、まるで『地上』から『天』に向かって降る雪のように、舞い上がっていった。
空に消えていく『純白の羽』を、カガリとアスランは、微笑みながら、眩しそうに空を見上げ、見送った。
* * *
アスランに抱かれたまま、『オノゴロ村』に戻ったカガリ。
そこに―――
「―――っ!! カ、カガリッ!!」
教会から出てきたマーナが思わず声をあげる。
「カガリ!」
「カガリちゃん!」
「カガリさん!」
「カガリ!」
「カガリちゃん!」
「嬢ちゃん!!」
「カガリィ〜〜〜!!」
「「「カガリお姉ちゃーーーーん!!」」」
ムゥ、マリュー、ラクス、バルトフェルド、ダコスタ、マードック、アフメド、サイ、トール、カズイ、ミリアリア、フレイ・・・
皆が声を上げ、走り出してくる。
カガリはアスランを見つめると、アスランは柔らかな笑顔で軽く頷きながら、カガリを下ろす。
カガリの足が、動き出す・・・
1歩・・・2歩・・・3歩・・4・5、6、7・・・――――
走りながらカガリは大きく手を振る
「皆――――っ!」
走り出したカガリは満面の笑みで、『オノゴロ村』のみんなの輪の中に飛び込んだ。
――――――ただいま! 『オノゴロ村』!
ただいま! 『村のみんな』!
そして―――
「ただいま!」
私の『地上界』―――
〜a few after years late.〜
「何だ何だ!?この大げさな『馬車』は!?」
ワシャワシャと頭を掻きながら、マードックが『クサナギ』の前にいる人だかりにウンザリしながら愚痴を零す。
「知らなかったんですか!? マードックさん!? ビッグニュースですよ! あの『はねっかえり娘』のカガリちゃんが―――」
「そんな事くらい、『オノゴロ村』のネズミだって解かっていやがるさ!」
ダコスタの言葉を遮り、マードックがその視線の先に目を見やる。
先頭に『オープン式』の豪奢な馬6頭立ての馬車が1台。そしてその後ろに、1頭立ての箱馬車。
『豪奢な馬車』のドアから、幅広い『真っ赤な絨毯』が『クサナギ』の中まで敷かれている。
『クサナギ』からは、女性同士の小さなやり取り―――
「まぁまぁ。こんなあばら家で用意させなくっても、『お城』でさせていただければいいものを・・・」
「私もそう思って、アスランに言ったんだけど・・・アイツ、こう言うんだ。「カガリの『大事な家族』に『晴れ姿』、見せてあげなきゃな」・・・って。」
マーナの声にカガリが答えて直ぐの事―――
「御用意が整いました。さぁ、カガリ様・・・」
侍女らしい女性の声があがり、『クサナギ』の中から、その姿を現す。
「―――!!・・・ぁ・・・」
村人が見つめるその先には―――
『白いヴェール』を被り
『白いハイヒール』に、細い足を通し
『白いチュール』と『レース』をふんだんにあしらった『ウェディングドレス』―――
それを見事に着こなした、美しい金髪の女性の姿に、皆から感嘆の溜息が漏れる。
「綺麗よ! カガリちゃん!」
腕に2歳程の『男の子』を抱いたマリューが声をかける。
「まるでどっかの『お姫様』だな!」
隣で飄々と声をあげるムゥ。
「いやいや・・・普段からコレくらい『猫被って』おかないと・・・何せ本当に『王妃様』になるんだからな。」
「しーっ! 折角の大事な日に、喧嘩売らないで下さいよ! 店長!!」
バルトフェルドの言葉に、慌てて口を塞ごうとするダコスタ。
「カガリィ〜〜〜なんで、あんな奴の処に〜〜〜!!」
「うるせぃっ! アフメド! 男だったらキッパリ諦めて、堂々と見送れ!」
「そんなこと言ってる、親方だって、さっきから泣いて―――」
「な、なんでもねぃっ! ただ、ちっとばかし、『目が汗かいている』だけだっ!」
まるで『娘を嫁に出す父親』のようなマードックと、実らぬ恋を愚図るアフメド。
「カガリさん・・・これ・・・」
馬車に向かう絨毯の上を歩くカガリに、ラクスが声をかける。
「ラクス・・・」
「これ、子供達と作りましたの。」
ラクスの周りで、子供達が笑顔で集まる。
「お城に行けば、美しい『ブーケ』が御出来になっていると思いますが。でも、子供達と相談しまして、みんなで昨日、野原に出まして、摘んでまいりましたの・・・。」
そしてカガリに捧げた『ブーケ』には、「フリージア」「ダンデライオン」「カーネーション」・・・そして―――「向日葵」
「ううん。これがいい・・・どんなに『お城』が凄いの持ってきても、私は『これ』がいい。これが一番『私らしい』から・・・。みんな! ありがとな!!」
「カガリも元気でね!」「また遊びに来て!」「約束よ!」
子供達一人一人の頭を撫ぜ、村人達を見回し、一礼すると、カガリは馬車に乗り込みながら、マーナに言った。
「時々遊びに来るから!」
「まぁまぁ! これから『国の母』となる貴女が何を仰るの! ・・・でも・・・」
叱りながら涙を零すマーナが、微笑む。
「何時でも帰ってらっしゃい。・・・『オノゴロ村』は、何時までも『あなたの家』よ。」
「―――!! マーナ!!」
馬車の上からマーナに抱きつくカガリ。
「まぁまぁ・・・折角のお化粧が、落ちてしまうわよ。・・・ほら、カガリ! しっかりおし!」
カガリの瞳から溢れ出る涙を、優しくマーナがカガリの身を抱きながら拭う。
カガリはそっと涙を拭い、マーナの言葉に姿勢を正すと、回りには『村』の・・・『家族』の笑顔。
「元気でね!」「頑張るんだよ!」
声に答え、カガリが手を振る。
「はぁっ!」
御者が馬車に拍車をかけると、<ヒーヒヒンッ!>と嘶き、馬車がゆっくりと走り出す。
「・・・ねぇ・・・ママ・・・」
「ん? どうしたの?」
マリューが我が子の声に答えると、幼い子は指をさして言った。
「お姉ちゃん・・・『天使様』だったんだね。」
マリューがもう一度馬車を見やると、薄いヴェールが、まるであの日、カガリが舞い降りた時のようにように、フワリと柔らかな風に舞い、まるで『白い翼』の様に見えた。
「そうね・・・でも―――」
マリューはムゥと見詰め合うと、優しい声で息子に語った。
「『天使様』じゃなくって・・・『女神様』・・・かな・・・?」
* * *
『カグヤ城』城下の人々から、沿道を走るカガリの馬車に、歓声と、花弁が舞い上がる。
「開門――――っ!」
同時に『カグヤ城』の門が開き、馬車が滑り込むと、教会まで敷かれた『赤い絨毯』の上に、侍女から手をとられたカガリが、ゆっくりと降り立つ。
その両側には―――
涼しい表情をしながらも、口元に笑みを浮かべるイザーク。
ウインクしてみせるディアッカ。
笑顔のニコル。
『Vサイン』を出すミゲル。
小さく親指を立てるラスティ。
―――共に戦ってきた・・・かけがえのない仲間達・・・
「新たなる『オーブ王国』の未来に! 国王妃殿下に敬礼!」
イザークの凛とした声に、騎士たちが一斉に剣を掲げ、礼を取り、ひざまずく。
ゆっくりと皆に見守られながら進むカガリの先には―――
―――何処までも澄みきった、優しい眼差しの『翡翠の瞳』を向ける―――『大事な人』
アスランが階段を昇るカガリに、そっと手を伸ばす。
「・・・『お帰り』・・・カガリ。」
微笑む彼に、そっと手を差し出し、答える。
「・・・『ただいま』・・・アスラン。」
二人の手が重なると同時に、幾千羽の鳩が青空に舞った。
厳かに教会の『ヴァージンロード』を進む二人―――
一瞬アスランは足を止め、上を見る。
「・・・? どうかしたか? アスラン。」
カガリの声に、「いや・・・」とだけ答えると、アスランはもう一度自分の腕に回されたカガリの手を握ると、再びカガリと共に、ゆっくりと進み出た。
――――アスランが見上げた『天井画』
何時か『ハウメア湖』で見た、あの『女神』と同じ・・・
――『Spotless―[無垢]』――
その無邪気な『女神』の翼は『黒く』塗り替えられていた。
もう、二度と、この手は離さない。
そして・・・君と俺が、『この世界』を離れて、冥府に旅立っても、
ずっと、この国には、あの『天井画』と共に『伝説』として残るんだ。
「まだ神と魔が分れたる以前」―――今は無き、『魔導』と共に、この国を護った一人の『女神』―――
――――その名は―――『カガリ』―――
『オーブ』に舞い降りた、『勝利の女神』の『伝説』を――――
・・・it Tradition is forever.
Thank you!
(♪Image [Mother Land]by crystal.k)