『CAGALLI』 ― 11th.Tradition.―
薄いカーテンの隙間から、朝日が零れだした早朝―――
まだ身体に残る、温もりと香りを感じながら、『黒い翼の少女』は、その金の髪をなびかせ、自室に戻り、冷たいシャワーでの禊ぎを始めた。
生まれたままの姿のその体を拭き、ベッドの脇にかけてあった『白い聖衣』を身につける。
そして、『少女』は姿身で、その姿を整えると、まだ記憶に残る甘い時を振り払うように、鏡の中の自分に訴える。
―――(護るんだ・・・私の愛する人を・・・家族を・・・故里を・・・)
少女は一度、大きな翼を<バサッ>と広げると、その金の瞳に、甘さを消し、強い意志を映し出した自分の姿を鏡に見ると、一人頷き、部屋から出、臆することなく、長い廊下を歩き始めた。
一方―――
『少女』の去った後――一人の『うら若き国王』は少女と同じように、その温もりと香りを惜しみながらも、シャワーを浴び、自室に戻る。
そこには既に、幾人もの執事達が、国王の準備を整えるべく、深く礼を取り、待っていた。
国王は何もせず、その身を執事たちに任せると、執事達は心得たように、絹張りの肌着の上から、『銀の鎧』をつけ始める。
その作業が終わった頃、国王は何時もの棚から、愛用の剣を取り出し、鞘から剣を少し引き上げる。
磨きこまれたその剣は、零れる朝日を浴びながら、鈍い光を放っていた。
国王はその剣を<パチン!>という音とともに、鞘に収めると、執事の中でも重鎮な、一人の執事に声をかける。
「・・・『アレ』を・・・」
その声に、執事が一礼すると、その後ろに置いてあった、一つの何年も誰の手にも触れられていなかった様な、『大きな金属製のケース』を、恭しく捧げ出す。
『ケース』は未だ埃が残り、そして、フタの継ぎ目もない、只の箱にしか見えない。
国王は、その『ケース』に向かって小さく『呪文』を唱えると、施錠もされておらず、継ぎ目もない『ケース』が、ひとりでに開きだす。
そこには、『赤いビロード』が敷き詰められた中に、ピッタリと収まる様な形で、納められていた――柄尻も、柄も、見事な細工が施され、一見宝石のような輝きを放つ『剣』を取り出した。
国王はその翡翠の瞳で、『その剣』を取り出すと、先程の愛用の剣と同じように、鞘から、朝日に向かうようにして、その剣を引き抜く。
何年も…何十年…いや、それ以上だろうか・・・
施された細工に古びた印象はあるものの、スラリと抜き出した剣は、手入れの痕もない変わりに、先程の愛用の剣と同じ・・・いや、それ以上の光を放っていた。
翡翠の瞳を映し、何かの意思を彼に伝えるようにして光っていた剣を、先程より更に、冷静に・・・且つ、眼光鋭い眼差しで見据え終えると
<パチン!>
という音とともにまた鞘に収めた。
国王は腰に愛用の剣を左腰に。そして、見栄えも鮮やかな『もう一つの剣』を右腰につける。
「・・・では、行ってくる。・・・後を頼む。」
「無事のご帰還を―――」
深々と礼をとる執事達を背に、国王はマントを翻し、ゆっくりと長い廊下を歩き始めた。
* * *
まだ幾分か、『朝もや』が残る、『王城―カグヤ』の裏庭には、既に同じように『銀の鎧』を着けた魔導騎士達が各々の準備を整え、整列し、待っていた。
―――その中に、たった一人・・・
白い『聖衣』を纏い、『黒い翼』を持った『少女』の姿もあった。
国王が、魔導騎士達の前に姿を現すと、騎士達は、一斉に礼を取った。
その様子にまだ慣れない、金髪の『黒翼』の少女は、辺りを見回すと、慌てて騎士達と同じように礼をとる。
その姿に僅かに笑みを零すと、若き国王は、先陣に立って、話し出した。
「皆、『今日』というこの日まで、よく耐え、戦ってくれた事―――この国を預かる者として、心より、礼を言う。」
濃紺の髪を揺らし、騎士達に向かって頭を垂れると、騎士達から「陛下! 御手をお挙げください!」――と、ざわめきが起きる。
国王は姿勢を正し、更に話を続けた。
「1000年に一度の『この時』――この時をこうして向かえることになってしまい、悔やむ者もいるだろう・・・しかし、あえて『この時』に『魔導騎士』として、その力を持つことを許された・・・選ばれた者達だ。どうか、この国の為、その力を貸してくれ!」
その声に、銀のサラリとした髪の騎士団長―――イザークが、声を上げる。
「今、俺達がこうして『選ばれた者』として、此処にいることを誇りに思え! そしてこの国の為に力をつくせる事――陛下の恩義に報いる為、皆、遺憾なく、その力を大いに発揮せよ!」
『おぉーーーーーっ!!』
騎士達から、声があがる。
「では、これより『出立する』!」
マントを翻し、馬番が連れてきた白馬――『ジャスティス』の背に乗ると、『大隊長』達も、各々の愛馬に乗りだす。
そして――朝日を受けて、まるで『金色のように輝く馬』――『アカツキ』の背に、『黒い翼』をもつ少女が乗り、『ジャスティス』に歩み寄る。
「・・・いくよ。・・・カガリ・・・」
翡翠の瞳が、優しく少女を映す。
「うん! アスラン!」
金の瞳に国王の姿を見、力強く頷き返す。
2頭の馬を先陣に、『オーブ魔導騎士団』は、『カグヤ城』の城門から、その威厳を誇らしく保ちながら、出陣した。
* * *
『魔導騎士団』の行列に、祈るように跪く町や村々の人々――
その中、一個師団の『大隊長』が声を上げた。
「では、陛下! 我らは此処で、目的の場に向かいます! ご無事のお戻りを!!」
「頼むぞ・・・ミゲル・・・そして『アイマン隊』」
「「「はっ!」」」
ミゲルをはじめ、『アイマン隊』は全員、アスラン向かって礼をとると、町外れの分かれ道から列を離れた。
やがて、『オノゴロ村』が近づくにつれ、もう一個師団が、隊列を離れた。
「ラスティ・・・任せたぞ。」
「陛下・・・いや、アスラン。・・・お前も・・・な。」
ラスティが礼をとると、無言で『マッケンジー隊』も礼をとり、『己の戦場』へと向かった――
「アスラン・・・あの人達は・・・」
カガリは馬を並べて歩くアスランに聞いた。
「・・・『魔界の門』は『オノゴロ村』だが、護るのは『オノゴロ村』だけにはいかない。近隣の村や町にも結界を張り、時には戦い・・・そうして少しでも、『魔界の門』から湧き出した『魔族』から、護らなければならない。・・・その『彼らの戦場』に向かったんだ・・・。」
「・・・そっか・・・。」
カガリは少し寂しげな表情で見送る。
―――心の中で、彼らの無事を祈りながら・・・
* * *
「『瘴気』が濃くなってきましたね。」
隊列の後ろの方から、ニコルの声が聴こえる。
同時に、カガリの目に、何ヶ月ぶりだろう・・・もうずっと離れていた気がする、懐かしい風景が飛び込んできた。
既に村は取り囲むように、『瘴気』が深く、濃く、渦を巻いている。
(――マーナ! 皆!!)
はやる気持ちを抑えるように、アスランがカガリを制する。
「落ち着け、カガリ。『瘴気』が濃くなっているが、『オノゴロ村』の結界は、『バルトフェルド』氏がまだ魔導が使える為、強固にして護ってくれている。そして、村にも隊を置くから――」
「・・・うん・・・」
カガリの小さな頷きに、アスランは『ジャスティス』の歩みを一旦止めると、後方の隊列に向かって声をあげた。
「此処からは、見ても判るとおり、『瘴気』が濃くなっている! 各自、耐性魔法を!『馬を引く者』は、馬達にも耐性魔法をかけろ! 『オノゴロ村』に着き次第、『守護隊』と『攻撃隊』に別れ、作戦通りに進める! 皆! 気を抜くな!!」
「「「はっ!」」」
カガリも慣れないながらもディアッカに教わったとおり、『アカツキ』に魔法をかける。
「お前・・・絶対死んじゃ駄目だからな! 折角仲良くなったんだからな! 約束だぞ!」
『アカツキ』はその言葉を理解したかのように、小さく嘶いた。
* * *
<ギャァァァーーー!>
<グギャァーーーーー!>
「えぇい! 邪魔だ!」
銀の髪を振り乱し、イザークが、既に瘴気とともに地上界に現れた魔族を、馬上から切り裂く。
既に隊列を乱すように、『魔族』達が押し寄せ、戦いながらも、アスランとカガリ達は、懐かしい村はずれの『公園』を通りすぎ、村の中心へと、隊を進めた。
村の中は『強力な結界札』で、『瘴気』や『魔族の攻撃』から、何とか凌いでいるようだった。
アスランは『ジャスティス』を下りると、各騎士達も馬を下り、準備にかかった。
カガリも同じようにして、『アカツキ』から下り・・・懐かしい村をゆっくりと見まわす。
―――あの時・・・『魔族』と呼ばれ、この村を出てから2ヶ月・・・
一度だって忘れた事がなかった、懐かしい『オノゴロ村』
「・・・カガリ・・・」
アスランが、カガリの肩を抱きながら、薄っすらと涙を湛えた金の瞳に、柔らかな微笑みを映す。
そこに―――
「久しぶりだな。・・・カガリ。」
「!? バルトフェルド!!」
カガリは懐かしさのあまり、微笑み近づいてきたバルトフェルドに、勢いよく抱きつく。
「おいおい・・・抱きつく相手が違うだろうが・・・ま、『はねっかえり娘』のカガリでも、一応『女の子』だから、悪い気はしないがな。」
「なんだよ!その『一応』っていうのは!?」
むくれるカガリ――その素直で疑いを知らない無垢なところは、離れていても一向に変らない。
その2ヶ月間の空白が、まるでなかったようで、バルトフェルドはカガリの頭を微笑みながら<ポンポン>と叩くと、アスランに向き直って話し始めた。
「何処まで『お役』に立てたかどうかはわかりませんが・・・今のところ、『結界』は何とか持ちこたえてますがね・・・。」
「すまない・・・貴方にご負担をお掛けして・・・」
「いやいや・・・この『はねっかえり娘』を預ってもらって頂けでもありがたかったですが、同じ『この時』を生きるものとして・・・『元・魔導騎士の誇り』をかけられること・・・大変な栄誉を与えて下さった陛下に、御礼申し上げます。」
そういって、カガリの頭を撫でながら、バルトフェルドはアスランに礼をとった。
アスランは頷くと、ニコルに声をかけた。
「ニコル。『皆既日食』の起きる時間までは―――」
「あと、『1時間弱』――といったところです!」
ニコルの声を聞き、アスランは声をあげる。
「では、これから『作戦』に入る! 『エルスマン隊』! この『オノゴロ村』の結界を護り、魔族の侵入を許すな!」
「OK!一匹たりとも、逃しゃしないぜ!」
明るく答えるディアッカに、バルトフェルドは声をかけた。
「『村人』はご覧の通り、あの『教会』の中にかくまっている。そこを重点的に頼む。」
その言葉に、ディアッカは片目を瞑り、笑うようにして『了解!』の合図を示す。
「では、『アマルフィー隊』、『ジュール隊』。俺とともに、村の裏手の山――『魔界の門』を封じる為に出立する! いいか! あくまで『皆既日食』が終わるまで――『魔界の門』が閉じるまでに、『魔族』と『瘴気』を封じ込めればいい!! 皆、死にはやるな!」
「「「はっ!」」」
魔導騎士団は、全員その場で礼を取る。
カガリも同じく礼をとり、アスランに付き従おうと、足を進めたその時―――
「カガリィーーーーッ!!」
教会の向こうから、マーナ、マリュー、ムゥ、アフメド、ダコスタ、マードック、ラクス・・・懐かしい笑顔が、カガリの名を叫ぶ。
「・・・みんな・・・」
カガリが溢れそうな涙を堪えていると、「さぁ・・・」とラクスに促され、一人の少女がカガリの下へ走ってきた。
赤い髪の少女――フレイ
「・・・カガリ・・・これ・・・」
そういって、フレイが差し出した物は―――まだ早咲きの・・・『向日葵』
「・・・フレイ・・・ありがとう・・・」
カガリは笑顔で受け取ると、「カガリィーーーー!!」と子供達が走り寄ってくる。
サイ、ミリアリア、トール、カズイ・・・
「カガリ! 帰ってきてよ! アンタ帰って来なかったら、絶対許さないから!!」
涙を流しながら、強気のフレイが懸命に思いを伝える。
カガリはしゃがみ、フレイと同じ高さの視線をとると、子供達に語りかけた。
「あぁ! みんなの気持ち、いっぱい貰ったから! 私は負けない! みんながいるから・・・私、必ず帰ってくるから―――だから、
フレイ―――」
そういって、カガリは一度受け取った『向日葵』をフレイに返すと、肩を抱きながら言った。
「これから『瘴気』の中に入るから・・・折角の『向日葵』枯らしたくないから・・・私が帰ってくるまで、『これ』・・・預っていてくれ。」
フレイがしゃくりあげながら、カガリに言う。
「絶対よ!・・・ヒック・・・約束・・・エグッ・・・なんだからね!」
カガリは子供達を抱き締めると、「さぁ、教会へ・・・」と促す。
皆が手を振る―――
その手を振り返し、踵を返すと、其処にはアスラン・・・
「行こう! アスラン!」
「あぁ!」
そして、2人を先頭に、魔導騎士団2組は、隊列を作り、一路『魔界の門』へと進みだした。
* * *
<ギャァーーーーーーーッ!>
<グギャァァァーーーーーッ!!>
『オノゴロ村』の『結界』を抜けた途端、まるで『百鬼夜行』の様に、次から次へと、魔族が押し寄せる。
「はぁーーーーーっ!!」
<ザシュッ!>
<ギャァーーーー・・・・>
「・・・『我が『3界の恵み受けし者』・・・その精霊なる光を与えられん事を!』――『サンダーーーッ!』」
眩い閃光とともに、魔族の身体に稲妻が落ちる。
<グォォォーーー・・・・>
ボトリと落ちた魔族の体は、砂と帰し、風に流れ消え去る・・・。
「敵はまだこれからだぞ! これから更に増える! 瘴気の壁も厚くなるが、皆、ひるむな!」
イザークの声に、騎士達が声を上げ、襲い掛かる魔族を切り裂き、魔術で消滅させていく。
30分後―――いつもなら、5分とかからない、その『洞窟』まで、ようやくたどり着くと、アスランは叫んだ。
「これから、隊を分断する! 『アマルフィー隊』! 洞窟の入り口にて、瘴気を払い、我々が除ききれなかった魔族を此処で食い止めろ! 『ジュール隊』は俺に続け!」
「「「はっ!」」」
アスランは単身、剣で確実に魔族をしとめて行く。
そして――――
「はぁぁーーーーーーっ!!」
カガリがその『大いなる翼』で、洞窟の奥から溢れかえってくる魔族と瘴気を、その羽ばたきで、奥へとなぎ倒す。
<グルルル・・・・ギャッ!!>
<ガシャン!>
「うわぁーーーーっ!」
騎士の一人が、魔族の攻撃をまともに喰らい、悲鳴をあげる。
更に
<ガシッ!・・・バキン!>
魔族が振り下ろされた剣を咥え、それを小枝のようにへし折る。
「うわぁーーーーーっ! 『我3界の恵みを受けし―――
その呪文を唱える間もなく、引き裂かれるような音と、血しぶきが溢れる音が、アスランやカガリにも聴こえる。
「エリオットォォ!!」
仲間の騎士が、彼の断末魔の声に、悲しみの叫びをあげる。
カガリは苦痛の表情で、振り返ろうとするが
「見るな!」
アスランの強い声。
「ここで振り返っている猶予はない! 先に進み、『魔界の門』を閉ざす事だけ、考えろ!」
カガリは頷くと、怒りを込めた手に『魔丈』を握り、アスランの先に立って、怒りを込めた魔法の豪炎を繰り出し、溢れ出てくる魔族達の体を焼き尽くす。
<ウギャァーーーー・・・>
奥に進むにつれ、濃くなる瘴気と、魔族達をふり払うようにして、カガリは翼をはためかせ、『魔丈』で魔族をなぎ払いながら、アスランとともに、更に奥へと進んだ。
* * *
洞窟の奥へと進みだしてから、20分を過ぎたころ。
「―――!?」
アスランとカガリ、そしてイザークら、『ジュール隊』の幾人かが、その場で足を止める。
そこは嘗てない程の『瘴気』が渦を巻き、まるで『一枚の壁』の様に、進路を塞いでいる。
そこから魔族が隙間を縫って、這い出るようにして、襲い掛かる。
「このぉぉぉぉーーーーっ!」
部下を失った憎しみを力に変え、イザークが剣に炎の魔法をかけ、片っ端から魔族を切り裂いていく。
その時、カガリが声をあげた。
「アスラン!あれ!」
カガリの指先が示した先には、『瘴気の壁』から、何かが浮き出てくる・・・いや、瘴気自体が『固まり』をつくり、それが形をなしていくのに気がついた。
「・・・イザーク、時間は―――」
「・・・あと10分ほどで・・・『皆既日食』の時間だ・・・」
アスランの問いに、イザークが息も荒く答えると、アスランは黙ってそれを見上げた。
「―――『魔界の・・・門』・・・」
* * *
「ラクスおねえちゃん。・・・なんか、お外、暗くなってきたよ?」
ミリアリアの言葉に、ラクスはミリアリアを抱き締めると、優しい声で、怖がり震える子供達を抱きながら話した。
「それはね、お日様が、お月様で隠れてしまうからなのですよ。」
「・・・お日様・・・なくなっちゃうの?」
フレイが声を震わせると、ラクスは微笑んで答えた。
「いいえ。お日様は、なくなりませんわ。・・・ただ、ほんの少し、お休みしてしまうだけで。・・・次にお日様が出てきたら、
その時は―――」
ラクスが教会の天井画を指差しながら、穏やかに答える。
「私達の『女神様』が・・・きっと笑顔で戻ってきますわ・・・あのように・・・。」
子供達の視線の先には、白い聖衣を纏った、大きな杖を持つ『翼の生えた女神』が、太陽に向かって飛んでいく絵があった。
* * *
「ジュール隊長!」
「何だ!? 今からもうへたばったか!!」
「我が隊2名戦死! そして負傷兵12名! 一方『アマルフィー』隊も7名負傷との連絡! これ以上持ちこたえる事は――!」
「馬鹿者! 貴様ら今まで何のために戦ってきた!? 俺達でなければ・・・俺達がしなければ、『オーブ』は滅亡だぞ!!」
イザークと部下のやり取りを背に、アスランとカガリは『魔界の門』が形作られて行く様を、剣と杖を振りながら、見やっていた。
<ギ・・・ギ・・・ギギ・・・>
石で作られたような、重い音とともに、その形をなした『門』が開かれていく。
そこからまだまだ溢れんばかりの魔族が飛び出しては、襲い掛かってくる。
洞窟の先から、既に力を失った騎士達の苦痛の叫び声が聴こえる。
「・・・ここまで・・・か・・・」
「!?・・・アスラン・・・?」
アスランは剣を鞘に収めると、呪文を唱え、『門』とカガリやイザーク達が戦う間に立ち、『障壁結界』を張った。
「―――!? アスラン!? 貴様何をやって―――」
イザークの声にアスランは、ふとイザークに振り向かって、穏やかな声をかけた。
「イザーク・・・それからニコル・・・ディアッカ・・・ラスティ・・・ミゲル・・・後の事は頼む・・・。」
「何だ!? 何をやる気だ!! 貴様ぁぁぁ!!」
『障壁結界』に阻まれたイザークは、アスランの姿が見えるが、アスランにその手は届かない。
まるで見えない強固な『ガラス窓』があるかのように、イザークは、その障壁を叩き続ける。
その音を背に、アスランは腰の右側に下げていた、豪奢なつくりの『もう一つの剣』を取り出すと、膝まづき、その鞘――ではなく、両手で刃を握り、剣に己が血を滴らせる。
そして呪文を唱え始める。
すると、アスランの下に、光とともに『魔方陣』が現れ、アスランの濃紺の髪と、マントをはためかせる。
―――『最終終局魔法』―――『ジェネシス』
王家の直系だけが使える『魔術』―――
昨夜、アスランが目を通していた、紙の端々が黄ばんだ、古びた『レポート』
万が一、『この国』何か悪災が起きた時、そのレポートに書かれた『禁断の呪文』が『王家の剣』とともに伝えられきた。
恐ろしい魔力を引き出し、その力は計り知れない。
但し―――その為には、自らの『肉体』も『血の一滴』すらも『魔力の糧』となり、自らの身は―――『消滅する』
『その時』まで、あと10分弱―――
騎士達も抑え切れないだろう。
そして――『魔界の門』は――開かれる・・・
それだけは己が命に代えても、『封印』せねばならない
―――この国を護る『王たる役目』
アスランは呪文を唱え始める。
「―――我、3界に獲る力の源を捧げん者・・・」
走馬灯のようにアスランの脳裏に浮ぶのは・・・幼き日、父と母と・・・暮らした日々
「その『根源たる』命を捧げんとともに、我が血肉を糧とし―――」
魔導騎士として、辛い訓練に耐え、ともに苦しみを分かち合った、イザーク、ディアッカ、ラスティ達の顔。
「あの『忌まわしき門』を、封印せしめん事を―――!」
叫びとともに浮ぶのは―――
(―――「アスラン!」・・・)
風に靡く金の髪と、瞳を持つ、自分を包み込む、太陽のような・・・明るく・・・愛しい笑顔・・・
(―――さよなら・・・カガリ・・・)
アスランは<カッ!>と目を見開き叫ぶ―――
「『ジェネシス』!発動!」
そうして、『王家の剣』を魔方陣に突き刺さんとした
その時―――!
<カシャーーン!!>
「うわっ!」
剣が何か強い力に弾かれ、アスランの手を離れ、魔方陣の外にはじき出される。
その勢いにつられ、アスランも後方に倒れ、尻餅をつく。
アスランが目を見開き、見上げた先に映った者の姿に、驚愕する。
「――――!!」
その者は、『障壁結界』などもなかったかのように、その結界を通り過ぎ、大きな鋭い鎌のような先端をした『魔丈』を持ち、アスランに向かって、その小さく、華奢な身体さえも大きく見えるように、翼を広げ、金色の鋭い光を放つ眼光で、アスランを見据えていた。
「・・・昨日、言ったはずだ・・・『死なせないから・・・お前』って・・・」
「・・・カガリ・・・」
カガリはゆっくりとアスランに向かって言った。
「アスランは、この国の・・・『オーブ』にとって、大切な人だ! これから皆にしてやらなきゃならない事だって、沢山あるじゃないか!! だから―――」
カガリは一呼吸置くと、ハッキリとアスランを見据えていった。
「・・・『魔界の門』は・・・私が『閉める』から。」
「――――っ!?」
アスランは目を見開くと、慌ててカガリを諌めようとする。
「駄目だ! 君にそんな事をさせるくらいなら、俺が―――」
言いかけたアスランに向かって、カガリが冷徹に『魔丈』を振り下ろす。
「っ!!」
鋭い鎌の先端は、アスランの鼻先で止まり、まるで魔法をかけられたように、アスランは身動きを止められた。
「・・・私・・・何の為に『生まれてきた』か・・・ようやく判った気がするんだ・・・」
カガリが僅かに優しげな声で、語り始める。
「私は・・・『私』が『何者』なのか、今も判らない・・・。でもきっと『この時』の為に『生まれてきた』んだって・・・」
カガリが優しげな笑みを浮かべ、金の瞳に涙が溢れる。
「この『力』で・・・大好きな『オノゴロ村』を・・・『村の皆』を・・・『オーブ』を・・・そしてアスランを・・・私の大好きな人を助けられるって・・・こんなに嬉しい事はないぞ!」
カガリの瞳から涙が頬を零れ伝う・・・
そして満面の笑みを浮べ、アスランに告げた。
「こんな私を、大切にしてくれて・・・愛してくれて・・・ありがとう! アスラン!!」
カガリはクルリとアスランに背を向けると、<バサッ>と大きな翼を広げる。
「―――っ! 駄目だ! 行くな! カガリィーーーーッ!!」
アスランが叫びながら、カガリの身体に手を伸ばし、抱きとめようとする。
だが―――
その手は『黒い翼』の『風切り羽』の一枚を辛うじて掴むが、カガリの身体はその手を<スルリ>と離れ、『魔界の門』に真っ直ぐ向かって飛んでいく。
「ハァァァァァーーーーーーーーーーッ!!」
カガリが満身の力を込めて『魔丈』を振り、『門』の向こう側から這い出ようとする魔族どもを切り裂きながら、瘴気ごと魔族をその強い羽ばたきで『門』の中へ、カガリ自ら押し入れる。
そして、カガリを飲み込んだ『門』は<ギ・・・ギギッ・・・ギィィィ・・・>という音とともに、開きかけた『扉』を無理やり閉めるように、『開き』、『閉じる』ような動きを繰り返しみせるが、やがて―――
―――<バタン・・・>
開ききることなく、その『扉』は閉じた・・・。
そして
<バキーン! ガシャーン!>と、『閉められた門』の向こうから、切り刻むような音が聞える
と同時に、
<ガラガラガラ・・・ズーーン・・・>
『魔界の門』が崩れ落ちた・・・。
まだ『門』のあった場所に、霧のようになって瘴気の壁が残るが、そこから『魔族』や『瘴気』が出てくる気配は無くなった。
そして―――一枚の『黒い羽』が、アスランの目の前に、<フワッ>と舞い落ちてくる。
アスランが、必死でつかんだ―――『風切り羽』
―――いつも『掴めなかった』・・・
カガリが自分の辛い過去を、湖のほとりで話してくれたときも・・・
『異形の姿』になり、苦しむカガリを・・・
そして、今また―――『この手』は『彼女』を『掴む事』が出来なかった・・・
『大事なとき』に・・・『一番愛するもの』を、いつも逃して・・・
「・・・クッ!・・・ウゥッ!・・・ッァァアアアアアアーーーーーーーーーッ!!」
アスランは、カガリが残した、たった一枚の羽を握り締めると、両肩を震わせ、血が滲むほど両手を強く地面に叩きつけ、そして溢れ出る涙を隠そうともせず、天に向かって咆哮した。
「カガリィィィィィーーーーーーーーーーッ!!」