『CAGALLI』 ― 10th.Tradition.―
「・・・あれは・・・今から『16年前』ものことですが・・・今でも鮮明に覚えております・・・。」
マーナは自分の目の前に置いた、ティーカップを両手で包み込みながら語りだした。
―――「そう、今から『16年前』のことです。私が買い物をして、自分の店に戻ろうとしたときでございます。
この『オノゴロ村』には、滅多に起こりえない『雷』が酷く鳴り始めたのでございます。
えぇ、もちろん、雨季には激しい雨とともに『雷』も落ちますが、始めは<ゴロゴロ>という、『遠雷』がなり、そして雨が降り出し・・・
ということが常でございましたから・・・。
ところが、その日に限って、いきなり『激しい雷だけ』が鳴り出し――買い物をしていた店の青年から教えてもらったのです。
『・・・あれは『神鳴』――『天の神様がお怒りになられたときに鳴る雷だ』・・・と。
「・・・『神・・・鳴・・・』?」
復唱するアスランに、マーナは話を続けた。
私も恐ろしかったものでしたから、早く自分の店に戻って、雷が鳴り止むのを待っておりました。
その時――
<ピシャッ!>
激しい音と光とともに、私の店の裏山に、稲妻が落ちたようでして、私は身をすくめておりましたが、その音を最後に、みるみる太陽の光と、
青空が戻ってきたのです。
私は裏山に『薬草』の畑や、乾燥させている途中の『薬草』も置いておりましたので、先程の稲妻で、『薬草』が傷んでいないか、確認をしに
参りました。・・・そう、その時でございます! 裏山の奥から、<オギャァ、オギャァ>と泣く、赤子の声が聴こえたのは・・・
「・・・それが・・・『カガリ』ちゃん・・・か・・・」
バルトフェルドの言葉に、マーナは頷きながら、話を進めた。
赤子の泣く声に、私が裏山の奥の・・・そう、あの『深い森』に入っていったとき、其処にはなんとまぁ! 『年若い女性』が、『一人の赤子』を
抱き締めながら、力尽きたように、倒れこんでいたのでございます。
私は驚いて、早く2人を家に連れて帰ろうとしたのですが、その女性は首を振り、こう話し出したのです。
―――「私は…『この子』を…守るためだけに…力を使って…もう力は残っていません…」
と・・・。
始めは『野犬』にでも襲われて、命からがら逃げてきたのかと思いましたが、女性に傷は一つもなく、私は彼女を励まし、力づけようとした
のですが・・・
―――「…この子は『悪しき者』ではありません・・・きっと・・・暗闇に光を灯す・・・『カガリ』・・・」
そう言い残し私にその赤子――『カガリ』を手渡したと思うと、安らかな表情で・・・なんとまぁ!『金色の光』の霧のように、その女性の
身体が消え、天に昇っていったのです・・・。
最初は村の誰もが、「夢でも見たのだ」と笑って済まされてしまったのですが・・・私も店を切り盛りし、更に手元に残された
『あの子』――『カガリ』を育てているうちに、『本当の娘』の様な気がして・・・そして、あの『出来事』まで、普通の娘と信じて
過ごしてきたのでございます。
マーナがハンカチを目元に当てながら、話を終えると、アスランはバルトフェルドに話を向けた。
「バルトフェルドさん・・・貴方はその頃、父上の元、『魔導騎士団』にいらっしゃったのですよね?」
「『バルトフェルド』・・・で結構ですよ。陛下・・・」
そういいながら、バルトフェルドは、己も苦しい過去であったろう・・・その記憶を掻い摘んで話し始めた。
「俺がまだ、『オーブ騎士団』に所属していた頃・・・まだ、今の陛下がなさっているような、『一般騎士』と『魔導騎士』の区別はなく、全ての騎士が同じように働き、多少『不可解な事件』・・・言ってしまえば、まぁ『魔族がらみ』の事件ってヤツですが・・・その時だけ、『一般騎士』の中から、『魔導の力』を持つものだけが、『魔導騎士』として、緊急に呼び出しを受けた―――って形になっていた訳ですよ。」
「・・・そんなに『魔族』は――」
「あぁ。『今のような凶暴な魔族』は『これっぽっち』もいませんでした・・・。」
アスランの言葉に、バルトフェルドは話を続けた。
「時々・・・そうした『魔族』が絡んだ事件の時だけ、『魔導騎士』が特別要請を受けて・・・でも、それも、もう引退なされたが、お名前くらいは陛下もご存知でしょう。あの名将『ハルバートン提督』の隊と、『俺の隊』だけで事は済んでいたんですがね。」
アスランは一度考えを整理すると、改めてバルトフェルドとマーナに尋ねた。
「『16年前』――その『女性』と『赤ちゃん』が来る前にも――この村には『魔族』は来なかったんですか? そして、『魔導騎士団』の出動要請は?」
「えぇえぇ!確かに!・・・『お化けの仕業』みたいな不思議な事は、幾つかありましたが・・・でもあの『女性』と『カガリ』の事があってからは・・・一度も無くなっておりました!」
気がついたかのように、マーナが目を見開いて答える。
「・・・陛下の仰るとおり・・・16年前に『オノゴロ村』近辺からの『魔族討伐』の命令は、急に無くなり、『ハルバートン提督』も、「不思議だ」と仰っておりましたがね。」
バルトフェルドの言葉に、アスランは『最後の質問』をマーナに向けた。
「『カガリ』を抱いていた『女性』は・・・『その女性』には・・・『翼』が生えてはいませんでしたか!?」
記憶を反芻するマーナ・・・
「えぇ・・・そういえば・・・確かに、『白いもの』が背中にあったような・・・『服の一部』かと思っておりましたが、今考えると、『服にしては不思議な形』をしていたような・・・」
マーナの言葉に、ある確信を得ると、それを確かめるべく、アスランは立ち上がった。
「マーナさん。その『カガリ』を託された場所を、教えていただけませんか? そしてバルトフェルド・・・さん。・・・俺の考えが正しければ・・・一緒に確認しに立ち会ってもらえませんか?」
アスランの言葉に2人は頷き、立ち上がった。
* * *
『クサナギ』の裏山から3人が『カガリと女性』を見つけた場所に向かう。
だが、アスランとバルトフェルドだけは見える―――『今までにない程、強大な『瘴気』が『村の結界』外に、うねるように溢れ出している』
「マーナさん。此処から先は俺達だけで行きます。・・・バルトフェルドさん・・・は、大丈夫ですね?」
「えぇ・・・はい。」と頷くマーナ。
「こう見えても『腐っても、『元・魔導騎士』ってヤツですからね。」
バルトフェルドはそう、アスランの言葉に頷いた。
詳しい場所の特徴を、マーナから聞き出すと、アスランとバルトフェルドは揃って強い瘴気の中を進んでいく。
「まさか・・・こんなに酷い瘴気は初めてだ・・・」
「確かに・・・ここんところ急に酷くなりましてね。『結界札』に魔力を注ぎ、どうにかやってますよ。」
バルトフェルドが言葉をそえると、アスランはバルトフェルドを労いつつ、マーナの言った、『その場所』に着いた。
「―――!? 此処は―――!!」
アスランは目を見開いて驚く。
直径3m程の『洞窟』―――其処から、溢れんばかりの『瘴気』がモクモクと立ち上がり、それに紛れるように、『魔族』が外へと飛び出していく。
―――そう・・・
その『場所』こそ、アスランが始めて『カガリ』と出会った、あの『子供達』を救った『洞窟』
「陛下・・・僅かですが、『瘴気』に混じって『洞窟の入り口』に、『違う気配』が僅かに残っているようですが・・・。」
バルトフェルドの言葉に、『魔族』に気取られないよう、その残り少ない『気配』を確かめる。
「―――!? これは・・・『魔導騎士』の物でもない・・・だとすれば―――」
「・・・『天界』・・・ってヤツですかね・・・」
アスランはこのとき、ハッキリと確信した―――
―――そう・・・『16年前』急に『魔族』が一時的に出現しなくなった事。
それは、『その女性』が『命をかけて『カガリ』を護る為に張った『結界』
『その女性』は『神鳴』――何らかの理由で神の怒りに触れ、『天界』から追放された『女神』
そしてその『女神』の施した『封印』が、時とともに薄れていくに対して、『カガリ』の成長によって、『カガリ自身』が
『結界』を『引き継いだ』・・・
つまり―――『カガリ』は―――『女神』
そして、女性・・・いや、マーナからの口ぶりから言って、その女性は『カガリ』の母親。
その『母』が、『カガリを護る為』――つまり、『魔族』から護る為に張った『結界』の場所・・・そして、奥から止め処も無く
『瘴気』と『魔族』が湧き出てくる、『この洞窟』が・・・
「・・・『魔界の門』・・・」
アスランは、全ての『謎』が解けたように、握る拳に力を入れた。
* * *
それから約1ヶ月後―――
「そっちに行ったぞ! カガリ!」
イザークの声。
「よし! 任せろ!!」
大空に、『ギリシャ神話』の中から飛び出してきたような、『白い絹布の聖衣』を纏った、『黒い翼の少女』が、舞いあがる。
空中に飛来した『魔族』に、他の者に危害を加えないよう練習してきた力加減で、カガリは大きな翼を翻し、『魔丈』を振り、空の『魔族』を一掃する。
<ギャァァァーーーーー・・・>
<ボトリ>と落ちた、魔族が砂のように消えていく。
「カガリさん! 村に魔族が侵入したようです! 馬だと遠回りになってしまうので、先に行って被害を食い止めてください!」
「あぁ! 判った!」
ニコルの必死の叫びに、カガリは再び翼をはためかせると、誰よりも先に村に向かい、一人でも早く襲い掛かる魔族を倒していく。
「はぁーーーーーっ!!」
<ウギャァァァッ!>
舞い踊るように『魔丈』を振り下ろすと、何十匹といた魔族が一斉に砂と化す。
「やりましたね! カガリさん!」
ニコルの言葉に、「へへ〜ん!」と得意そうに笑顔で答えるカガリ。
―――『護るんだ! 私の力で、皆を・・・ううん、それだけじゃない。・・・きっと『アスラン』を・・・『アスラン』が護ろうとしているものを、護りたいんだ!』
心に浮かべると、不思議と『温かくなる』・・・あの『優しい翡翠の瞳』―――
―――人間じゃなくてもいい・・・魔族じゃなくてもいい・・・こんな私を大切に想ってくれる人が護りたいもの・・・私も
『護りたい』・・・
そう願いながら『黒翼の少女』は、誰よりも気高く、美しく『オーブ』の大空を舞った。
* * *
『カグヤ』の城門が開くと同時に、『銀の甲冑』を身につけた『魔導騎士団』が、一つも列を乱さず、城内に入った。
その中で只一人――城門の開閉も臆することなく『白い聖衣』のカガリが、真っ直ぐアスランのいる『執務室』の窓辺に<ストン>と降り立った。
「お帰り、カガリ。」
表情を崩しながら、窓を開け、微笑むようにして、アスランが声をかける。
「ただいま! アスラン! 今日もちゃんと魔族、倒せたぞ! 町の人達にも怪我無かったし!」
笑顔で答えるカガリに、アスランも答える。
「それは何よりだ。・・・でもな、カガリ―――」
「ん? 何だ!?」
「幾ら今日は『アカツキ』がいらない所だったとしても、帰って来る時は、ちゃんと城門から入ってくるんだ。・・・それは『魔導騎士』たる者・・・いや、『騎士』で無くても、礼儀は大事だ。報告は、ちゃんとみんなの前で受けるから。」
「・・・わかったよ・・・」
アスランのお説教に、幾分むくれると、カガリは翼をはためかせ、地上の『騎士団』の下に舞い降りた。
―――『白い聖衣』―――
飛ぶには『銀の甲冑』は重過ぎるだろう・・・と、『魔除けの念』を施した絹糸で織り上げた『聖衣』
教会の『天井画』の神話の神々が着ている衣・・・
カガリによく似合う
そう・・・何しろカガリは『本物の女神』なのだから・・・
だが、アスランは、カガリに伝えられないままでいた。
もし伝えてしまったら・・・
神々しい『女神』が、自分の手の届かない、『遠い存在』になりそうで・・・
触れてはいけなくなりそうで・・・
―――「でも、『その時』が来るまでには、伝えなければならない。」
心の奥の激しい葛藤が、アスランを鎖で締め付けるように、鈍く苦しめた―――
* * *
『予言の日』まで、もう2週間となった頃には、『魔導騎士団』の疲弊はうず高く積もっていた。
確かに『カガリ』が戦闘に加わるようになってから、一つ一つの戦いは、比べ物にならない程、楽になった。
だが、『魔族』の出現は増えるばかり・・・
そして―――『その時』を見越して、アスランは『魔導騎士団』の大隊長達を『会議の間』に集めた。
そして、其処には『カガリ』も呼び出された。
「皆、疲れているところをすまない。・・・『予言の日』まで、あと僅かになったが、皆に報告しなければならないことがある。」
真剣な、そして辛い表情を浮かべるアスランに、何時も愚痴を言うディアッカやミゲルまでが、そのアスランの表情と言葉に、真摯に聞き入る。
「・・・『魔界の門』の場所が判明した。」
「―――!?」
<ガタッ!>と音をたてて、大隊長達は、一斉に椅子から立ち上がり、驚愕の表情を露にした。
「何処だ!? 何処にあった!? アスラン!!」
声を荒げるイザークに、アスランはゆっくりと答えた。
「・・・『オノゴロ村』だ・・・」
「―――っ!!」
大きな金の瞳を見開き、驚きのあまり、カガリも我を忘れたように立ちあがる。
その金の瞳に、チラリと視線を向けると、アスランはゆっくりと話し出した。
「・・・正確にいえば、『オノゴロ村』の裏山の奥にある『洞窟の中』…だ。先日、『オノゴロ村』に住む『元・魔導騎士』のバルトフェルド氏に協力を仰ぎ、俺と彼で、内部調査を続けていた。」
(―――『オノゴロ村』の『洞窟』!?―――!そうだ!確か子供達が『魔族』に襲われて、逃げてきた、あの場所―――!!)
カガリは驚きながらも、アスランと初めて出会った、あの時のことを反芻する。
「だったらアスラン!! もう場所がわかっていたのなら、何故俺達に言わん!! 今からなら、俺達の『力』、全て併せ持って、場所を
攻めれば―――」
「良いから最後まで話を聞け!」
イザークの剣幕に、アスランが目を閉じながら諌めると、アスランは更に話をすすめた。
「残念だが・・・『先手』は撃てない。」
「!? 何故だ!?何言ってるんだ!! こうしている間にも、其処を攻撃すれば、被害は少しでも収まるだろうが!!」
イザーク同様、声をあげるラスティに、アスランは一呼吸おくと、話し出した。
「『魔界の門』・・・確かに『オノゴロ村』傍の『洞窟内』にあることは、動かしがたい事実だ。
既に『瘴気』が尋常ではない程、そこから溢れかえっている。しかし―――『魔界の門』は『具現化』していないんだ!」
「・・・それって・・・どういうことだよ?」
ディアッカが口を挟む。
アスランはまた溜息を付くと、真っ直ぐに皆を見つめ、話し続けた。
「・・・つまり、今は『濃い霧状』の状態で、『地上界』と『魔界』の境界がはっきりとなされていない。幾ら『魔導騎士』であっても、『魔族』が何処から、その隙間をついて、『地上界』にやってきているか、はっきりとした場所がつかめない――という状況だ。その『境界』が恐らく誰の目にもはっきりと、『門』という『具現化』された形でみることが出来る、『地上界』と『魔界』が繋がる場所が判るのは―――」
「・・・『予言の日』・・・それも『皆既日食』の起きる時・・・ですね?」
ニコルの答えに、静かに頷くと、アスランは立ち上がり、皆を見回した。
「『予言の日』、そして『皆既日食』の時間、我ら『魔導騎士団』は、その時をもって『魔族』との最終決戦に、総力をあげて戦う! その為に、被害を被る可能性もある『オノゴロ村』をはじめとする、近辺の村や町を『守護する部隊』と『魔界の門を攻撃にかかる部隊』に分け、作戦を立てる! いいか! この『作戦』に、『失敗』は許されない! 各自、各隊員とも、その責任と『魔導騎士』の名に恥じない戦いをし、この『オーブ』を全ての力でもって、護り尽くせ!」
「「「はっ!」」」
大隊長達は、一斉に立ち上がり、アスランに礼をとった。
「・・・では、これより『作戦』の考案に移りたい。イザーク、指揮を始めてくれ。」
「はっ!」
イザークを中心に、大隊長が集まる中、アスランはカガリの元に行った。
「・・・カガリ・・・もう席を外していい。」
「アスラン! 本当なのか!? 本当に・・・本当に『オノゴロ村』に、『魔界の門』があるのか!? そうしたら、皆―――皆が―――!!」
「落ち着け! 落ち着くんだ! カガリ!!」
金の瞳から、既に大粒の涙を零しながら、アスランのシャツの胸元を引っ張るカガリの肩を掴みながら、アスランはカガリの顔を見つめ、ゆっくりと話し出した。
「何故、君を此処に呼んだか・・・。君にも伝え、『戦いの覚悟』を受け止めて欲しかったからだ。・・・判るね?」
黙って<コクン>と頷くカガリ。
それを見越して、アスランは、話し出した。
「それから・・・君には、もう一つ、『伝えなければならない事』が・・・」
「・・・ぇ・・・『もう一つ』?」
涙を浮かべたままのカガリの金の瞳を見つめた瞬間、アスランの心に躊躇が生まれた。
(・・・これ以上の『真実』を伝えたら・・・今のカガリの心は・・・)
「・・・いや・・・今はいい・・・ごめん。引き止めて・・・」
「・・・アスラン・・・?」
疑問の表情を浮べ、その翡翠の瞳を覗き込むカガリに、「また、後で。」とだけ言い残して、アスランはカガリを自室に戻らせ、イザークらの会議の輪の中に入っていった。
* * *
魔族の横行は途絶えない―――
『魔導騎士団』の中から、ついに『カグヤ』を出て、『オーブ』の各町や村に常駐し、『結界』を強め続ける作業をする者も必要となった。
―――そして・・・『その日』の前夜が、ついに訪れた。
* * *
アスランは自室に一人、書物の詰まった、本棚の一角から、何冊かの重そうな書物を取り出すと、いつも机の引き出しの中にしまっている『鍵』を取り出した。書物を取り出した隙間には、小さな『鍵穴』が付いており、其処にアスランは『鍵』をはめ、一度目を閉じると、ゆっくりと深呼吸し、その『鍵』を回した。すると・・・
<カチッ>
小さな音とともに、本の隙間と同じくらいの大きさにも拘らず、<ギギギギ・・・>と、重厚な扉の開く音が鳴り、アスランはその中に収められていた、古い箱を取り出した。
両手で簡単にもてるほどの古びた木箱・・・再び一呼吸して、そのふたを開けると、中から、黄ばんだ手紙のようなレポート用紙が現れる・・・。
アスランはそのレポートの詳細を、一つ一つ、己が胸に刻み込むようにして、読み続けた。
「ハァー・・・」
翡翠の瞳を閉じ、ゆっくりと机の上に置かれた木箱に、再び用紙をしまいこんだとき――
<コンコン>
扉のノック音。
「アスラン。居るか? 私だ。カガリだ。」
ドアの向こうに聴こえる、愛しい人の声――
「カガリ。いいよ。入って。」
<カチャ>・・・というドアノブの音とともに、黒い翼の少女がアスランの前に現れる。
「何か、執事さんが、『陛下がお呼びです』って言ってたから、来たんだけど・・・『明日の事』か?」
心配顔のカガリに、アスランは微笑んで、ソファーを進めた。
落ちつかなそうに<チョコン>とカガリが座ると、アスランは僅かに笑みを浮かべた。
「何だよ・・・何か可笑しかったか?」
ちょっとむくれるカガリに、テーブルを挟んで反対側の席に座りながら、アスランが言った。
「いや、すまない。・・・いつもは『窓』から部屋を覗き込んでいた君が、初めて俺の部屋にドアから入ってきたから。」
「・・・悪かったな・・・。で、『話』って何だ?」
カガリは表情を真剣に改め、アスランに真っ直ぐ向き合うと、アスランはゆっくりと語りだした。
「・・・今から1ヶ月半程前、俺が『私用』で出掛けたこと――覚えているか?」
<コクン>と頷くカガリ。
そこに、アスランは一呼吸おきながら、話を進めた。
「あの日・・・俺は『オノゴロ村』に行った。・・・そして『君』の『出生の秘密』を聞いた。」
「・・・ぇ・・・『私』の・・・『出生』・・・?」
アスランもカガリの驚き、見開いた目を見つめながら、話を続けた。
「・・・君は16年前・・・マーナさんが『森で拾った子』だと聞いていただろうが・・・本当は、君の実の母親が、君と一緒に倒れていて、マーナさんに君を託すと、天に消えていったそうだ。」
「・・・『消えた』・・・?」
「そう――激しい『神鳴』――天界の怒りの落雷とともに、その母子は地上に落とされ、母親は、直ぐ近くにあった、『魔界の門』の入り口に、君が『本当の君』に目覚めるまで、自らの命をかけて、『結界』を張ったんだ。・・・そして、その『母親』には『純白の翼』が背に生えていたそうだ・・・。」
「―――!?」
カガリが驚愕の表情でアスランを見つめる。
アスランは一呼吸置くと、カガリに向かってハッキリと告げた。
「そう―――君は『天界』の住人・・・『女神』だったんだよ。」
「・・・『天界』・・・の・・・『女神』・・・!?」
まるで人事のようにしか感じられないカガリに、アスランは言葉を紡いだ。
「そう・・・君が『魔族から受けた傷』を簡単に治してしまったのも・・・『オノゴロ村に魔族が現れなかった』のも・・・君が『女神』――『魔族』と反する『力』を持つ存在だったからだ・・・。」
「嘘・・・嘘だっ!! 私は・・・私は―――!!」
自らを受け入れられず、頭を抱えて苦しむカガリの隣に座り、アスランはそっとカガリを抱き寄せた。
「・・・本当はあの時から俺はわかっていた。・・・でも君に告げたら・・・君がいなくなりそうで・・・手の届かない処に行ってしまいそうで・・・言えなかった・・・。」
アスランも憂いを帯びた表情で、抱き寄せた腕に自然と力が入る。
「じゃぁ何で!? 何で今頃になって、そんな事言うんだよ! お前!!」
カガリが怒りを露にすると、アスランはカガリを見つめながら、答えた。
「・・・明日・・・もし、『作戦』が失敗し、『オーブ』が焦土と化し、『魔族』が占領したら・・・君は、君の『本当の故里』――『天界』に帰るんだ。・・・『俺は君を護る』―――そう誓った。でも、もしも俺に何かあったら、君だけでも生き延びて―――」
<パシッ!>
音と同時に、アスランの声が途絶え、アスランの頬が、ゆっくりと、痛みとともに赤く染まる。
アスランが見やると、カガリが金の瞳に涙を浮べ、アスランに向かって怒鳴った。
「アスラン! お前『嘘つき』だ!! 『一緒に戦う』って誓い合ったのに、もう『約束』破るのかよ!?」
アスランも言い返す。
「確かに誓った。・・・でも、俺の心が否定し続けていた。俺は君を危険に巻き込みたくないんだ! 愛する人を護りたい! 生きていて欲しいんだ!! 君の本当の故里で、安心できる場所で―――」
<パシッ!>
アスランの反対側の頬が、同じく痛みが鈍く伝わる。
「・・・『お前』・・・『お前』は『誰』だ!?」
カガリの涙声に、アスランは翡翠の瞳を見開いたまま、その少女の顔を見る。
「『お前』は『アスラン』だ! 『人間』だけど『アスラン』って言う、真面目で…強くて…責任感が強くて…優しくて…でも、一人で勝手に落ち込んで『ハツカネズミ』みたいに『グルグル』なっちゃって・・・それが『アスラン』だ! 他には誰も『アスラン』にはなれない! たった一人のかけがえのない『大切な人』だ!」
「カガリ・・・」
カガリは更に訴える。
「私もそうだ! 私は『カガリ』だ! 『オノゴロ村』で育った『薬草屋』の娘だ! 『変な翼』とか、『魔丈』が身体から出たりするけど、この『地上』で生きて育った『カガリ』だ! 『天界』なんて知らない! 此処が・・・『此処』が『私の故里』だ! だから私は私の『故里』を護る!」
金の瞳がそう訴える。
アスランはカガリを強く抱きすくめた。
「・・・死なせないから・・・お前・・・」
耳元で囁くカガリの声。
アスランは、一瞬、自分の胸の内を見透かされたように、ドキっとする。
だが、アスランはカガリを強く抱き締めていた腕を緩めると、涙の残る後を優しく噴いてやりながら、静かに・・・だが強い意思を持って、言葉を発した。
「ありがとう・・・カガリ。・・・でも『君は俺が護る』―――この『約束』は、俺自身への『約束』だから・・・」
「・・・アスラン・・・」
「『愛する君』を・・・自分の手で、『護りたい』んだ・・・。」
互いを想う気持ちが、重なり、溢れ出す。
―――もう、誰にも止められない『想い』・・・
自然と、ゆっくりと唇を重ねあう。
そして唇を離すと、アスランは、カガリを抱き上げ、ベッドに横たわらせた。
「・・・ごめん・・・もう我慢できない・・・。君が愛しくて・・・何度も夢の中で、君を抱いた。・・・でも、『女神』の純潔を奪うような大罪は許されない。・・・だから―――」
アスランは溢れる愛しさを込めた翡翠の瞳にカガリを映しながら、囁いた。」
「せめて『今夜』は・・・『今夜だけ』は、隣で眠ってもらえないか・・・?」
カガリも、切なげな瞳でアスランを見返す。
「触れるだけでいい・・・君の温もり・・・君の香り・・・君が傍にいることを感じて眠りたい。・・・いいか?」
カガリは何も言わない。
ただ、金の瞳は嬉しそうにアスランを映し、ゆっくりと頷いた。
アスランは、横になると、カガリを自分の胸に抱き、その柔らかな感触を・・・温もりを・・・
香りを、慈しむようにして、カガリの髪を撫ぜる。
カガリはアスランの胸の上に身を預けたまま、そっと目を閉じる。
―――あの時
『ハウメア湖』のほとりで、眠りに付きそうになったときの、安らかで、例えようもない感覚―――
―――「甘えていいよ・・・」
そう聴こえた、あの優しい感覚―――
カガリは静かに目を閉じる。
アスランもやがて静かに瞳を閉じる。
互いへの愛しさと、存在を確かめ合った2人。
―――『魔界の門』が開くまで、既に時計はその『幸せな時間』を削り取るように、残り『12時間』を切っていた。
・・・to be Continued.
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>ついに『その時』が近づいてまいりました。
お互いを大切に思うカガリとアスラン・・・この2人の『明日』は、どうなるのか?
そして、『オノゴロ村』は? マーナ達は? 『オーブ』は? どうなっていくのか!?
そんな深刻な状況・・・なはず・・・なのにNamiの頭の中は、かずりん様の美しく、とろけそうなアスカガの「お休みv」シーンに、脳がとろけました(^o^)丿vv
―――ついに、『クライマックス』突入です!・・・が、もう少しお付き合いくださいませ(^^ゞ