久しぶりに俺はプラントの地を踏んでいた。
オーブ代表、カガリ・ユラ・アスハの代理として、プラント側との直接交渉の場に立ったのだった。
そんな重要な仕事も終わり、ようやく少し肩の荷を下ろしてオーブへと降下するシャトルを待つ束の間、宇宙港に見送りに来たキラと話ができた。
「全く、こっちに来るなら少しくらい休暇ももらってくればいいのに…」
ZAFTの白服を脱いだキラは、相変わらずどこか甘えん坊の幼馴染気質に戻っていた。
「仕方ないさ。こちらもこちらでオーブに色々と仕事を残してきているんだ。早く戻ってそれを片付けないと。」
・・・無論大嘘だ。カガリには「もっとゆっくりして来いよ。キラとラクスも仕事じゃできない話もあるだろうし、友達や、ご両親のお墓参りにだって行きたいだろう?」と言われていたが、一人忙しく働く彼女を残して・・・というより、俺がいない間の彼女のことが心配で心配で、仕方がないのだ。離れている間に何か事件や・・・それ以上に変な男に目をつけられるなんてしたら、想像しただけでも虫唾が走る。
「へ〜相変わらず忙しいのはいいことなのかもしれないけどさ〜・・・その・・・カガリとはうまくいってるの?」
何を言うか。今更アニキ面(※弟だとカガリは言い張っている)したところで、彼女の身も心も俺の保護管理下だ。お前に余計な口出しなんかさせるか。
「当たり前だ。お互い忙しくはあるが、プライベートはちゃんと充実している。」
余裕をもって目の前のコーヒーカップを口に運べば、キラが下から覗き込むように言った。
「そうじゃないよ。そっちじゃなくって。」
「じゃあ何だ?」
「『夜の方』だよ。」
「ゲホッ!」
「な〜にアスラン。余裕ぶっこいて、相変わらずこの手の話になると紳士面?」
「ち、違うっ!こんな公共の場所でそんな下品な話が出て来るとは想像するわけないだろう?!?」
全く、何て弟だ。普通自分の姉と友人の、秘めた話などしようとするか??
だがキラは珍しく(仕事以外で)真面目な表情になると、囁きだした。
「ううん、大事なことだと思うよ。プラントでは今、人口減少が急速に進んでいる事実は君だって知っているでしょう。」
「あぁ。」
そう。プラントの住民のほとんどはコーディネーターだ。しかも現在は俺やラクスの様な二世代目コーディネーターが中心になっている。
「その二世代目がちょうど今、結婚・出産年齢に達しているでしょ。でも一世代目でもなかなかできにくい子供が、二世代目では更にできにくくなっていてさ。体外受精でもなかなかうまく受精しない上に、遺伝子操作しても成功して無事生まれてくる確率は既に3割切ってるし。こんな状況じゃ結婚して自然妊娠で子供ができる、なんて夢のまた夢なんだよね。」
そう、コーディネーターは「病に耐性のある体」「髪や目の色を親の希望で自由に変える」「運動や学習能力を飛躍的に進化させる」などといった遺伝子操作を行った結果、人を形作るDNAの塩基配列が自然と全く異なってしまうため、受精しても父と母の塩基が結びつかず、つまり核分裂すら起こせず流産(※受精卵にならないため、この表現は適切ではないが、子どもの誕生を望む両親の気持ち的には、こう表現した方が適切だろう)してしまう。
コーディネーターたちは、それでも種を望むべく、なるべく塩基配列が合う者同士の遺伝子を配合すること、つまり『婚姻統制』を敷き、つまりは生まれてすぐに結婚相手が決まっている状況にした。つまりはかつての俺とラクスのように。しかし、そこに深い愛情が相手に100%芽生えるかといえば、コーディネーターとはいえ感情を持つ人間である以上、それはあり得ないだろう。現に俺もラクスも、今は想い抱く相手は全く別だ。
「そこでね、君に『お土産』。」
「『土産』?」
「よいしょっと」と傍らに置いていたバッグの中から、キラが数本の小瓶を取り出した。一見すると疲労時によく飲まれる栄養ドリンクの類に似ている。
「これは?」
「これはね、最近プラントで開発された『せいかんざい』。」
「・・・『制汗剤』?」
汗を抑えるデオドラントが飲み薬になったのか?でもそれだと今までの会話と結びつかない。するとキラが改めて言い直した。
「ううん、君のいう『制汗剤』じゃなくって『性感剤』。まぁ簡単に言えば『催淫剤』?」
「ゲホっ!!」
「も〜アスラン、さっきからコーヒー噴出さないでよー。」
サラッと怪しげな薬の名前を言う、お前の方がどうかしていないか!?
「ゴホッ。悪かった。でもお前がそんな怪しげなものを出すから―――」
「怪しげじゃないよ。ラクスも飲んでるもん。」
「はぁ!?」
あの清楚なラクスと全く結びつかず、目が飛び出しそうなほど驚く俺にキラは「違う違う」と両手を慌てて振った。
「・・・誤解しないでほしいんだけど、要は精子と卵子の遺伝子が、いつも全く同じものじゃないって知ってるでしょ。」
「あぁ。幼年学校の生物学で学習済みだ。」
そう、同じ親から受け取る片側23対のDNAでも、全ての精卵子は全く同じものではない。もし同じものなら同じ親から生まれる兄弟姉妹全て、顔も身長体重、病気や運動機能等々、全くコピーしたままの人間になるが、実際一卵性双生児でもない限りそっくりな兄弟姉妹は生まれない。もちろん、生後の成育環境差は出てくるだろうが。
「つまりはそれ。要は沢山受精卵を作る機会があれば、あわよくば無事結びつける遺伝子を持つ精子と卵子が・・・って。『下手な鉄砲も――』な感じだけど。」
「それで、一役買っているのがこれ、ということか。」
俺は200ml程度のその小瓶を取り上げ、繁々と見まわした。本当にどこにでも売っている栄養ドリンクそのものだ。
「そうそう。できれば愛し合って、普通に自然妊娠・出産したいのがみんな希望じゃない。でも他のことに特化しすぎているコーディネーターは、そっちの欲もなかなか起きないし、薬への耐性が強い人も多いから、それで開発されたらしいよ。」
キラは刻々と説明するが、正直俺には全く必要を感じない。第一俺の欲が沸く相手はカガリ一人だ。他の女の肢体が目に入る機会はあっても、全く男としての機微が動かない。
普段男性と同じスーツに身をやつし、先頭に立ってオーブを導く彼女は凛々しく見える。だが夜会などで見せるボディライン浮き出しのドレスに身を包んだ彼女は、まるで逆のまさに『地の女神』そのものだ。数多の男たちの目をくぎ付けにする、蠱惑を纏っているかのように。無論、そんな下心の混じる視線から彼女を守る騎士は俺の役目だ。それだけでも他の男たちの嫉妬の視線を集めるが、そんなものに恐れるまでもない。いや、むしろ彼らの知らない彼女を知っているのは俺だけだ。
あの、オーブの月明かりに青白く浮かぶ一糸まとわぬ悩まし気な肢体・・・華奢な体にきめ細かな絹のような肌、服の上からではわからない豊かな胸。ハスキーな中に入り混じる、甲高い甘い声・・・
・・・しまった・・・カガリとしばらく離れていたからか、思い出しただけでも体の中の熱が溜まる。ここは冷静を取り戻さなければ。
「別に俺は必要ない。カガリとのことでお前にいらぬ心配をかけるようなことは断じてない。」
カップをテーブルに置いた時、港からシャトルの搭乗手続きの開始のアナウンスが流れた。
「じゃぁ、俺は行くから。ラクスにもよろしく伝えてくれ。」
「うん、まぁカガリはナチュラルだから、僕たちよりは君のところの方が確率高いと思うけど。まぁ、折角持ってきたの、持って帰るのも重いし、試しにアスラン使ってみてよ。――−あ!言っておくけど、それはあくまで『コーディネーター用』だからね。間違ってもカガリに飲ませないでよ。」
そういいながら、いらないと言い張っている俺の鞄に、キラは無理矢理小瓶を二本、突っ込んだ。
***
「そっか。キラもラクスも元気でよかった。」
アスハ邸で俺はカガリにプラントでの出来事を報告していた。もちろん、重要な案件は既に行政府で報告済、今はプライベートの話だ。
「でもお前、もっとプラントでゆっくりしてくればよかったのに。シンやルナマリアやメイリン達だって、きっと喜んだと思うぞ?」
まだ湯浴みの後の乾ききらない髪を風にすきながら、カガリがソファに腰を落ち着けた。
「いや、仕事は立て込んでいるし、彼らだって仕事もあるだろうし、それにカガリのことが心配だし。」
「?私はお前が選別したSPが付いているから、安全に問題ないぞ?」
「いや、変な虫がまた沸いたら嫌だし。」
「??別に外回りの時は、ちゃんと虫よけスプレー使っているぞ。」
「・・・いや、だからそういうわけではなくって・・・」
キョトンと小首を傾ける彼女の表情は無垢で愛らしい。そのしぐさや表情が周りの男たちにどんな影響を及ぼしているかなんて、未だに全く思いもよらないのだろう。罪な女性だ。
「そうそう、ラクスからカガリへ『お土産』だって。これ。」
差し出された箱に、カガリは目を輝かせた。
「うわ{キラリ}これってプラントじゃ超有名なパティシエのケーキじゃないか!!私が一度食べてみたい、って言ってたの、憶えてくれてたんだ。」
辛いもの好きのカガリだが、甘いものにも目がない。横から下から捧げ持つようにしてケーキをぐるり360度眺めている。
「ほかにもいくつかカガリに贈られたのがあるけど・・・それより俺もちょっとシャワー借りていいか?」
「あぁ、構わんぞ。戻ってきたらケーキ一緒に食べないか?マーナに紅茶用意してもらっておくから。」
「楽しみにしてる。」
そう言い残して15分後。俺はカガリの部屋に戻ろうと、彼女の部屋のドアノブに手をかけた。
・・・だが妙におかしい・・・カガリの好きなアールグレイの香りがしてこない。
(まだ、マーナさんに頼んでいないのか?)
もしかしたら俺が上がるのを待って、頼むつもりなのかも。そう思って部屋をノックし、ドアを開けた。
「お帰り〜。」
テーブルに置かれた雑誌のページをめくりながら、顔も上げずにカガリが言った。
「ただい―――まって!カガリそれって―――!!」
叫びださんとした声をかろうじて喉奥に飲み込んだ。そんな俺の様子にカガリが「ん?」と顔を上げる。とその手には、あのキラからもらった薬の小瓶が!
俺がわなわなとしていると、俺の様子のおかしさに、カガリが首をひねっていった。
「いや、最近疲れてたからさ。これ誰のお土産の栄養ドリンクなんだ?すごく気が利くな。」
ケロッとした彼女が無邪気に小瓶を振る。波打つ音がしない。一本まるまる飲んだのか。
「カガリ!体は!?どこか痛いとか苦しいとかないか!?」
「別に・・・だってただの栄養ドリンクだろ?」
慌てて駆け寄り彼女の両肩を(我ながら力加減ができないほど動揺して)強くつかんで顔を覗き込んだが・・・幸いいつもの彼女だ。
「はぁー・・・」
いっぺんに緊張が解かれた。彼女の肩を掴んだまま足の力がヘナヘナと抜けてカガリごと床にぺたんと座り込んでしまった。
良かった。とりあえず変わった様子はないし、気を取り直してカガリの好きなケーキを一緒に御相伴しよう。
そう思って立ち上がり、紅茶を頼もう――――
とした、その時だった。
<・・・ギュ。>
「?・・・カガリ・・・」
俯いたままの彼女が立ち上がれず、俺の胸元を掴んでいる。よく見れば小刻みに震えているじゃないか。
「カガリ、どうした!?大丈夫か―――」
「・・・アス、ラン・・・」
弱弱しく顔を上げた彼女に、俺の目が釘付けになる!
弱弱しく・・・じゃない。紅潮した頬、涙に潤んで妖しく光る金の瞳、薄く開いた唇から零れ落ちる、熱い吐息・・・
<ドクン!>
俺の心臓が跳ね上がる。
「・・・アスラン・・・あの・・・私・・・」
両の太腿をモジモジとこすり合わせるようにし、困ったように眉尻が下がっている。俺のかけていた手が力が強すぎたのか、彼女の肩からガウンがはだけた。
「―――っ!///」
彼女の豊かな胸が零れ落ちそうなほどはだけてしまったが、彼女は全く気付いていない。どころかその肌を俺の胸にすりよせてくる。
「アスラン・・・私・・・」
カガリがふと俺の頭に両手を回した。
「!?」
自然と彼女の首筋に顔を埋める形になれば、鼻をくすぐる彼女の香り。唇が寄せられた耳朶に熱く甘い吐息がかかる。そして
「――――。」
ねだるような悪魔のささやき。
俺の中で、何かが<プツリ>と音を立てて切れた。
「んっ!!ふ……」
次の瞬間、体はもう彼女の細い腰を抱き、頭ごと抱え込むようにして唇を重ねていた。
少しピクンと彼女の身体が跳ねた気がしたが、その両腕は既に俺の首に回され、それ以上の繋がりをねだられている。
「クチュ…」
俺の舌先が彼女の唇を割り、そっと歯列をなぞれば、カガリの舌先が控えめに俺に絡んでくる。
「ふ…ぁ…」
零れる吐息までが、俺の脳髄を刺激する。キラに言われるまでもない。カガリの媚態は俺の本能を十分に刺激する。
夢中で絡み合う間に、温かなものが唇の端に零れ落ちた。
「…はぁ…はぁ…」
唇を離す時間も惜しい。互いの唇にかかる銀糸が緩やかにプツリと切れたと同時に、俺は彼女を抱き上げ、部屋奥のベッドへと運んだ。
「カガリ…」
潤んだ金眼が俺を映し、ゆっくりと閉じられる。細い両の手頸をシーツの上に縫い止め、構わず彼女に覆いかぶさると、すべらかな肌に飢えきった唇を這わせた。
「んっ…ぁ…」
鋭敏に反応する彼女。ぴくんと揺れる露わになりかけた豊かな双丘。
(カガリ…)
俺は彼女の首筋から…耳元に唇を寄せると、一呼吸おいて、ゆっくりと囁いた。
「…ごめんな、カガリ。無理させて。」
彼女の身体がビクッと固くなる。
俺が顔を上げ、カガリの顔を覗けば、彼女は目を見開き、驚いたように固まっている。
「俺に…俺にだけは、嘘つかないで…」
責めるのではない、いたわりを込めて謝罪すれば、カガリの力が抜けた。
それを合図に背を支えるようにしてゆっくりと起き上がらせると、カガリは下を向いたまま、力なくうなだれている。
「いつから気が付いてたんだ?私が本当は『薬』飲んでいないって。」
「最初に君が立ち上がれなくって、少し震えてた時。この時はまだ薬の効果がどんなものかわからなかったから、その可能性も半分視野に入れていたけど。次に口付けたときに、俺のことをあれだけ一生懸命誘うようにしていた割には、本格的になると控えめというか…いつものカガリだったから。その時分かった。」
「そんな…たったそれだけで、わかっちゃったのか?」
ちょっと涙目になった彼女を、俺は自分の胸に中に収めた。
「当たり前だ。どれだけ俺が君だけを見てきたと思う?」
髪を漉くようにして撫ぜてやれば、胸に温かいものが零れてきた。
どれだけ勇気を振り絞って、演技して見せたのか。
でもな、カガリ。俺が欲しいのは、いつもの君なんだ。
彼女が落ち着いたころ合いを見て、二人でベッド端に並んで腰かけた。
「それにしても、なんでこんな一芝居打とうと思ったんだ?薬のことも知っていたのは―――」
「うん、さっきアスランがシャワーに行ったとき、ラクスにケーキのお礼の電話したんだ。」
―――<あら、カガリさん。嬉しいですわ、お電話下さるなんて。>
―――「うん。さっきアスランからケーキ届けてもらって。こちらこそ、憶えていてくれてすごく嬉しいぞ!」
―――<いえいえ。なかなかお会いできないんですもの。きっかけができて嬉しいですわv>
「…って話しているうちに…」
―――「へ?お土産の中に、『薬』?…あぁ、あった。これか。でもこれ『さいいんざい』?って…」
―――<手っ取り早く言えば、『子供が出来やすくするためのお薬』ですわ♪>
―――「ゲホッ!!」
―――<あらあら、カガリさん、大丈夫ですの?>
―――「い、いや、って、いきなり、そんなっ//////」
―――<そうでしょうか?…今、私どもも切実に困っておりますの…>
「それで聞いたんだ…覚悟していたけど、子どもができにくいのは、凄く辛いって…」
―――<私は母を早くに亡くしましたので、母の愛、というものがよくわかりませんの。でも、愛する人との間に生まれた子は、とっても愛おしいのではないかと。できうるなら、この腕に抱いてみたい…>
「そうしたら、なんか私も心の中がホワってなって…。私も母親って知らないけれど、きっとこのホワってなったのが、ずっとある感じなんだろうなって。」
―――<でも、私から直接キラをお誘いするのは、なかなか口にできませんの。>
―――「当たり前だろ!そんなの直接男性に言うって/// わ、わ、私もっ///>
―――<フフフvカガリさん、お顔から湯気が出ていますわよ。>
―――「えぇっ!?」
―――<クスクス。…ですから、私、お願いするときは、このお薬をテーブルの上に置いておきますの。もしそれが無くなっていたら、『OK』という合図として。>
―――「へ〜なるほど〜…」
―――<カガリさんは、アスランとどうお約束しているのですか?>
―――「はぁ!?わ、私!? って、私のことは関係な―――」
―――<あら、そんなことはありませんでしょ? お二方のご結婚に政府要人方がいいお顔をされていらっしゃらないのは、アスランが子供ができにくいから、オーブの継承者が望まれるのに、リスクが高いから、と。>
―――「……。」
―――<それに、キラもとっても、とぉ〜〜っても心配しているのですよ。>
―――「なんでアイツが姉と友人の秘め事の心配するんだよ…」
「でも、確かにそうだなって思って。」
―――「私は全然大丈夫だ。でも…正直に思うとアスランに申し訳なくって。そう陰で言われているだけでも辛いのに、私、何にも助けてやれなくって…。せめて釣り合うだけのいい女だったらいいんだけど、私なんて男っぽいし、全然女の魅力ないし。さぞかし抱き心地悪いだろうな、てさ。あはは…」
―――<…本当にそう思われますの?>
―――「…」
―――<…カガリさん?>
―――「…本当は…私の全部が好きでいてくれたら、嬉しい。でもアイツ、あんまり女の人自体に興味なさそうだし。パーティで綺麗な女の子見ても、全然フツーだし。あんな綺麗な子たちが相手でもダメなら、私なんて猶更…」
―――<では、試してみませんか?>
―――「?『試す』?」
―――<はい。その『お薬』で。>
―――「こ、こ、これを飲むのかっ!?私がっ!?」
―――<もちろん、本当に飲まれるのではなく…一本だけ、小ビンの底に、うす〜く「ネイビーちゃんのおひげ」が描かれているものがありますが…わかりますか?>
―――「『おひげ』って…あ、ひげのついたハロがいる。」
―――<はい。それはただの『栄養ドリンク』です。ラベルは全く同じものですが。それを飲んだことにすれば、カガリさんからお誘いしても、お薬の所為にできますわよ。ただし、ちょっと男性を誘う仕草は見せないといけませんが。>
―――「……。」
「迷ったんだけど、試してみようと思っちゃったんだ。私に、その…アスランを満足させてあげられるだけの…女になれるのかな、って…。」
―――「わかった。頑張ってみる。」
―――<きっとわかりますわ。アスランの『本当に優しさ』が。>
―――「は?ラクス、それって…」
―――<とても誠実な方です。きっといい方向に答えが出ますわv>
「はぁ〜…」
思わずため息が出た。全く…キラだけじゃなく、ラクスにまで担がれていたのか。
「ごめん。試すようなことして…」
すっかりシュンとなってしまったカガリ。一世一代の大芝居をしてくれたのか。あの媚態に本能が疼いたのは本音だが、それ以上にカガリの無理な嘘が辛そうだった。彼女にそんなことをさせてしまった自分が情けない。
カガリは嘘がつけない。
カガリは純粋。
カガリは真っすぐ。
いつもの、そのままのカガリで十分だ。
「俺はそのままの君が好きだ。キラには話さなかったけど、宇宙港で君の話をしたとき、正直、熱が上がった。」
「『熱』!?お前、風邪ひいたのか!?だったら呑気にシャワーなんか浴びて―――って…」
いつもの通りのカガリが慌てて俺の額に手を当てている様子に、俺は安心したら思わず笑ってしまった。
「あははは。」
「何だよ!?何がそんなに可笑しいんだよ?」
「そうじゃない。熱を上げたのは君の所為だ。」
カガリは怪訝そうな顔で俺を覗き込む。
「は?私がお前に何した―――って、…んっ!」
さっきと同じだ。いいや、違う。今度は俺が主導権を握る番だ。彼女を押し倒し、そのまま両手を抑え込んで、そのまま唇を奪う。
その余韻をしばし楽しんだ後、まだ銀糸のつながった唇で、俺は囁いた。
「俺の熱は君への欲。…君以外、俺の熱は下げられないから。騙される前からずっと今日は君に解熱して欲しかった。だから―――」
もう一度可愛い耳に甘く囁く。
「俺の熱…下げてくれるの手伝って。これからもずっと。」
「〜〜〜っ!!お前、どうしてそういうことサラッと言えるんだよ…///」
真っ赤になって視線をそらしつつも、チラチラと俺を恥ずかし気に見やる彼女に、俺はすまして返す。
「もちろん、こんなこと言えるのは、カガリだから。君にしか言えないよ。」
柔らかく、火照ったその頬を指の背で撫ぜてねだる。
「カガリ…答えは?」
「〜〜〜〜っ///」
言葉はなかった―――代わりに彼女の細い腕が、震えることなく俺の首に絡まり、引き寄せられた。
・・・Fin.