The beginning to yours love

 

 

 

――――あの背中が大きく見えたのは、何時からだろう…――

 

 

私にとっての「大きな背中」といえば「お父様」だった。

大きな包容力と、譲らない政治でオーブ国民から慕われ続けたお父様

その大きな背中は幼い私にとっても、とても誇らしくって、頼りがいがあって

大きくなったら私もお父様のようになりたい、とその背中を追っていた。

 

でもその追い続けた背中は、突然私の目の前からあの爆音と共に消えた。

 

戦争が終結して、今度は私がオーブ国民を背負っていかなければならくなって

必死に私はもがき続けた。

 

なのに…私はお父様の様にはなれなかった。

 

自分を見失い、挙句セイランにオーブの理念を押しつぶされ

私は…未来が見えなくなった

何を目指せばいいのか

何のために私は存在するのか

 

―――「なぁ…誰か教えてくれないか…?」

 

ううん…誰も教えてくれない

自分の未来は、自分が信じ進むべきもの

そう教えてくれたのは、大事な仲間

キラ、ラクス、アークエンジェルの皆、私を信じてくれたオーブの皆

 

そして…

 

今目の前にいる、広くて、温かい、「大きな背中」

 

 

「―――さま。」

 

   

あれ?何時からだろう

 

 

「―――かあさま。」

 

 

あの背中が大きく見えるようになったのは…

 

 

「おかあさまっ!」

「わっ!」

突然耳元に聞こえた大きな声に、カガリはぼんやりと頬杖をつきながら座っていたダイニングの椅子から思わず転げ落ちそうになった。

「おかあさま、さっきから呼んでるのにきがつかないんだもん。」

ちょっとすねた瞳の色は、薄くグリーンがかった金色。

サラリとした濃紺の髪を撫でながら、カガリは笑ってあやまった。

「ごめんな、アレックス。ちょっと考え事してたんだ。」

「…?『かんがえごと』?」

「そう。『考え事』だ。」

「…!わかった!あしたみんなでおでかけするところのことでしょう!?」

今度はキラキラと瞳を輝かせて、カガリに問いかける。

「いや。明日はお父様が連れて行ってくれるんだそうだ。だからお母様にもナイショなんだそうだ。」

「え〜。」

「だったらお父様に直接聞いてごらん?」

「うん!」

そう言ってアレックスは、テーブルの向こうで自分に背中を向けたまま、パソコンを叩いているアスランのほうへパタパタと走っていった。

普段、中央政界に忙しいカガリとオーブ軍准将としての責務に負われるアスランが、同時に休みを取って家族と触れ合えるのは、一年の中でも数日あるかないかだ。

結婚して数年、ようやく生まれた我が子、アレックスとも少しでも親らしいことをしてあげたいと思いつつも、多忙を極める生活ではなかなか難しいことだった。

だが、アレックスはカガリが言うのもなんだが、良く出来た子で、「父も母も皆が幸せに暮らせるようにするために忙しい」からと、甘えたい盛りなのに泣き言一つ言わずに耐えている。

自分が子供だったときは、お父様に甘えたくって、ハンストした事もあったのに、あの我慢強さは誰に似たのか…

言わずもがな、それはさっきからテーブルの向こうでパソコンを叩いている男に似たのだろう。

アスランも両親とも忙しい身で、しょっちゅう自分の家に遊びに来ていたとキラが言っていたっけ。

 

「おかあさま…」

服を引っ張られる感覚に下を向けば、アレックスが不服な表情でカガリに申し立てている。

「どうした?アレックス」

「おとうさま…「あしたになったらのおたのしみ」っていっておしえてくれなかった…。」

なるほどアスランのほうを見れば、カガリに背中を向けたまま、今度はパソコンと何かのモジュールをつなげて何かの作業に没頭中のようだ。

きっと、アレックスに新しいペットロボットを作ってやるつもりなのだろう。

「お父様がナイショにするってことは、それだけいい場所なんだろうな。だからお楽しみは明日まで取っておこう!お母様も大事に取っておくから。」

「うん!」

不満な顔がたちまちあどけない笑顔に変わる。

この素直なところは…私に似たかな?

「じゃぁ、もう明日に備えて寝よう。今夜はお母様がご本読んでやるから。」

「ホンと!?やったー!」

 

カガリが立ち上がると、小さな手がギュッとカガリの手を握る。

その小さく柔らかな温もりを守るようにして、カガリはアレックスと子供部屋に向かった。

 

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

 

 

――――「…コーディネーターが13歳で成人なんて、やっぱり嘘だと思う」――――

 

 

「…?どうした?」

心地よい温もりが声をかける。

 

明日家族で出かける、ということに興奮して寝付けないアレックスを何とか寝かしつけ、寝室に戻ってきたら、今度は大きな方のアレックスが甘えてきた。

確かになかなか夫婦でいられる時間も少ないから、求めあいたいのは自分も同じ気持ちだ。

抱き合って満たされて、心地よい眠りに落ちそうになったとき、ふと気がついた。

 

広い胸につつまれている自分に。

 

 

こんなにアスランの胸が広くて、温かいって気がついたのは、いつだったっけ?

 

 

「…なぁ、コーディネーターが13歳で成人って嘘だな。」

「…なんだ、いきなり…」

閉じ込められていた腕が疑問系の言葉と同時に緩んだ隙に、そっと胸から顔を離してアスランを見れば、その翡翠の瞳も疑問系でカガリの顔を見つめている。

「だってそうだろ? お前の胸も背中も、こんなに広くなかったぞ。以前は。」

「それは仕方ないだろう?まだ成長途中だったんだから。」

何を言い出すかと思えば、といった感じでアスランは苦笑する。

「なら「13歳で成人」じゃないじゃないか!まだ成長するんじゃ子供と同じだ。」

「「成人」といっても「免疫とか筋力がナチュラルの成人並み」ということだ。人間としての成熟度じゃないよ。」

そういって笑いながら金糸を撫でる細長い指。カガリのすべらかな肌を撫ぜる手は、やっぱり大きくなっている。

「そうだろうな。だってお前初めて会ったときはもう「成人」だったけど、こんなに大きくなかったし、強そうでいて弱くって、危なっかしくって、頼りなかったし―――」

「…悪かったな…」

甘い雰囲気がぶち壊しされたようで、アスランの声のトーンが見事に落ちた。

「でも…」

「ん?なんだ?」

アスランはまた不思議そうにカガリの表情を伺う。

 

 

―――そう…初めて会ったときは「変なヤツ」と思った。

   敵のクセに私を助けて

   海に落ちてずぶぬれになった私に毛布をかしてくれたり、食べ物分けてくれたり

   お兄さん面して説教してみたり

   挙句本気じゃなかったとしても、銃を向けた私を暴発から守って自分が怪我したり

 

   そして次にあったときには「友達を殺した」と懺悔にむせび泣いて

 

   お父さんと分かり合えずに満身創痍で戻ってきた挙句に、一人で落ち込んで

 

   私より強くてたくましいと思っていたのに、本当は私と変わらない位「子供」だった

 

 

―――そう、でも

   一体何時から、どんな私でも包み込んでくれるほど、頼れる大きな胸になったんだろう…?

 

 

   2度目の対戦の時、アスランはザフトに復隊した。

   そして私はセイランの人形になって、結婚までするところだった。

   アスランに伝えることもなく…

   あの時の私はアスランではなくオーブを選んだ

   だからもうどんなに望んでも、アスランの隣に立つことは許されないはずだった

   なのに…終戦後、アスランはオーブに戻ってきた。

   それでも私はアスランとは一線をひくことに決めていた。

   それがアスランのために、そして私にとってもいいことだと思ったからだ。

   私のような女と一緒では、アスランは幸せになれない。

   そう思っていたのに…

 

 

   「カガリ…自分の幸せを知らない人が、他の人を幸せにすることなんて出来ないよ。」

   「アスラン、私は―――」

   「俺が何で、またオーブに…君の傍に戻ってきたと思う?」

   「……。」

   「俺の幸せは…君が傍にいてくれることなんだ。」

   「…アスラン…」

   「君がいなきゃ、何も出来ないんだ!俺は。だから―――」

   

 翡翠の瞳は何処までも澄んでいて…そこに嘘なんて見つけられなかった。

  

 「俺は先の大戦の戦犯の息子だ。そしてオーブから一時はザフトに復隊した。カガリにとってふさわしくないと周りは言うかもしれない。だけど、俺は君を守るから。だから―――」

   

 不意に腕がつかまれ、その胸の中に閉じ込められた。

   

 

 

「…俺と…結婚してください。カガリ・ユラ・アスハ…」

 

    

 

そうだ…あのときからだ…

 

 

    あの胸が、こんなに広くって温かくって、優しい場所だって、判ったのは…

 

 

 

「…カガリ?」

アスランの声にカガリが我に返る。

「ううん。なんでもない…」

そういって、白く細い腕が、濃紺の髪をかき上げるようにしてアスランの首に回される。

それが合図の様に、たくましい腕がカガリの身体を抱きしめ、狂おしいほどの口付けが落とされる。

 

そのまま甘美な世界にカガリは身をゆだねた。

 

 

 

 

 

*        *        *

 

 

 

 

 

 

「それじゃぁ、いってきます!」

アレックスが元気にマーナや見送りのアスハ家の者に手を振る。

「お気をつけて!」

「アレックス様。楽しんできてくださいね!」

 

その声を背に、アスランは車のギアを入れた。

 

「なぁ、何処に行くんだ?そろそろ教えろよ。」

「おしえろよ!」

助手席と後部座席のチャイルドシートからシュプレヒコールが起きて、アスランは苦笑する。

「場所は行ってからのお楽しみ。それよりカガリ。」

「ん?何だ?」

「少しは言葉遣いに気をつけないと、アレックスが真似するぞ。」

「わ、悪かったなっ///これでも少しは為政者として尊厳のある発言そしているんだぞ!」

「いるんだぞ!」

国の代表になっても、母親になってもカガリは初めて会ったときから何一つ変わりない。

元気で、前向きで、嘘がなくって、純粋で。

それはアレックスにも充分受け継がれている。

再び続いたシュプレヒコールに小さな幸せを感じ、アスランから笑みが溢れた。

 

 

「…おとうさま。ここどこ?」

車がついたところは、オーブ軍の空挺部隊の離発着所。

「アスラン…まさか『MS乗って軍事演習しながらの一家団欒』なんてオチじゃないだろうな!?」

子供をつれて遊びに行くとしたら、普通の母親なら『動物園』だの『遊園地』だのを想像するのは当たり前だ。

だが、この一家は普通の家族とわけが違う。

何しろ『国家の代表首長』と『軍准将』だ。

のん気に出掛けるとしたら、SPは着いて来る&訪れる先は厳戒態勢。これでは一家団欒どころではない。

「大丈夫。アレックスもカガリも俺も、皆揃って思いっきり羽を伸ばせる場所だから。」

そういいながら、アスランは一隻の飛空挺へ2人を連れ立った。

 

 

 

*        *        *

 

 

 

アスランの操縦する飛空挺はオーブを離れ、海上に出た。

アレックスは目をキラキラと輝かせながら、窓に張り付いて外を眺めていたが、やがて飛空挺が高度を下げると、「あ!」と声を上げた。

「おかあさま!みてみて!しまがあるよ!」

アレックスが小さな指を、窓の外に向けた。

「…!ここは…」

窓の向こうの懐かしい風景に、カガリは目を見開いた。

 

 

 

 

飛空挺が着陸するや否や、アレックスは気をつけるようにと声をかけるカガリの注意も何のその。元気に飛び出していった。

 

「…あの頃のままだな…ここは…」

しょうがないな、と苦笑し、続いて飛空挺から降り立ったカガリが、感慨深げに辺りを見回す。

 

波の砕ける音。

潮の香りがするそよ風。

白い砂。

 

誰もいない…小さな孤島

 

「なぁ何で此処選んだんだ?」

カガリが振り向き様に問いかけると、荷物を降ろしていたアスランが快活に答える。

「別に…アレックスが思いっきり遊べて、尚且つ誰にも邪魔されないところ、って考えたらここが浮かんだだけ。」

「ふ〜ん…」

「それと―――」

「「それと」?」

「…いや、なんでもない。」

何か言いかけながら次の言葉を飲み込んでしまったアスランに、カガリは好奇心をかき立てられた。

「なんだよ、おしえろよ!」

「秘密だ。」

「ケチ〜!」

機嫌を損ねたカガリに、アスランは苦笑しながらそっと答えた。

「じゃぁヒントだ。…今日は何月何日だ?」

「え?3月8日だろ?それがヒントか?」

ん〜…と口に指を立てて考えるカガリに微笑んで、アスランが歩みを進めると、先ほどはしゃぎながら駆け出していったアレックスが「おとうさま!」と声を上げていた。

「どうした?アレックス。」

「ねぇみてみて!すごいの!おうちみたいだよ!」

小さな手が「こっちこっち!」と催促する。

アスランが歩み寄るとそこは、崖が大きな口をあけている。

「…懐かしいな…」

「?おとうさま、ここしってるの?」

「あぁ…ここでお父様は撃たれたんだ…」

「おとうさま、うたれちゃったの!?」

急に不安気に視線を上げるアレックスに、アスランは笑いながら答える。

「そう、撃ち抜かれたんだ…お母様にね。ここを。」

「おかあさまに、おむねうたれちゃったの!?」

「そう…」

 

 

―――軍に従うなら、殺さなければならなかった。

なのに殺せなかった。

 

 

殺す代わりに撃ち抜かれた。

俺の…心を

 

 

アレックスの横を通り過ぎ、アスランは遠い昔の記憶をたどりながら、そっと中に足を進める。

 

 

砂の中に埋もれた、まだ黒くくすんだままの焚き火の後の木の枝。

岩壁に残った傷は…あの時カガリが暴発させてしまった銃の弾痕。

 

 

まだそのまま残っているなんて…

 

 

「そう、私が昨日の夜思い出していたのは、此処なんだ。」

「カガリ…」

「懐かしいな…ここは…」

カガリも愛しげに岩肌に触れる。

「お前の背中が大きいなって気がついたのは何時だったかな…って考えてたんだ。大きいって気がつくには、つまりそれまでのお前が小さかった、と思っていた訳だし。じゃぁ何で私はお前が小さいって思っていたのかな?って思い返していたら…そうだ。お前に暴発から庇われた時、気がついたらお前の胸の中にいて…その時「私と変わらないくせに」って思ったのが始りだったんだって。お前のヒントがなかったら、忘れるところだった。」

「…あんなインパクトのある出来事、忘れてたのか…」

「いいや!忘れてなんかないさ!ただ…今が幸せだから…お前がいて、アレックスがいて、こんなに溢れるほどの幸せに包まれてたら、今の幸せだけで頭の中がいっぱいになっちゃって…。でもそれがいいんだ。」

「…そうだな…」

カガリの横顔を見つめながら、アスランも思う。

 

 

 

――――そう、あの時、君を殺せなかったのは…君を暴発から守ろうとしたのは…

     きっと、君を愛することを予感していたから。

この幸せな未来があることを、どこかで知っていたからなんだろうな―――

 

 

 

「ねぇねぇ、おとうさま、おかあさま。」

仲間はずれにされたと思ったらしいアレックスが、懸命に声を上げる。

「なんだ?アレックス。」

「ここってどこなの?」

 

アスランとカガリは顔を見合わせると、満面の笑みをこぼし、アスランがアレックスを抱き上げる。

 

「アレックス、ここはね。」

「ここはな。」

 

 

 

 

――――おとうさまとおかあさまが、数年前の今日、初めて会ったところなんだよ―――

 

 

 

・・・fin.

 

 

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>2009.3.8『恋のオープンボルト』で無料配布した小説です。

 元々は以前やっていたサイトの130HITのキリリク取られた方から「アスカガの幸せな夫婦の日常を」というリクがあったので、それに無人島記念日風味を少々+してみました。

 やっぱりアスカガに惹かれる原点は24話ですね〜。この日がなければ、今の鴨志田も存在しなかったと思いますよ。それだけ強い魅力があるんですよね。

 これからもアスカガの幸せを願って、今年の無人島記念日を、こんな形でお祝いしてみましたv