腰が引きちぎられる

 

骨が砕かれるような痛み

 

少しでも痛みを逸らすため、無意識に握る掌が汗で滑る

 

一体この苦痛はいつまで続くの

 

誰か―――助けて!

 

「もう少しよ!頑張って!」

 

力強い女性の声が聞こえる

 

苦しんで、苦しんで、もう死ぬんじゃないかって思った後

 

うっすら開いた私の眼の前には―――

 

 

 

『天使』がいた

 

 

 

―――Beautiful Days―――

 

 

 

「おめでとう!姉さん。」

「ありがとう、カリダ。」

 

そうしてカリダ・ヤマトがカメラを向ける。

ファインダーの向こうには、姉:ヴィア・ヒビキと、彼女に抱かれた二人の天使。

 

二人の内―――ヴィアが己が力で産んだ子は一人。

もう一人の子は、実験のため、人工子宮で育てられた、「最高のコーディネーター」

 

 

新型インフルエンザによるパンデミックで、多くのナチュラルが死亡する事象が発生したことで、それまで秘密裡だった「新たな命への遺伝子操作」を、多くの親が望むようになった。

たった一つ、「病気への抵抗力の強い子に」…その願いが何時しか、遺伝子の98%を占めていた「ジャンク遺伝子」、つまり「廃棄物」と呼ばれた遺伝子を操作することで、様々な可能性が得られることが判明し、親の望む形の子を生み出す、「コーディネーター」が誕生した。

ナチュラルを越える存在となった彼らは、ナチュラルがどんなに努力しようとも、乗り越えられない壁をやすやすとクリアできる。

それに絶望した少年が、最初のコーディネーターであることを明かした「ジョージ・グレン」を殺害する事件が発生したのは、ほんの十数年前の出来事。

以来、コーディネーターと、彼らの存在をよしとしない反組織:ブルーコスモスの対立が激化していく中、それでも双子の父であり、彼を生み出した研究者であるユーレン・ヒビキは「最高のコーディネーター」の誕生を諦めなかった。

そのために、何千、何万という胎児たちが犠牲となっていったことを、同じ研究者であるヴィアは知っている。

生まれてきたかったであろう、この世の幸せも、楽しさも知らないまま、人権はおろか、物のように廃棄されてしまったかけがえのない命たち。

そして、彼らの誕生を待ち続けた両親たち。

ヴィアは夫の研究に反対した。

―――「人は生まれいずるものであって、手を出していい領域ではないわ!」

だが、夫は「父」ではなく「研究者」を選んだ。

―――「ならば、我々の子を研究に使えばよかろう!」

受精卵の一つを胎内に残し、ユーレンは研究を続けた。

結果、幸か不幸か、その子は「今までのコーディネーター」とは比べ物にならない力を持った「最高のコーディネーター」となった。

 

ヴィアは人工子宮を見るたびに、コーディネーターであることを告白し、その存在に疎まれたナチュラルに殺された「ジョージ・グレン」を思い出す。

この子も、親のエゴで望まぬ力を与えられてしまい、何の罪もないのにナチュラルに命を消されようとする存在になってしまうのだろうか。

そして、コーディネーターをさらに越える「最高」の存在として・・・コーディネーターからも疎まれてしまうことにならないだろうか?

生まれながらにすべての人類のあこがれであると同時に不安を抱えた存在となってしまう我が子は、果たして本当に幸せになれるのだろうか?

 

自らの腹部―――残された子が大きくなっていくにつれ、ヴィアの心は苛んでいく。

お腹の子から「もう一人の私を不幸にしないで!」と、責められているようで。

 

そして、運命の二人はくしくも同日誕生した。

(この子たちは、私を責めるだろうか…?)

恐る恐る我が子たちに手を差し伸べる。

二人は何も責めなかった。

寧ろ、ヴィアの苦しみを拭い取ってくれるかのように、穏やかに無垢な眠りについている。

初めてその小さな体を、変わらぬ同じ大事な命を抱いたとき、ヴィアは誓った。

(守らなきゃ!せめてこの子たちが私の手を離れて巣立っていくその日まで―――!)

 

 

「いい顔してるわよ、姉さん。」

そういってカリダはシャッターを切る。

二人に注がれるヴィアの眼差しは、どちらの子へも分け隔てることはなく、慈愛に満ちた笑顔で溢れている。

「いい顔にもなって当然よ。こんなに可愛い天使たちが生まれて来てくれて…本当に可愛い!キラ、カガリ!」

そういって、双子を抱き上げ、両頬で摺り寄せる。

温かくて柔らかいそれが、今までの苦悩を拭い去ってくれるようだった。

「『キラ』?『カガリ』?それがこの子たちの名前?」

「そうよ。男の子のほうが『キラ』。で、こっちの女の子が『カガリ』。」

ヴィアは最初に茶色の髪の子を。そして次に金髪の子に首を傾げた。

「姉さんが考えたの?」

「もちろん。そのくらいの決定権は譲ってもらわなきゃ。」

そういってヴィアは苦笑する。

カリダもカメラをしまうと、二人を交互に見やった。

「へぇ〜『キラ』くんに『カガリ』ちゃんか。…どういう願いを込めたの?」

まだフワフワの茶色の髪にそっと触れてみれば、抵抗を覚えないそれはカリダの指に柔らかく絡んだ。

「…この子の出生は知っているでしょ?」

「えぇ…それで姉さんが悩んでいたことも…」

カリダの口が重くなる。だがヴィアはそんな妹に微笑んで言った。

「確かにこの子はいろんな可能性を秘めた力を持って生まれたわ。でもね、私はこの子に、その力だけに頼るだけじゃない子に育ってほしいの。普通の家庭に育って、性格や、興味や、自分で得たもので輝ける子になって欲しい…だから『キラ』。」

「素敵ね…じゃぁ、『カガリ』ちゃんは?」

「『篝火』って言ってね。真っ暗な中で灯す火の事なんだけど、今の世の中は混迷しているわ。コーディネーターとナチュラルの諍いは、多分今後もっと酷くなっていく予感がするの。そんな暗闇の中で、光を放って暗闇に迷う人たちを導いてほしい。そんな子になって欲しいから『カガリ』。」

ヴィアが視線を向けたカガリは、穏やかに眠ったまま、金髪がそよぐ風に任せ柔らかく揺らしている。

「素敵ね。篝火か…でも姉さん、それなら―――」

カリダが小首をかしげる。

「むしろ『キラ』くんの方が、みんなを導く光になりそうじゃない?」

そんな一言にヴィアは笑って返した。

「…確かに、キラの方がカガリよりずっと人を越える可能性は高いわ。でもね、元々力のあるものが上に立つと、力の無いものは縋るか反目するか、どちらかになってしまいがちなの。あのジョージ・グレンみたいに…だから―――」

ヴィアは「よいしょ」と二人を抱きなおす。

「むしろそんなコーディネーターの兄弟を持ったカガリに、先頭に立ってほしいの。ナチュラルのこの子が手を取ってくれたら、きっとみんなが理解してくれると思うの。それにね…」

ヴィアがカガリに笑いかける。

「カガリは凄いのよ。以前キラが人工子宮の中で、ちょっと不安定になった時期があって―――

 

(―――「ヒビキ博士!人工子宮の中の心拍数がどんどん上昇しています!」)

(―――「なんだと!?」)

(―――「それだけでなく、血圧も。このままだと通常のコーディネータの子でも、耐えきれずに血管が破裂する恐れが―――」)

 

それを聞いたとき、せめて傍にいてあげたい、と思ってね。私、思わず駆け寄ったの。

 

   (―――「ヴィア、何をしている!お前は下がっていろ!」)

   (―――「例えこの中であっても、この子は私の子に違いないわ! 母親が傍にいて何が悪いの!?」)

 

そういって人工子宮に触れて

 

   (―――「よしよし。大丈夫。大丈夫だから…ね?」)

 

そういってさすったんだけど、状況はなかなか変わらなくって。あぁ…きっとこの子は、こんな冷たい機械の中で、望まぬ力を植え付けられて、きっと生まれることが不安なんだ、って感じたの。でも、その時

 

(―――<ドン!>)

(―――「え?」)

 

お腹の中で、カガリが一生懸命蹴るの。「大丈夫だ、キラ。きっと大丈夫だから。」って。

そうしたら―――

 

   (―――「ヒビキ博士…これをご覧ください。心拍が…いや、血圧も安定してきて…」)

   (―――「なんてことだ。もう一人の子が…この子を救った…ということか…?」)

 

だからね。カガリはきっとみんなを…キラだって導いてくれる子になると思うわ。ううん、成れると思うの。」

「ね♪」とヴィアは今度はカガリに頬ずる。

カリダは笑った。

「なるほど。確かに姉さんの名づけはぴったりかもね。」

「当り前よ。名前は親が子供に一番最初にあげるプレゼントなんだから。飛び切り素敵な、思いを詰め込んだ名前にしてあげないと。あ!無論、この先の誕生日も素敵なプレゼントを選ぶつもりよ。1歳の時は…そうね、絵本かな。二人が喜んで声をあげそうなの。2歳はね、う〜ん…ペットロボットかな。可愛がりそうな。3歳になったらね、三輪車!キラには青いの。カガリは女の子だから赤。…よりもピンクかな?」

「もう、姉さん、先走り過ぎよ。」

カリダが苦笑すると、ヴィアは珍しく頬を膨らませた。

「そんなことないわよ。この子たちの未来が私の楽しみだもの。生まれてきたとき、本当に今日は人生で一番素晴らしい日だと思ったわ。しかも二人分もよ!二倍も幸せをもらったわ。…きっとこの先、悩んだり、苦悩したりする日だってあると思う。でも一緒に笑って、泣いて、悩んで…それも当たり前の幸せよ。そうそう!カガリがお嫁さんに行くときは、ウエディングドレス作るの!今から洋裁習おうと思って。」

「あらあら。でもカガリちゃんがお嫁に行くときは、キラ君が大変そうね。「僕のお嫁さんになるのに〜〜」って言いそう。」

「ほんと、今からカガリちゃんの相手が心配だわ。」

顔を見合わせて姉妹が笑う。すると声に驚いたのか、キラが泣き出した。

「あらあら、ごめん、キラ。泣かないで…よしよし…大丈夫、大丈夫だから。」

懸命にヴィアがあやす。だがキラのぐずりが止まらない。

すると

「……」

目が覚めたのか、カガリがジッとキラを見る。まだ上手く声もあげられない新生児だが、口をパクパクと動かす。すると

「―――……」

キラの鳴き声が止まった。

「…ほんとだ。」

「ね?」

目を丸くして驚くカリダとウインクして見せるヴィア。

そのタイミングで看護士が二人を引き取りに来た。二人を新生児室に見送り、カリダも腰を上げる。

「まだ出産間もないんだから、姉さんだって長居されると疲れるでしょ? 今日は帰るわ。」

するとヴィアもギャッジベッドの頭を下げ、横になる準備を始めた。

「そうね、明日はウズミ様がお見舞いに来てくださる、っていうし…」

「え?「ウズミ様」って、あのアスハ家御当主の??」

「そう。ユーレンの大学時代の友人なのよ。「アイツは子供が生まれても研究に没頭して居そうだから、私がユーレンの分も祝ってやらねば」って。」

「あらあら。フフフ…良いお友達がいて幸せね、ユーレンさんは。…私も明日出直すわ。今日の写真、プリントアウトして、写真たてに入れて持ってきてあげる。」

「ありがとう、カリダ。でも、今時アナログなんて珍しいわね。」

「あら、こういうものは、アナログのほうが手元に残っていいのよ。電減もいらないし。経済的でしょ?じゃあ、ゆっくり休んでね。」

横になったヴィアは、産後の疲れもあって直ぐにウトウトし始めた。

カリダはその様子を見守り、席を立つ。ヴィアの病室の入り口には、産院に似つかわしくない、SPが立っている。

この世界情勢だ。キラのためでもあり、研究員のヴィアを守るために致し方ないのだろう。こうした息の詰まるような環境に、すこしでも安らぎと楽しさを届けてあげたい。

「さて、帰りにいい写真立て、探さなきゃ!」

カリダも気持ちを切り替え、足早に病院の正面玄関から出たその時だった。

 

「えぇ…そうなんです。例の双子、もう生まれていて…」

産院に不釣り合いなほど、襟の高いコートに帽子を目深に被ったままの男が、何やら携帯で深刻に話している。

(…誰かのお父さんかしら…?)

 

些か心地よくない面持ちで、カリダは病院を後にした。

 

 

***

 

 

翌日もメンデルの天気は快晴の予定だった。

(さて、授乳時間だわ。)

まだ後陣痛の痛みが腰に来る。広がった骨盤が元に戻るためとはいえ、なかなかに立ち上がるのもキツイ。

(でも―――)

 

   あの子たちの顔を見ると、不思議に痛みがなくなるのよね。

   これから毎日ミルクだ―、おむつだ―って、二人分泣かれて、寝る暇なんてなくなるのに。

 

   それでも目を閉じて想像する。

   二人がいっぺんに泣き出しながら、ミルクを与え

   少し大きくなって、一緒にハイハイで私を追いかけてきて

   一緒に手をつないで散歩に行って

   もう少し大きくなったら…どっちが先に呼んでくれるかしら?

   「ママ」って―――

 

   想像するだけで嬉しい。

   凄く楽しみなの、これからのあの子たちとの未来が…

 

 

そのヴィアの幸せを、一発の銃声がかき消した。

<パァーーーーン…>

「何!?」

ヴィアが驚きベッドから立ち上がる。続けざま

<ドォーーーン!>

「キャアアアア!」

酷い爆音とそれに続く地響きが病室内に伝わり、隣室の産婦たちも驚きパニックになる。

そんな中、ヴィアは唯一冷静だった。

(子供たちが―――!)

そう思った瞬間、ヴィアは直ぐに行動に出た。

「皆さん、新生児室へ!」

その声に促され、産婦たちが心配げに新生児室の前に集まった。

まだ外から銃声がいくつも聞こえてくる。

「!」

ヴィアは察した。

(これは…「ブルーコスモス」の襲撃…)

研究所と繋がったこの産院が、ブルーコスモスのターゲットにされることは予感していた。既にいくつかの施設が襲撃に合っている。

研究員としてその情報を知っているのは、この中ではヴィアだけだ。

(だったら―――)

ヴィアは慌ててベビーラックを運び出す看護師たちに声をかけた。

「ヒビキ博士!」

「皆さん、早く自分のお子さんを!それから看護師の方たちは彼女たちをシェルターへ!」

研究室と産院の構造は隅から隅まで知っている。こうして襲撃に合ったときの対処法も。

ヴィアは生まれて間もない我が子を抱える母親たちを、シェルターに送りだし、防護シャッターを閉める。

その時

「姉さん!」

背後から悲鳴にも似た叫びが聞こえた。カリダだ。

昨日撮影したばかりの写真を入れたポートレートを抱える手が震えている。

「姉さん、これは一体―――!?」

「落ち着いて、カリダ。」

その冷静な声は、パニックになったカリダの頭を一気に冷やしてくれた。

厳しくも優しい声は、一つ深呼吸をすると新生児室に残されていた二人の赤子を抱えて戻ってくる。そして写真立てを受け取る代わりにカリダに2人を手渡した。

「姉さん…?どういうこと…?」

「お願い、カリダ。よく聞いてね。」

ヴィアはカリダの両肩に手を置くと、顔を近づけていった。

「この子たちを安全な場所へお願い。そして…貴方がこの子たちを育てて。」

思いもよらないヴィアの発言に、カリダは目を見開き、首を横に振る。

「どういうこと!?姉さん、一緒に逃げて―――」

「私にはやらなきゃいけないことがあるの。そして、きっとあの銃声のターゲットは私たち。私が一緒に逃げたら、この子たちはきっと命を狙われる。」

「そんな!どうして姉さんが―――!」

悲壮な顔で、カリダは否定する。

溢れ出てくるその涙を、ヴィアが拭った。

「この子たちは普通に生きて欲しいの。誰から強制されるでもなく、自分を信じて、自分のやりたいことをやりたいように。それを託せるのは貴女しかいない。」

そうしてヴィアはカリダに抱かれた二人の天使に頬を寄せる。

(ごめんね、キラ、カガリ…)

カリダごと抱きしめるようにして、溢れてくる涙を必死に堪える。

(傍にいて、大きくなるまで守るって約束したのに、今の私には、こうすることしかできない…傍にいてあげられなくって、ごめんね…)

異変に啼き声をあげる二人は、ヴィアの頬に触れるとひと時泣き止んだ。

まるで、母の意思を悟ったかのように。

ヴィアはほほ笑む。

(たった2日だったけど、素敵な時間をありがとう、二人とも。貴方たちに会えて、本当に幸せよ。私に一生分の幸せをくれてありがとう―――)

その抱擁で二人の香りとぬくもりを魂に刻み付け、ヴィアは顔を上げた。

銃声は確実に建物の内部へと近づいている。

ヴィアはカリダを非常口へ誘導すると、シャッター閉鎖のスイッチを押す。

「姉さん!」

「どうかあなたも無事で。そして二人をお願いね!カリダ!」

「姉さん!待って、姉さ―――!」

ヴィアの笑顔だけ残し、シャッターが重い音を立てて、ぴたりと閉まった。

 

 

「さてと。」

ヴィアは涙を拭くと、研究所に通じる通路をひた走った。

(神様はやっぱり見ていらっしゃるのね。神の領域に足を踏み入れ過ぎた罰よ、これはきっと…)

多分、敵の目的はキラの存在だろう。そしてキラとカガリに関するデータと、研究の中心人物だった私たち夫婦。

二人に関する記述を残していれば、確実に二人の足取りを追って二人を抹消するに違いない。

(データは全て、消去しなきゃ!)

IDカードで実験施設に入る。が、そこには既に幾人も研究員が倒れ、既にこと切れていた。

「酷い…」

彼らはコーディネーターの研究に関わってはいるが、ナチュラルだ。

ナチュラルであっても、確実にコーディネーターに関わる者は抹殺の対象に違いない。

痛む身体をおして、ヴィアは一室に入る。キラが誕生した研究室だった。

そこには、青白い光が仄かに点滅し、床には点々とした赤いものが続いていた。

「これは…血?」

その先に視線を送ると

「!?あなたっ!!」

ヴィアが駆け寄る。そこには腹部から出血したままのユーレンがいた。

「…う…ヴィア…?」

「あなたっ!」

ヴィアは血だまりの中に座り込み、ユーレンに止血を図る。だが、すでにユーレンの体が冷たい。

ユーレンが弱くなった声で必死に問うてきた。

「…あの子…たちは…?」

「大丈夫。カリダと一緒に逃げたわ。」

「そう…か…」

初めてユーレンが微笑んだ。

ヴィアも新たな涙が浮かぶ。

(言ってくれた…「あの子たち」って、二人を心配してくれた!)

「これを…」

ヴィアはユーレンの前に写真立てを置く。

僅かに開いたユーレンの口元が微笑んだ。彼が残した最期の父親としての微笑みだった。

「あなた…」

ヴィアは新たに涙が浮かぶ。

(一緒に4人で暮らしたかった…あなたがキラを肩車して、私がカガリを抱っこして…)

笑いあう何気ない家族の風景。こんな普通の幸せを手に入れたかっただけなのに。

(せめて…せめてあの子たちの幸せだけは守らなきゃ!)

ヴィアは目の前のPCにカードキーを差し込み、ロックを解く。

PASS WORDS

点滅するそれに、ヴィアは思いを込めてキーボードを叩く。

 

―――『Beautiful Days』―――

 

二人が生まれた日はきっと人生で最高の素晴らしい日になる。

それも二人分。

そして、二人の人生が素晴らしい日々に彩られることを願ってつけたパスワード。

 

起動したコードがアップされる。最後に点滅する『Delete』ボタンを押せば、二人の未来は救われる!

(これで―――)

ヴィアがボタンを押した、その瞬間だった。

 

<パァーーーーーーン……>

 

そして感じる腹部への激痛。

吸い込むことができなくなる息。

医師の資格を持つ故に、直ぐに悟った。

腹部の大動脈と肺を、銃弾が貫通したこと。

そして、助かる見込みはない、ということを。

 

ドサリと崩れ落ちたヴィアの横を、銃を持った男たちが走り抜ける。

「ターゲットは二人とも撃ち取った。」

「例の双子はここには居ません。」

「チッ!データは消去されてやがる!」

吐き捨てるように言い残し、男たちはバタバタと立ち去って行った。

 

「…ヒュー…」

肺が潰され、声にならない。

それでもヴィアは夫に向かって指を伸ばす。

(ほら、あなた、写真見た?私たちの子、二人とも、可愛いでしょ?)

「…ヒュー…ヒュー…」

(できれば、あなたにもっと触れて欲しかった。そして…)

 

一緒に毎年誕生日を祝って

1歳では絵本

2歳はペットロボット

3歳は三輪車をあげて

 

それから学校に通うようになったら、勉強教えてあげないとね

 

それから、カガリが結婚するときは、あなたもキラも泣かないのよ

 

それから…

 

ユーレン…わかる…?

 

 

あの子たち、とっても温かいのよ…

 

 

 

それに…

 

 

 

もう失血で指先も…身体も…冷たいのに…

 

 

 

おかしいわね

 

 

 

私の頬だけ、凄く温かいの

 

 

 

 

 

涙がね

 

 

 

 

 

あの子たちのほっぺと同じくらい、温かいのよ…

 

 

 

 

 

 

・・・to be Continued.