<ドォーーーーーン!>
「キャァッ!」
カリダのすぐそばに停車していた車が突然爆発する。
それでもキラとカガリに爆風が当たらないよう、必死に背を向ける。
(研究所の襲撃が目的なら、こんな通りにまで爆弾を仕掛けるはずはないわ。)
カリダは自ずと理解した。
昨日産院の前で見かけた不審な男。あれがきっとこの犯行グループの一味。
あくまで研究所の職員と、そして、多分この二人が外部に脱出しても完全に抹殺するために、ここまで周囲も巻き込むなんて。
怒りが沸き上がる。
そして
「ンギャア!ンギャア!」
「ンギャアーーーッ!」
両の腕に抱えた二つの命。
(この命を守れるのは―――私しかいない!)
カリダはぎゅっと二人を抱きしめた。
「二人とも、安心して。私が…絶対貴方たちを守るから!」
カリダは気づいていない。
この時、既に母親の顔になっていることに。
メンデルの地理に詳しくないが、それでも今このコロニーにいては危険だということだけは判る。
(とにかく…宇宙港まで行けば―――)
だが、
<ドォーーーン!>
「――――っ!」
まだカリダに運命の厳しさを告げるように爆発が起こる。
(とにかく、少しでも遠くへ―――!)
赤子二人を抱えて走る。だが、背後から車の走る気配が近づいてくる。
(あれに捕まったらいけない!)
本能で逃走するカリダ。
だが銃撃音は確実に迫っている。
(神様!せめてこの無垢な子どもたちだけは―――っ!)
必死の願いを、神が聞き届けてくれたのだろうか。
反対車線から大型の車がカリダの目の前に急停車した。そして、オートで開かれたドアから銃で敵車両を狙撃する。
追いかけてきた車は、形勢不利と見て、慌てて引き返していった。
「……」
呆然とするカリダの前で、ゆっくりとドアが開いた。
「大丈夫かね?」
カリダが恐る恐る彼に視線を送る。
(この人…よくテレビで見たことがある…―――まさか!?)
昨日ヴィアが言っていたことを思い出した。
(―――「明日は、ウズミ様が来てくださるって―――」)
「まさか、あの…ウズミ様でいらっしゃいますか?」
「そうだ。…とにかく、今は車へ。防弾ガラスになっているから、外に立っているよりはましだ。」
言うが早いか、カリダを中に引き入れたのは間違いなく、アスハ家当主「ウズミ・ナラ・アスハ」その人だった。
状況が見えない彼がカリダに問う。
「一体何があったのだね?こんな中、しかも生まれて間もなそうな子供二人を連れて―――」
「この子たちは『キラ』と『カガリ』。ユーレン・ヒビキとヴィア・ヒビキの間に生まれた双子です。」
「!この二人が―――」
目を見開くウズミに、カリダは状況を説明した。
「私はヴィアの妹:カリダ・ヤマトです。この子たちにとっては伯母に当たります。二人を狙ったテログループに、施設ごと狙われて…」
「『ブルーコスモス』か…」
ウズミが重い口を開く。眉間に寄った皴に、非常なる怒りと苦悩を滲ませて。
「我がオーブは中立を貫いているが、奴らの脅威は日々迫っている。なんとか宇宙にも中立できる場所を作ろうと、L6コロニーの建設の打ち合わせを兼ねてここに立ち寄ったのだが。まさか、メンデルまでこんなことに巻き込まれていたなんて。」
カリダは二人を無意識に強く抱きしめる。
ここで無事逃げ延びたとして、二人は本当にそのまま無事でいられるだろうか…?
すると気づいたようにウズミが訪ねた。
「カリダさんは、今どこにお住まいで?」
「コペルニクスですが…何とか宇宙港まで逃げられればと思って…」
そう言いながら、カリダは思案する。
あれだけの犠牲を強いてもこの二人を抹殺しようとしているのだ。逃しても後日まで追いかけてくる可能性は十分にある。
(でも、コペルニクスまで逃げれば、子供なんて至る所に…)
そう思って気が付く。昨日産院の前で話していた男の言葉だった。
(―――「例の双子が―――」)
そうだ。奴らは『双子』をいう目印で二人を狙っている。自分の子でもない新生児の顔を見分けるのは難しい。だが『双子』という特殊条件なら一気に的を絞られる。
カリダは隣に座るウズミに視線を注ぐ。
オーブ、ひいてはアスハ家ならまさに鉄壁だ。キラを預けても多分守り切ってくれるだろう。それに、もしキラの力があれば、将来オーブにとっても有益だろう。
(でも…)
カリダは思い出す。ヴィアの願い
(―――「――普通の家庭に育って、性格や、興味や、自分で得たもので輝ける子になって欲しい…」)
キラと。そして
(―――「――ナチュラルのこの子が手を取ってくれたら、きっとみんなが理解してくれると思うの。」)
というカガリ。
(だったら―――!)
カリダは意を決した。
「ウズミ様。お願いがあります。」
「何だね?」
「この子を…」
カリダはカガリを差し出した。
「この子を、どうかお手元に置いてくださいませんでしょうか?」
ウズミが目を見開く。
「どうしてだね?折角兄妹に生まれた二人を引き離すなんて―――」
「この子たちは「双子」ということで敵はマークしています。できる事なら、私も二人とも引き取りたいです。でも、双子として今一緒にいることは、この子たちを危険にさらしていることに変わりはありません。私は非力な人間です。二人をあんな大きな組織から助けてやることはできません。ですが、「一人」なら―――一人なら、おそらくマークは外れるでしょう。生みの親でもない限り、こんな小さな子の顔の区別がつくことはまずありえません。そうすればキラは他の子と何も変わらずいることができる。少しでもその可能性に賭けたいんです!」
カリダが見上げる。
その強い意志に、ウズミは少し間を置くと、そっと手を伸ばし、カガリを受け取った。
「貴女はもうしっかり母親の目をしている。」
「え…?」
「母親の直感、というのは侮れないものだよ。その母親が言うことだ。間違いはあるまい。」
ウズミはカガリの頬を、指の背でそっと撫ぜた。
「私の妻は病弱でね。子供を欲しがっているのだが、産むことができん。きっとこの子が救いになってくれるだろう。」
カガリはじっとウズミの顔を見つめる。薄く開いた金の眼が、安心したようにカリダには見えた。
宇宙港はこのテロ騒ぎで混乱を極めていた。
だがカリダはウズミの計らいで、無事にコペルニクスへ向かうシャトルへの搭乗ができた。
「ウズミ様、これを…」
カリダが差し出したのは、昨日撮ったばかりの写真。
「この子たちへの追走を避けるため、ここで連絡を絶つべきかと思います。そして、今後も世界情勢が思わしくないようであれば、いっそこのまま身元を明かさないままの方が、この子たちには幸せかもしれません。」
「わかった。しかし―――」
ウズミは続ける。
「私もこの後代表に身を置くこととなれば、命の保証はありません。無論、この子…カガリは守ります。ただ、この子一人になってしまうようなことがあれば、せめて血の繋がりがあるものが、この世にいることを支えにしてやるかもしれません。その時は彼のことを教えるつもりです。」
「わかりました。」
大人二人の静かなる契約。
引き離されると解ったのか、キラがふとカガリに手を伸ばした。
「ゥァゥ…」
カガリが視線をキラに向ける。
「―――」
(大丈夫。大丈夫だから―――)
たった2日の兄妹
しかしこの16年後、二人が出会ったことで、運命の歯車は音を立てて回りだした。
***
「ここよ。」
カリダが背後から歩み寄る二人に促す。
オーブの見晴らしの良い高台に広がる墓地
そこに二つの真新しい墓碑が刻まれている。
『ユーレン・ヒビキ』『ヴィア・ヒビキ』
カガリが抱えていた花束を、そっと手向けた。
「どうして今になって二人のお墓なんて建てようと思ったの?」
キラが墓碑から視線を離さず、声だけで母に問う。
「そうね…ようやく一段落して、決心がついたから、かしらね。私自身の。」
風を受けて孕んだ髪を抑えながら、カリダは言葉を紡ぐ。
「あの後、メンデルは新型インフルエンザのパンデミックで閉鎖になって、姉さんたちの消息は不明のまま。きっとどこかで生きていて、きっと平和になったら貴方たちを迎えに来る、って思っていたの。そうでないと悲しすぎる。」
「伯母様…」
カガリの金眼が潤む。
「でもね。」
カリダは微笑んだ。
「あの悲しい争いは終わったわ。貴方たち二人が終わらせたのよ。姉さんの望んでいた通り「貴方たちの力」で。姉さんたちの研究が争いを加速させてしまったけど、二人の子供たちが争いを終わらせてくれた。そして、今もこの平和で穏やかで素晴らしい日々を続かせてくれている。それを知ったら姉さんたちもきっと満足しているんじゃないかって思って。そうしたら安心したの。二人がいなくても、もう大丈夫って。それに―――」
カリダがキラとカガリの肩を引き寄せ、二人に頬を摺り寄せた。
「母さん!?」
「伯母様!?」
「こーんなに柔らかくて、温かくって、可愛い二人が、こんな大きくなるまで見守ることができたんですもの!私って役得だわv 私自身も満足させてもらったから!」
声を上げて笑うカリダに
「母さん、そんな死亡フラグ立つみたいなこと言わないでよ。」
キラが苦笑する。
「でも…」
キラは静かに墓碑の前に片膝をついた。
「僕は苦悩したけど、生まれてきて本当によかったと思っているよ。父さんと母さんに育ててもらって、そして…カガリとまた会えて。」
ほほ笑みカガリを見上げるキラ。
「キラ…」
カガリもまたキラと並んで膝まづく。
「私も、お父様に教えられたこと、そしてこの国を守っていく役割をもらえたこと、本当によかったと思ってる。だから、生まれてきてよかった。キラと双子だからコーディネーターと分かり合える世界を作れたんだ。本当に良かった。」
「カガリ…」
「あ!またお前、泣きそうになってるだろ!いい加減その泣き虫やめないと、来月の結婚式の前にラクスにもZAFTにも見限られるぞ!」
慌てて目をこするキラ。
「泣いてなんかないっ!カガリこそ、そんなオーブの事ばっかり気にしてると、アスランが泣くよ?」
「大丈夫だ。アイツの泣き顔は見慣れている。」
「もう、そんなお父さん泣かせてるお母さんを見たら、お腹の子が泣くよ?」
「何を!?私に似て立派に強い子になるはずだ!お前みたいな泣き虫にはならん!」
「だから一体そこからその自信は出てくるのさ…」
二人の喧嘩をカリダは満足して見守る。
二人が生まれた時、そしてヴィアがいなくなったあの日と同じ高い空。
見上げてそっと呟いてみる。
「見てる?姉さん。貴女が夢見た「Beautiful
Days」が、今ここにあるのよ。そして、きっとこれからも、貴女の宝物の二人が、そして二人の子供たちが、この世界を守ってくれるわ…」
きっと、ずっと、
ね―――
だから、安心して、ゆっくり休んで。
もう大丈夫、大丈夫だから…
...Fin.