オーブ行政府、代表首長室で一人、カガリは頬杖をつきながら、目の前のモニターを凝視していた。

映し出されているのは10月のカレンダー。

各国との会談や議会などの重要なスケジュールが、数時間おきに密に詰まっているそれを見直し―――ていたわけではない。

ただ一点を挑みかかるような視線を送っている。

 

そう「1029日」―――アスランの誕生日だ。

 

勿論、心を込めたプレゼントを贈りたい。

両親や戦友、数々のものを失い続けてきたアスランに、喜ぶもの、欲しい物、あるなら惜しみなく贈って喜ばせてあげたいのだ。

だが、カガリを一番悩ませているのはその事なのだ。

 

―――「アスラン、今何か欲しい物はないか?」

―――「特にない。」

―――「・・・(ほらなぁ!)」

 

幾度聴いても、彼が物欲を示したことは一度もないのだ。

これまで散々挑み続けたが、全くと言っていいほどキッパリと「無い」の一言で終わってしまう。

なので、これまでの誕生日も、慣れない中唯一甘い物で食べられる桃のケーキを作ってみたり、一日彼がゆっくり休める様にホテルのスイートを取ってみたり、あるいはみんなで楽しめれば、と仲間内を誘ってパーティーを開いてみたりもした。

確かに彼は喜んでくれた。ただ、それがどうにもカガリには彼が心から満足しているようには見えないのだ。

「う〜〜〜ん…」

今度は椅子の背にもたれるようにして、天井を見上げる。

今年はどうしよう。

花束でも贈ってみようか・・・いや、普段ターミナルで帰ってくることのない部屋に花なんて、かえって水を替えたりできずに迷惑か。キャバリアーに飾る―――ってのも、精密機械の多いキャバリアーに水や鉢を置くこと自体止められそうだし。

だとしたらやっぱり誕生日ケーキ・・・といっても、アスランは甘い物が得意な方ではないし。

ならいっそ、ディナーを一緒にとるとか。これなら事前に食べたいものを聞いておけば、予約の時に準備してもらえる!

「よし、これで行こう!」

カガリは机にドン、と両手をついて立ち上がる。すると

「カガリ姉様、どこかに行かれるんですか?」

丁度入室してきたトーヤが、晴れた顔のカガリを見て、自分も嬉しそうに尋ねてくる。

「あ、いや。ちょっとディナーでも予約しようかな、って。」

「ご予約ですか?いつでしょうか。レストランがお決まりでしたら、僕が差配しておきますが。」

流石は次代代表候補であり現秘書。気を回すことに抜かりはない。

だが、こうしたことをトーヤに頼むのは、自分がプレゼントをした気がしない。やっぱり自分で用意しなければ。

「ありがとうトーヤ。でも大丈夫だ。私が自分でするから。」

「そうですか。・・・で、ご予定は何日ですか?何方とご一緒なのですか?」

(ドキン!)

カガリの心臓が撥ねる。

個人的感情で一軍人と密会する、なんてことは、この公の場で口にはできない。

「い、いや、その気兼ねなく食事できる相手だし、トーヤは気にしなくても・・・」

「良いですか、姉様。」

「は、はい。」

急に背筋を伸ばして真顔になったトーヤに見つめ返されて、椅子に所在なげに座るカガリ。

その目の前に立ったトーヤはスゥっと息を吸い込んで言った。

「姉様はオーブの代表なんですよ!?どんな気兼ねない相手でも、やはりSPは必要です。ましてやお店も信用のあるところを選ばないと。下手に身分がバレて、毒でも仕込まれたらそれこそ大ごとです!ちゃんとお日にちとお店、そしてそのお相手の方々が何時、何処からいらっしゃるのか。ご都合も確認しないといけません。」

「・・・都合・・・」

そうだ、自分だけ浮かれて、すっかりアスランの予定を確認するのを忘れていた。

「なぁ、トーヤ。」

「はい、何でしょうか。」

「えっと、さっきの話とは違うぞ。全く関係ないからな!で…アスランとメイリンの帰還予定は何時になっている?」

「お二人ですか?えーと・・・」

端末のスケジュールの確認をするトーヤ。顔を上げると、

「次回のオーブへの寄港は1119日予定となっております。」

「って、20日以上も先じゃないか!」

バン!と両手で机を叩くようにして立ち上がったカガリの勢いに、今度はトーヤがタジタジと身を引く。

「はぁ〜・・・」

そのまま力なく座り込み、机にガックリと伏せた勢いでおでこをぶつけたまま、カガリは伏した。

 

護衛・・・以前も情報の受け渡しに、アスランをお好み焼き屋に呼び出したが、結局SPに囲まれていた。“気軽に”二人きりのディナーはかえって難易度が高い。

こうなると、やはり当日にお祝いするとしたら、物を贈る方向で行きたい。

(となると、リサーチしなきゃいけない訳だが・・・)

改まって聞くと「無い」の一点張りだが、自分がいないところで、案外ぽろっと欲しいものを話しているかもしれない。

カガリは勇気を出して、通信を入れた。

<はい、こちらターミナル、メイリン・ホーク二尉です。>

「メイリン、忙しいところ済まない。」

<カガリさん!何か緊急の調査ですか!?>

画面の向こうから食い入るようにかかってくるメイリンに、カガリは耳打ちするようなポーズで近づけば、思わずメイリンまで耳をモニターに近づける。

「いやいや!そうではなくってだな。ゴホン、その・・・ちょっと聞きたいことがあってな。」

<ちょっと、ですか?>

訝しむメイリンに、カガリは呼吸を落ち着けるようにして囁いた。

「今、アスラン近くにいるか?」

<いいえ、現在半減休息で、自室にいますけれど。>

「ならよかった。」

胸をなでおろすと、改まってカガリは尋ねる。

「なぁ、メイリン。その…最近、アスランが欲しがっているものとか聞いていないか?」

<アスランさんの欲しい物、ですか?あ、29日はアスランさんの誕生日ですもんね!>

声高になるメイリンに、「シーッ!」と慌てて人差し指を唇に立てるカガリ。

やはり仕事のパートナーとして、いや、情報通のメイリンだけあって、今月のアスランの誕生日はちゃんと抑えているようだ。

「そうそう。それでだな、メイリンはアスランの欲しい物って知っているのか?」

<勿論!知ってますよ〜♪>

「それは何だ!?私にも教えてくれ!」

得意そうなメイリンに必死にかぶりつくカガリ。だが

<それはできませんよ。>

にっこりと笑顔で返されてしまった。

愕然とするカガリだが、考えてみればメイリンも上司であるアスランに、誕生日プレゼントを用意するに違いない。彼女なりにちゃんとリサーチしているのだ。それを横取りするなんてことはできない。

「そうか・・・そうだよな。ありがとう。」

<カガリさんはお気づきでないんですか?アスランさんが欲しい物。>

寧ろ釈然としないようにメイリンに聞き返されてしまった。

「アイツ、私が何度聞いても「欲しいものはない」の一点張りでさ。何だよ、メイリンにはちゃんと話しているのに…」

(私にも教えてくれるくらい、してくれても・・・)

だがそこでカガリは頭を振る。

(いかんいかん、重い女になってしまっては。)

そんなカガリを、メイリンは意味ありげに微笑んで見せた。

<お力になれなくってすいません。でも大丈夫ですって。ああ見えてアスランさんってわかりやすいですから。では!>

 

現在一番身近にいるメイリンに聞く線が潰れたとなると・・・次の相手はこれしかない。

<あれ?カガリ、どうしたの?>

モニターの向こうでキラが久しぶりに会話できるからなのか、弾んだ声を上げた。

「今休憩中でな。それでさ、キラ。ちょっと聞きたいことがあって。」

<うん、僕にできることがあれば言ってよ。>

「アスランが、今欲しそうにしているものって知っているか?」

<え?アスランが?>

一瞬間が開く。だが直ぐにキラは口角を上げた。

<勿論、知ってるよ。>

やはり片割れ。こういう時は本当に頼りになる。

「それは何だ!?教えてくれ!!」

<え…寧ろ、カガリこそ知らないの?>

「知らないの、って・・・知らんから聞いているんじゃないか。」

<え〜それって致命的だよ?まぁ立場もあるし、忙しいから、アスランは気を使って言えないのかもしれないけど。>

(「立場」?「忙しい」?となると、一緒にどこか行きたいところがある、とかそういうことだろうか)

「なぁ、教えてくれよ。私もプレゼント何を贈るか悩んでいるところなんだ。」

<プレゼント?・・・あぁ、今月誕生日だもんね、アスラン。・・・あ、そうだ!だったら僕なんて、ますますカガリに教えられないじゃない。>

しまった!キラはアスランの誕生日のことを忘れていたのか。

「はぁー・・・時間取らせて悪かったな。ラクスは元気か?」

<うん、元気だよ。ラクス!カガリが顔見たそうだよ。>

<あらあら!お久しぶりです、カガリさん。>

「ラクス、元気そうで何よりだ。」

<そういうカガリさんは浮かないお顔をされていますね?>

「うん・・・実は・・・」

誕生日のプレゼントで悩んでいることを話すと、ラクスは一瞬表情が沈んだ。

<そうですわね・・・確かにアスランのご希望のものは、おいそれと簡単に手に入るものではありませんし・・・>

あのラクスがここまで影を落とすような表情をするなんて。

(そんなに貴重なものなのか??手に入らないって、とんでもなく宇宙の辺境にあるようなものなのか!?)

カガリの表情が固まる。するとラクスはキラと顔を合わせ、とりなすように笑った。

<大丈夫ですわ、カガリさん。アスランの欲しい物は、きっとカガリさんでもすぐわかりますから。>

 

 

***

 

 

こうやって、数人アスランと親しい人物を頼りにリサーチしてみたが、結局みんな「知っているが教えられない」の一言で終わってしまった。

「何だよ皆、揃いも揃って!」

机に突っ伏して落ち込む。仮にも恋人・・・のはずなのだが、全くと言っていいほどアスランの今を知らないことに気づく。

キラじゃないが、確かに忙しいし、立場もあるので公に恋人を公言することはできない。

代表首長と出向中の一軍人。

二人の距離は開いても、それでも絆は揺るがなかったはず。なのに、今はどこか遠く感じてしまう。

「私的に話す時間なんて、殆ど取れていないしな。」

今更だが遠距離恋愛の難しさを痛感する。キラとラクスも一時共にいられない時間が増えたことで、気持ちに距離が生まれてしまっていた。

自分達はそれを乗り越えたと思っていたが、まだまだ越えなければならない山はいくつもあるらしい。

(でも…)

せめて当日「おめでとう」の一言だけでも伝えたい。

アイツはどんな顔するかな?正面切って言ったら、少し視線を逸らせて、それからこっちを伺うようにしながら「ありがとう・・・」ってぼそっと言うのかな。

そんな想像で不安な気持ちを抑え込みながら、まだ決まらないプレゼントに頭を悩ませていた数日後、急にアスランから連絡が入った。しかも緊急入電だという。

「アスランから?どんな用件だ?」

カガリは途端に緊張し、トーヤに尋ねると、

「はい、ザラ一佐曰く「どうしても緊急で、USBなどのメモリを使うと傍受される可能性があるとのこと。直接口頭でお伝えしたい」、とのことです。日時と場所はこちらで。」

トーヤの表情が切迫している。緊急入電の内容は暗号化されている。幾つもの解析ソフトをくぐって、解凍された文面がプリントアウトされていた。

10291930。場所はオロファトインターナショナルホテル111101号室。尚、身分を隠して、偽名「エレノア・フリント」にてキーを受け取ること。」

偽名まで名乗る必要がある、ということは、余程の重要案件だ。

オーブに何らかの危機が迫っているとみて間違いない。

カガリは表情を引き締め、直ぐに返した。

「わかった。直ぐにキャバリアー・アイフィリッド0に「本日、快晴」で打電しろ。」

「わかりました。カガリ姉様。」

トーヤがキリッと敬礼し、軍令部に走っていった。

 

 

***

 

 

1029日午後7時過ぎ。

カガリはシックな紺色のドレスを身に纏い、ウィッグと細身のサングラスを付けてホテルのロビーに立った。

注意深く様子を見守る。ベルボーイも他の客も、別段カガリに視線を向けている者はいない。オロファト一高級なホテルだけあって、客層も選ばれている。

フロントで「エレノア・フリント」を名乗ると、疑いもなくカードキーを差し出された。

エレベーター内も注意を払う。怪しい人物はいないか。監視カメラの位置は?

だが11階に着くころには、複数いた人間もカガリ一人となり、そのまま目の前に続く厚い赤の絨毯が敷き詰められた廊下を、ハイヒールで音もなく歩いていく。

1101号室にキーを差し込めば、赤の点滅が緑に変わり、カチャとドアが開いた。

「アスラン・・・は、まだ来ていないのか。」

部屋に上がると、そこはとんでもなく広い一室。いわゆるロイヤルスイートルーム、というところだ。緋色のペルシア絨毯に大理石のローテーブルとソファ。小さな明かりが漏れているのは浴室だろうか。そして隣の部屋にはキングサイズのベッド。艶のあるベッドカバーはシルクだ。

「こんな豪勢な部屋で秘匿情報の受け渡しって、アイツ何を考えているんだ!?」

思わず腰に手を当てて仁王立ちする。

寧ろこういう時こそもんじゃ焼きでも突きながらの方が、かえって怪しまれないのではないか。

もう誰も見ていなかろうと、ウィッグとサングラスを外し、ローテーブルの上に置こうとしたところで、カードが一枚伏せられているのを見つける。

「何だ、これは?」

そう思ってカードを手にした次の瞬間。

<カチャ>

ドアがしずかに開く。気配にカガリが振り返ると同時に

「カガリ!」

そこに現れたのは、ずっと会いたかった彼。

「アスラン!」

カガリが思わず駆け寄る。が、アスランは緊迫した表情でカガリを乱暴に抱え、ソファの影に隠れるようにしながら、右手に小銃を構えている。

カガリはアスランの胸に顔を押し付けられるようにされ、混乱した状況に、頭を必死に整理する。

(何なんだ!?ちょっと、このままだと―――)

「苦しいだろうが!」

文句を上げてアスランを見れば、アスランの方は未だカガリを抱きながら、背後を伺っている。

「大きな声を出すな。頭を下げていろ。敵は今どこにいる?」

「敵?・・・私一人しかいないぞ?」

キョトンとするカガリに、アスランは初めてカガリを見やる。

「いや、だって、君はいきなり押しかけて来た誘拐犯に攫われた、と・・・」

「そんな分けないだろう!第一お前がここに私を呼んだんだろうが!口述しかできない重要な情報を入手したからって。」

「俺はそんなこと一言も言っていないし、通信もしていない!」

「じゃぁ、何でこんなところに・・・」

二人して呆然としていると、アスランが不意に気づいた。

「カガリ、その手にあるものは」

「あ?あぁ、これは、ここのテーブルの上に置いてあって。」

二人してカードを覗き込むと。

 

Happy BirthdayAthrun貴方がこの世でたった一つ、欲しいものをプレゼントします?』

 

「・・・ハッピー・・・」

「・・・バースデー・・・」

アスランとカガリが顔を見合わせる。そして二人してそのままガクリと力が抜けたように、絨毯の上に腰を下ろした。

「まさか、担がれたとは。」

小銃をセフティーに切り替え、アスランがようやく緊張を解く。

「誰だよ、こんないたずらしかけた奴は!」

カガリもハイヒールを放りだす。

アスランがカードを見ながら、口角を上げた。

「恐らくメイリンだろうな。カガリに嘘の機密情報を伝えてきたのは。」

「じゃあ、アスランの方は?」

「まぁ十中八九、キラだろう。オーブの通信網を掻い潜ってこられるのはアイツぐらいだ。」

すると部屋のチャイムが鳴った。

カガリは慌てて身なりを整え、アスランが応対すると、外にいたパーサーが大きなワゴンを運び込んだ。

「本日はお誕生日、おめでとうございます。こちらのディナーをスイートで、とのご予約が入っておりましたので。」

そう言って白いレースのクロスがかかったテーブルの燭台に灯が燈り、コースのディナーが二人分運び込まれる。

「そしてこちらもご注文にございました、ドン・ペリニヨンでございます。」

細身のグラスに注がれる金色の泡沫を放つシャンパン。

ようやく二人して落ち着いて対面する。

「どうやら皆して、俺の誕生日を演出してくれたみたいだな。」

「私だけ、教えてもらえなかったんだぞ。お前が欲しいものは何か知っているか?って聞いたら、皆「すぐわかる」って言っていたのに、私には全然わからなくて。お前と最近ゆっくり話すこともできてなかったからか、気持ちも、その離れちゃったのかって・・・」

視線をガラスの向こうの夜景に注ぎながら、カガリがふと口をつく。

みんなが知っているのに、自分だけが知らないアスラン。

それがたまらなく心細い。

二人きりになって、思わず本音を吐露してしまう。するとすぐさま、

「そんなこと、あるわけないだろう!」

「アスラン!?」

彼にしては珍しく、大声で否定してくる。その声の大きさにビクンと揺れたカガリの細い肩。

彼を改めて見返せば、どこか切なそうに、でも思いの籠った翡翠が淡く揺れている。

「俺の気持ちは変わらないよ。出会ったあの日から、ずっと・・・」

テーブルの横は全面ガラス張りのビュー。

すっかり日の落ちた街明かりがまばゆく輝き、まるでアスランの誕生日を街中が祝ってくれているようだ。

メインディッシュのソースのかかった子牛のフィレの皿が下がると、デザートは桃のソルベ。

華やかな桃の中に、仄かなリキュールの香りが口の中に広がる。

「デザートが桃なんて、バッチリアスランの好みを把握してるな。」

カガリが満足そうにスプーンを口に運ぶ。

「確かに計算し尽くされているな。でもこのプレゼントは一人での計画じゃないだろう。」

「うん。大体このホテルのスイートを抑えるなんて、財布どころかカードの明細見たら、目玉吹っ飛ぶぞ、普通。」

カガリは思い出す。

メイリンも、キラも、ラクスも、いや、他にも数人がこの計画に絡んでいるに違いない。

だがそれ以上に不思議だったのは

「そういえば、お前よくこんな急にオーブに戻ってこられたな。」

するとアスランはグラスの中のシャンパンを一気に空け、呆れたように話し出す。

「そりゃ驚くだろう。朝一でメイリンが

 

―――「大変です!アスハ代表が何者かに拉致されたとの報告が!」

血相を変えて叫んできたら、俺だって真に受けるさ。

―――「アスランさん、暗号化されていた文面を解凍していったところ、このような結果が」

 

そう言われて慌てて読めば、君を拉致した犯行グループが、このホテルの最上階にいる。他の客にはバレていないようだ。だから周囲に悟られることなく、救出を願いたい、と。」

だが、アスラン自身もよくよく今考えてみれば、幾らメイリンでもあんなに直ぐ解析できるわけがないのだ。幾つもソフトを重ねていかないとスキャニングできないのだから。

「でも、お前はそれを信じた。」

「あぁ、カガリにもしものことがあったら、と思ったら、じっとなんてしていられなかった。」

そう言って少し視線を外すアスランの頬は、僅かに赤みを帯びている。

カガリの頬が、自然に緩む。

あのアスランが、冷静に職務をこなす彼が、我を忘れるほど、なんて。

「ありがとうな。」

「カガリ?」

「仕事を投げうってでも、私のために駆け付けてくれたなんて。」

「当たり前だろう!その…」

この後に続く言葉は「代表なんだから」と思っていたが。

 

「カガリ、なんだから。」

 

金眼が開かれる。

まじまじとその中にアスランを収めると、彼の思いが伝わってきて。

「カガリ、顔が赤いが、酔ったのか?」

「ち、違う!実は私、みんなに聞いていたんだ。アスランが今欲しい物ってあるのか?って。そうしたらみんなして「知っているけど教えない」って言うから。キラから私の立場とか考えたら、アスランからは言い出せない、って言っていたから、どこか一緒に出掛けたいところがあるのかと思っていたんだ。最初は私もディナーでも一緒にできたら、と思っていたんだが、お前がオーブに寄港する日は11月だっていうから、諦めたんだ。」

カガリは最後のソルベを口に含む。シャンパンの酔いのせいだろうか。体が熱くなって、ソルベが下の上で溶けるのが早い気がする。

まだ冷たさの残るうちに飲み下すと、喉を冷たい感覚が流れていく。

「みんながこうしてくれるっていうことは、お前の欲しかったものって、このホテルでのディナーだったのか?」

アスランはグラスを滑らせるようにして遠くに置く。

「いや、ホテルもディナーも別に欲しいと言った覚えはない。」

「じゃぁ、なんで・・・」

尋ねるカガリへの答えの代わりに、ジッと翡翠がこちらを見つめてくる。

ゆったりした時間の流れに沿って、アスランが穏やかに、でも嬉しそうな表情に変わっていく。

急に気恥ずかしくなったカガリが、頬を赤らめたことに気づかないまま、視線を避ける。

「あんまりじろじろ見るなよ。」

「いや、俺の欲しかったものだから。今一番幸せだ。」

「は?」

やっぱりディナーを食べて、最上階のこの部屋で街並みを見ることが、アスランが欲しかったものじゃないのか?

頭を悩ますカガリに、アスランは小さくため息をつくと、真顔で言った。

「カガリ、実は俺には今、欲しいものがあるんだ。」

「え・・・はぁ!?」

毎年毎年同じ質問を繰り返しては「無い」の一言で終わっていたのに、よりにもよって今年は欲しいものがある、だと!?

だったら直接本人に聞けばよかった!!

「・・・カガリ?」

余程苦悶しているように見えたのか、心配したアスランがカガリを覗き込む。

瞬間頭を抱えたカガリが、ガバッと顔を上げた。

「それは何だ!?今用意できるなら、直ぐに用意するぞ!!」

「・・・言っていいのか?」

「言ってくれ!」

うんうん、と何度も首を縦に振るカガリ。するとアスランは右手で頬杖を突きながら、暫し考えるとようやくそれを口にした。

「誕生石。」

カガリは一瞬キョトンとする。

「誕生石って、10月の?」

まさかあの物欲無しのアスランから出てきたものが、装飾品!? 

あまりの意外さに呆気にとられたが、頭を切り替える。歳を重ねたことで価値観が変わることは往々にしてあるものだ。

10月というと・・・オパールか。)

カガリは勢いよく立ち上がった。

「よし!今からオパールを探しに宝石店回ろう。まだ空いている店があるかも―――」

「いや、そっちじゃないんだ。」

慌ててカガリを抑えるアスラン。

「そっちって・・・オパールじゃなく?」

「そうだ。俺が欲しいのはトルマリン。それもカナリー」

「カナリートルマリン・・・」

そうか、確かもう一つトルマリンが10月の誕生石。

カナリーはトルマリンの中でも黄色を帯びた石だ。

「だとすると、そこまで高くはないけれど、大粒のって出回っていないから、探すのは結構かかるぞ?」

「いや、もう見つけてあるから。最大級のカラットを。」

まじまじとカガリを見つめてくる翡翠。

まさか、あのアスランが、もう目星まで付けるほど、欲しがっていたなんて。

 

(―――「アスランさんを見れば、直ぐに分かりますよ。」)

 

メイリンをはじめ、皆そこまで判るほどなのに、自分だけが気付かなかったなんて・・・

一気に落ち込むカガリ。そんな彼女を見て、アスランはヤレヤレとばかりに苦笑する。

そして

「アスラン?」

椅子から立ち上がった彼が、カガリの傍による。と

(フワ・・・)

「へ?」

急に宙に浮いた。先ほどまで見つめていた端正な顔が直ぐ近くにある。

そうか、抱き上げられたんだ。

(抱き・・・上げ…?)

途端、弾むような広い場所に優しく放り出される。

「ちょ、おい、アスラ―――」

起き上がろうとするカガリに覆いかぶさるようにして、その両手を抑えられる。

刹那

「―――っ!」

幾度か重ねた唇の感覚。

ややあって離れると、カガリの瞳が自然と潤む。

その頬を両手で包み込みながら、翡翠が優しく彼女を捉えて離さない。

「ここにある、大きなカナリートルマリン。俺の大好きな瞳だ。」

「・・・それって・・・」

アスランの唇がカガリの額に落とされると、カガリは自然と目を瞑る。その瞼の上に落ちてくる、熱い唇。

「俺の欲しいものは、ずっといつでも変わらないよ。でも、今日だけは折角だから、君から欲しいな。」

何度も何度も優しい口づけが、頬に、首筋にと落とされていく。

そうか。

今日は誕生日だもんな。

カガリはようやく解放された両手でアスランの首に手を回すと、そっと引き寄せ耳元で囁いた。

 

「・・・愛してるぞ、アスラン。」

 

するとまるで蕩ける様な、本当に嬉しそうな彼が再び唇を塞いでくる。

 

「ありがとう。最高のプレゼントだ。」

大事な宝石を、この手でようやく掴んで離すことなく、二人はベッドのシルクの海に、身を沈めていった。

 

 

 

 

***

 

(オマケ)

「今頃二人はどうしているでしょうね〜。」

メイリンが唐揚げをほお張りながら、うっとりとする。

「メイリン、唐揚げばっかり食べてないで、ちゃんと野菜も食べなさいよ。ほら。」

そう言ってルナマリアがサラダをとりわけ、妹の眼前にガン!と皿を置き現実に引き戻す。

「それにしても、あのオロファトインターナショナルホテルって、普通の部屋でも滅茶苦茶高いじゃないですか。いくら親友とはいえ、よく出せましたね。」

こちらもコロッケにかぶりつきながら、シンがキラを見やる。

「まぁね。モルゲンレーテからも給料込みで、パテント料が結構入っているから。」

「キラのパテント料だけで、オーブのマスドライバー再建できましたもの。あ、こちらのロールキャベツもどうぞv」

ニコニコとエプロン姿のラクスが、大皿に盛ったロールキャベツを差し出す。

キラが「やっぱりアスランの好物はロールキャベツだし、これは今夜は出さないと、だよね」というより早く、シンとメイリンはロールキャベツにかぶりつく。

「流石はラクス様です。手料理どれも美味しいです♪」

「あらあら、そう言っていただけると、ますます作り甲斐がありますわv」

満足そうなトーヤに、ご満悦のラクス。流石にルナマリアは恐縮する。

「なんかすいません。私たちまでご馳走になってしまって。」

「良いから。ルナマリアもシンも、一緒にコースメニューとか考えてくれたじゃない。」

代わってキラが答える。

「流石にシャンパンはわからなくって、フラガ一佐のお知恵をお借りしましたけど。」

「まだマシマさんには分からなくて当然ですよ。ともかく、今日はアスランに最高のプレゼントを贈れたんだから、僕たちも便乗でお祝いしよう!」

自分の誕生日のようにキラがご機嫌でまとめる。

「本人いませんけどね・・・」と苦笑するメイリン。

「じゃぁ」

キラの音頭で、本日の演出を担当した一同が、一斉にグラスを掲げた。

「「「かんぱーい!」」」

 

こちらはこちらで幸せな時間を過ごしたのだった。

 

 

・・・Fin.