Its the only truth thought.(前編

 

 

全面ガラス張りのダイニングルームには、朝のまぶしい光が降り注いでいる。

 

その室内でキーボードを叩くアスランに、カツカツと聞きなれた足音が聞こえてきた。

「アスラン。」

「…おはよう…」

 

アスランの―――自分自身でも判るほど冷淡な声―――に

「あの…昨日はすまなかった。あのあとも閣議が続いて…いや今日も朝から閣議があるんだが…」

懸命に何かを謝るカガリ。

 

―――原因はわかっている―――

 

あの男―――『ユウナ・ロマ・セイラン』―――

 

昨日ミネルバはオーブオノゴロに無事入港した。

そして降りて来たカガリを、公衆の面前にも拘らずカガリを抱きしめた。

「カガリ! よく無事で。・・・本当に君は…心配したよ!」

まるで周囲に見せ付けるかのように「いや・・・その・・・」とやり場に困るカガリに構わず抱すくめる。

その様子にアスランは気持ちが苛立つのを押さえるように、視線を逸らし、その場を耐えた。

 

 

 

 

 

 

 

ユウナ・ロマの事を知ったのは、オーブにアスランが来てから間もなくの事だった。

オーブ首長家の一つセイラン家。その宰相ウナト・エマ・セイランの息子が彼であることを知ったのは、オーブで行われたパーティーでのことだった。

 

「いいよ! アスラン・・・じゃなかった。アレックスだったな。…こんなことしなくても…」

「ダメだろ。…ちゃんとしたパーティーにはエスコートが必要だろ?」

クスリと笑ってカガリの手をとったアスランの前に、その男は現れた。

 

「カガリ! 一人で来ないでちゃんと僕を呼ばなきゃダメじゃないか!」

笑いながらカガリの手をアスランから奪い取るようにすると、カガリは気まずそうに「あ・・・えと…」とぎこちなくその男の手を一端振り解いた。

「え…えと・・・紹介しなきゃいけないな。こちらは私の―――」

「知ってるよ。『カガリの護衛役(・・・)』の『アレックス・ディノ』君だろ? ・・・はじめまして。僕はオーブ首長国の一つ、セイラン家のユウナ・ロマ・セイランだ。」

長めの紫の髪を翻すと、アスランの存在など見なかったとでもいう様に、ユウナは悠然と片手でカガリの腰に手を回し、手をとった。

「おい!…何するんだよ! ユウナ!」

嫌がるカガリにアスランが怒りを覚え、その手を振り払おうとした時、ユウナは悠然とアスランに言った。

「ご苦労様。君のお役目はここまでで十分だよ。『護衛役(・・・)』さん。カガリのエスコートは僕の役目だからね。他の首長家の方々もお見えだし・・・。」

 

無理やりカガリを連れ出すユウナに苛立ちながらも、アスランはそこから先へは踏み込めなかった。

 

――――彼は首長家の一人

――――俺は、亡命し、身分を隠した一平民・・・

 

何度もアスランに縋るような目を振り向き、送るカガリを、アスランはただ黙って見送るしかなかった。

 

 

*        *        *

 

 

パーティーの間、アスランはテラスにいた。

相変わらず、カガリの周りには取り巻きが集まり、中でもひときわユウナがカガリを我が物のようにして傍に立っている。

 

(・・・来るんじゃなかった・・・)

 

一瞬アスランの脳裏を過ぎる。

一部始終を見ていたところで、彼―――ユウナとカガリの関係はそれとなく判る。

 

 

―――『婚約者』―――?

 

自分にもラクスという婚約者がかつていた。

だからこそ余計に判る。家同士のつながりを重んじる。まして首長家なら―――

 

これ以上、2人の姿を見たくなくて、アスランは溜息を一つつくと、中庭に出た。

 

南国オーブの暖かさの所為で、花は咲き乱れ、美しく中庭を飾っている。

そこへ―――

「アスラン!」

「!? カガリ!?」

見ればドレスをたくし上げ、ハァハァと息を切らせながらカガリが走ってきた。

「何処いったかと思ったじゃないか! お前! 突然いなくなるから…」

「…ごめん・・・でも・・・」

(言えない・・・2人を見てるのが辛かったから・・・なんて・・・)

視線を逸らすアスランに、カガリはバツが悪そうに朴訥と話し始めた。

「あの・・・だな。・・・その・・・ユウナとのこと・・・誤解するなよ。あれは、只同じ首長家同士だし、歳が近い所為で、何となくだな・・・その周りが私たちのこと、勝手に…」

「あぁ・・・判ってる。」

アスランの冷たい返答に、カガリが逆に食って掛かった。

「判ってないだろ! お前! じゃなきゃ、なんで怒ってるんだよ!」

「別に、怒ってなんか―――」

「いーや! 怒ってる!」

 

カガリの金の瞳が、アスランの翡翠の瞳を覗きこむ。

「本当に・・・何でもないから・・・」

必死のカガリ―――目には涙が零れそうになっている。

「判った・・・カガリのいうこと、信じるよ・・・」

落ち着きを取り戻し、アスランはカガリの頭を撫ぜた。

 

中庭に広間からワルツの調べが流れ出してきた。

「じゃぁ、信じるかわりに・・・一曲踊っていただけますか? お姫様。」

「姫とか言うな! そんなこと思っちゃいないくせに!」

今度はカガリがムスッとした。

コロコロ変わる表情が愛しくて―――アスランは笑うとカガリの手をとり腰に手をまわした。

「え?」

カガリは一瞬キョトンとしたが、嫌がるそぶりもなく、先程とうって変わった笑みをアスランに向けた。

その表情にアスランも安心し―――ゆっくりとカガリをリードする。

 

 

たった二人だけの中庭のワルツ

優雅に踊ったのもつかの間、足場に躓き、カガリがアスランの胸に倒れこんだ。

「わっ! ご、ごめん・・・」

見上げるカガリの大きな金の瞳―――

アスランは抱きとめた腕にさらに力を込めた。

 

―――離したくない

 

 

「アスラン?」

 

視線が重なる

 

そのままアスランが顔を近づけると、カガリは頬を染め上げながら、キュッと目を閉じた。

 

 

重なりあう唇のぬくもりと抱き合う互いの体温が、二人の今を包み込んだ。

 

 

*        *        *

 

 

『護衛役』と言いつつも、行政府での仕事でない限り、カガリはアスランと共にすることが多かった。

無論行政府の閣議ではアスランは入ることが出来なかったが、それでも情報を共有し、カガリをアスランが支え、アスランはカガリという存在に支えられてきた。

休暇の時には努めて共に過ごそうとし、アスランとカガリはキラとラクスのところへ供だった。

アスランもカガリと同じ時が過ごせる。それだけで心が満たされていた。

 

二人の間には言葉にする必要のない「何か」が確実に育っていった。

 

 

あるとき、マルキオの島で子どもたちと遊んでいた時、一人の少女がアスランに話し掛けてきた

「ねぇ、アスラン。」

「なんだい?」

「アスランはカガリと『けっこん』するの?」

アスランは思わず吹き出しそうになるのを、必死に堪えた。

「な!///…一体、どうして、そんなこと・・・」

「だって、前ラクスに聞いたの。『けっこん』ってなぁに?って・・・そうしたら『本当に好きな男の人と女の人が一緒になって幸せになることよ』って言ってたもん。」

「どうしてそれが俺とカガリなんだい?」

「だって、カガリを見ているときのアスランの目、凄く優しそうで嬉しそうだモン! カガリもアスランと一緒だと凄く嬉しそう。」

「・・・。」

「アスランはカガリのこと好きなんでしょ? だから『けっこん』するんでしょ? ねぇ!?」

返答に困って、アスランは少女に「まだ先のことは判らないよ。」と、頭を撫でながら答えた。

 

 

 

 

 

言葉にして「愛し合ってる」とはっきりと確かめた事は無い。

だが、アスランとカガリの間に流れる空気のようなものが、穏やかで優しいものになっていることは互いに感じていた。

 

 

 

「『結婚』か・・・」

 

正直まだ漠然としている。

でも誰にも渡したくないと思うようになった。

特にあのユウナが現れてから―――

 

2人の間で流れる愛しい思い。

だが公にはカガリはユウナと・・・

 

はっきりと言いたい―――「カガリは自分のものだ」と

だが今の立場がそれを許さない

相手は首長家。

そして自分は・・・

 

確かにオーブは首長国といっても、王制ではない。一般民との結婚だってありえないことではないだろう。

(だが、今の俺では・・・)

 

 

 

街中を一人歩くアスランに、一件の店が目に付いた。

店内では幸せそうな男女が指差しながら、商品を眺めている。

通り過ぎようとして・・・アスランはひとつのものに目が奪われた。

『護り石』の様な、真っ赤な石のついたこった細工の―――『指輪』

 

 

 

 

―――「アスランはカガリと『けっこん』するの?」

 

 

 

 

無邪気な子どもの声が想いに追い討ちをかける。

 

はっきりいてこんなもの一つで、カガリの人生を俺のものに縛る事なんてできるだろうか?

それに・・・どんな顔をして買えばいいんだ?

 

 

気はずかしさが先立ってしまい、思わず顔を赤らめる。

自分たちにもこんな日がくるのだろうか?

その時自分は、カガリにどんな風に指輪を渡し、告白するのだろう。

そして、カガリはどんな顔をして受け取ってくれるだろう?

顔を赤らめながら?

それとも嬉しそうに、幸せそうな顔を満面にして?

 

 

そんな想像に、自分の中で幸せな感情が沸きあがる。

 

だが、次の瞬間

そこにふと黒雲のようにどす黒く流れ込む、嫌な感情

思い出すのは自信に満ち溢れたユウナの余裕な顔―――

 

 

「いらっしゃいませ。」

アスランは思い切ってドアを開けた。

 

 

                        ・・・to be continue.