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足尾の情報
町の概要
 足尾町は栃木県の最西部に位置し、日光国立公園の一角を占める渡良瀬川の源流域にあります。
 東京から110km、宇都宮から40kmの圏内にあり、総面積は18,579haで、東西18km、 南北14kmのほぼ平行四辺形をしていて、周囲を急峻な山々に囲まれた、自然美豊かな山と渓谷の 町です。
 道路交通は渡良瀬川とその支流の神子内川に沿って国道122号が日光市と桐生市を結んでいて、 鹿沼市・粟野町方面は県道鹿沼足尾線が通じています。
 鉄道については、第3セクターのわたらせ渓谷鉄道が足尾町と桐生市を約1時間20分で結び、 町営バスは日光市まで1日4往復運行しています。
 足尾町の歴史は足尾銅山の歴史といっても過言ではありません。
 慶長15年(1610年)に銅山が発見され、幾多の変遷を経て昭和48年に閉山になって以来人 口が減っていますが、町は豊かな自然と銅山の歴史を資源とした、特色のある観光に力を注ぎ新たな 足尾町として魅力あるまちづくりに取り組んでいます。

2006年3月合併により日光市となり、新しい時代が始まりました



旧足尾町民憲章

 足尾町は、皇海(すかい)、庚申(こうしん)、備前楯(びぜんだて)の美しい山なみが渡良瀬の流れに映える渓 谷にあり、銅山と共に歴史を刻んできた町です。

 私たちは、このふる里を誇りに思い、豊かな町づくりへの願いをこめてこの憲章を定めます。

   一人ひとりの生き方を認めあい、すみよい町をつくります。
   みんなで知恵を出しあい、活力のある町をつくります。
   学びあい高めあい、文化やスポーツの盛んな町をつくります。
   持てる力を寄せあい、思いやりにつつまれた町をつくります。
   広く世界の人々とふれあい、心の通いあう町をつくります。
      [ 足尾町の町政施行100周年を記念して、平成元年11月3日に制定された。]
 


町の歴史

  足尾町の歴史は、足尾銅山の歴史そのものです。1610年(慶長15年)に銅山が発見されて以来、銅山は幕府の管轄下におかれ、多くの労働者が採掘と製錬を行い、江戸の中期には足尾千軒と呼ばれるほどの繁栄を示しました。
   その後一時の衰退をみますが、1877年(明治10年)、古河市兵衛の経営となり、先進的な技術と設備の導入により、生産が急速に伸び、1890年代(明治20年代)には日本産銅の40%を産出する日本一の銅山となります。その後も次々と鉱脈が発見され、大正以降も発展は続き、当時の人口は宇都宮市に次ぐ38428人(1916年大正5年)で県下第2位。
 しかし長い繁栄を続けた足尾銅山も産銅量の減少と時代の流れの中で1973年(昭和48年)2月28日、その長い歴史に終止符をうちました。



 
  2006年3月、合併により日光市となり、新しい時代が始まりました


   閉庁式ビデオ


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