ロリータ                もどる

 純は、ある病院に勤める精神科の勤務医だった。精神病院は人里から少し離れた所にあるのが多い。患者も静かな自然の中で静養した方が気分が落ち着くだろう。しかし病院に通う職員にとっては、交通の便がわるい。そのため車で通う職員が多い。純も車で通っている。病院は9時からなので朝、8時に家を出る。ちょうど生徒が登校する時間である。高校生は、自転車で通う生徒が多いが、中学生は、トボトボと徒歩である。三々五々、仲のいい友達と話しながら。その姿が何ともかわいい。純は彼女らを見ると何とも言えない狂おしい感情におそわれるのだった。純は、女子高生には興味がなかった。彼女らはミニスカートにルーズソックスを履き、彼氏と平気で手をつないで歩く。世間を斜めに見て、もはや性格がスレッカラされてしまっている。それに較べると中学生は、まだ小学生のあどけなさが残っている。靴も子供っぽい運動靴である。
純は通勤の途中、女子中学生を見るのが楽しみだった。
かわいい。ともかく、かわいいのである。
病院の仕事は午後5時で終わりである。
純は仕事が終わると、すぐに帰った。
帰りにも、学校から帰宅する生徒を見かける。

ある日の帰り、純は前方に一人でトボトボ歩いている生徒を見つけた。
その子は、朝の登校の時でも見かけて知っていた。
おとなしそうで、純は、その子が特に好きだった。
「犯罪」という言葉がサッと純の頭を掠めた。
だが、純は、今まで、生徒をさらいたい、とは本気で思った事がなかった。
一度、そんな「犯罪」を犯してしまったら、もはやアウトローとなり世間から抹殺される。
人生、おしまいである。
そんな勇気など純には無かった。
しかし、純が、生徒をさらえない理由はそれだけではなかった。無理矢理、連れさったら当然、その子は、いやがって抵抗する。その顔は美しくない。純は、そういう顔を見たくないのである。だから、さらえないのである。
だが、その子の後ろ姿が何ともかわいい。
腕力も無さそうで、利発そうである。
純は車を止めて、その子の歩く後ろ姿を食い入るように眺めた。
「この子に声をかけたら、この子はどんな反応をするだろう」
「気味悪がって、逃げてしまうだろうか」
純はそんな事を考えた。
しかし、どうも、そのおとなしい弱々しい姿からは、そういう反応は想像できない。
純の欲望はどんどん高まっていった。純は、とうとう決意した。
純は徐行ていどの早さで、その子に近づいた。
そして、その子の横に車を止めた。
少女も足を止めて、車の中を見た。
何事かと、キョトンとした顔つきだった。
純は窓を開けた。
「お嬢ちゃん。この辺りに郵便局ないか知らない」
純は、平静を装って、少女に声をかけた。
「郵便局は、ここを真っ直ぐに行って左手にあります」
少女は礼儀正しく答えた。
警戒心が感じられない。
よし、と純は思い決めた。
純は、ドアを開けると路上に降り、少女の手を掴んで無理矢理、車に押し入れた。
「ああっ。嫌っ。やめてっ。何をすのる」
純は黙って、少女から、熊のぬいぐるみのついたスポーツバッグを取り上げた。
そして、ドアをロックして、フルスピードで車を走らせた。
しばらく車を走らせてから、わき道に入り、雑木林の中で車を止めた。
周りに民家はない。
少女は、両手を膝の上に乗せてブルブル体を震わせている。
純はエンジンを止めた。
少女はとっくに現状認識できているといった顔つきで黙っている。
抵抗しても無駄だということがわかっているのだろう。
「お嬢ちゃん。いきなり乱暴なことしちゃってゴメンね」
純は少女の警戒心を解こうと、やさしい口調で言った。
少女は黙っている。
「お嬢ちゃん。ほんのちょっとだけ、僕の家に来てくれない。殺したり、いたずらしたりなんかしないから。おとなしく言う事を聞いてくれれば、一日で無事に家に帰してあげるからね。こんな事は、公にしない方が、君のためだよ。君は頭がよさそうだから、解ると思うよ」
純は少女の警戒心を解くように、やさしい口調で言った。
少女は顔を青くしながらもコクリと肯いた。
「そのかわり、暴れたり、逆らったりしたら命の保障はしないよ」
そう言って純は胸ポケットからシャープペンを取り出して、少女の首筋に当てた。
「さ、逆らいません。暴れません。そのかわり、殺さないで家に帰して下さいね」
少女は切実な口調で訴えた。
「よーし。いい子だ。でも一応、念のために縛らせてもらうよ」
そう言って、純は少女の華奢な腕を背中に廻し、手首を重ねて縛った。
そして、ドアをあけ少女を後部座席に移し変えた。
少女は抵抗せず、素直に後部座席に移った。
これでもう、少女は逃げられない。
「さあ。横になって」
そう言って純は少女の体を後部座席に横たえさせた。
これでもう安心である。
純は、ほっと胸を撫で下ろした。
純はドアを閉め、運転席にもどり、エンジンをかけて発車した。
気をつけなくてはならないのは、スピードオーバーによる警察の検問である。
純は逸る気持ちを抑えながら、車を走らせた。
まさに手に汗握る運転だった。
やっと家についた。
純の家は寂しい貸家の一軒屋で、周りに民家はない。
以前、住んでいた家族が一家心中したため、それが評判になって、借り手がいなく、家賃は安かった。だが純は、そんな事を気にする性格ではない。

夜になると一家心中した家族の幽霊が出る、という噂が出回って、人も気味悪がってよりつかなかった。
純はエンジンを切った。
純は、家の中に入り、就眠用のアイマスクを持ってきて、少女にかけた。
ここが、何処だかわからなくするためである。
純は少女の肩をそっとつかんで、車から出して、家の中に入れた。
純は少女を六畳の畳の部屋に連れて行き、柱の前に立たせた。
「さあ。座って」
純が言うと、少女は素直に座った。

純は後ろ手に縛った少女の手首の縄の縄尻を柱に結びつけた。
これでもう少女は逃げられない。
『やった。とうとうやった』
純は飛び上がらんばかりに喜んだ。
長年の夢が叶ったのである。
しかも、少女をまた縛って、車でさらった場所に帰せば、まず犯行は、ばれない。
犯罪者にならなくてすむ。
純は内気で女と対等な付き合いが出来ない。
そのため、今まで、一度も女と話した事がない。
しかし、純の女を求める気持ちは人一倍、強かった。
欲求が満たされず心と下半身の中で、悶々としていた欲求が、まさに満たされたのである。
純は、アイマスクで目隠しされて黙って横座りしている少女を時のたつのも忘れ、じっと眺めつづけた。
チェック柄のスカートから出ている華奢な足、諦念した様子でじっとしている姿が何とも愛らしい。
「あ、あの・・・」
少女が可愛い口を開いた。
「なに」
純は嬉しそうに聞き返した。
初めて少女が声を出した事が、嬉しかったのである。
ミンコフスキーによれば、統合失調症の患者の病理は、現実の世界との生きたつながりの喪失である。
「あ、あの。お願いがあるんです」
少女は遠慮がちに言った。
「なに。何でも聞いてあげるよ」
純はやさしい口調で言った。
「目隠しをとっていただけないでしょうか」
「どうして」
「こ、こわいんです」
少女は少し声を震わせながら言った。
純はすぐに納得した。
縛られて、自由を奪われた上、闇の中で、周りが全く見えなくては、怖くなるのは当然である。
純は目隠しを取ろうと手を伸ばしたが、ふと、思いとどまった。
目隠しをとってしまえば、純の顔をはっきり見られてしまう。
さらった時も、確かに顔を見られてはいるが、薄暗がりで、はっきりとは見られていない。
一瞬のことであり、時間もたっている。
しかし、目隠しをとったら、はっきりと顔を見られてしまう。
純はしばし迷った。
「警察に言ったりしません。私を信じて下さい」
少女は訴えるように言った。
純の躊躇いを察しているかのように、少女は機先を制した。
黙っている純に少女はつづけて言った。
「おにいさんもさっき、言いましたよね。こういう事が公になると、私の人生に不利な経歴が出来てしまうって。その事は、私も十分、わかっています。ですから、この事は一生、誰にも言いません」
利発な子だと純は思った。
確かに純は、この子に何もせず無事に返すつもりである。
しかし、家族や警察に言わないという保障はない。
「おにいさんは悪い人じゃないです」
考えあぐねている純を促すよう少女は言った。
「どうして、そう思うの」
純は、すぐに聞き返した。
「だって、悪い人だったら、身動きのとれない私を触ったり、いたずらしたりするでしょう。おにいさんは、何もしませんもの」
その言葉に純は強く心を動かされた。
なるほど、確かに少女から見れば、そう見えるのだな、と気づかれた思いがした。
「本当に警察に言わないでくれる」
純は確かめるように聞いた。
「言いません」
少女は、きっぱりと言った。
よし、と、純は決断し、少女の耳からアイマスクをそっと取り外した。
少女は、そっと目を開いてパッチリしたつぶらな瞳で純を見た。
「ありがとうございます。目隠しを解いて下さって」
少女は丁寧に礼言った。
ほっとしたような様子だった。
純は少女に見られ、急に羞恥におそわれて真っ赤になった顔をそらした。
自分が何の罪もない純粋で素直な子を無理矢理、さらって、監禁したという罪悪感がおそってきたのだ。
しかも、大の大人が中学生を、である。
「ごめんね。無理矢理、さらっちゃて」
純は少女の前に土下座して、頭を床に擦りつけて謝った。
「いいです。そのかわり、殺さないで、家に返して下さいね」
少女は卑屈に謝っている純をなぐさめるような口調で言った。
「うん。もちろん、何もしないで、無事にちゃんと家に返すよ」
「その代わり、警察には言わないでね」
「言いません。約束します」
少女はきっぱり言った。
その口調に純は誠実さを確信してほっとした。
純の横には少女の熊のぬいぐるみのついたスポーツバッグがある。

純は、少女が目隠しされている間に、スポーツバッグを開けて、財布から少女の名前や身元は知っていた。
少女の名前は、佐藤京子で、××中学の一年生だった。
「京子ちゃん。ごめんね。君を目隠している間に君の素性を調べちゃった」
純は、そう言ってまた顔を赤くして謝った。
「いえ。いいです」
「しつこくつきまとったりしないからね。安心してね」
「はい。ありがとうございます」
少女は、淡々と答えた。
純は自分のした事にきまりの悪さを感じて顔を赤くした。
何をしていいか、わからず、少女の前で身をもてあました。
少女は、目隠しがなくなって、少し安心した様子だった。
「おにいさん。一人暮らし?」
少女が聞いてきた。
「うん」
純はすぐに答えた。
「彼女はいるの」
「いない」
「どうして」
「大人の女と、うまく付き合えないから」
「どうして私をさらったの」
「可愛いから」
「私より可愛い子、いっぱいいるよ。どうして私をさらったの」
「京子ちゃんの可愛さは、単に外見だけじゃないんだ。真面目そうで、おとなしそうだから。僕はそういう子が好きなんだ」
「おにいさんも真面目で、おとなしそう」
そう言って少女はニコッと微笑した。
はじめて少女が笑顔を見せたので、純は嬉しくなった。
純は濡れタオルを持ってきた。
そして、そっと横になっている少女の足の靴下を脱がせた。
「なにをするの」
少女が聞いた。
「京子ちゃんの足を拭きたいの。拭いてもいい」
純は恥ずかしそうに言った。
「うん。いいよ」
少女は屈託なく答えた。
純は脱がせた少女の足を濡れタオルで拭きだした。
名目は、足を拭くことだが、性的倒錯癖のある純には女の足に激しく興奮するのである。

純は少女の足の裏を丁寧に拭いていった。
足指の股を一本一本、開いて拭いた。
「あはっ。気持ちいい」
少女は、くすぐったそうに笑った。
純は、ゆっくりと時間をかけて少女の足を隈なく拭いた。
「かわいいね。京子ちゃんの足」
「そんなことないよ」
少女は恥ずかしそうに言った。
濡れタオルで拭きおわると、純は少女の土踏まずを親指で強く圧した。
足裏マッサージである。
「あはっ。気持ちいい」
少女はくすぐったそうに笑った。
純は土踏まず、といわず、指の付け根や足裏の壺をじっくりと指圧した。
純は少女の体の感触を足の裏を通じてじっくり感じていた。
純には、それだけで十分だった。
少女は嫌がる様子も見せず、素足を純に任せている。
十分、足裏を指圧してから純はそっと少女に靴下を履かせて元にもどした。
少女の腹がグーと鳴った。
純はキッチンからお菓子とオレンジジュースを盆に載せてもってきた。
そして、それを少女の前に置いた。
純はビスケットを少女の口に持っていった。
「はい。アーンして」
純が言うと、少女はそっと小さな口を開けた。
純は、開いた少女の口にビスケットを入れた。
少女はモグモクと口を動かしてゴクリと飲み込んだ。
純は、じっとその様子を楽しげに見ていた。
食べ物が胃に入って胃が動き出したのだろう。
少女は黙っているが、菓子をそっと見る少女の目が、もっと食べたい事を語っているのが見てとれた。
純はビスケットをもう一つ後ろ手に縛られて柱につなぎとめられている少女に食べさせた。
「おいしい」
純が聞くと、少女はコクリとうなずいた。
そうやって純はクッキーを次々と少女に食べさせた。
咽喉も渇いただろうと思って純はオレンジジュースにストローを入れて少女の口に持っていった。
少女は小さな口でストローをパクリとつかまえると、一心に吸った。
咽喉がゴクゴク動き、それにともなって、コップの中のジュースの水位が減っていく。
それが純には面白かった。

ふと純に意地悪したい気持ちが起こって純はストローで一心にジュースを吸っている少女からサッとコップを離した。
あっ、と言って少女は離されたジュースを恨めしそうに見た。
そのもの欲しげな目つきが何とも愛らしかった。
その少女の可愛らしさを見たいためだけに純は、ちょっと意地悪したのである。
純がストローの先を少女の口に近づけると、少女はそれをつかまえて、またゴクゴクと飲みだした。
何て、可愛いんだろうと純は思った。
あたかも腹をすかせた雛鳥が一心に餌を食べているようだった。
純は、そうやってクッキーとジュースを交互に少女に食べさせた。

純は、はじめ、今日中に少女を元の場所にもどすつもりだった。
だが、純は、ちょっと、それが勿体ないような気がしてきた。
こんな事はもう人生で二度とないだろう。
その上、さらった女の子は、純の憧れの子で、しかも彼女は抵抗しようとしない。
もう少し、少女を置いておきたいという欲求が起こってきた。

「京子ちゃん。お願いがあるんだけど・・・」
と言いかけて、純は言いためらった。
「なあに」
少女はあどけない口調で聞き返した。
「京子ちゃん。今日一日、泊まってってくれない。明日、必ず無事に返すから」
純は訴えるように言った。
少女は、突然の純の申し出に驚いて、しばし思案げな様子で考えていたが、
「いいよ」
と、屈託のない口調で答えた。
純は飛び上がらんばかりに喜んだ。
同時に、どうして、少女が純の申し出を受け入れてくれたのか、その理由が知りたくなった。
「京子ちゃん。どうして、僕の無茶な頼みを聞いてくれたの」
純は疑問に眉を寄せて聞いた。
「おにいさんは悪い人じゃないから」
さらに少女は言った。
「十分、満足した方が、おにいさんも欲求不満が解消されるでしょ」
そう言って少女はニコッと笑った。
純は感激した。
少女が、自分を信頼してくれた事と、人をも思いやる、さやしい性格に。

さて、少女の諒解がとれたのは、よかったが、すぐに純は、一つの難問にどう対処すべきか、頭をひねって考えた。
それは、当然、今日、帰るはずの少女が帰らない事で親が一大事として心配する事だ。
連絡がなければ、警察にも知らせるだろう。
ともかく親が心配しないように連絡させなければ。
純は頭を捻った。
「京子ちゃん。友達の家に泊まることある」
純は聞いた。
「ううん。全然ない」
少女は首を振った。
少女のおとなしそうな性格からして、さもありなん、と純は思った。
それに、その方法には、問題がある。
友達の家、と言えば、親は、どの子で、どうして、と理由を聞くだろう。
親が、友達の家に電話すればウソがすぐにばれてしまう。
親戚の家ではもっと悪い。
「おにいさん。こうしてはどう」
考えあぐねている純に少女が声をかけた。
「私が、以前からメールをやりとりしていた仲のいいメル達がいたって言うの」
うん、と純は聞き耳を立てた。
「それでね、その子は難病の病気で、以前から私が励ましていたんだけど、数日前から危篤になったっていうの。それで、どうしても、その子に会いたいから、今日は帰れないって言うの。どう」
なあるほど、と純は感心した。
それが一番で、それなら、親も納得するだろう。
純は少女に家に電話させるため少女の後ろ手の縄を解いた。
少女はスポーツバッグを開けて、携帯電話をとりだした。
一瞬、少女が、家に拉致監禁されていることを、急いで告げるかもしれない、という不安が純の頭を過ぎった。
だが、今までの少女との会話から、まずそんなことはないだろうと思った。
それに、仮に、少女が豹変して、そう言っても、まだ純の素性は知られてはいない。
何もせず、一日、連れ去って無事に返した程度なら、警察もわざわざモンタージュ写真をつくって、捜査する事もあるまい。

少女は家に電話した。
母親が出た。
「京子ちゃん。どうしたの。帰りが遅いわね。何かあったの」
「お母さん。私、今日、帰らない」
「ええっ。どうして」
母親は驚倒して食いつくように聞いた。
「あのね。理由を説明するね」
そう言って少女はさっき話した理由を話し出した。
「あのね。私、以前からメールを遣り取りしていた友達がいるの。その子は難病で、以前から一度、会いたいと思っていたの。それで、数日前から、危篤になってしまったの。もしかすると今日が山かもしれないの。だから、会いに行きます。明日、帰ります。だから心配しないでね」
少女は淡々と話した。
「そう。そういう事なら仕方がないわね。気をつけてね。その子の家の住所か電話番号がわかるなら教えて」
「ごめんね。それは秘密。その子とは、私だけで関わりたいの」
「そう。わかったわ。くれぐれも気をつけてね。何か困った事があったら、すぐに連絡してね」
そう言って少女は携帯を切った。
「どう。これで安心でしょう」
少女はニコッと笑った。
「ありがとう」
純は、ほっと胸を撫で下ろした。
少女は携帯をスポーツバッグの中にもどした。
同時に純は無上の喜びで満たされた。
これから、明日一日、少女と過ごせるのである。
しかも、何の不安も心配も無く。
そう思うと純は飛び上がって、喜びを叫びたくなるほどの思いだった。


少女の腹がグーと鳴った。
「京子ちゃん。お腹、減ったでしょう。お弁当、買ってくるよ。何がいい」
「何でもいいです」
一瞬、純の京子を見る目が静止した。
それは、どうしてもしなくてはならない事だった。
純は、自由になった京子の華奢な腕を背中に廻し、手首を重ね合わせて縛り、さらに胸を二巻きし、その縄尻を柱に結びつけた。
両足首も縛った。
「ごめんね。京子ちゃん」
純が謝ると、少女は、
「いえ。いいです」
と、慎ましく答えた。
さらに純は豆絞りの手拭いを持ってきた。
「ごめんね。京子ちゃん。口を開けて」
純が言うと少女は素直に小さな口を開けた。
純は豆絞りの手拭いを京子の口にかけて頭の後ろで縛って、京子に猿轡をした。
これで京子は声を出せなくなった。
純は、しげしげと縛られた京子の姿を眺めた。
純は、その姿に激しく興奮した。
もちろん、少女を縛ったのは、純がいない間に少女に逃げられたり、声を出されたりさせないためであるが、性倒錯癖のある純には、縛られて猿轡されている女性の姿に激しく興奮するのである。
純は浴槽の栓を開いて湯を出した。

純は家を出て、車を飛ばしてスーパーに行った。
純の家の近くに24時間営業のスーパーがあった。
純はいつも、ここを利用していた。
純は駐車場に車を止めて、スーパーに入った。
純は、何を買おうかと迷ったが、半額になったハンバーグ弁当があったので、それを二つとってカゴに入れた。
そして、ストロベリーショートケーキを二つカゴに入れた。
帰ってあの子と一緒に食べると思うとウキウキした。
一階の食品売り場を出た純は、二階に上がった。
そしてパジャマと歯ブラシも買った。
純はスーパーを出て、車に乗った。
自分の家で縛られて猿轡されている少女の姿を想像すると純はウキウキした。
純は少女を人間ではなく、可愛いペットのように思っていた。
長年、夢見ていた事が現実になったのである。
しかも、少女は嫌がっていない。
純はスーパーを出ると車に乗ってエンジンをかけ、家に向かって車を走らせた。

家に着いた。
六畳の部屋に入ると、家を出た時と同じように、後ろ手に縛られて柱につなぎとめられた京子が、じっと座っていた。
ガックリと項垂れている。
純がもどってきたのを知ると、少女はつぶらな瞳を純に向けた。
純は嬉しくなった。
純は少女の猿轡をはずした。
猿轡は、少女が耐えていた唾液で濡れていた。
「京子ちゃん。ごめんね」
純が笑顔で謝ると、少女は、
「いえ」
と、小さな声で慎ましく答えた。
純は浴槽に行った。
風呂は湯で一杯になっていた。
ちょうどいい湯加減である。
純は京子の所にもどった。
そして、京子の後ろ手の縛めを解いた。
これでやっと京子は自由になった。
「京子ちゃん。ご飯の前にお風呂に入らない」
純がそう勧めると、京子は、
「はい」
と素直に返事した。
「風呂場の前にパジャマを置いといたから、それに着替えなよ。制服が汚れるとよくないし」
純が言うと、京子は、
「はい」
と素直に返事した。
京子は風呂場に向かった。
一瞬、京子は風呂場の前でためらって純の方を見た。
「京子ちゃん。着替えるところを見たりしないから安心して」
そう言って純は、京子に目隠ししていたアイマスクをかけて部屋にもどった。
普通の男なら、こっそり少女の着替えを覗くだろう。
だが、純は、そんなことはしない。
これは約束を守る純の誠実な性格もあるが、純はストイックな性格なのである。
ストア派の哲学によれば禁欲的であることは、欲望を満たしてしまうより、より次元の高い快楽なのである。
しかし、少女には、そんな純の性格はわからない。
京子は、ちょっと部屋の方を見たが、純の姿が見えないので、ためらいがちに制服を脱ぎだした。
セーラー服を脱ぎ、スカートを脱いだ。
そして、ブラキャミとパンツも脱いで、風呂場に入った。
シャワーの音が聞こえてくる。
裸の京子が体を洗っている姿が、ありありと想像されて、純は興奮した。
純は、そっと風呂場の前に行った。
すりガラスから裸の京子の体の輪郭がおぼろげに見える。
「京子ちゃん。湯加減はどう」
「は、はい。いいです」
京子はあせった様子で答えた。
純は嬉しくなって、それだけ言って、部屋にもどった。
ほどなく湯がタイルを叩く音が止まった。

しばし風呂場の所でゴソゴソ音がしていたが、京子はパジャマを着て、服を持ってもどってきた。
制服姿も可愛いが、パジャマ姿も何とも可愛い。
京子は腰を降ろして座った。
発育ざかりの体は、赤ん坊のように瑞々しい。
少女の髪は、バスタオルで拭いただけでクシャクシャである。
少女も、それを気にして手で髪をとかしている。
「はい。ドライアー」
純はドライアーのプラグをコンセントにつないで少女に渡した。
「ありがとうございます」
少女は礼を言って、ドライアーを髪に噴きつけた。
濡れてクシャクシャだった髪が乾いて整った。
制服を着ていないパジャマ姿だと、まだ小学生のように見える。
純は、買ってきた二つのハンバーグ弁当をレンジで温めて、持ってきて座り、その一つを京子の前に置いた。
「さあ。食べなよ」
そう言って純は弁当を開けて食べだした。
少女もお腹が減っている様子は見てとれた。
「いただきます」
少女は小さな声で言って、弁当をとって、モシャモシャ食べだした。
純は少女の小さな口がモグモク動くのを楽しげに眺めた。
少女は、お腹が減っていたとみえて、一心に食べた。
「おいしい?」
純が聞くと、少女は、
「うん」
と、ハンバーグをほおばりながら答えた。
「本当はね。京子ちゃんの手作りの料理を食べたかったんだ。京子ちゃん。何か料理つくれる」
「はい。少しなら」
「どんなもの」
「オムライスとか、ビーフシチューとか、サンドイッチなんかです」
「じゃあ、明日、何かつくってくれる」
「はい。でも、あんまり自信ないです」
少女は弁当を全部、食べた。
デザートのストロベリーショートケーキを渡すと、少女はモシャモシャと食べた。
純は京子の口についたクリームをティッシュで拭いた。

食事が終わって、純はやっと一安心した気持ちがした。
手足が自由になっても少女に逃げようという感じは無い。
逃げようとしてみても、少女の力ではすぐに捕まえられてしまうだろう。
少女も、その事をわかっているから、逃げようとしないのだろう。
それに少女は、体も華奢で性格もおとなしい。

少女のパジャマから見える瑞々しい足を見ているうちに、純は少女の体を触りたくなってきた。
だが、あやしい事は出来ない。
あくまで日常的な行為の中で、少女に気づかれないようしなくてはならない。
純は耳かきを持ってきて、少女に渡した。
「京子ちゃん。これで僕の耳をかいて」
そう言って純は横にねて、正座している少女の膝の上に頭をのせた。
顔は外側に向けた。
少女は、おそるおそる純の耳をかきだした。
だが、深く入れて傷つける事をおそれて、耳の穴の浅い所を用心深くそっと触れるだけにとどめている。
だが、それでは気持ちが良くない。
「京子ちゃん。もっと深く入れて大丈夫だよ」
そう言って、純は少女から耳かき棒をとって、自分で安全な深さまで入れて、その位置で耳の穴の入り口の所で指先でつまんで、引き抜いた。
安全な深さは2cmくらいあった。
純は、そこの所に、ポケットからボールペンで印をつけた。
そして、それを少女に渡した。
「さあ。やって」
純は耳かき棒を少女に渡した。
今度は印がついているので安全である。
少女は印のついている所まで耳かき棒を入れて一心に耳をかいた。
奥まで耳の穴を擦られて気持ちがいい。
「ああ。京子ちゃん。気持ちがいい」
純は目をつぶって言った。
だが、それより純にとって、もっと気持ちが良かったのは、少女の膝に頭をのせて、少女に耳を触られるスキンシップだった。
少女も慣れてきたと見え、耳の中が程よい加減に擦られて気持ちがいい。
純は出来ることなら時間が止まって、ずっとこのままでいたいと思った。
京子は、かなりの時間、純の耳をかいた後、少女に身を任せている純に声をかけた。
「はい。これだけ取れました」
そう言って京子は、とれた耳垢を掌の上にのせて純の顔の前に出した。
少女は耳垢をとるのが面白くなったのか、ニッコリ笑った。
「ありがとう。じゃ、今度は反対もやって」
純はそう言って体を反転し、顔を少女の腹の方に向けた。
純の顔は少女の下腹にくっつかんばかりになった。
少女はまた純の耳垢をとりだした。
実はこの顔の向きが純の本命だったのである。
純は耳垢をとられる事に気持ちよさそうに少女に身を任せていたが、少女の体に触れることに最高のスキンシップの喜びと興奮を感じていた。
純は京子に頭を抱かれる形になっている。
ピッチリ閉じた華奢な太腿を膝枕に、目の前には少女の太腿の付け根、女の部分がある。
それは洗ったばかりの体の上に買ったばかりのパジャマを着ているため、直接には触れていなく、パジャマと下着越しである。しかし女の柔肌を求めつつも、女と付き合えない性格のため、純の想像力は異常に発達して、服を着た女を見ただけで、純は服の下の下着や、その中の柔肌の様子まで感じとってしまう超能力的想像力が身についていた。
そしてそんな想像は、もはや純の意志とは関係なく起こってしまうのだった。
純は、ありありとパジャマと下着越しに、少女の体を観念で透視していた。
ピッチリ閉じ合わさった女の秘部。
純は女を見ると、その秘部にある穴を想像して、自分が小さな細胞になって、その中に入っていき、フカフカの子宮に着床して、眠りつづけたいと思うのだった。
これは年齢に関係なく、女という女すべてに感じてしまうのである。
もちろん目の前の少女にも、それを感じている。
純は生まれてきたくなかったのである。
実際、内気で病弱な純には、この世は地獄だった。
純の安住の場所は女の子宮の中だった。
純の子宮回帰願望は病的なほどのものだった。
純にとって女はすべて母親だった。
目前の少女にも純は母親のやさしさを感じていた。

純は出来ることなら時間が止まって、ずっとこのままでいたいと思った。
京子は、かなりの時間、純の耳をかいた後、少女に身を任せている純に声をかけた。
「はい。これだけ取れました」
そう言って京子は、とれた耳垢を掌の上にのせて純の顔の前に出した。
「ありがとう。気持ちよかったよ」
そう言って純はムクッと起き上がった。
「今度は京子ちゃんの耳をかいてあげる。横になって」
そう言うと京子は躊躇うことなく、横になって純の膝に頭をのせた。
純は、さっそく少女の耳をかいた。
少女はもはや警戒心はなく、目をつぶって気持ちよさそうに純に身を任せている。
何て可愛いんだろうと、純は少女の顔をまじまじと眺めた。
発育中の瑞々しい肌。
愛らしい顔。
華奢な体。
この子は、今が人生で一番、美しい時だ、と純は思った。
この可愛らしさが成長によって無くなってしまうと思うと純は耐えられない思いになるのだった。
純は頭を固定して少女の耳をかきながら、さりげなく少女の愛らしい湯上りの黒髪をさわった。
この体勢では純は大人の男になっていて、目をつぶって身を任せている少女を抱きしめてしまいたい誘惑にかられたが、理性で我慢した。
純は医者だったので、どこかの天才医学者が成長を止める薬を研究してつくってくれないか、などと本気で思った。
片方の耳をかいた後、反対側の耳もかいた。
「はい。おしまい」
そう言って純は、耳かきを止めた。
「ありがとうございます」
京子は礼を言ってムクッと起き上がりそうになった。
それを純は止めた。
「うつ伏せになって。マッサージしてあげる」
少女は、素直にうつ伏せになって目を閉じた。
まだ大人の女の起伏に富んだ曲線美が出来ていない体。
だが、起こり始めた第二次性徴が、わずかに尻を大きくしている。
少なくとも女特有の器官はちゃんと備わっている。

それは間違いなく女の体だった。
純は足裏を親指で指圧した。
そして脹脛や背骨、腕、掌など体全体を力を入れて指圧した。
「あはっ。気持ちいい」
純が指圧する度に少女はくすぐったそうに声を出した。
少女は目を閉じて気持ちよさそうに純の指圧に身を任せている。
純は時間をかけて念入りに指圧した。
かなりの時間がたった。
「はい。交代。今度は僕をマッサージして」
そう言って純はうつ伏せに寝た。
京子はムクッと起き上がって、純がやったように足の裏を親指で圧した。
だが少女の非力さでは十分な指圧は無理だった。
「京子ちゃんの力じゃ指圧は無理だよ。背中を踏んで」
純が言うと、少女は立ち上がって、そっと足を純の背骨の上にのせた。
だが遠慮がちである。
足で体を踏む事に抵抗を持っているのだろう。
「京子ちゃん。両足を乗せて体中を踏んで」
純が言うと、少女は壁を両手で押さえて、バランスをとり、両足を純の背中に乗せた。
「大丈夫?」
京子は心配そうに聞いた。
「大丈夫。京子ちゃんの体重では、全然、物足りないよ。自由に体中を踏みまくって」
少女は、はじめ、おぼつかない足取りで両足をのせて体重をかけていたが、純が全然、反応しないので、だんだん遠慮なく踏み始めた。
またバランスをとれるようになってきて、また純が何も言わないので面白くなってきたのだろう、もう少女は遠慮なく、純の背中を踏み始めた。
「京子ちゃん。掌を踏んで」
とか、
「京子ちゃん。お尻を踏んで」
とか言うと、京子はそこに体重をのせて踏んだ。

「ああ。気持ちがいい」
純がそう言うと京子の踏む力は強くなった。
マッサージという名目で、純は少女に踏みまくられる事に被虐の快感を感じていた。
純には元々、マゾヒスティックな性格があり、女に虐められる事に快感を感じるのである。
だが純のマゾヒズムは世間の男のマゾヒズムとは、違っていた。
世間のマゾヒストは、残忍な女に虐められると喜ぶ。
それは男が精神的に一人前に独立しているからである。
精神的に独立しているから、そういう愛のないゲームも楽しめるのである。
だが純が求めている女は、そういう女ではなく完全無欠な、やさしい女だけである。
純は神のような、やさしい心を持った女に愛を持って懲罰されたいのである。
それは純の依存的な性格と女を神と見ているために出来た宗教的な心境であった。

今、まさに純を踏んでいる少女は、完全無欠な性格のやさしい、可愛い女神である。
純はモットフンデクレ、モットフンデクレと心の中で叫んだ。
純は腕を伸ばして掌を上に向けた。
「京子ちゃん」
「なあに」
「両足で掌を踏んで」
「うん」
少女は元気よく返事して、純の両方の掌を体をまたぐようにして踏んだ。
「痛くない?」
「うん」
純は少女に掌を踏まれながら、少女の足の裏の感触に神経を集中した。
純は谷崎潤一郎と同じように女の足に最も興奮するのである。
一度、少女の足を触りたいと思っていたが、いい口実が無く、望みが叶って少女の足に触れる心地良さに純は、しばし瞑目して浸っていた。
両手を踏まれる事もマゾヒスティックな快感があった。
「京子ちゃん」
「なあに」
「立っているの疲れたでしょ。そのまま背中に座って」
「うん」
少女は、もはや純の言う事には何でも聞くようになっていた。
少女は、膝を曲げて屈み、尻を落として、純の背中に馬乗りになった。
少女の尻がペタンと純の背中に触れた。
純は激しくに興奮した。
背中とはいえども触覚はある。
体重も加わって、少女の尻や女の部分の柔らかい肉の感触が背中に伝わってくる。
最高の感触に純はとろけるような極楽の気分だった。
馬乗りにされている事にも被虐の快感があった。
「京子ちゃん。首筋を揉んで」
純が頼むと京子は、馬乗りのまま、純の首筋を揉み出した。
少女は力を込めて純の首筋を揉んだ。
体が揺れ、それとともに、少女の尻や女の部分の肉が動いて、よりハッキリ体の感触が伝わってくる。
だが、少女が触れているのは、平べったい背中で、背中に感触は無く、自分が触れられているとは気づいていない。
純は背中に伝わってくる少女の柔らかい尻の肉の感触と、馬乗りにされている被虐感に夢心地の気分だった。
少女は一心に純の首筋や肩を揉んだ。
しばしたった。
「京子ちゃん」
「なあに」
「疲れたでしょ。ありがとう。もういいよ」
純がそう言うと京子は、揉む手を止めた。
「京子ちゃん。そのまま乗っかってて」
そう言って純は京子が背中に乗ったまま、肘と膝を立て、四つん這いになった。
あっ、と京子は持ち上げられて声を出した。
京子は純の背中に馬乗りする形になった。
「京子ちゃん。そのまま乗ってて。マッサージしてくれたお礼に僕、お馬さんになるから」
そう言って純は、京子を背中に乗せたまま、のそのそと四つん這いで歩き出した。
「どう」
「おもしろーい」
京子はニコニコ笑って、答えた。
純は、ヒヒン、ヒヒンと馬の鳴き声を上げた。
「走れ。走れ」
そう言って京子は腰を揺すった。
純は適度な速さで部屋を一周した。

時計を見ると、もう11時を過ぎていた。
「京子ちゃん。降りて」
純が言うと京子は純の背中から降りた。
「もう遅いから今日は寝よう」
純が言うと、京子は素直に、
「はい」
と答えた。
純は京子を洗面所に連れて行き、スーパーで買った歯ブラシを京子に渡した。
「ありがとう」
少女は礼を言って、歯磨き粉をつけてシャカシャカと歯を磨いた。
そしてクチュクチュと口を漱いだ。
そんな日常的な、何でもない仕草がとても可愛らしく見えた。

純は六畳の部屋に蒲団を敷いた。
「京子ちゃん。僕がつかってる蒲団で悪いけど、これに寝てくれない」
「はい」
純は一瞬、まよって京子の顔を覗き込んだ。
京子に逃げられないよう、縛っておこうかと思った。
「おにいさん。私を縛ってもいいよ」
少女は、純の気持ちを察したように、両腕を背中に廻して手首を重ね合わせた。
純は思った。
『縛られては寝づらいだろう。今晩は起きていよう。そして、明日の朝、少女が起きたら、縛って柱につなぎとめ、少女と交代するように少し寝よう』
純はポンと京子の肩をたたいた。
「京子ちゃん。縛らないから、おやすみ。その代わり、明日の朝、京子ちゃんが起きたら、京子ちゃんを縛って、少し寝させてもらうよ」
「おにいさんは寝ないの」
「僕は、ちょっとやることがあるから」
そう言って純は少女の肩を押して促した。
少女は横になって、
「おやすみなさい」
と言って蒲団をかぶって目を閉じた。
やることがある、と言ったが、実際、純はやることがあった。
それは、小説を書くことだった。
純は医者だが、医者の仕事が嫌いで、小説家になることを目指していた。
単に医者の仕事が嫌だから、という理由ではなく、純は小説を書く事が好きだった。
大学時代から文芸部に入っていて、かなりの小説を書いていた。
書いた小説を文学賞に投稿したり、小説を一冊、自費出版までしていた。
だが、なかなか認められない。
プロになるのはきびしい。
だからといって、純は書くのをやめたりはしない。
別にプロでなくてもいいのである。
純は小説を書く事が好きで、それが唯一の趣味だったのである。
純は座卓について、原稿用紙を置いた。
さて、何を書こうかと思ったが、目前の少女の寝姿を見ているうちに、すぐにアイデアが見つかった。
『そうだ。今日の出来事は小説になる。記憶が新しいうちに現実に忠実に小説にしてしまおう』
そう思って純は書き出した。
タイトルは、「ロリータ」とした。
純は記憶をさかのぼって、少女を車でさらった所から書き出した。
書いているうちに、だんだん興がのってきた。
しばらくすると蒲団の方からクークー寝息が聞こえてきた。
寝たな、と思って純はそっと蒲団の所に行った。
少女の寝顔は可愛らしかった。
寝顔は全くの無防備である。
体を動かして少女も疲れたのだろう。
純は嬉しくなって、再び座卓にもどって、小説を書き出した。
2時を過ぎ、3時を過ぎた。
少し睡魔が襲ってきた。
純は前日、当直で病院に泊まった。
何もなかったから、眠れたが、当直は寝るだけでも疲れるのである。
これではいけないと、純はコーヒーを入れて飲んだ。
そして、また小説のつづきを書きはじめた。
だがまた眠気が襲ってきた。
これではいけないと、純は腕立て伏せを20回した。
少女の様子から、まず少女は逃げないだろう。
だが、その保障はない。
もし逃げられたら大変な事になる。
身の破滅である。
純はコーヒーを飲みながら小説を書き、時々、腕立て伏せをして睡魔と戦った。
だが、だんだんコックリ、コックリとやりだした。
ついに純は睡魔に負けてしまった。

  ☆  ☆  ☆

翌日、昼近く、純は目を覚ました。
蒲団を見ると京子がいない。
家中、探したがどこにもいない。
蛻の殻である。
蒲団の傍らにパジャマがあり、制服とカバンが無い。
純は真っ青になった。
逃げられてしまったのだ。
やはり、寝る時、しっかりと縛っておけばよかったとつくづく後悔した。
だが、もう遅い。
純はパニック状態になったが、コーヒーを飲んで、これからどうなるか、冷静に考えてみた。
『京子は、警察に行っただろうか、それとも家に帰っただろうか。やはり家に帰っただろう。昨日、京子は、メル友の病気の友達の家に行くと連絡した。だが親は当然、どこに行って、誰に合ってきたか、根掘り葉掘り聞くだろう。京子が親を納得させるほど辻褄の合う作り話が出来るとは思えない。何かで、ばれて、親に詰問されて、洗いざらい正直に喋ってしまうだろう。京子は電車で帰ったか、タクシーで帰ったか、わからないが、ここの場所はわかってしまうだろう。そうすると自分もわかってしまう。拉致監禁罪である。拉致監禁罪は親告罪ではない。刑事犯罪である。となると自分は刑事事件の犯罪者となる。少女が何と言うかわからないが、世間では当然、いたずらした、と見るだろう。少女を誘拐して性的な悪戯を何もしなかった、などという方がよっぽど不自然である。目撃者がいない以上、一生、疑惑がついてまわる。新聞の三面記事や週刊誌にのる。「ロリコン医者、中一少女を拉致監禁、猥褻行為」病院を解雇される。もはや採用する病院も無い。そもそも医道審議会にかけられて、医師免許を剥奪される。医療ミスや自動車事故で人を死なせても、それらは、過失であって医師免許が剥奪されることはまず無い。しかし、悪質な故意の犯罪では医道審議会の判断で医師免許は剥奪されうるのである』

そう考えてるうちに純は、自分の人生はもう、おしまい、だと絶望した。
その時。
玄関でガチャリと音がした。
さっさく警察か、と純はブルブル震えながら玄関に向かった。
もう純はすべてを覚悟していた。
純は、そっと玄関を見た。
見て純は我が目を疑った。
少女がニコニコ笑って立っているのである。
小脇にスポーツバッグを抱えている。
いったい、どういう事なのか。
「おはよう。おにいさん」
そう言って少女は運動靴を脱いで、家に上がった。
少女は、つかつかと歩いて六畳の部屋に入ってチョコンと座った。
純も座って、少女の顔をまじまじと見た。
少女は何もなかったかのように、落ち着いている。
純は何から聞いていいか、わからなかったが、とりあえず一番、心配している事を聞いた。
「家に帰ったの」
「ううん」
少女は首を振った。
「じゃ、どこに行ったの」
「スーパー」
「他には」
「どこにもいってません」
「警察には」
「行ってません」
「よかったー」
純は、ほっと胸を撫で下ろした。
ともかく、今のところ一応、身の安全が保障されたのである。
「スーパーに何しに行ったの」
「お昼の材料、買ってきたの」
そう言って、少女は、スポーツバッグを開けた。
中には、食パンと卵とトマトとツナの缶詰とレタスが入っていた。
「何で、そんなの買ってきたの」
「おにいさん。私の手作りの料理が食べたいって、昨日、言ったでしょ。だからサンドイッチをつくろうと思って」
純はわけもわからないまま、ともかく少女が無上にやさしい子なのだと感動した。
「おにいさん。お医者さんなんですね」
「うん。どうしてわかったの」
「今朝、起きたら、おにいさんが寝てたから、となりの部屋を見たの。そしたら医学の本が、いっぱいあったから」
「どうして黙ってスーパーに行ったの」
「おにいさん。小説も書くんでしょ」
「うん」
それは理由を聞く必要もなかった。
座卓の上の書きかけの小説を見たのだろう。
「机の上の小説、読んでしまいました」
と言って少女は舌を出した。
「どうだった」
「面白いです。でも私の事、書かれちゃって恥ずかしいです」
と言って少女は頬を赤くした。
純は少女が寝るところまでを一気に書いていた。
「それでね。これから、この小説がどうなるかは、私が、その後どう行動するかにかかっているでしょ」
「うん」
「だから、ちょっと緊張して、おにいさんが困る場面もあった方がいいと思ったの。それで、おにいさんに黙って出かけたの。そしたら、近くにスーパーがあったから、私の手作りの料理を食べたいって言ったのを思い出して、サンドイッチの材料を買ってきたの」
純はすべてがわかって感動して涙が出てきた。
純は少女に抱きついた。
「ああ。京子ちゃん。ありがとう」
純は少女を抱きしめた。
「京子ちゃん。京子ちゃんは僕の女神様です」
「そんなんじゃないです。そんな風に書かれると、ちょっと恥ずかしいです」
少女は照れくさそうに言った。

「おにいさんのことは親にも警察にも言いませんから安心して下さい」
「ありがとう。京子ちゃん」
京子は自分を抱きしめている純の頭をやさしく撫でた。
それは傷つき疲れはてたキリストを抱きしめるピエタの像の姿に似ていた。
「おにいさん。お昼をつくります」
京子がそう言ったので純は京子を放した。

京子は台所に行くと、まな板に、買ってきたパンなどをのせ、サクサクと切り出した。
そして、湯を沸かし、卵を入れた。
京子が調理している姿は、とても可愛らしかった。
すぐに出来て、京子は出来たサンドイッチを冷蔵庫のオレンジジュースなどと一緒に持ってきた。
ツナサンドと卵サンドとトマトサンドが皿にのっている。
「はい。私の手作りのサンドイッチです。でも、サンドイッチなんて手作り料理なんて言えませんね」
京子は、笑いながらオレンジジュースをコップに注いだ。
「ありがとう。十分、京子ちゃんの手作り料理だよ」
いただきます、と言って、純は食べだした。
「おいしい。世界一おいしい」
純はいかにもおいしそうな顔をした。
京子はニコッと笑った。
「京子ちゃんは食べないの」
「私は、お腹が減っちゃったもんでスーパーで炒飯を食べてきました」
純は京子のつくったサンドイッチは全部、食べたかった。
それで、かまわず一人で食べた。
「おにいさんは食事はつくるんですか」
「つくれない」
「じゃあ、食事はどうしてるんですか」
「外食かコンビニ弁当」
「でも、それじゃあ、厭きちゃうんじゃないんですか」
「うん」
「彼女はいるんですか」
「いなかったけど、最近、出来た」
「誰ですか」
「京子ちゃん」
少女はクスッと笑った。
「無理ですよ。歳が離れすぎていますから」
「恋愛に年齢は関係ないよ」
「将来、結婚はするんですか」
「しない」
「どうしてですか」
「僕は病気があって、僕の遺伝子には病気の遺伝子が組み込まれているんだ。だから、子供を生んだら、その子はつらい人生を送る事になる。僕は、そんなかわいそうな事したくないんだ。それに結婚とは女の人を幸せにすることだと僕は思ってる。僕は女の人を幸せにする自信がない。だから結婚しないんだ。それに本当に純粋な人間なんて今まで一度も会った事がない。人間なんて、みんなスレッカラシばかりだ」
「おにいさんは、やさしいんですね。でも、一人だと老後がさびしくなるんじゃないんですか」
「僕は歳をとらない」
「そんなの無理ですよ」
だが確かに、それは事実だった。
純は病弱で体力も無いが、スポーツは出来て、体を鍛えていた。
純は18才の青年以上の引き締まった肉体と柔軟性を持っていた。
「おにいさんが小説を書く理由が何となくわかります。さびしいから小説を書くんですね」
「うん。そう」
「将来、作家になるんですか」
「わからない。なりたいと思っても認められなくては作家になれないからね」
「なれるといいですね」
そう言って少女は微笑した。
「でも、別にプロ作家になれなくてもいいんだ。後世に作品が残らなくてもいいんだ。小説で、僕の子供をつくれれば、それで十分、満足なんだ」
そう言って純は乾いた口を濡らすためオレンジジュースを飲んだ。
「でも京子ちゃんのような、やさしい純粋な子を見ると、創作より現実の生の方に魅力が傾くね。僕の創作の動機は、現実にはいない純粋な人間を描きたい事だから、現実に京子ちゃんのような純粋な子がいると僕は創作する情熱がなくなってしまう。でも、京子ちゃんのような子は世界に一人しかいないだろうし、京子ちゃんとの付き合いも今日限りで、明日から、また孤独になるから、やはり創作しつづけることになるね。ともかくこの小説はいいものになりそうだから、しっかり書いて投稿しようと思う」
「当選するといいですね」
純のくたくだした発言を黙って聞いていた少女は微笑して言った。
京子の腹がグーと鳴った。
純はとっさに気づいた。
お金もそんなに持ってないはずである。
「京子ちゃん。本当はお昼、食べてないんでしょう」
「い、いえ。ちゃんと食べました」
否定する少女の顔は苦しげだった。
純は聴診器を持ってきて京子の腹に当てた。
そして、しばらく、それらしく調べる振りをした。
「京子ちゃん。お腹がキューキュー鳴ってるよ。食事をした後はこういう音は出ないんだよ」
純は医者らしく、もっともらしく言った。
「本当は食べてないんだね」
純が問い詰めると少女はコクリと肯いた。
「じゃあ、昼御飯、食べに行こう」

そう言って純は京子の手を連れて家を出た。
純は車のドアを開けた。
「さあ。京子ちゃん。乗って」
純に言われて京子は助手席にチョコンと座った。
純はドアを閉めると、回って、右のドアを開け、運転席に座って、ドアを閉めた。

純はエンジンをかけた。
京子とこうして車に乗るのは、昨日、京子を無理矢理、車にのせた時、以来である。
あの時は、人に見つからないよう、また少女に逃げられないようフルスピードで飛ばした。
それが、今度は、完全な安心感で、憧れの女性とのドライブ感覚である。
さらった時も今も、少女は大人しくしているという点は同じである。
そう思うと純は愉快な気持ちになった。

「京子ちゃん。これかけて」
と言って、純は少女にマスクを渡した。
マスクをしていれば、人に見つかっても大丈夫である。
京子は、
「はい」
と言って口にマスクをした。
純は、これで安心、と思ってアクセルペダルを踏んだ。
純は、いつも行く近くのスーパーではなく、少し離れたショッピングセンターに行こうと思った。
いつものスーパーでは、顔見知りの店員に見られてしまう。
車は市街地を出て郊外へ出た。
「京子ちゃん。マスクとっていいよ」
「はい」
純が言うと京子はマスクをとった。
純は京子とドライブしているのを楽しみたかったのである。
純は気持ちよく運転した。
純が車に女性を乗せて運転したのは、これがはじめてだった。
「おにいさん。車のキーについているキーホルダーの絵はなあに」
京子が興味深そうな目で見た。
「これ。ああ。これは、ヒピコといって、手塚治虫の『海のトリトン』という漫画に出てくる幼い人魚の絵さ」
純は、海のトリトン、のピピコが好きで、以前、ファンシーショップでたまたま見つけて買ったのである。
純は気持ちいい気分で運転した。
しばしして京子が言った。
「おにいさん。車を止めてくれませんか」
「うん。いいよ。どうしたの」
「あそこにコンビニがあるでしょ。トイレに行きたいの」
確かに、走行車線側の先にコンビニがある。
「うん。いいよ」
純はコンビニの前で車を止めた。
「おにいさん。ちょっとキーホルダーの絵を見せてくれない」
「うん。いいよ」
純はキーを抜いて、京子に渡した。
京子はピピコの絵を興味深そうに見ていた。
「かわいいですね」
京子は純を見てニコッと笑った。
純も微笑した。
「気に入った?」
「うん」
「じゃあ、京子ちゃんにあげるよ」
「本当。じゃあ、もらいます。でも、おにいさんにとって、大切なものじゃないですか」
「いやあ。そんなに大切じゃないよ。京子ちゃんが気に入ってくれた物をプレゼントできる方がずっと嬉しいよ」
「ありがとう。じゃあ、もらいます」
「京子ちゃん。早くトイレに行ってきなよ」
そう言って純は助手席のドアを開けた。
京子はキーを持ったまま車から出た。
「あっ。京子ちゃん。キーは返して」
「だーめ。私がトイレに入っている間におにいさんが、いなくなっちゃうかもしれませんから」
「ははは。そんな事するわけ、ないじゃない」
「それは、わかりません」
そう言って京子はキーを持ったまま、小走りにコンビニに入っていった。
純はドアを閉めた。
片側二車線の道なので、一時停止しても、そう気にする必要もない。
純はリクライニングシートを傾けた。
純は最高の幸福感に浸っていた。
少し前には横断歩道がある。
純がふと反対車線を見ると小さな交番があった。
警察官が机に座っているのが見える。
純は何となく愉快な気分になった。
『ふふふ。今、俺は少女を誘拐している立場にある。なのに、その少女は、こうやって自由に行動している。世の中には、こんな変わった事もあるもんなのだな』
やっと京子が出てきた。
純は笑顔で手を振った。
しかし、京子は無視して少し先の横断歩道に小走りに行った。
純は、どうしたんだろう、と首をかしげた。
歩行者側が青信号だったので、京子は急いで横断歩道を渡って反対車線に渡った。
そして交番に入った。
純はびっくりした。
一体、何のために交番に入ったのだろう。
車の中から交番の中が見える。
京子は警察官に話しかけた。
京子は座って、警察官と話しはじめた。
「ま、まさか・・・」
純は真っ青になった。
交番に入る理由など思いつかない。
だが、京子はさかんに警察官と話している。
純のおそろしい不安はどんどんつのっていった。
京子は純の車を指差した。
警察官は純と純の車に視線を向けた。
もう純のおそろしい不安は確信になった。
純は思った。
『そうか。今朝、外出した時には交番が見つからなかったのだ。いや、もしかすると交番は見つけたのかもしれない。しかし警官に話しても決定的な証拠はない。私が寝てる間に警官を連れてきても、その間に私が起きて、逃げてしまうか、証拠は全て消してしまうと考えたのだ。彼女は頭のいい子だ。だから、こうやって確実な現場を警官に見せて現行犯逮捕させようと考えたのだ。彼女は頭がいい。車のキーをとって、私が逃げられないようにし、彼女が車のキーを持っている事から、彼女が私の車に乗っていたという確実な証拠をおさえてしまったのだ。家に行けば京子のスポーツバッグもある』
考えてみれば、さっきの京子のキーホルダーに関する発言も暗示的なものがあった。
しばし京子は警察官と話した後、警察官と京子は交番を出て、交差点を渡り出した。
「ああ。これでもう俺の人生はおわりだ」
純は覚悟した。
「ロリコン医者少女を拉致監禁。新聞の三面記事。テレビのニュース。週刊誌。ブログでの総攻撃。病院解雇。医師免許剥奪」
そんなものが一斉に頭をよぎった。
交差点を渡ると警察官は純の車の横に立って中の純を覗き込み、窓をトントンとノックした。
純は窓を開けた。
開口一番、
「もうしわけありませんでした」
純は深々と頭を下げた。
「どうしたんですか?」
警察官が淡白な口調で言った。
「はあ?」
純はわけがわからず、顔を上げた。
「いやあ、どうもありがとうございました。よろしくお願いいたします」
警察官はそう言って交番に向かって戻って行った。
京子は車の左側に回って、ドアを開け、助手席にチョコンと座ってドアを閉めた。
「京子ちゃん。一体、どういうことなの」
純は首をかしげて聞いた。
「あのね。用があって電車でこっちの方に来たけど、お財布を落としちゃったと言ったの。それで、家に帰れず困って座っていたら、あのおにいさんが、どうしたの、と声をかけてくれて、事情を言ったら、送ってくれると言ったの」
「何でそんな事したの」
「私がお巡りさんと話しても、おにいさんの事は言わないという所を見せたかったの。これで安心できるでしょ」
純はほっと胸を撫で下ろした。
「京子ちゃん。僕、寿命が一年、縮んだよ」
「でも、これで安心できるでしょ」
「う、うん。確かに、おかげて安心できるよ」
はい、と言って京子は純にキーを返した。
キーには、ピピコの絵のキーホルダーはついていなかった。
「キーホルダーは、さっき、くれると言いましたからもらいます。おにいさんの形見としてとっておきます」
そう言って京子はキーホルダーをポケットに入れた。
純はとっさに笑った。
「ははは。京子ちゃん。形見っていうのはね・・・」
と言った時点で純は言葉の説明をやめた。
「ありがとう」
それだけ言って純はキーホルダーのなくなったキーを差し込んでエンジンをかけ、車を出した。
ほどなくショッピングセンターについた。

車を立体駐車場に止めて、ショッピングセンターに入った。
純は京子と手をつないで洋服売り場に行った。
「京子ちゃん。ここで着替えてほしいから、洋服買って。京子ちゃんの好きなの選んで」
「はい」
純が言うと京子は、さっそく服を探し出した。
どれにしようか、迷っている姿がかわいい。
ようやく決まったらしく、京子は服を持ってきた。
それはジーンズのオーバーオールと灰色のトレーナーだった。
純はあせった。
「おにいさん。これでいい」
京子は笑顔で聞いた。
「う、うん。確かにそれもいいかもしれないね。でも、もっと京子ちゃんに似合うものもあると思うよ」
純はサッと京子からオーバーオールとトレーナーをとりあげると、それを元の場所にもどした。
純は、急いで服を探してもどってきた。
「京子ちゃん。僕はこれが京子ちゃんに似合うと思うんだけと、これじゃだめ」
そう言って純は京子に選んだ服を差し出した。
それは短めのスカートとブラウスだった。
「はい。それにします」
京子は微笑して言った。
「大きさが合うかどうか試着してみて」
「はい」
京子は服を持って、試着室に入った。
ゴソゴソ着替えの音がする。
京子のセーラー服がパサリと床に落ちたのが、カーテンの下の隙間から見えた。
カーテンが開いた。
純が選んだブラウスにスカートを着た京子が立っている。
「どう」
そう言って京子はクルリと一回りした。
「うん。よく似合うよ。サイズは合う?」
「はい」
「じゃあ、それにしよう」
「はい」
京子は再び、カーテンを閉めて着替え、セーラー服を着てカーテンを開けた。
純はスカートとブラウスを持って、京子とレジに行って買った。
「おにいさん。ありがとう」
「いやあ。別に」
京子は例を一言、いっただけで、さほど嬉しそうではなかった。
それは当然と言えば当然である。
服は京子の好みではなく、純の好みで選んだものだったからだ。
京子が選んだのはオーバーオールとトレーナーで、京子はそれが欲しかったのだろう。
しかし、純はそれは、ダサいと思ったのである。
純は女はスカートでなければ満足できないのである。
買った服を京子が、どれほど気に入っているのか、あるいは気に入っていないのか、それはわからない。
純がスカートが好きな理由は、スカートは屈んだり、腰を曲げたり、風か吹いたりするとパンツが見える時があるからである。
「あ。そうだ。京子ちゃん。昨日から下着、替えてないよね」
そう言って純はパンツと靴下を急いで、とって持ってきてレジに出して買った。

純はショッピングセンターの中のトイレに京子を連れて行った。
「京子ちゃん。トイレの中で着替えて。下着も」
そう言って純は、今、買った服と下着を京子に渡した。
「はい」
と言って京子は、服の入った袋を持ってトイレに入った。
しばしして、京子は着替えて出てきた。
ブラウスと膝より少し上までのスカートがかわいらしい。
「これは僕が持つよ」
そう言って純は制服と下着の入った袋を持った。
純は京子とジュエリーショップに行った。
「京子ちゃん。ここで待ってて」
そう言って純は店に入った。
そして10万円の婚約指輪を買った。
「さあ。京子ちゃん。御飯を食べよう」
純はエスカレーターで飲食店のフロアーへ上がった。
そして本格的な高級レストランに入った。
ここからは外の景色が見える。
純と京子は窓際の席に向かい合わせに座った。
ウェイターが注文を聞きにきて、メニューを渡した。
京子はメニューを開いた。
京子は興味深そうにメニューを見た。
純はボーイを呼び、京子の意向を聞かずフルコースを注文した。
メニューは以下の通りである。

アミューズ 
ホワイトアスパラのフリット 
オードブル
フォアグラのポアレ赤ワインソース
スープ
コーンポタージュポタージュ
魚料理
鮭の白ワイン蒸し ハーブ風味
肉料理
糸島豚の岩塩包み焼き 紅茶風味
デザート 
チーズケーキ
紅茶

はじめに出されたオレンジジュースを京子が飲もうとしたので純は制止した。
「まって。京子ちゃん」
京子は言われて手を止めた。
「京子ちゃん。乾杯しよう」
「うん」
京子は笑顔でグラスをさしだした。
カチンとガラスの触れ合う音がした。
「かんぱーい」
京子はコクコクと飲みだした。
お腹が減っていたのだろう。
京子は、入れ替わり出される料理をパクパクおいしそうに食べた。
「おいしい」
「うん」
純が聞くと京子は笑顔で答えた。
「おにいさんは」
「それほどじゃない」
「どうして」
「僕には、京子ちゃんのつくったサンドイッチの方がおいしい」
言われて京子はニコッと笑った。
食事を全部食べ、デザートのチーズケーキも食べた。
「京子さん」
純はあらたまった口調で言った。
「なんですか。おにいさん」
純は照れくさそうな笑顔で京子の顔を見た。
「京子さん。僕と結婚して下さい」
純が言うと京子も微笑した。
「はい。結婚します」
京子は微笑んで言った。
「ありがとう。今日は僕にとって最高に幸せ日です」
「私にとっても最高に幸せな日です」
京子は微笑んで言った。
純は目頭が熱くなった。
とっさに純はうつむいた。
ポタリ。
純の目から涙が落ちた。
純が人間の愛に涙を流したのは今日が初めてだった。
「どうしたの。おにいさん」
「い、いや。なんでもない」
純はすぐにハンカチで目を拭いて顔を上げた。
「はい。京子さん」
純はまた改まった口調で言って、さっきジュエリーショップで買った小さな箱を渡した。
「なあに。これ」
「え、エンゲージリングです」
京子は箱を開けた。
「あっ。かわいい指輪。ありがとう」
そう言って京子は指輪を小指に刺した。
そして指輪のはまった手を嬉しそうに宙にかざした。
「京子ちゃん。それ、玩具じゃないから捨てないでね」
「うん。おにいさんの形見として、大切にとっておます」
「形見・・・か。確かにそうだね。そういう形で僕は京子ちゃんと結婚できるね」
純は独り言のように言った。
「でも京子ちゃんが大きくなって、本当に好きな人が出来て結婚する時になったら、捨ててもいいよ。エンゲージリングを二つ持っていたら、おかしいもんね」
純は愛とは求めるものではなく、与えるものだと思っていた。
純は京子とレストランを出た。

純は京子とショッピングセンター内のゲームコーナーに行って、もぐら叩きなどをして遊んだ。
京子はキャッ、キャッと笑いながら、もぐらを叩いた。
純は京子の本来の姿を見たような気がした。
純は時のたつのも忘れて、京子と色々なゲームで遊んだ。
時計を見ると5時近くになっていた。
「京子ちゃん。もう帰ろう」
「うん」
二人は駐車場にもどった。
純は京子の制服と下着の入った買い物袋を後部座席に置いた。
そして京子を乗せた。
純はカーナビに「シェルブールの雨傘」のDVDをかけた。
そして車をだした。
純は少し急いで家に向かった。
家には京子のスポーツバッグがあるからだ。
渋滞はなく、すぐに家に着いた。
「さあ。京子ちゃん。制服に着替えて」
そう言って純は買い物袋から制服を出して京子に渡した。
京子は浴室の方に行き、着替えて、制服を着てもどってきた。
純が買ったブラウスとスカートを持って。
純はそれを京子からとった。
「これは僕に頂戴。京子ちゃんの記念にしたいから」
「うん。いいよ」
純はそれを買い物袋に入れた。
京子はスポーツバッグを持った。
「じゃあ、帰ろう」
「うん」
「今日はありがとう。最高に幸せな一日だったよ」
「私も楽しかったです」
そう言って京子はニコッと笑った。
純と京子は車に乗った。
「京子ちゃん。ここの最寄駅は××だけど知ってる」
「はい。知ってます」
「京子ちゃんの家まで乗り換えある」
「一回、乗り換えがあります」
「じゃあ、最寄駅まで送るよ」
そう言って純は車を出した。
最寄駅には五分で着いた。
なぜ純が車で京子の家まで送らないかというと、京子は家に連絡をとったものの、もしかすると、京子の親が不審に思って警察に連絡し、非常線が張られているかもしれない、と用心深い純は思ったからである。
純は映画の「レオン」より用心深い性格だった。
京子は切符を買った。
そして改札を通った。
「おにいさん。また来てもいい」
「大歓迎だよ」
夕闇の中で電車がきた。
京子は電車に乗った。
発車の合図が鳴り、電車が動き出した。
京子は窓から笑顔で手を振った。
純も笑顔で手を振った。
純は電車が見えなくった後も少しの間、感動の余韻に浸っていた。

余韻が去って、純は車に戻った。
純は頭が空白になったような気がした。
家にもどった純は、机に向かってさっそく小説の続きを書き出した。
筆か乗ってすいすい書けた。
何か、小説を面白くするためにフィクションの挿話を入れようか、とも思ったが、これは京子との記念の小説なのでフィクションは一切、入れないことにした。
ふと、一休みした時、純の目に買い物袋が目についた。
純の心臓がドキドキしだした。
その中には、今日買った服と、京子が履いていたパンツと靴下がある。
純は買い物袋を持ってきて、そっと京子のパンツを取り出した。
二日はいたパンツなので、少し汚れてシミが出来ていた。
純はパンツを裏返して、シミの所に鼻を当てた。
「ああ。京子ちゃん」
純はパンツの匂いを貪り嗅いだ。
靴下も取り出して匂いを嗅いだ。
靴下の方がはっきりと強い体臭がした。
純は、しばし、京子の下着の匂いを嗅いだ後、買い物袋にもどした。
京子は今、どうしているだろう。
もう家についているだろう。
親に叱られたり、詰問されたりされていないたろうか、と色々と不安がよぎった。
しかし仮にばれてしまったとしても、悪戯もしないで、ちゃんと家に返し、京子も合意してくれたのだから、まずそんなに問題ないだろうと思った。
そう思って純は、再び小説の続きを書き始めた。
時間の経つのも忘れて。
とうとう純は、京子を帰して夜遅くまで小説を書いた今の所まで書いた。
もうその続きは書けない。
時計を見ると2時を過ぎていた。
純は歯をみがいて、パジャマに着替え、ふとんに入った。
傍に、昨日、京子に買ったパジャマがある。
純はパジャマにも鼻を当てて、匂いをかいだ。
そして、パジャマも買い物袋に入れた。
そして床についた。

その時、メールの着信音が鳴った。
開いてみると京子からのメールだった。
「おにいちゃん。おにいちゃんが寝てる間に携帯のメールアドレスをメモしてしまいました。うまく説明して親も疑ってないよ。私、メル友が死んだと涙まで流してお芝居したよ。親は警察に連絡してなかったよ。今度の土曜、また行くね。 京子」

純は飛び上がらんばかりに嬉しくなった。
「ありがとう。京子ちゃん。楽しみに待ってます。でも何か、やりたい事ができたら無理しないでね」
純はそう書いて返信のメールをすぐに送った。
すぐに京子から返信のメールが来た。
「土曜は用はありません。ので電車で行きます。10時頃、駅に着くよう行きます」

  ☆   ☆   ☆

次の土曜になった。
純は車で駅に行った。
メールのやりとりは、あまりしなかった。
京子がメールにはまって、勉強がおろそかにならないよう配慮したのである。
メールは一日、一回にしようと純はメールに書いて送った。
10時近くになった。
電車が来た。
ドアが開くと京子が飛び出して笑顔で走ってきた。
純も手を振った。
「おにいさん。ずっと会いたかった」
京子は改札を出ると大声で言って純のふところに飛び込んだ。
「僕もずっと会いたかったよ」
そう言って純も京子を力一杯、抱きしめた。


平成20年11月26日(水)擱筆