医師国家試験に通る方法           目次へ

おとなは、だれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。
(「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ)

過敏性腸症候群のまさ@医学生さんの参考になれば、と思い書きました。

私がとった医師国家試験の勉強法や、医師国家試験に関する事を書いておこう。
一般の人でも聞いている人はいると思うが、医師国家試験は教授も解けないほど難しい、とか、難しいが通って当たり前の試験だとか、いろいろ言われている。私も医学部に入った後、国家試験は教授も自分の専門の問題を全部は解けないほど難しいと、聞いたので、はたして自分が試験に通れるか心配だった。
アパートは大学に近く、ちょうど大学に入った頃、アパートのゴミ置き場に、試験が通った人が捨てていった臨床問題があったので、拾って見てみた。もちろん、ぜんぜんわからなかった。はたして自分が、このような試験に通れるのか心配になった。
国家試験は四年ごとの改定があるので、私が受けた時の試験と今(2007年)の試験は、少し様子が違っているだろう。
私が受けた時の試験は、二日だが、今は三日である。
五者択一の形式である事は変わりない。私の時は、五者の組み合わせで、正解を選ぶパズル的な形式が主だった。今では、五者のうちから、一つ選べ、とか、三つ選べとかになっている。
(たまたま今、手元に最新の、あるマイナー科目の100門のススメが一冊、あるのでそれを参考にしている)
パズル形式でも、一つ選べ形式でも、さほど違いはない。
今の試験が、どうだか正確には知らないが、私の時の試験も今の試験も、勉強法は、ほとんど変わりないと思う。
試験は6割合格の試験である。6割というと、低い数字に聞こえるが、それだけ、問題が難しいという事である。運転免許は9割合格の試験だが、簡単な試験だからである。運転免許試験は、あまりにも簡単すぎる。私は自動二輪で100点。普通自動車で99点だった。大学入試試験でたとえると、国家試験は東大型という事である。東大の数学は、やたら難しく、100点を取ることは不可能である。5割〜6割とれれば合格である。一方、センター試験は、問題が簡単なため高得点を取らなくてはならない。
今は、国家試験の点数が知らされるようになっているらしいが、私の時は、点数は知らされなかった。自己採点では74%だった。6割合格の試験で74%といえば余裕である。
模擬試験の最大手はテコムだが、不思議な事に、毎回、必ず受験者の平均点が6割になるようにつくってある。よく考えてつくっているのだろう。また本番の試験でも受験生の平均点は6割である。テコムの模擬試験は質がとてもいい。他社の模擬試験は受ける必要はない。テコムだけを4回受ければ、それでいい。そして受けっぱなしではなく、よく復習した方がいい。
6割合格の試験で、平均点が6割なのだからヒヤヒヤものの試験である。
私の時も、試験前は皆、緊張してた。かなり神経の強い剛のヤツでも、さすがに試験前はビクビクしてた。不思議な事に女でビクビクしてる人はいなかった。(医学部七不思議の一つである)
国家試験の合格率は年によって違うが、8割〜9割の間である。だいたい86%くらいである。
86%というと、数字からいうと、やさしそうに聞こえる。
司法試験の合格率は2〜5%なので、それに比べると試験は簡単そうに聞こえる。確かに司法試験は医師国家試験より、はるかに難しい。司法試験は通らなくても恥ではないが、医師国家試験は通って当たり前の試験というのが世間の感覚だろう。
しかし、これは必ずしも、そう単純に見るべきではない。司法試験は誰でも受けれる試験で、通らなくても、恥ではなく、落ちても生活に困らず、次回頑張ればいい試験である。
だが国家試験は、落ちたら死に等しい試験である。通らなければ医者にはなれないのである。通れば医者だが、落ちれば、ただの人か、みじめな国試浪人生である。そのため、受験生は皆、死にもの狂いで勉強している。その受験生を確実に10%以上、落とすのだから、厳しい試験と言わざるを得ない。試験は生死をわける試験なのである。
あえて偽善的な事を言うが、私は全受験生に試験に通って医者になってほしいと思う。
試験はイヤーノートを教科書にして勉強しなくてはならない。イヤーノートを使わない人は神をも恐れぬ人である。逆にイヤーノートで勉強すれば、試験はまず通る試験である。
卒業時にイヤーノートが手垢でボロボロになっていなくてはならないのである。
医学生は全員、イヤーノートを持っていて、イヤーノートで勉強している。
イヤーノートにラインマーカーで、ほとんど全ページにおびただしくラインをひいている。
それが正しい勉強法である。
もっとも、私はラインマーカーは、使わないので、シャープペンで印つけした。
ともかく、イヤーノートを教科書にするという鉄側をはずさなければいいのである。
イヤーノートは、内科、外科、はもちん、小児科もカバーできる。イヤーノートをしっかりやれば、小児科は、特に別の本を買わなくてもいいくらいである。
しかし、小児の発達は、無いから、やはり小児科の本は買って勉強した方がいい。
「100%小児科」がいい。また、小児科は、全ての分野があるから、試験前の見直しにもいい。
もちろんイヤーノートを一言漏らさず全て覚える事は無理である。(なかには出来る人もいるだろう)7割〜8割覚え、7割〜8割理解できていればいいのである。
国家試験に確実に通りたい人は早いうちから、イヤーノートをコツコツ覚えだせばいい。
イヤーノートを使う事は医学生にとって常識であるので、あらためて書く必要は無いのだが、それをあえて書く理由もあるのである。医学部には100人中、一人くらい例外の人がいて、試験はイヤーノートを使わなくてはならない事を知らない人もいるのである。
また、国家試験は最初の試験受験時に学力が最高になって、学力の頭打ちが起こる。
もう、それ以上、勉強しても学力は伸びないのである。
浪人すると学力は、どんどん落ちていく。
もしかすると、国試験浪人生の人の中にはイヤーノートを使う事を知らない人もいるかもしれないと思ったりもする。試験は難しいとはいえ、イヤーノートを使ってさえいれば、通る試験なのである。
さらに、もう一つ理由がある。イヤーノートは、見てみればわかるが、「定義」「症状」「検査」「診断」「治療」が、箇条書きに羅列してあるだけで、なんの説明も図も写真も無く、無味乾燥きわまりない本である。おそらく、友達がいなくて、情報を知らない人は、こんな無味乾燥な本は手にとらないだろう。また、誰でもイヤーノートで勉強しはじめた最初の頃は、この本で本当にいいのか、という疑問を感じる事もあるだろう。
この本でいいのである。
もちろん、説明が無いから、なぜか、という理由は理解できない。
理由が、わからないから、わからないまま、鵜呑みに覚えるのである。
だが、勉強が進むにつれ、理由がわかってくるのである。
今、イヤーノートを手にしているが、A〜Oまで、消化管、肝臓、心臓、内分泌、腎臓、免疫病、血液、感染症、呼吸器、神経、中毒、と、書かれてあるが、全部通して勉強する事によって、以前わからなかった事がわかってくるようになるのである。ああ。病気は全部、関連しているんだな、と、わかってくるのである。
消化管は消化管だけの病気ではない。あとで血液や腎臓を学ぶ事によって、病気というものは、体全部が関連しているんだな、と病気の原理がわかってくるのである。二つの離れていた疾患○(消化管)と、○(血液)のかさなった部分がどんどん広くなっていくのである。
だから、イヤーノートは、一通り通して勉強する事によって病気の原理がわかってくるのである。もちろん一回だけではなく、二回、三回、と、繰り返せば、繰り返すほど理解が深まってくるのである。だから、はじめは原理がわからず、覚えていただけのものも、通して勉強することによって原理がわかってくるのである。
そうなるとイヤーノートが面白くなってくる。
そうなると無機物であるイヤーノートに愛情が起こってくる。
ちょうど女が携帯電話を愛するように。
彼女らは、「私のかわいい携帯ちゃん。おやすみ」と撫でて、寝るように、
医学生は、「イヤーノートちゃん。おやすみ」と撫でて、寝るようになるのである。
また、そうならなくてはならないのである。

もちろん、はじめのうちはイヤーノートだけを見て覚えるという勉強法をすることは、ほとんどない。
それは、イヤーノートを勉強しおわった後で、模擬試験や本試験の前に見直す時、するのである。ともかく、イヤーノートを覚え、理解し、読みこなせるようになった後でなら、イヤーノートだけで勉強する事もできる。

国試問題集では、一般と臨床とでは、臨床問題からした方がいい。一般からやっても、面白くないし、臨床問題の方が面白いのである。臨床問題とイヤーノートを並べて、臨床問題を、読んだら、その疾患の部分をイヤーノートで見て、イヤーノートの大切な所にラインマーカーで印をつけるのである。臨床問題で肝硬変の問題を解いたら、イヤーノートの肝硬変の所を開いて、必要な所に印をつけるのである。
それが、国試の基本の勉強法である。

合理的にやる
また、心臓なら、心臓を一度目で全部、理解しようとしない方がいい。一度目は、細かい所までは覚えず、重要な所のみを覚える。ともかく、一通り、大雑把に通してやるべきだ。
二回目からは、かなり理解できているので、勉強が、ずっと楽になるので、細かい所は、二回目以降に覚えるべきだ。ざらに三回、四回、と、繰り返しにつきる。

また、国試の勉強を全くしてない人で、これから国試の勉強をしようとする人は、まず、イヤーノートは、全く見ず、臨床問題集だけを一通り通して、軽いパズル感覚で、正解を答えられるようにする事をしてみるといい。臨床も一般も。これは簡単にできる。
もちろん、少しの理解しか出来ないが、国試が、どんなものかという感覚がわかる。また、食道ガン、や、ファローなど、どういう疾患が国試に出やすいかが、わかる。
これはパズル感覚でやれば、一週間でできる。ともかく国試に慣れることだ。

また、去年の国試の本を買って、それをパズル感覚以上に、少し勉強して、完全に覚えてしまう、というのも一つの有力な方法だ。もちろん、一回の試験では、全部の疾患は、のってないが、設問の選択肢まで、含めると、かなりの疾患をカバーしている。最近の傾向もわかる。

ひっかけについて
さて、国試が難しいのは、設問のひっかけ、のためである。
テコムの模試でも知っていると思うが、やさしい問題なら平均点は100点である。
それだけ、みな、しっかり勉強しているという事である。
御存知の通り、国試の臨床問題の多くは、診断は簡単である。これは診断の難しい問題をつくるのが難しいからである。畢竟、国試は疾患に対する細かい知識をどれだけ知っているか、ということになる。それで悪くないと思う。
国試で、一番やっかいなのは、設問のひっかけ文、である。
まず言える事は、ひっかけ、は、五つの設問文の中だけにある、という事である。
問題文や図、写真のなかには、ひっかけ、は無い。
図にひっかけ、はない。子供が手を広げ掌を見せていたら、それはターナー症候群ということである。
子供が手を広げ掌を見せているのに、それはターナー症候群ではない、というような、ひっかけ、はない。
ただ、一つ注意しなくては、ならない事がある。それは輸入感染症である。
「海外旅行から帰国後、下痢・・・」とあったら、すぐに輸入感染症と決めつけてはならない。もし、注腸造影の写真があって、偽ポリポーシス、ハウストラの消失、らしきものが、見えたら、それは潰瘍性大腸炎である。問題文での、ひっかけ、は、ほとんど無いが、こういう、ひっかけはある。そして、それは悪いひっかけ、ではない。
今は、海外旅行が安く、東南アジアへ旅行へ行く日本人は非常に多い。
あなたも、東南アジアのどこかへ旅行に行った事があるのではないだろうか。
だから、「海外旅行から帰国後、下痢・・・」とあっても、すぐに、輸入感染症と決めつけるな、というのが、出題者の意図である。
問題文での、ひっかけ、は、輸入感染症くらいしか、思いつかない。

国試は、出題者の心理を読む事が大切である
「海水浴から帰ってから、顔に紅班・・・」とあったら、それはSLE(全身性エリテマトーデス)である。これは、プール問にもなっていて、全く同じ問題文が出題されてもいる。この意図は。おそらく、SLEでは、そういうケースが、非常に多いからだろう。出題者の意図は、「SLEでは、こういうケースが典型的だから、しっかり覚えておきなさい」だろう。
また、国試出題委員の先生と、その専門も、やたら書かれているが、そんなものに、とらわれるべきではない。人間の心理は、そんな単純ではない。腎臓の問題で国試出題委員の先生が、自分が腎透析の専門だからといって、腎透析の問題が出るんじゃないか、などと思うのは、単純きわまりない。人間はかえって、自分の専門の事は、気恥ずかしくて出しにくい心理もある。かえって、そんな事をおおっぴらに書かれてしまったら、出題者は、はずしてやろう、と思う気持ちも出てくるだろう。
マイペースで、イヤーノートをやればいい。
国試予想問題だとか出るが、そんなものに目の色を変えて覚える必要は無い。私の時、国試験予想問題本で、試験後、25%当たった、とかあったが、そんなら、それを熱心に勉強した人は75%無駄な勉強をした、という事である。
マイペースでイヤーノートの反復あるのみである。
国試の基本は、内科、外科、である。国試では内科をしっかり理解できていることが最重要である。国試は内科医の試験といってもいいと思う。
もし私が国試験出題委員で精神科の問題をつくれ、と頼まれたなら、精神科はマイナーだから、変なややこしい専門的な問題など、つくりたいとも思わない。そんなの全くの無駄であるからである。内科の医師でも、精神科に関して、これくらいは知っておいてほしいと思う基本的な問題にする。たとえば、
「向精神病薬の副作用に口渇がある」(○)
とか、
「向精神病薬の副作用を抑えるため、抗パーキンソン薬を併用する」(○)
などである。
そうして、イヤーノートには、そういう基本的な事は、すべて書かれている。
国試では毎年、色々と情報が飛び交うが、変な情報にふりまわされず、我が道を行く方がいい。
イヤーノートさえ、しっかりやっていれば、国試はおそれるべきものではない。
さて、問題は設問文のひっかけ文、である。
これも、出題者の心理を考えるべきだ。
受験生は、基本的な事は、しっかり押さえている。
そういう受験生に、6割しか解けない程度の難しい問題をつくる、というのは、これまた出題者にとって、頭を悩ませるものである。
そのため、国試では、ひっかけ文は、仕方がないものである。
ひっかけ文は、言葉のアヤである。

断定文について。
「・・・は・・・である」
という、断定文に受験生は、びびる。
例外もある、で、×である事があるからである。
だが、断定文でも、例外は、0.01%以下であり、○となる場合もある。
このように、国試は、そもそも満点など、取れない試験なのである。

私のクラスで秀才が、「わけのわからない文、聞いた事のない文は×にしてしまえばいいんだよ」と言っていたが、これは誤りである。
「わけのわからない文。聞いた事のない文」は、医学生では、とても手が回らない、疾患の専門的な知識の文である可能性があるからである。出題者は問題を難しくするために、そういう方法を使うしかないのである。だから、「聞いた事のない文」は、×の可能性、100%ではない。×の可能性、50%、○の可能性、50%と見ておいた方がいい。こういう、ややこしい試験だから、模試がおわると非常に疲れる。
聞いた事のない設問文には、感で対処するしかない。
論理的に下手に考えるより、文章のニュアンスから、正しそうに思える文を選んだ方がいい。
国試は、ちょうど時間ギリギリの試験である。じっくり考えてる暇はない。もちろん、時間が10分以上、あまる時もあって、一概にはいえない。

国試は、五者択一というより、二者択一の試験という感じがした。本当にいじわるな試験である。問題文から、診断も、設問のいくつかも、わかるのに、ひっかけ文によって、正答率50%になる問題が非常に多い。

こういう問題は、一応マークシートの米粒を塗りつぶしておいて、問題に△印をつけて、あとで、考えた方がいい。最初に読んだ時は、気持ちが、あせっているため、ミスしやすい。一通りマークシートしたら、気持ちもゆとりが持てるから、落ち着いて考えられる。
本試験は、極度に緊張しているから、見直す時間は十分ある。

当然の事だが、模試でも本試験でも、その場で考えなくてはならない。
国試は考えて解く試験である。
イヤーノートを全部、覚えても、イヤーノートにのっていない設問文にでくわす。
そういう時、その設問文を○にするか、×にするかは、頭の中にある聞いた事があるかどうかの記憶である。これが一番有効なのは、テコムの模試の記憶ではないかと思う。
テコムは、相当、信用できる。
ポリクリで聞いた事は、はたして、有効かどうか、疑問である。
というのは、ポリクリのレクチャーとか、教授回診とかで聞いた事は、一言が宝石の価値があり、素晴らしいものだが。ポリクリでの上の先生の発言は、現実的、病院の運営まで含んだ実戦的な発言であり、アカデミックな学問的な発言とは、ちょっと違うからである。
テコムの模試の復習をしっかりやるのが、いいと思う。

あと、これはテコムでなくても、どこでもいいが、国試予備校の何かのレクチャーに一度でもいいから出てみるといい。何も全科目でなくても、何かのマイナーでもよく、回数も数回でいい。自分の苦手な分野に出るといい。出席料は、高いが、それだけの価値がある。
私は国試が終わった後、一度だけ、「今年の国試の解説」という講義に出た。新大久保のテコムである。講師は、何科の先生か知らないが、おそらく内科だろうが、国試の問題を全部、正解を言って、その解説もしっかりして、わかりやすい。いったい、どういう人なのだろう。内科、外科、小児科、産婦人科、公衆衛生、マイナー全て、正解を答えている。ばけもん、だと思った。そもそも医学は、国試が終わると、自分の専門以外は、忘れていく傾向があるものなのである。どういう人か知らないが、予備校には、ああいう、ばけもん、がいるのである。予備校の講義には、一度も出た事がないが、間違いなく素晴らしいものに違いない。「苦手な科目に一回でても、たいして成績は上がらないだろう」などと、先入観を持つべきではない。医学は原理が同じだから、一を聞いて十を知れる可能性が、十分ある。
目からウロコが落ちる、可能性がある。

あと、数人の仲間と、勉強会をするのは、いい事だ。
私は、友達がいなかったので、一人で勉強するだけで、勉強会というは、一度も出た事がなく、様子がわからないのだが。人との情報交換は非常にいいし、人から聞いた事、自分が言った事は、記憶にしっかり定着するのである。
私も、医学部に入った頃、六年の人達が数人、集まって勉強会をしているのを見た事があるが、すごい気合い、が入っていた。
ただ、なかには、勉強会といって、ダラダラお喋りするお喋り会、あるだろうから、そういうのには、出ない方がいい。

過去問を解く時は、悪問は、とばした方がいい。
そもそも、国試は、わざと難しくつくっているので、悪問も当然ある。
融通を利かせる事が大切だ。これは悪問だと思ったら、×印をつけて、その問題は捨てて、やらない方がいい。

他人と較べない
国試は100点を取る試験ではない。6割とれば合格できる試験である。
誰でも、苦手な所があるだろう。模試では、それが偏差値として正確にあらわれる。そういうのを見ると気持ちがあせる。
しかし国試は、総合で6割とれば、いいのである。模試で6割5部くらいをキープ出来ているのなら、苦手な所があっても、気にしない方がいい。完全主義にならない方がいい。
コレステロールからのアルドステロン、コルチゾールの代謝経路の図など、何度覚えても、確実に忘れる。覚えきる事は無理である。そもそも、あの図を覚えたからといって、得点には結びつかない。簡略化して、必要な図をつくるなりして、必要な要点だけを押さえればいい。角を矯めて牛を殺す愚は厳に慎むべきだ。

本試験では
本試験直前では、ホテルで、イヤーノート、100%小児科、パターンで解くの、産婦人科、公衆衛生のチャートくらいを持って行って、軽く、サラサラッと見る程度にした方がいい。
夜おそくまで、予想問題をやったり、友達と情報交換したり、勉強したりしない方がいい。
心身のコンディションを最高に保つ事を、一番大事にすべきだ。
風邪をひいたり、睡眠不足になっては、よくない。
予想問題をやったからといって、一点か二点、上がる程度か、一点も上がらない、と私は思う。
また、初日受けた試験の復習や、自己採点もしない方がいいと思う。初日に出た問題は、二日目のヒントになる、と言われている。たしかに、ほんの少しは、そういう面もあるだろう。しかし、精神的な動揺のデメリットの方が大きいと思う。模試で6割を越していれば、国試は通るのだから。マイペースでやった方がいい。

模試も本試も、問題を解いている時の感覚と、実際の得点とは、驚くほど食い違っている。
一問、解けない問題があると、もう落ちたような恐怖におそわれる。しかし、6割、つまり半分と、ちょっと取れば受かる試験なのだ。そもそも基本を全部しっかり覚えても、6割しか取れないようにつくってある試験なのだ。こんな変な試験をつくる厚生省の方が悪い、と開き直るべきだ。

試験が二日目以降になってくると、友達ができて、気持ちがリラックスしてきて、お喋りする人も出てくる。しかし、これはやめた方がいい。一時のお喋りの快感と、一生におよぶ生死を分ける試験と、どっちの方が大事だというのだ。

国試の予想は、必ずはずれる
六年になると、来年の国試では、何が出る、蟹が出る、という発言がやたらでる。
しかし、こんなのは無視すべきだ。私の時は、ある先生がイートン・ランバートは出る、と自信ありげに言っていたが、出なかった。必ず出る、などという予想が飛び交うと、出題者は、かえって外すものだ。
また、生徒の間のデマも多い。
クラスの秀才が、国試は一年ごとに厚生省と文部省が代わってつくる、などと一般に流布してる事を本気で言っていた。しかし、ある確かな雑誌で、それは間違いで、国試の問題は、毎年、厚生省の管轄である、と書いてあった。本当の所はわからない。
私の時は、感覚として、やたら胆嚢や胆嚢炎が多くて、こんな偏った問題にしていいのだろうか、と、疑問に思った。だが胆嚢炎が多く出る、なんて予想は全く聞いていない。

また、試験場には、絶対ホッチキスを持って行かなくてはならないが、厚生省は、その事をどこにも発表していない。だが、受験者は、みな、ホッチキスを持っていく事は知っていた。

国試は、資格試験ではなく、選抜試験である
国試が難しくなったのは、昭和60年からだ。それまでは年二回やってくれて、春の一回目で落ちた人は、秋の二回目で再受験できた。しかも二回目は口頭試問で、しかもその口頭試問というのが、数問きいて、全部答えられたら合格というのではなく、何問も聞いて、答えられるものが一問でもあったら、合格というのだから、何と慈悲のある試験であることか。国試が難しくなったのは、昭和60年からだ。
国試は総合で6割とれば、合格の試験だから、大学入試のような選抜試験ではなく、資格試験である。しかし、実際は選抜試験の要素が、かなりある。年によって問題を難しくしすぎてしまったり、簡単にしすぎてしまったりする失敗はある。しかし、それによって、合格率が激しく上下してしまったのでは、国としても困る。難しくしてしまって、合格率50%になってしまったのでは、国も大学も困るのである。医師不足になってしまうし、大学でも入局者が、いない、では困るのである。国試は、通し過ぎず、落とし過ぎず、の、試験なのである。全国で8000人受けて、合格率は、8割〜9割の間にしなくてはならないのである。そのため、色々、姑息な手を事をする。
私の時は、総合点6割合格だが、必須問題ができて、必須問題は8割とらなくてはならなかった。しかも、どれが必須問題なのかは、わからない。8割となると、これは厳しい。
しかもマイナーで4割以上の足きりを、する、と厚生省は発表した。
しかし、実際の所、試験後、マイナーでの足きりは、しない、ということになった。
また、私の必須問題の自己採点は78点だった。総合点で74%とれているのに、必須問題で2点たりないから、不合格では、ちょとおかしすぎる。そのため、合格発表まではヒヤヒヤだった。必須問題では2点たりないから、厳密に決めれば、不合格である。しかし、結果は合格だった。私のような人は、とても多く、総合点では、6割越しているが、必須問題で8割とれなかった人は多かった。もし厚生省の発表した「国試の指針」通りで、合否を決めたら、合格者はかなり少なくなってしまっただろう。
そのため国試の結果をみて、マイナーの足きりは、中止。必須問題も8割でなくても、総合点6割以上なら、合格と方針を変更したのだろう。これはむかつく。受験生は、厚生省の出した「国試の指針」をもとに勉強してきたのだから、国試後、始めに出した方針を変更するというのは、受験生に失礼である。
厚生省の合否の決め方は、発表しないから、実際のところはどうなのか、わからない。
私は必須問題は、78点で2点、足りないだけだったから、合格としたのかもしれない。
だが、総合点6割以上で、必須問題6割以下の人だっていただろう。そういう人はどうだったのだろう。厚生省は、国試の合否に関しては、発表しないから、事実関係は闇のベールにつつまれていて。受験生が、それを知る事はできない。私の推測では、おそらく、必須問題の8割は、やらない事に方針を変えたのだと思う。やったら、合格者が少なくなりすぎてしまうから。
しかしこれは、受験生にとっては、有難い事である。まっとうな勉強をして、総合点6割とれれば、まず合格できるのである。そしてイヤーノートでしっかり勉強していれば、まず6割は取れるのである。しっかり勉強したのなら、自信を持って堂々と試験に臨むべきだ。
そもそも医師国家試験や看護士国家試験では、厚生省は、国の政策をかなり、入れている。
看護士国家試験では、合格率9割と高いが、これは看護婦不足のため、合格率を高くしているのだ。

厚生省の国試の方針は間違っている
厚生省は、難しい国試に通っても、臨床で、患者の対応が、しっかり出来ない人が多いから、実際での患者に対して、とるべき適切な処置の問題を多くした。しかし、これは莫迦げている。国試は、ペーパーテストであり、そういう問題に通れても、国試後、実戦では、何も出来ない。第一、注射ができない。どんなに実践的な問題をつくっても、それはペーパーテストの知識である。実際に患者に適切な対応が出来るようになるには、大学の医局なり研修指定病院に入って、指導医の元で研修しなくてはならない。
今は、二年の研修が必修になったが、私の時は、研修は、努力規定であり、必修ではなかった。しかし、国試合格者は、ほとんど全員、研修医になっている。
教科書的知識と実践の医療は違うのである。
実践の医療の実力を身につけるには研修しなくては、ならない事は全員、自覚しているから、努力規定であっても、みな、研修指定病院に入って、研修するのである。

また、こういう実践的な問題を多くすることにも問題がある
エコーや医療機器の使い方や知識の問題が、多くなるが。国試合格前の受験生は、まだ法的に医者ではない。だから、医療行為はできないのである。それに、医学生は、親が開業医や、病院の院長ならば、エコーや医療機器にさわったり、親から、使い方を教えてもらったりする事ができる。しかし、親が開業医でない医学生だってたくさんいる。親が開業医でも、眼科医では、エコーや内視鏡は無い。医学生は医療機器にふれることは出来ないのである。エコーや内視鏡など高くて買う事など出来ないではないか。
親が医者だと、国試にとても有利で、うらやましく思う。
私は親はもちろん、親戚にも医者は一人もいないので、そういう人が、とてもうらやましい。それは、国試だけではなく、卒業後の働き口でも、たいへん不利なのである。
医師免許を持っていれば、何科をしていいから、親が医者なら、代診で、働き口に困る事はない。知識や技術だって親が丁寧に教えてくれる。

ただ研修を必修にする事には、疑問もある。まず、研修を必修にした事で、自由な医者になるには8年かかる事になってしまった。研修医はハードで、待遇も十分ではない。これでは、医者になりたがる人が少なくなってしまう危険があると思う。産婦人科医や小児科医は数が少なくて、国の問題となっているではないか。

また、親父が開業医の問題もある
親父が開業医なら、設備はあるし、親父から手取り足取り、懇切丁寧に実践の指導を受けられるではないか。親父は何としても、息子に、しっかりとした実力のある医者になってほしいと思っているから、大学病院のオーベン(指導医)なんかより、ずっと熱心な指導をするだろう。大学病院では、徒弟的であり、丁稚であり、「技術や知識を教えてやるから絶対服従しろ」の感覚である。えばっているのである。教えてやったお礼のお礼奉公というのも、しっかりある。江戸時代とたいして変わっていない。

眼科のポリクリ(臨床実習)で女の先生が、ギネ(産婦人科)は、ちょこちょこっとやれば出来る。と言っていたが、これは誤りである。女は自分が生理を経験しているし、将来、子供を産む事に人ごとではなく、自分の事として、関心を持っているから、ギネは簡単なのだ。
しかし男は違う。私は産婦人科が、とても難しかった。第一、私は、ポリクリを受けるまで、赤ちゃんは、山からこうのとりが運んでくるものだと思っていたので、ギネは難解を極めた。ギネは、「パターンで解く」がいい。もちろん、チャートも、やらなくてはならないが。

私は私が受けた時の国試の事を書いているので、今の国試は、どうなのか、よく知らない。
だが、医学書店には、イヤーノートも、100%も、チャートもあるから、そう変わってはいないと思う。ただ、私の時は国試用の教科書として、医学評論社の国試内科学で勉強したが、今は、それはなく、ステップとやらで勉強するらしいので、少しは変わったようだ。もっとも国試用の本は新しいものが次々に出る。私の時はメディック・メディアのGuideという本が出た。これは、イヤーノートをわかりやくしたもので図もたくさんある。極めて便利だった。もちろん、これだけ使ったのではダメで、あくまでイヤーノートで勉強しなくてはならない。しかし、イヤーノートの参考として、また、卒業した後でも、とても便利な本である。今、これは売ってなく、絶版になってしまったようだが、なんで、こんな便利な本が絶版になるのか、不思議である。

国試は、一般の人でも一年必死で勉強すれば通る
私が思うに国試は、全く医学を勉強していない一般の人でも一年、必死で勉強すれば通るのではないか、と思っている。確かに医学生の方が有利な事は間違いない。医学生は、二年間の基礎医学を勉強していて、それは、確実に国試に役立っている。特に有利なのは、解剖学ではないかと思う。解剖は三年の二学期から、半年かけて、人体の隅から隅まで見た。
臓器、神経、血管、筋肉、骨、を全部覚えた。これはCT、MRI、レントゲン、エコーの読影に、とても役立った。しかし、なかには、解剖実習をかなりサボる人もいた。
私の班の遺体は女で、脂肪が少なく、やりやすかった。
私は解剖実習は、一度も休まず熱心にやった。
また面白くもあった。
私は解剖実習をサボる人の気持ちがわからない。こんな重要な勉強をサボって、何をするというのだ。他の科目の勉強は本でも出来るが、解剖実習は本では出来ない。また、生涯で一度しか出来ない。解剖実習は実際、重要なのである。解剖実習をサボった人は、みな、あとで、「あーあ。解剖ちゃんとやっておけばよかったな」とグチをこぼしている。
あとで解剖実習を見学にきた人も、かなりいた。しかし、解剖を見学できる人は法律で決まっていて、サボった人はその大学の医学生といえども出来ないのである。

ポリクリの私の班では、紅一点で、可愛い女の子がいた。こんな可愛い子と一年ポリクリを共に出来るかと思うと、すごく嬉しかった。だが、私は、古いタイプの人間で、「男女三歳にして席を同じうせず」という戦前の教育を受けた者なので、彼女に話しかける事が出来なかった。医学生では、女は真面目なはずなのに、彼女は例外で、勉強嫌いだった。
しかし単位は、落とさず、ちゃんと取っていた。
ポリクリの最初は小児科だった。教授は、とてもいい先生だった。
私達が教授の診察を見ている時、先生は時々、私達に質問した。
教授が、彼女に、「喘息は、どんな範疇の疾患だ」と質問した。
彼女は、「・・・自己免疫疾患」と自信なさそうに答えた。
私は内心、「やっべー」と真っ青になった。
当然、教授は、額に青筋を立てて怒って、怒鳴りつけた。
「喘息は自己免疫疾患か!!」
いくらなんでも、ちょっとこれは、ちょっと、である。
喘息がアレルギー疾患である事など素人でも知っている。
よく病理学の単位がとれたものだ。と、感心した。
アレルギー疾患は四つの型があって、喘息は1型である、という事は、重要な事で、病理学では基本である。
こういう子でも国試は通れるのだから、一般の人でも一年、必死で勉強すれば国試は、通れるのではないか、と私は思っている。
実際、基礎で、かなり手を抜いた人でも国試は通っているのである。
一般の人でも、一年では、無理かもしれなが、二年、必死に国試の勉強をすれば、国試には、通る可能性があると思う。国試の受験資格は、医学部を出ている事があるが、もし、規制を緩和して、医学部を出ていなくても国試を受験する事が出来る、としたら、絶対、国試の勉強をして試験に通り、医者になる人が出てくると思う。

国試を数字的にみる
国試の学力は、卒業時にプラトーとなり、浪人するほど学力は下がっていく。
現役の合格率は9割、一浪が7割、二浪が6割、三浪が5割くらいである。
医学部の一クラスは100人くらいである。
現役は9割合格するから、90人、合格する。10人落ちる。
落ちた10人は、一浪で7割合格するから、97人合格する。
落ちた3人は、二浪で6割合格するから、2人合格し、99人合格する。
落ちた1人は、三浪で5割合格するから、まず100人全員合格する。
というように、数字的にみても、まず国試は、全員合格する、と考えていい。
実際、卒業生名簿をみても、どのクラスも全員、医者になっている。

ポリクリについて
私にとってポリクリは、やりがいがあった。
目で実際に患者をみているから、印象にのこるのである。
私は今でも、全ての科で、当たった患者と、その病気を覚えている。
ポリクリで一番いいのは、オーベン(指導医)のレクチャーだ。オーベンの一言は、宝石の価値がある。まさに目から、うろこ、が落ちる。
だから、ポリクリはしっかり出た方がいい。
ただ、ポリクリで聞いた事は、国試では、全く役立たない。
ポリクリでのレクチャーは、日常、診療している経験から、感じる医療の現実的な本音のような事が多いので、それは、非常にためにはなるが、国試の設問文は、疾患のアカデミックな専門的な事柄、なので、国試では役にたたないのである。私自身、模試や本試で、ポリクリで聞いた事が役立ったと感じた事は一度もない。要領のいいヤツは、ポリクリは適当にやったり、サボったりして、国試の勉強をしている。それで、通るのである。
放射線科の時、おもしろく、やさしい先生がいて、
「レクチャーでは、最先端の事を聞きたい?それとも国試に関連した事を聞きたい?」
と聞いた。
テコムの模試などでは、「この問題は、ポリクリをしっかりやっているか、どうかである」などと書いてあるものも、あったが、やはりポリクリは国試には、役にたたない。

国試浪人生
つくづく疑問に思う事だが、国試は、真面目に勉強していれば、通る試験である。
数は少ないが国試を何度、受けても通らない人がいる。私は、事実関係を知らないので、推測するだけである。そういう人で考えられるのは、
1、国試をなめている人。国試の勉強は、もうやっているので、国試の勉強は年が開けてからでいい、などと思っている人もいる。国試は、それなりに厳しい試験であり、落ちたら、春から一年、必死で勉強しなくては通らない。
2、勉強法を誤っている人。国試は、イヤーノートで勉強するものであり、もしかすると、その事を知らないのかもしれない。

国試浪人生は、テコムでも、なんでもいいから、国試予備校に入るなり、全科でなくても何かの科目を受けるなりして、国試予備校と関係を持つべきだ。正式に入学すると、200万くらい(だったかな)、かかるらしいが、合格できるなら、安いものである。国試予備校には、医学の、ばけもん、がいるので、予備校に入れば、まず合格できる。200万は、確かに高いが、医者になれば、それくらい、すぐ取り戻せる。
だが、予備校の勉強だけ、ではダメである。あくまで、イヤーノートをメインにやらなくてはならない。予備校の勉強は、聞くだけ、でもいいだろう。