棋士物語        もどる
 官能小説の第一人者として二十年以上にわたり、ひたすら執筆しつづけてきた団鬼五であるが、膨大な作品群の単行本化によって、あとは印税収入で、あそんで暮らせる身分になると、断筆宣言をして、今までかせいできた金で、横浜の山の手に、一億二千万かけて、大邸宅を建てた。
鬼五には、将棋の趣味もあり、自身アマ六段の腕である。ある将棋雑誌をかいとって、オーナーになった。官能小説を書くのは、結構つかれるので、それはもうやめて、余生は、将棋関係の執筆や、釣りをしたりして、のんびりすごそうと思った。
趣味と将棋雑誌への掲載の実益をかねて、有名なプロ棋士を自宅に招いては、対談や、対局したりして、それを将棋雑誌に載せていた。鬼五の家には将棋界の問題児、大池重暗、も出入りしていた。
大池は鬼五を親分のように慕い、また、体格もガッシリしていて、鬼五のボディーガード役的な存在でもあった。
将棋界における鬼五の存在は大きかった。
自身アマ六段の実力がある上に、強靭な文体で書くために、将棋関係の人間だけでなく、将棋マニアでない、一般の読者も鬼五の将棋エッセイをおもしろがって読むので、棋界の世間へのアピールにもなるので、将棋界にとっても、鬼五は貴重な存在だった。大山、升田、のような、もはや伝説的棋士とも対局した。
将棋界でも、鬼五は、親分格、黒幕的存在になってしまった。若手の新人がタイトルを獲得すると、家に招いて、対談したり、対局したりした。そして、それを将棋雑誌に載せていた。趣味と実益を兼ねていた。
そして、ある、どえらい天才的新人が、次々とタイトルを獲得し、とうとう、前人未到の七冠王を獲得し、永世棋聖の称号を獲得した。沖縄に生息する毒蛇のような名前だが、きわめて人当たりのいい好青年である。これは、もう、将棋界だけではなく、マスコミ的話題になった。
そして彼は人気女優と結婚した。
彼女は彼と同い年であり、朝の連続テレビドラマのヒロインとして一躍人気を得た。
ある雑誌の対談がきっかけで二人は付き合うようになり、ついに婚約した。
鬼五は二人の結婚の仲人をした。
二人はハネムーンにヨーロッパへ行き、帰国して、鬼五の家に、お礼を兼ねて挨拶に行った。将棋に関する話題は尽きず、気づくともう日は暮れかかり、鬼五の再婚の妻の亜紀子夫人に、今日は、うんと手をかけて御馳走を作りますから、泊まっておいきなさい、といわれ、二人は、その晩、鬼五の家に泊まることにした。
この鬼五の再婚の妻は、鬼五が五十を過ぎてからの再婚であったが、鬼五には、もったいないほどの、つつましい、和服のにあう絶世の美女だった。
その日の夕食は、酒蒸しはまぐり、海老のいそべ焼き、八幡巻き、イクラの紅葉あえ、鯛の白酒焼き、結びやなぎ、日野采の桜漬け、海老のたき込み御飯、若竹汁、であった。
家には、将棋界から追放されている大池も、ひそんでいたが、大池は、世間で脚光を浴びてるこの七冠王にシットし、また、以前、この七冠王と、鬼五の家にきた、彼女に心をときめかせ、プロボーズしたのだが、
「いやよ」
の一つ返事で、あっけなく断られ、愛情の三十%は憎しみに逆転していた。
その晩は、鬼五夫妻と新婚の山賀夫妻の四人のなごやかな夕食となった。鬼五と山賀は、将棋については話題は尽きなかったが、亜紀子夫人が、新婚の二人を慮って、鬼五をはずさせ、食事を下げてから、マロンシャンティーに高級ブランデーを持ってきて、
「となりにお床がのべてあります。お風呂は一階の右手の奥にありますから、遠慮なく、お使いください。では、私はこれで失礼します」
と言って、部屋を出ていった。実に心くばりのある鬼五夫人である。まるで鬼五の小説に出てくる静子夫人みたいである。
 山賀夫妻は、ほんのりほろよいかげんである。そこへいきなり、ズベ公三人と、大池がでてきた。大池は、ズベ公に命じてエミを取り押さえさせると、喉元に刃物をあて、山賀に向かって、
「おい。おとなしくお縄をちょうだいするんだ。さもないと、かわいいワイフがあの世行きだぜ」
とおどす。山賀は、
「おのれ。ひきょうな。お前は、そういう根性だから、将棋界から追放されたんだ。エミにちょっとでもふれたら、ただではすまさんぞ」
と言うと、大池は、ふてぶてしく居直って、
「ふふ。どうすまさんというんだ」
といって、エミに振り返り、
「なあ、エミ。あんなヤサ男のどこがいいんだ。おれと結婚してくれ」
と言って、エミをくどきにかかった。怪力をみせようと二の腕に瘤をつくってみせた。
「フン。あなたなんて最低よ。こんなことが世間に知れたら、どうなると思ってるの。よくそんな頭で棋士がつとまるわね」
と、突き放した口調で言う。
「鬼五先生は日本将棋連盟に顔がきくんだ。先生にとりなしてもらって、プロ棋士になるよ。たしかに、こんなことは犯罪だ。だけど僕はもう、寸借サギまでして、おちるとこまでおちて、もうこわいものなんてないぜ。それより、こんなスキャンダルは君の方で困るんじゃないかな」
と言って、大池はエミににじり寄った。
「なあ、たのむよ。エミ。オレは、君のためなら何でもするよ」
と言って、大池はエミの膝にしがみついた。が、エミはカツンと膝蹴りをくらわした。このいかりの矛先は山賀に向けられた。
「くっ。やい。山賀。いざ、尋常に勝負しろ。エミ。みてろ。ほれ直させてやる」
と言って、大池は将棋盤を持ってきて駒をならべはじめた。大池は内心、自分は無冠の帝王で、実力でなら誰にも負けない、との不敵な自負をもっていた。
一方、山賀も、プロ殺し、などと言われる、このアウトロー棋士を、一回、完膚なきまでに負かして、増長満の鼻をおってやりたく思っていた。山賀は、
「おう。ねがってもないところだ」
と言って、二人は、将棋をさしはじめた。エミは、後ろ手で縛られていて、スベ公三人に取り押さえられている。
「あなた。ガンばって」
とエミが声援する。この声援は新郎よりもむしろ、敵の闘志と憎悪を燃え立たせた。山賀は、手堅く、矢倉居飛車戦法できた。大池は、
「へっへっへっ。矢倉居飛車ときた。おぼっちゃまのとくいな矢倉居飛車―」
と下品なヤジをとばす。精神的に動揺させようとのコンタンだが、そんなことで動じる七冠王ではなかった。
序盤から、スムーズな展開で、一方的に追いつめ、十分もかからず、大池は、
「ちくしょう」
と言って、駒を盤に投げつけ、投了した。
大池はいきなり立ちあがり、山賀におそいかかり、縛り上げようとした。ズベ公二人をうながして、
「おい、手伝え」
と言った。二人の対戦中、ひそかに縄をゆるくしておいたエミは、縄をふりほどくと、彼女をとりおさえていたズベ公をドンと突き倒した。
「あなた。すぐにケーサツにデンワします。それまで、まってて」
と言って部屋を出た。大池は、エミにつきとばされたズベ公に、ヤツを追え、と言った。で、言われたズベ公はエミの後を追った。
エミは足が早いが、ここは一億二千万もかけた十五部屋もある、さしずめ、ミノタウロスの住むラビリントスである。ある部屋をあけると、ミノタウロスたる団鬼五が、グーグー寝ていた。追手はせまってくる。
「よし。ここは、このヘッポコエロダヌキを人質にとって、ケーサツにデンワするんだ」
と思った。エミは、鬼五の着ているものを全部脱がし、丸裸にすると、鬼五を後ろ手に縛り上げ、その縄尻を、梁にとりつけられていた滑車に通して、ギイギイ引き上げ、縄尻を大黒柱につなぎとめた。そして、抵抗できないようにするため、足首を縛り上げた。さいわい日本刀やら短刀がおいてある。鬼五の蒐集品らしい。
エミは鬼五のほっぺたをピシャリとたたいた。
「あっ。お前は山賀エミ」
「そうさ。お前にセツメイしてるヒマはないんだ。おとなしく人質になっていうことをきくんだ」
といって、短刀のみねを、男の一物の上においた。エミは枕もとの電話をとると110番した。
「もしもしケーサツですか。ここは、ヨコハマの変態作家、団鬼五の家です。今、あの大池が、とんでもないショーガイザタをおこしてまして、きてください」
「よし。わかった」
鬼五は当惑した。何たって、こんなことに。
「ふー。あとはケーサツがきてくれるのをまつだけだ」
エミは、やっと肩の荷がおりた安堵感で、ほっと一息、胸をなでおろした。もう安全である。裸で縛られてる鬼五をみていると、エミの心に、正義感も、ちょっぴり加わったイタズラ心がおこってきた。
エミは以前、鬼五の小説を読んで、生理的ケンオ感を作者の鬼五にもっていた。女を裸にして、ヘンタイじみたことをする話や、そんな感性をもった鬼五を内心、身の毛もよだつ思いで、ゾッとしていた。あんな悪魔小説を世に出すヤツは、こらしめねば、と内心、思っていた。
「やい。エミ。何だってこんなことしやがるんだ。はなしやがれ。なんで仲人をしたオレにこんなことをするんだ」
「ふん。今まで笑顔で接してたけど、内心では、ゾッとしていたんだよ。あんな犯罪を何とも思わないズベ公や大池を、かっとくくらいだから、たたけば、ほこりもでるだろう。変態作家、団鬼五のさいごってやつさ」
エミは、おかしさにこらえきれず、クスクス笑いたした。
「ふふ、小きみいいったらありゃしない」
エミは、鬼五の玉をけった。
「ひいー。いたい。いたい。やめろ」
「ふふ」
エミは鬼五の耳をつねったり、鼻をひねったり、ヘソに短刀をあてたりした。エミのオテンバ、Sのイタズラ心がむくむくおこってきた。
「さあ。こういいな。エミ女王様。わたくしがわるうございました。どうかおゆるしください」
「何だってオレがそんなこといわなくちゃならないんだ」
「ゴチャゴチャうるさいよ。理屈をいうんじゃないよ。いわないんなら、もう一回タマをけるよ。こんどは本気でけるよ」
鬼五が口を開かないので、エミは、近くにあったムチをとり、鬼五の尻をピシッとたたいた。
「ヒイー」
鬼五の悲痛な悲鳴が上がる。
「ほら、いうのか、いわないのか、どっちなんだよ」
といって、エミは鬼五の頬をピシャンとたたいた。
「エ、エミ女王様。わたくしがわるうございました。どうかおゆるしください」
鬼五は、弱々しげな口調で、エミに命じられたセリフを言った。
攻撃は強いが、防御が弱いボクサーがいるが、鬼五は、その典型だった。
「心がこもってないよ」
とエミは再び、ぴしっとムチでたたいた。鬼五は悲痛な悲鳴を上げて、泣きじゃくりながら、おどろに乱れた黒髪を振り乱してもう一度言った。
「エ、エミ女王様。わたくしがわるうございました」
くやし涙が一筋、鬼五の頬を伝わりおちる。オニの目にも涙。
その時、大池とズベ公が戸を開けて、入ってきた。
「あっ。先生。何たることに…」
「近づくんじゃないよ。近づくと、この、のらくら包丁でタマをちょん切るよ。もう、とっくにケーサツにデンワしたから、すぐにかけつけてくるよ。それまで、こいつは人質だよ」
と言って、エミは、鬼五の屹立した一物の上に備前長船をのせた。(こういう時に屹立するとはどういうことか。一見、完全なSで通っていた鬼五にも、実はかくれたMの気があったのだろう)
だが大池は、腕組みをして、ふてぶてしく笑った。
「ふふ。エミ。どうせお前がすぐケーサツにデンワするだろうと思って、お前が部屋をとびだした後、すぐに、ケーサツ署長にデンワして、『これからビデオの撮影、で、ケーサツに助けを求めるデンワが入りますが、お芝居なのでどうか、ご了承ください。』といっといたんだよ。ケーサツ署長は、鬼五先生の奥さまの、お父さんで、鬼五先生は、署長と顔見知りで、一緒に、よく酒を飲みにいったりするんだよ」
「おお。大池。おまえはやることにぬかりがないな。よくやった」
と鬼五は、ほくそえんでいう。
「ま、まさか」
といってエミが青ざめ、ひるんだ瞬間、ズベ公二人がエミにおそいかかり、刀をうばいとるや、後ろ手に縛り上げてしまった。そしてすぐに、ズベ公は鬼五の縛めを解いた。
鬼五は大急ぎで浴衣を着た。そして、エミの前にデンと胡座をかいて座り、ズベ公に目くばせした。
ズベ公はエミの縄尻を、梁にかかった滑車に通し、縄尻の先を大黒柱につなぎとめ、エミを立ち縛りにしてしまった。エミは、縄ぬけしようと、もがいてみたが、さっき、縛られた時、縄ぬけされたため、ズベ公は、今度は絶対ぬけられないよう、きつく、スキなく、幾重にも、キビしく縛り上げたため、どうもがいてもムダだった。
ズベ公は、エミのスカートのチャックをはずし、スカートを、むりやり剥ぎ取った。
エミの清楚なパンティーと、それにつづく美しい形の脚があらわになった。羞恥心が、何とか、みられることから守ろうと脚を寄せ合わせる。
鬼五によびよせられて、大池も鬼五の近くにドンとすわり、捕り物の仕事を終えたズベ公も加わって、エミは円座の中心で、立ち縛りで、悪鬼どもの野卑な視線を浴びる晒し者の立ち場になった。
だが、心は決して屈していなかった。
「ふふ。エミ。よくも女だてらに、すばらしいことをやってくれたじゃねえか」
と、立場が逆転した鬼五は、余裕綽々とした口調で、口元をニヤつかせて言う。
「フン。ヘッポコ変態エロダヌキ」
「何だと、このアマ」
と言って、大池はエミにおそいかかろうとしたが、
「まあまて。大池。こういう鼻っ柱の強いヤツほど実は色責め、が面白いんだ」
と言って、鬼五はニヤつきながら、大池を制した。
大池は鬼五の方をみて、相好をくずし、
「へへ。先生。このアマ。どう責めやしょう」
「おう。いわずもがなよ。わしにこんな狼藉をはたらいた女ははじめてよ。いわれずとも、これから、こってりと責めてやるさ」
「フ、フン。小説で、やってるようなことを本当にやったら手がうしろにまわるのはお前たちの方だよ」
といいつつも、エミは、小刻みにパンティーからつづく脚を寄せ合わせ、カタカタと全身を震わせている。
「ふふふ。たしかに犯罪だな。だが親コクソだぜ。はたしてコクソできるかな」
と大池がうす笑いでいう。
「フ、フン。こ、こわかないよ」
といいながらも、エミは、カタカタ体を震わせている。
大池はエミににじり寄って、態度をガラリとかえた、あまえた口調で、
「なあ。エミ。おれのせつない気持ちをうけいれてくれ。おれは、君のためなら奴隷になってもいいんだ」
といって、腿にふれようとした。エミはカツンと膝げりをくらわした。
「触れるんじゃないよ。この変態コンビ。ニタモノ親子丼」
「クッ。このアマ。かわいさあまって憎さ百倍ってやつだ」
といって、パンティーをひきずりおろそうと、ゴムに手をかけた。
「まあまて。大池。こういう鼻っ柱の強いヤツほど、じっくり気長にいくのが面白いんだ」
二人は顔を見合わせて、
「ふふふ」
と笑いあった。鬼五が、
「ほな、ぼちぼちいくとするか」
といった。その時、大池は何か、思いついたらしく、
「へへ。親分。最高の責め、をおもいつきましたぜ」
といって、鬼五に、その内容を耳打ちした。鬼五は、
「なるほど。そいつは面白い」
といって、
「ふふふ」
とふきだし笑いした。大池は、ズべ公に言って、山賀を連れてこさせた。
後ろ手にキビしく縛り上げられた山賀が、ズベ公二人に取り押さえられて、入ってきた。二人の視線が合うと、エミは、
「あなた」
と弱々しくいった。山賀は瞬時に大池に憎悪の目を向けると、
「クッ。大池。きさま、というやつは」
といって、鬼五にふり返り、
「先生。こんなことは、やめさせて下さい」
鬼五は、やや照れくさそうに笑って、
「山賀君。すまんな。君には、うらみはないが、君の女房は、わしに煮え湯を飲ませたんだ。天下の鬼がコケにされた、とあっては、すまんのだ。それに、わしは君のようなエリート棋士は、あまり好かん。わしは、大池のような無手勝流が、好きなんじゃ」
「先生。妻の失礼のバツは私がうけます。いかようにもすきなように責めなぶってください。そのかわり、どうか、妻はゆるしてやって下さい」
「ああ。あなた。ゆるして。私が、図にのってしまったばかりに。こんなことになってしまって」
といって涙を流した。
「君のせいじゃない。卑劣な大池がわるいんだ」
「何だと。きさま。ぽっとでの新人のくせに。よーし。じゃあ。つぐなってもらおうか。では、まず指裂き責めだ。ふふ。苦労しらずのエリートぼっちゃんがどこまで耐えられるかな」
といって大池は指を裂きはじめた。ハンバできたえたバカ力である。
山賀は、
「ああー」
と悲痛な叫びを上げた。
「ふふ。もう、ピシャリとカッコよく駒をさせねえよう、引き裂いてやる」
大池は責めの力を強めた。
「次はペンチで爪をひきはがすとするか」
「ああ。大池さん。ゆるして。私が悪いのですから、私を責めて下さい。なんなりと」
「ふふ。愛し合う者どうしの美しい、かばいあい、ってわけかい。じゃあ、何でもいうことをきくか」
「き、ききます」
「よーし」
といって大池はニタリと笑った。
「ふふ。安心しな。お前を裸にしたりなんざしねえよ。そのかわり、お前が亭主にこうするんだ」
といって、大池は、ヒソヒソとエミに耳打ちした。それをきくや否や、エミは、
「ああー。そ、そんなこと」
といって、はげしく首を振った。
「ふふ。したくねえなら、しねえでいいぜ。亭主が痛い目をみるだけだ」
といって、再び山賀のもとに来て、グイと右手の指をムズとつかんで、今まで以上の力を込めて、指裂きの責めをはじめた。
「ああー」
涙がでている。
「ふふ。温室そだちのぼっちゃんのわりには、がんばるじゃねえか」
「や、やめて。や、やります」
耐えきれず、エミは叫んだ。
「そうかい。じゃあ、やりな」
大池は、責め、をやめ、ドッカと胡座をかき、さもうれしそうに、ニヤニヤ、エミを見ている。
だがエミは困惑した顔つきで、なかなか行動する勇気がもてない。
待っても、行動しないエミに業を煮やした大池が、
「ほれ。とっととやらねえか。そうかい。やらねえのかい。そんなら、亭主の指を裂くまでだ」
と言って、再び山賀の右指をムンズとつかんだ。咄嗟にエミは、
「や、やります。やりますから、やめて!!」
と叫んだ。エミはしばらく心内の苦悩に口唇を噛んでいたが、とうとう決断して重たい口を開いた。
「よ、よしお。ここへきな」
といって、彼女は耐えられず、
「ああ」
と苦悩のコトバをもらした。そして、声を震わせながら、
「さ、さあ、はいつくばって足をお舐め。わ、私のかわいい奴隷」
といって、
「ああー」
と泣いた。夫は言われた通り、はいつくばって言われた行為をした。
「ほら。つぎ」
と、大池にせかされて、エミはコトバをつづけた。
「ほら。奴隷らしくしっかりきれいに舐めるんだよ」
彼は奴隷のように、大切そうに足指の股を一本一本ていねいに開いて、舐めている。
「あ、あんまりだわ」
と言って彼女は、大池に、悲しみの目を向けた。が、大池の表情には、とりあう気持ちなど全く見られない。
「ほら。つぎ」
と、また大池にせかされて、エミはコトバをつづけた。
「さあ、こ、こんどは左足をお舐め」
エミは、泣きじゃくっている。
「エミちゃん。いいんだよ。僕は君のためなら、こんなこと何でもないんだよ」
「ほら、ああ、言ってるじゃねえか」
エミは目を閉じて、むせび泣いている。ポタポタと真珠のような大粒の涙が、止まることなく頬を伝わりおちている。
「ふふ。何で泣く。前から、お前が、したがっていたけど、できなかったことをかなえてやってるんじゃねえか。うれしいのに泣くってのは、どんな料簡だ」
といわれて、彼女の涙は、いやがりつつも、たしかによろこびの感情がおこった自分を責める涙にかわった。
大池はピンと張りつめられた縄尻の先を大黒柱からはずして、しゃがめるくらいのゆとりをもたせてから、再び縄尻の先を大黒柱に固定した。
「さあ、次は」
といって、大池はまた小声でエミに耳打ちした。
「ああー」
といってエミは泣いた。
「さ、さあ。お、お前は、人間ザブトンだよ。お尻をのせてやるから、しっかり、ニオイをお嗅ぎ」
といって、おそるおそる夫の顔の上に腰掛けた。
エミはとうとう耐えられなくなって、飛び跳ね、ちぢこまり、ああ、自分は百年に一度、出るか出ないかの、天才で、自分には、もったいないほどのハンサムな君に、こんなことをしてしまいたい、なんて思う自分に、そして、してしまった自分に、はげしい自己ケンオがおこり、泣きじゃくりながら、
「あなた。どうか私を捨ててください。私は、こんな女なんです。私を捨てて、もっと、ふさわしい人とむすばれて下さい」
「いいんだよ。エミちゃん。僕は、そんな君も好きなんだ」
山賀はひたすらエミを庇おうとする言葉をかける。
その時、鬼五の妻が入ってきた。
「あなた。いったい何をなさっているの」
「いや、わしは、その」
とヘドモド言いためらって、
「大池がわるいんだ」
と言った。
「大池さん。あなた、そんなことする人なら、うちの父のケーサツ署長にいいますよ。それと、あなた、こんなことを注意しないような人なら、離婚しますよ。私は本気です」
夫人に注意された鬼五は、
「ちっ。しゃーないな」
と言ってスゴスゴと逃げるように部屋を出て行った。
鬼五の唯一の泣きどころであった。

   ☆   ☆   ☆

ふたりは、無事もとの生活にもどった。
ある日の朝食。
彼女は、鼻歌交じりに、おぼえたてのクリームシチューを作った。
「さあ、あなた、おいしい」
女は立ち直りがはやい。
「あなた。寝癖の毛はちゃんと梳かさないとだめよー」
などと言ってクスクス笑っている。
「今度の試合、負けないでね。負けたら浮気しちゃおっかなー」
とムジャキに笑っている。この時、若者に、はじめて、妻に対して、やさしいイジワルとでもいうような気持ちが起こってきて、内心で微笑した。
「はい。女王様。全力をつくしてガンバリます」
とたんに、彼女はあの時の悪夢を思い出して表情をこわばらせた。
「い、いや。おねがい。そのことは、もういわないで」
若者は、どこふく風と、聞きながした。
「だって僕、勝つ自信ないし、エミちゃんに、みすてられたら、つらいもん」
といって、テーブルから降り、四つん這いになった。
「な、なにをするの。おねがい。もうやめて」
若者は、少女の、美しい貝殻のような爪をみて、清流に洗われたような潤いのある足の指を、あの時のように、そっと開いた。
「おねがい。やめて」
彼女は、泣きはじめた。若者は、聞く耳をもたない。
「あなたは、僕の女王様ではないですか。さあ、どうか、あの時のセリフで命令してください」
少女は、体を震わせながら泣いた。恥ずかしさ、の、なかに、心をみすかされることを、そして、心のわだかまり、が、とれたような、そして、ちょっぴり、本心を込めることに、つらい快感を、いじめられる安堵感を、少女は目を閉じ、声をふるわせながら、涙を一筋ながしながら、そのコトバを言おうとした。
「さ、さあ、はいつくばって足を…」
だが、その先はどうしても出てこなかった。
「おねがい。ゆるして。もうやめて」
少女は、言えず、泣きくずれた。テーブルから落ちて、床に座りこんで、クスン、クスン、と泣いている。
「ゴメン。エミちゃん。ごめん」
若者は少女の肩を抱いた。
朝日が朝食の主のいないテーブルをいざなうように、二人きりの部屋をつつみこんでいた。