初恋                              目次へ
         ツルゲーネフ
 それはある冬の日だった。私は近くのコンビニへいった。もちろん私は、カップラーメンにお湯をそそいでつくる以外、何も料理などつくれないので、いつものようにコンビニへ弁当をかいにいった。アルバイトの店員の女の子が二人いる。二人できりもりしている。最近は女二人で何かやるというのがはやっている。もちろん、店の服はキタない。それが逆説的に美しい。ジーパンと、ほどよく茶色にそめた髪が似合っている。私はひそかに思う。彼女の手にふれられる品物になれたらと。その店には多くの男達が出入りする。彼女達はその店で女王のように君臨する。そしてどの男をも愛さない。しかし、その氷のようなつめたさ、冷静な立ち振るまいがまた魅力的なのだ。私はカッパエビセンとカールとコーヒー牛乳とカップヤキソバと弁当の入ったカゴをレジにだす。
「あたためますか?」
と聞くので、相手をみずに、
「はい」
と答える。電子レンジがビーとまわる音がする。彼女はバーコードをチェックして、代金のボタンをかろやかなリズムでピピピのピッとおす。
「1137円です」
私は1150円わたす。彼女はまたピピピのピッとやって13円おつりをわたしてくれる。私は冬は手がカサカサになる。が、おつりをうけとる時、ほんの一瞬、彼女の手先が私の掌にふれるが、うるおいのあるみずみずしい手。私はおつりをサイフにしまって品物の袋をもって店をでる。彼女は営業用スマイルで、
「ありがとうございました」
と言う。私はポーカーフェイスをよそおっているが心の中では、
「さようなら。きれいなおねえさん」
と言っている。こうして僕の初恋はおわった。






   老人の女神
   (パソコンインストラクター)
 あるおじさんがいました。おじさんは、自分の専門の仕事はわかるけど、パソコンは、わからないのでした。それで勇気を出してパソコン教室へ行ってみました。今時こんなことも知らないのか、と、ひややかな目でみられ、笑われるのではないかと内心ビクビクしていました。しかしパソコンスクールの女性インストラクターは、森高千里みたいな、きれいな人で、たまをころがすようなきれいな声で、ていねいに教えてくれるのでした。人をみくだしたり、あざける心などなく、万人に平等にわかりやすく教えてくれるのでした。おじさんは、先生という職業は、仮面をかぶっているのだから、彼女が内心では、
「今時、こんなこともしらねーのか、トロイジジイ。」
と、思っているのじゃないかと心配になってきました。キーボード入力とか、ファイルの移動とか、むつかしいのでした。とうとうおじさんは、耐えられなくなり、インストラクターの前に、
「わたしは、あなたの思っているとうりのトロイジジイだ。表面的な笑顔をしつつ、心の中ではあざ笑うようなネチネチしたいじめには耐えられない。わらってくれ。」
と身をなげだしました。その時、きれいなパソコンインストラクターは、仏のような慈悲のまなざしで老人の手をとり、
「そんなことをしてはいけません。」
といって、老人をたたせ、
「どこがわかりにくいのですか?」
と言いましたそのコトバには人をみくだす心などみじんもない慈悲の心がありました。
「おお。あなたこそは仏様の生まれ変わり、弥勒菩薩だ。ありがたや。もったいない。」
と言って老人は手を合わせて拝みました。
「私はあなたのお声をいただくのももったいない。」
と言って老人が去ろうとすると、インストラクターは、
「パソコンはカンタンですからもうちょっとガンバリましょう。」
といってくれるのでした。老人は随喜の涙をながしました。そこには仏の心をもった女神がいるように老人にはみえたからでした。






   蜘蛛と蝶と釈迦
 釈迦は歩く時、虫を踏まないよう足に鈴をつけていた・・・とのことである。蜘蛛の巣にかかった蝶を蜘蛛が食べようとしているのを見た釈迦はその時どうするでしょう?
(蝶も生きたいし、蜘蛛も生きたい)
蜘蛛は蝶に向かって言った。
「ゴメンネ。僕、君を食べなきゃ生きていけないんだ」
蝶は、「私も生きたい。死にたくない」と言った。
それを釈迦が憐れみの目で見ていた。蝶は釈迦にすがるように言った。
「お釈迦様。私を助けて下さい」
釈迦は言われた。
「こわがらなくてもいい。あなたは今日、やがて私も行くニルバーナに行く」
蝶は静かに、「わかりました」と言った。





うらしま太郎

ある浜辺の町です。
そこには、うらしま太郎、という、18歳の、心の優しい男がいました。
うらしま太郎、は、小学生の頃から、野球が好きで、リトルリーグで、野球をしていました。
うらしま太郎、は、ピッチャーでした。
そして、中学も、野球部で、活躍し、高校は、A高校、という、あまり、強豪校ではない、地元の高校に入りました。
そして、一年生から、エースとして、活躍しました。
浦島は、一年の時から、プロ野球のスカウトに、目をつけられていていました。
浦島は、1年生、2年生、3年生、と、A高校の、エースとして、活躍し、A高校は、3年連続で、夏の甲子園大会で優勝しました。
もちろん、セ・パ・両リーグ、12球団の、全てのチームが、彼に目をつけていました。
そして、浦島は、ドラフト会議で、横浜DeNAベイスターズに1位に指名されて、横浜DeNAベイスターズに入団することが、決まりました。
浦島太郎、は、来シーズンからの、プロでの、活躍のため、毎朝、浜辺を、10kmランニングしていました。

ある日、うらしま太郎が、浜辺をランニングしていた時です。
浜辺で、子供たちが、大きな亀を、いじめていました。
「やーい。やーい。ドン亀」
と、子供たちは、囃し立て、棒で、巨大な亀を、叩いていました。
「こらこら。君たち。そんな、可哀想なことを、するものじゃないよ」
と、うらしま太郎、は、子供たちを諌めました。
「うわー。逃げろー」
子供たちは、うらしま太郎、に、叱られて、蜘蛛の子を散らすように、逃げていきました。
あとには、亀が残されました。
「ああ。ありがとうございました」
亀は、助けてもらった、お礼を言いました。
「あ、あの。お名前は?」
亀が聞きました。
「私は、うらしま太郎、と言います」
うらしま太郎、は、答えました。
「あ、あの。助けてもらった、お礼をしたいのですが・・・」
亀が言いました。
「いいよ。別に。そんな、お礼なんて。ただ、子供たちに、注意した、だけだから」
と、うらしま太郎、は、言いました。
「いいえ。それでは、私の気がすみません。どうか、ぜひ、私の背中に乗って下さい。竜宮島に、ご案内、いたします。とても、いい所ですよ」
亀は言いました。
「そうかい。わかった。それじゃあ、ちょっと、その、竜宮島、という所に行ってみるとするか」
「ありがとうございます」
そう言うと、亀は、ノロノロと、海の方へ、歩んで行きました。
「さあ。うらしま太郎、さん。私の背中に乗って下さい」
亀は、そう、うらしま太郎、に、促しました。
浦島太郎は、大きな、亀の甲羅の背中に乗りました。
亀は、海の中に、入ると、スーイ、スーイ、と、泳ぎ出しました。
亀の背中に乗って、海上を走るのは、なかなか、快適でした。
水上バイクに、乗っているような気分です。
やがて、島が見えてきました。
「さあ。着きました。あれが竜宮島です」
亀が言いました。
浦島太郎は、亀の背中を降りました。
亀は、陸に上がると、また、ノロノロと、歩き出しました。
そして、ある家の前で、止まりました。
チャイム、と、ドアホーンは、家の下の方に、設置されていました。
亀は、チャイムを、鼻の先で押しました。
そして。
「乙姫さまー。ただいま、帰りました」
と、亀は、大きな声で叫びました。
すると。
「はーい」
という、声がして、家の中で、パタパタと、足音が聞こえました。
そして、家の戸が、開きました。
自分と同い年くらいの可愛い少女が、出てきました。
「お帰り。亀蔵」
と、少女は、言いました。
「乙姫さま。ただいま、帰りました」
亀が、言いました。
乙姫は、亀の横に立っている、男に、すぐに、視線を向けました。
「あら。この方は誰?」
少女は、亀に聞きました。
「乙姫さま。この方は、浦島太郎さま、といいます。この方は、私が、浜辺で、子供たちに、いじめられている所を、救ってくださったんです」
亀は、乙姫に、そう説明しました。
「そうだったのですか。浦島さま。それは。それは。どうも、ありがとうございました。この亀は、亀蔵と言って、私の大切なペットです。ぜひとも、お礼をしたいので、どうぞ、お上がり下さい」
そう言って、乙姫は、浦島太郎に、恭しく、頭を下げました。
「い、いえ。私は、ただ、この亀が、子供たちに、いじめられているのを、注意しただけです」
浦島は、恩着せがましいのが、大嫌いな性格だったので、照れくさくなって、慎ましく言いました。
しかし、乙姫の、家に、上がるのを断る理由もないので、浦島は、乙姫の家に入りました。
「浦島さま。亀蔵を助けて下さってありがとうございます」
「い、いえ。別に、子供たちに注意しただけです」
「お礼に、手によりをかけて、食事を作りますので、どうか、食べていって下さい」
「はい。わかりました」
そう言って、乙姫は、キッチンに行きました。
しばし、食卓で待っていると、乙姫が、料理を持って、やって来ました。
乙姫は、セクシーなビキニに着替えていました。
浦島は、思わず、うっ、と、興奮しました。
乙姫が、あまりに、セクシーだったからです。
乙姫は、料理を出しました。
それは、海の幸、山の幸、が、豊富な、とても、美味しい、料理でした。
食事が済むと、乙姫は、
「では。この町を案内いたしますわ」
と、言って、ワンボックスワゴンに、浦島を乗せて、島を一周しました。
島は、周囲1kmで、西には、きれいな絶景がありますので、どうか、ご覧になっていって下さい、と、言って、乙姫は、浦島を、西ガ浜に、連れて行きました。
そこは、とても、美しい、風光明媚な、眺めでした。
浦島は、離れ小島に、小旅行に、来たような、感覚になりました。
「ちょっと、待ってて下さい」
そう言って、乙姫は、ブラウスとスカートを脱いで、ビキニ姿になると、ドボンと、海の中に入りました。
「私、素潜りが出来るんです」
そう、乙姫は、ニコッと、笑って、言いました。
そして、海中に潜って行きました。
しばしして、乙姫は、アワビとサザエを持って、浮かんできました。
そして、島を一周すると、乙姫は、家にもどってきました。
「浦島さん。どうぞ。お風呂にお入り下さい」
乙姫に、促されて、浦島は、風呂に入りました。
(あー。いい湯だ)
浦島は、しばし、いい気分で、湯に浸かっていました。
しばしして、浦島は、体を洗おうと、浴槽から出ました。
すると、その時です。
ガラリ、と、戸が開いて、乙姫が、浴室に入ってきました。
ビキニ姿です。
浦島は、びっくりすると、同時に、ドキンと、しました。
「浦島さま。お背中を、お流し致します」
そう言って、乙姫は、体を洗おうと、湯船から、上がった、浦島の、背中を、スポンジに泡をつけて、キュッ、キュッ、と洗って、お湯で流しました。
「ど、どうも有難うございます」
そう言って、浦島は、また、湯船に入りました。
「あ、あの。浦島さま」
「はい。何でしょうか?」
「あつかましい、お願いですが。私も、一緒に、お風呂に入っても、よろしいでしょうか?」
「え、ええ」
浦島は、気が小さいので、乙姫の、申し出を、断ることが出来ませんでした。
乙姫は、ビキニを脱いで、裸になり、浦島と一緒に、浴槽に入りました。
「湯加減は、いかがですか?」
乙姫が聞きました。
「え、ええ。いいです」
浦島は、顔を真っ赤にして、答えました。
そうして、しばし、乙姫と、湯に浸かった後、風呂から上がりました。
浦島は、何だか、自分が、本当に、伽話の、「浦島太郎」、の、話、の主人公になっているような気がしてきまた。
しかし、いつまでも、島に居るわけには、いきません。
「乙姫さま。今日は、どうも有難うございました。そろそろ、帰ろうと、思います」
浦島が、言いました。
「浦島さま」
「はい。何でしょうか?」
「あの。ここは、週に一回しか、本土と往復する、定期船が出ていません。今日が、その日で、浦島さまが、この島に来られる1時間前に、来て、物資を届けて、本土に、もどってしまいました。なので、7日、待って頂けないでしょうか?」
乙姫が言いました。
「そうですか。それでは、仕方が、ありませんね。では、7日、ここに泊めさせて頂けないでしょうか?」
浦島太郎が言いました。
「ええ。ごゆっくり、おくつろぎ下さい」
乙姫は、ニッコリ笑って、言いました。
「乙姫さま。ところで、乙姫さまの、お父さん、や、お母さん、は、どうしているのですか?」
浦島が聞きました。
「母は、私が、幼い頃、膵臓ガンで死んでしまいました。父は、漁師で、この村の村長です。しかし、最近、体の具合が、悪いので、本土の、病院に、精密検査してもらうため、今日の定期船で、本土に行きました」
乙姫が言いました。
「そうなんですか。大変なんですね」
浦島は、乙姫を可哀想に思いました。
その夜、浦島は、乙姫の家に泊まりました。
翌日。
乙姫は、カレイの煮つけ、と、みそ汁、と、ご飯、の朝食を浦島に、出しました。
浦島が、乙姫と朝食をしている時です。
「乙姫さま。おはようございます。これから漁に出ますが、お父さんが、来ていませんが、どうしたのでしょうか?」
一人の、太った漁師が、やって来て、乙姫に聞きました。
「父は、本土の病院で、精密検査を、受けるため、昨日の定期船で、本土に行きました」
乙姫が言いました。
「そうですか。それは、困ったな」
太った漁師は、眉間に皺を寄せて、独り言を、呟くように言いました。
「ああ。そうだったわ。困ったわ。父がいないと、漁が出来ないわ・・・」
乙姫も、独り言を、呟くように言いました。
浦島は、一宿一飯の恩義を返す情を持っていたので、乙姫に、親切に、もてなしてもらったお礼も兼ねて、昨日から、乙姫に、何か、お礼をしなければ・・・と、思っていました。
「あ、あの。私でよければ、何か、役に立てれることがあれば、手伝いますが・・・」
心の優しい浦島は、そう申し出ました。
「本当ですか。それは助かります」
そう言って、浦島は、太った漁師と一緒に、漁港へ行きました。
漁港は、別の、一人の痩せた漁師がいました。
「おーい。村長は、昨日、本土の病院で、精密検査を受けるため、定期船で、本土に行ってしまったそうだ。その代わり、この方が、仕事を手伝って下さるそうだ。うらしま太郎、さんだ」
そう、太った漁師が言いました。
「いやー。それは、助かります。何分、人手が、ないもので」
痩せた漁師は、言いました。
「いえ。私は構いません。しかし、私でも出来ますか?」
うらしま太郎、は、聞きました。
「ええ。カツオの一本釣り、です。簡単ですよ」
と、漁港にいた、痩せた漁師が言いました。
こうして、浦島は、漁師の手伝いをすることになりました。
こうして、漁師二人と、うらしま太郎、を、乗せた漁船は、海に出ました。
カツオの一本釣り、は、簡単でした。
面白いように、カツオが、とれました。
(こういう、農林水産業こそ、日本の国力なのだな)
と、うらしま太郎、は、実感しました。
夕方、大漁で、船は、島に戻ってきました。
「いやー。浦島さん。有難う。人手が足りなくて。どうしようかと思っていたんです。今が、漁の最盛期ですからね」
と、漁師は、うらしま太郎、に、礼を言いました。
「浦島さん。どうも有難うございました」
家に帰ると、乙姫も、深々と頭を下げて、感謝の意を表しました。
その日も、浦島は、乙姫の、もてなしで、豪勢な、夕ご飯を食べました。

その夜。
浦島が、寝ていると、そーと、寝室の戸が開きました。
浦島は、びっくりしました。
乙姫でした。
「あっ。乙姫さま。何の用ですか?」
浦島は聞きました。
「あ、あの。浦島さん。今日は、漁を手伝って下さって有難うございました。あ、あの。お礼として。私でよければ、好きなようになさって下さい」
そう言って、乙姫は、寝間着を脱いで、裸になって、浦島の蒲団の中に、入ってきました。
浦島は、心が優しいので、女に恥をかかすことが、出来ないので、乙姫を、そっと抱きました。
抱いているうちに、だんだん、浦島は、興奮してきました。

翌日も、浦島は、漁を手伝いました。
浦島の心境が、変わり始めていました。
(プロ野球選手なんて、何も生産していない。自分のやりたいことをやって、世間の喝采を受け、莫大な年俸をもらっている。あんなのが、本当に、仕事といえるのだろうか。それよりも、こうやって、汗水たらして働くことこそ、本当の労働と言えるのではないだろうか?プロ野球選手なんて、世の中にいなくても、国民は生きていける。しかし、こういう、第一次産業で、食料を、生産したり、捕獲したりする人が、いなければ、国民は、生きていけないのだ)
浦島は、誠実な性格でしたので、そんなことを、考えていました。

こうして、ようやく、定期船が来る日が来ました。
「乙姫さま。一週間、色々と、有難うございました」
浦島は、深々と頭を下げて、乙姫に別れの挨拶をしました。
乙姫は、暗い顔をしています。
「あ、あの。浦島さん。大変、残念ですが、台風が近づいていて、時化になりそうなので、定期船は、危ないので、来ない、そうです」
そう、乙姫が言いました。
浦島は、ショックを受けました。
しかし、時化では、仕方ありません。
「そうですか。それじゃあ、仕方ありませんね」
浦島が言いました。
「それと、本土の病院からの連絡で、わかったことなのですが、父は、脳梗塞があって、本土の病院で、当分、リハビリをしなければ、ならない、そうです」
乙姫が言いました。
「そうですか」
浦島は、仕方なく、次回の、定期船が来るのを待つことにしました。
というより、本土に帰るには、それしか、方法がありません。
浦島は、漁の無い日は、他の漁師と一緒に、網の修理、や、船の清掃、などの仕事をして過ごしました。
その後も、定期船が、来る日は、なぜだか、海が時化て、定期船は、来ませんでした。
浦島は、島の、漁の人手不足が、可哀想で、毎日、漁を手伝いました。
そうして、3週間が経ちました。
今日は、定期船が来る日です。
「乙姫さま。色々と、有難うございました。とても、楽しい日々でした」
浦島は、深々と頭を下げて、乙姫に別れの挨拶をしました。
すると、乙姫は、暗い顔をして、重たげな口を開きました。
「あ、あの。浦島さま」
「はい。何でしょうか?」
「あ、あの。浦島さん。とても、言いにくいことなんですけれど。昨日、妊娠検査薬で検査した所、お腹に、私と、浦島さんの、赤ちゃん、が、出来ました。浦島さんには、ご迷惑をおかけしたくないので、中絶しようと思います」
乙姫が言いました。
浦島は、ショックを受けました。
「乙姫さん。あなたは、産みたいのですか、それとも、中絶したいのですか?」
浦島が乙姫の意見を聞きました。
「私は、産みたいです。だって、浦島さんは、優しいし、私は、浦島さんを、愛していますもの」
乙姫が言いました。
「わかりました。それなら、産んで下さい。私が働いて、養育費は支払います」
浦島は、心が優しいので、自分の事より、乙姫の希望を優先させました。
こうして、浦島は、漁を手伝いながら、竜宮島で過ごしました。
10カ月して、乙姫は、女の、赤ちゃん、を、産みました。
浦島は、責任感が強いので、生まれてきた子供の父親となり、そして、乙姫と結婚しました。
浦島は、女を妊娠させておいて、スタコラさっさ、と、逃げ出す、今時の若者とは違って、人間としての、責任感が強かったのです。

それから、二カ月が経ちました。
浦島は、乙姫の夫となり、そして乙姫の子の父親となり、そして、一人前の漁師になっていました。
うらしま太郎、は、予定していた、横浜DeNAベイスターズに入団して、プロ野球選手になることは、あきらめました。
ある時、漁から帰ってきた、浦島に、赤ちゃん、を、抱いて、乳をやっている乙姫が、語り始めました。
「あ、あの。あなた。話したいことがあるの」
「何だい?」
「実はね。一年前に、あなたが、ここへ来たでしょ。亀に乗って」
「ああ」
「あれはね。実は。私が仕組んだことなのです」
「どういうことなの?」
「あなたが、いつも、浜辺を、朝ランしているのを、私は知っていました。それで、あなたが、朝ランする時間に、亀に、その通り道にいるよう、命じたのです。それで、村の子供たちに、亀を、いじめるよう、私が、頼んだのです。あなたは、心が優しいから、きっと、亀を助けてくれる、と、思っていました。案の定、あなたは、亀を助けてくれました」
浦島は、目を白黒させて、乙姫を見ました。
「でも、どうして、亀は、人語を、話せたんだ?あの時は、疑問に思わなかったが、今、考えてみると、不思議だな」
浦島は、聞き返しました。
「それはね。亀の甲羅の中に、小型の、スマートフォンを、取り付けておいたの。それで、亀をいじめた、子供たち、が、スマートフォンで、物陰から、あなたを見ていて、子供たちに、喋らせたのです」
乙姫は言いました。
「なるほど。そうだったのか。でも、どうして、君は、僕を、この竜宮島へ来させたんだ?」
浦島が聞きました。
「あなたが好きだったから」
乙姫は、顔を赤くして言いました。
「どうして、僕のことを、知っているの?」
浦島が聞きました。
「あなたは、A高校の、ピッチャーだったでしょ。夏の甲子園大会の、地区予選では、あなたが、投げるのを、私は、何度も、応援しに行きました。あなたは、すごく、素敵だったわ。あなたを、一目見た時から、私は、あなたに、恋してしまったのです。でも、私の父は、この島を愛していて、私も、この島が好きなのです。なので。あなたに、この島へ来て、私と結婚して、この島に住んで、欲しかったのです。でも、そんなことを、あなたに言っても、あなたは、絶対、そんなこと、してくれないでしょ。だって、あなたは、学校中、いや、日本中、の、女子学生みんなに、モテモテだし、プロ野球選手になったら、あなたは、きっと、奇麗な、女子アナウンサーと結婚してしまうでしょ。私では、きれいな女子アナには、とても、かなわないもの。でも、私は、あなたと、どうしても、結婚したかったのです。そして、私と、ここで、一緒に住んで欲しかったのです。それで、私は、あなたの、やさしさ、誠実さ、に、つけこんで、そういう計画を立ててしまったのです。そして、あなたは、私の計画通りに行動したわ。私は、あなたの誠実さ、に、つけこんでしまったのです。父親の脳梗塞は、本当はウソです。父は、本土で、漁師として元気に働いています。それと、定期船が、なかなか来なかったのは、この島は、限界集落で、島の存続が危ないので、村長である父が、若者の人手を集めるため、亀を使って、島に、若者を呼んできては、定期船が、時化で来れないと報告させて、定期船が来ないようにしていたのです。ごめんなさい」
そう言って、乙姫は、床に頭をこすりつけて、謝りました。
「なるほど。青田刈り、だったんだね。そんなこととは、知らなかったな。まんまと、君の、計画にはまってしまったな。でも、いいよ。僕は、君が好きだから」
浦島が言いました。
「ありがとう。あなた」
乙姫は、涙を流して、夫に、抱きつきました。
「で、お父さんは、まだ、漁師が出来るんだね?」
「ええ。父は、元気です。父は、私が、あなたの子供を出産するまで、本土で、漁師をする、と提案しました。そして、今、本土で漁師をしています」
「そうかい。ところで、お父さんは、この島に、もどりたがっているのかね?」
「ええ。父は、本当は、この島で、漁師をしたいと思っています」
浦島は、腕組みをして、考えました。
そして、こんな提案をしました。
「じゃあ、お父さんには、ここにもどってきてもらおう。君は、僕と一緒に、本土で、親子三人で、暮らさないかい?横浜DeNAベイスターズは、僕を、スカウトしてくれたから。僕は、また、野球を、始めるよ」
「ええ。いいわ」
乙姫は嬉しそうな顔で快諾しました。
こうして、うらしま太郎、と、妻の、乙姫、と、幼い娘は、島を出て、横浜のマンションに移り住みました。
一年間、行方不明だった、うらしま太郎、が、横浜DeNAベイスターズに、ひょっこり、もどってきたので、監督をはじめ、みなが、驚きました。
「一年間、一体、どこへ行っていたんだね?」
との問いには、浦島は、
「それは、ちょっと秘密です」
と、笑って答えました。
浦島は、横浜DeNAベイスターズに入団し、一年目から、一軍の、レギュラーになり、防御率0.00の、最優秀投手になりました。
浦島は、3億円の契約金を、すべて、竜宮島の、インフラ整備のために、寄付しました。
そして、その年、横浜DeNAベイスターズは、リーグ優勝し、日本シリーズでも、優勝しました。




平成30年10月16日(火)擱筆