ゴキブリ星人         もどる

ある高校である。
そこは野球の強豪校である。
野球部は、ほとんど、毎年、確実に、甲子園に出場している。
強豪校に入れば、甲子園に出られるから、将来、プロ野球選手を目指す、中学生は、強豪校に入りたがるので、全国から、野球の強い生徒が、集まるから、高校は、何もしなくても、ますます、強豪校となっていく。
これを、強豪校の、「神の見えざる手」の法則という。

ある年の、野球部である。
初夏の頃である。
三年には、最速160km/hのストレートを、投げられる、エースの小谷がいた。
野球部、そして、小谷は、去年も、そして、その前年も、甲子園に出場した。
彼は、バッティングも出来て、二刀流、として、一年で、すでに、プロのスカウトに、目をつけられていた。
去年の地区予選の決勝では、小谷が、パーフェクトゲームを達成して、しかも、小谷の二本のホームランによって、勝ったので、もう、このチームは、小谷のワンマンチームだった。

しかし、ピッチャーには、小谷の他に、山野哲也という、かなり、実力のあるピッチャーもいた。
しかし、小谷が、小学一年生の時から、野球一筋に生きてきたのに、対し、山野哲也は、中学生から、野球を始めたので、実力差は、明らかだった。
哲也は、どうしても、140km/h以上の球速のある、ストレートを、投げることは出来なかった。そのため、哲也は、小谷のリリーフの役割り、となっていた。
野球部には、かわいいマネージャーがいた。
名前を庄司京子といった。
京子は、内心、小谷に、憧れていて、将来は、小谷と結婚したい、と思っていた。
「小谷君。お願い。私と結婚してもらえない?」
とまで、京子は、小谷に告白した。
しかし、小谷は、
「う、うん。ありがとう。でも、いきなり、言われても、困っちゃうな。少し、考える時間をくれない?」
と、お茶を濁す返事で去った。
そんな、小谷の背中に投げかけるように、京子は、いつも、
「わたし、待ーつーわー。いつまでも、待ーつーわー♪」
と、アミンの、歌を歌った。

そんな、二人の姿を、グランドの木陰から、哲也は、さびしそうに見つめていた。
哲也は、京子を熱烈に愛していたからである。
しかし、哲也は、京子に、幸せになって欲しいと思っていたので、京子と小谷が、結ばれて、幸せになるのなら、その方がいい、と思っていた。
哲也は、そういう、思い遣りのある性格なのである。

しかし、ある時、哲也は、勇気を出して、小谷を屋上に呼び出して、小谷に、京子のことを、どう思っているのか、聞いてみた。
「小谷。君はマネージャーの京子のことを、どう思っているの?」
哲也が聞いた。
「どうって、どういうこと?」
小谷が聞き返した。
「つまり男女間の恋愛感情のことさ」
哲也が言った。
「なあんだ。そんな事か。京子は、滑り止めだ。もし、オレが、プロ野球で、スターになったら、京子なんかより、もっと可愛い、絶世の、女子アナ、か、女優と結婚するつもりさ」
小谷は平然と言った。
「でも、京子は君を愛しているよ」
哲也が言った。
「そんなのは、彼女の勝手さ」
と、小谷は言った。
その時の、小谷の発言に、哲也は、がっかりした。
その時以来、哲也の思いは、一変した。
というか、悩むようになった。

ある日の京子の家である。

家に、ゴキブリが、ガサゴソ、出てくるようになった。
「嫌だなー」
京子は、ゴキブリホイホイを買って、台所の隅に置いておいた。
京子は、大の、ゴギブリ嫌いだった。
ヘビやムカデ以上に、ゴキブリが嫌いだった。
しかし、京子の家では、何匹もの、ゴキブリが出てきて、あとを絶たない。
京子は、ゴキブリに悩まされた。
勉強が手につかなくなるぼどに。
そんな思いが、つのって、しまったためか、ある時、京子は、以下のような夢を見た。

(京子の見た夢)

京子は、「ゴキブリども。死ね」と言って、ゴキブリ・ホイホイを台所に置いた。
家にいる、ゴキブリを一網打尽にするため、ゴキブリの好きな匂いの、袋を3つ、一つの、ゴキブリ・ホイホイの中に入れておいた。

しばらくすると、一匹のゴキブリがやって来た。
雄のゴキブリで、名前は、ゴキ男と言った。

「あっ。いい匂いがする。やったー。何か美味いもんがあるんだろう」
ゴキ男は匂いのする方につられて行った。
「ああ。いい匂いだ」
ゴキ男は匂いにつられて箱の中に入っていった。
入った途端、足が粘着テープにくっついた。
「ああっ。しまった。これは僕達を罠にはめるゴキブリホイホイというものなんだ」
ゴキ男は必死にもがいた。だが、もがけばもがくほど逆に粘着テープに体がくっついてしまった。
「ああ。もう、僕はだめだ」
ゴキ男は観念した。
その時、メスのゴキブリである、ゴキ子がやってきた。
「あっ。ゴキ男さん。しゃれた家を見つけたのね。いい匂いがするわ。美味しい物があるのね」
ゴキ子はホイホイに入ろうとした。
「あっ。ゴキ子ちゃん。入っちゃダメだ」
「どうして。美味しそうな匂いがするじゃない。何か美味しい食べ物があるんでしょ」
「違う。これは罠なんだ」
「ずるいわ。ゴキ男さん。自分だけ美味しい物を独り占めする気なんでしょう」
ゴキ子はゴキ男の忠告も聞かずホイホイに入っていった。
「ああっ」
入った途端、手足が粘着テープにくっついてしまった。
「ああっ。ゴキ男さん。助けて」
ゴキ子はもがいた。だが、もがけばもがくほど手足が絡まってしまった。
「ゴキ子ちゃん。この罠にかかったら、もう逃れられないよ。諦めよう」
ゴキ子は諦めて項垂れた。
「ゴキ男さん。ごめんなさい。せっかくゴキ男さんが忠告してくれたのに、ゴキ男さんを疑ってしまって。優しいゴキ男さんの忠告を疑ってしまった天の罰なのね」
「そんな事ないよ。ゴキ子ちゃんは悪くないよ」
「じゃあ、何がわるいの?」
「僕達がゴキブリに生まれてしまった事が悪いのさ」
「私達の人生も、もうおしまいなのね」
ゴキ子は涙を流した。
「ゴキ子ちゃん。泣かないで。ゴキ子ちゃんと死ねるんなら僕は幸せだよ」
「ありがとう。ゴキ男さん。私、もう泣かないわ」
「ゴキ子ちゃん。賛美歌320を歌おう」
「そうね。そうしましょう」
ゴキ男とゴキ子は賛美歌320を歌い出した。
「主よ みもとに近づかん のぼるみちは 十字架に ありともなど 悲しむべき 主よ みもとに 近づかん」
夜は深々とふけていった。

翌日、京子は、目を擦りながら起きた。ゴキブリホイホイを見ると二匹のゴキブリがかかっていた。
「やったー。さっそく、かかったー」
京子は、ざまあみやがれ、フフフ、と笑いながら庭にゴキブリホイホイを持っていって火をつけて焼き殺した。

しかし、二匹のゴキブリが、恨めしそうな目で、京子を見つめていた。

(と、そんな夢だった)

「うわー」
京子は、恐怖のあまり、飛び起きた。
寝汗で、パジャマがびっしょり、濡れていた。
まだ、夜が明けかかっている時刻だった。
京子は、急いで、昨日、しかけた、ゴキブリホイホイの所に行ってみた。
そして、ゴキブリホイホイを見ると二匹のゴキブリがかかっていた。
京子は、いつもは、ゴキブリホイホイにかかったゴキブリを、「やったー。さっそく、かかったー」ざまあみろ、ウシシと笑いながら、ゴキブリホイホイを、庭に持っていって、火をつけて焼き殺していた。
それが京子の趣味にも、なっていた。

しかし、昨日の夢から、京子は、ゴキブリも、生き物であり、生きたがっているんだ。
これは、「むやみに、生物を殺しては、いけない」、という、お釈迦さまの、お告げなのかもしれない、と思って、ゴキブリホイホイから、目をそらした。
そして朝食を食べ、
「行ってきまーす」
と言って、元気に、学校に行った。

京子は、学校に行くと、昨日、見た、ゴキブリの夢の話を友達にした。
みなは、あははははは、と笑った。
「京子は、ゴキブリホイホイを、楽しんで、燃やしているからよ。そんなこと、してるの、あなた、だけよ」
一人がそう言った。
「だってー。ゴキブリって、嫌なんだんも」
京子は、すねるような口調で、そう言った。
哲也は、京子と同じクラスなので、京子の話を黙って聞いていた。

数日後のことである。

その日の、放課後。
帰宅中の京子のスマートフォンが、ピピピッと鳴った。
京子は、急いで、カバンから、スマートフォンを取り出して、スマートフォンを開いてみた。
京子のスマートフォンに、メールが、届いていた。
それには、こう書かれてあった。
「今日。あなたの町に、おいしい、お菓子屋さんが出来ました。今日は、開店サービスで、お菓子、ケーキ、食べ放題です。もちろん、お持ち帰りも、いくらでも、ご自由です」
そして、番地が書いてあった。
そこは、京子の家には、近いが、そこには、まだ、行ったことがなかった。
京子は、お菓子に、目がないので、急いで、スマートフォンの地図アプリを見ながら、その店へ向かった。

ようやく、京子は、その店に着いた。
トントン、と、店の戸をノックしてみたが、返事が無い。
京子が、ドアノブを、ひねると、ドアは開いた。
「こんにちはー」
京子は、大声で、店員を呼んだ。
しかし、返事が無い。
(店員は、何かの用で、店を離れているのだろう)
そう思って、京子は、
「失礼しまーす」
と言って、店に入ってみた。

美味しそうな、お菓子やケーキが、いっぱい、テーブルの上に、いっぱい、あった。
「うわー。美味しそうー」
京子は、急いで、大きな、テーブルの上の、お菓子に向かって、走り出した。
京子は、特に、チーズケーキには、目がなかった。
その時である。
京子の足が、なぜだか床にくっついて、しまったのである。
まるで、誰かに、足を引っ張られているかのような、感覚だった。
「ああっ」
京子の上半身は、慣性の法則で、前に、倒れた。
足をラグビーのタックルで、つかまれたような、状態なのだから、当然である。
京子の、手と体は、床にベッタリと、くっついてしまった。
一体、これは、何なのだろう?
京子は、気が動転した。
床は、ネバネバしていて、そして、それは、まるで、瞬間接着剤、アロンアルファのような、匂いがする。
京子は、身を動かそうと、もがいてみた。
しかし、ダメだった。
ついに、京子は、あきらめて、俯いた。
そして、通行人が、見つけてくれるのを、待つことにした。
「京子ちゃん」
京子は、突然、声をかけられて、驚いた。
京子の頭は、一体、これは、どういうことなのか、はたして、ここから、抜け出せるのだろうか、それはいつなのだろうか、ということなどが頭の中で、錯綜していたので、回りをよく見る冷静さを失っていたのである。

声のする方を、見ると、同級生の、哲也がいた。
哲也も、床に、べったりと、くっついていた。
「て、哲也君。これは、一体、どういうことなの?」
京子が聞いた。
「わからないよ。さっき、帰宅中に、僕のスマートフォンにメールが届いたんだ。そしたら、それは、新しく出来た菓子屋の宣伝だったんだ。お菓子の店が、新しく出来て、開店サービスで、食べ放題とあったから、興味本位で、来て、入ってみたら、床に、何か、接着剤のような物がついていて、くっついてしまったんだ」
哲也が言った。
「私も、同じよ」
京子が言った。
「よく、わからないけれど、ともかく、助けを叫びましょう」
京子が言った。
「そうだね」
哲也も賛同した。
「助けてー。助けてー」
二人は、力の限り、声を振り絞って、叫んだ。

その時である。
「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ」
と、不気味な声が、聞こえてきた。
見ると、気持ちの悪い、巨大なゴキブリが、何匹も、店の窓から、覗いていた。
「こ、こわいー」
京子は、思わず、咄嗟に、叫んだ。
巨大なゴキブリの一匹が、話し始めた。
「こわいか。ふふふ。そうだろうな。私は、太陽系とは、別の、M76星雲の、ゴキブリの惑星のゴキブリ星人だ。我々は、ゴキブリ惑星の外務省の役人だ。お前たちの、祖先は、猿人、そして、魚類だろう。そのように、進化して、人間となったのだろう。しかし、我々の祖先は、ゴキブリだ。ゴキブリが、長い、時間の経過を経て、進化して、我々となったのだ。我々の科学の方が、お前たち、地球人の科学より、はるかに上なのだ。お前達は、太陽系を抜け出せるほどの、科学力は、まだ無い。しかし、我々、の科学力は、M76星雲を、抜け出し、宇宙の何処へでも、行けることが出来るのだ。お前達、人間が、我々の祖先である、ゴキブリを、どのように、扱っているか、我々は、偵察に来たのだ。もし、ゴキブリを、優しく扱っていたのなら、我々は、地球と、国交を結び、貿易をして、地球と共存する、つもりだったのだ。しかし、お前たちが、我々の祖先である、ゴキブリを、残忍な方法で、いじめ、殺していたことを、知って、方針を変えたのだ。我々は、お前たちの地球を滅ぼす。そのために、まず、手始めとして、お前達を、連れてきたのだ。お前達も、お前達が、ゴキブリを残忍な方法で殺したように、殺してやる」
そう、巨大な、気味の悪い、ゴキブリは、言った。
「やめてー。許してー。ゴキブリ星人様―。もう、ゴキブリは、殺しませんー。私。まだ、死にたくないー。結婚もしたいし、子供も産みたいし、海外旅行もしたいし、チーズケーキも、焼肉も食べたいし・・・」
京子は、泣きながら、叫んだ。
「そうか。それなら、もう一度だけ、チャンスを与えてやろう。お前達、地球人が、ゴキブリを、殺さない、方針に変更するのなら、考えてやる」
一匹のゴキブリ星人が、言った。
「我々、ゴキブリ星人は、いきなり地球の、各国の政府や、国連には訴えず、まず、手始めに、お前達ふたりを、選んで、お前達ふたりが、どういう行動をするか、地球人の良心を調べることに、したのだ。お前たち、二人が、ゴキブリを殺さないように、世界に、働きかけて、地球人が、ゴキブリを、殺さなくなったら、地球を攻撃しないでやる」
そう、巨大な、気味の悪い、ゴキブリは、言った。
そして、ゴキブリ星人たちは、店の窓から姿を消した。
「あっ。京子ちゃん。ゴキブリ星人たちが、去って行くよ」
哲也が窓の外を見て言った。
「あっ。彼らはUFOに乗り込んだ」
哲也が言った。
「あっ。UFOが、飛び立った」
哲也が、実況中継のアナウンサーのように、言った。
「どこ?見えないわ」
京子が聞いた。
店には、哲也の近くに、大きな、窓があった。

「京子ちゃんの、位置からでは、見えないよ。でも、僕の位置からでは、見えるんだ」
そう、哲也が言った。
「京子ちゃん。ともかく、助けを呼ぼう。このままでは、動けないよ」
哲也が言った。
「そうね。哲也君」
京子が言った。
「助けてー。助けてー」
二人は、力の限り、声を振り絞って、助けを叫んだ。
しかし、なかなか、助けは、現れない。
「どうして、誰も助けに来てくれないのかしら?」
京子が首を傾げて言った。
「ここは、回りは、野原だよ。近くに、民家が無いんだ」
哲也が言った。
「ええっ。そうなの?」
京子は、近視のうえ、スマートフォンの地図アプリだけを、じーと、見ながら、歩いてやって来たので、回りの状況には、注意が全く向いていなかった。のである。

だんだん、辺りが暗くなってきた。
夜の帳が降り始めた。
「ああ。困ったわね」
京子が言った。
「そうだね」
「哲也君。今、何時だか、わかる?」
京子が聞いた。
「もう、夜中の、12時だよ」
哲也が腕時計を見て言った。
「そうなの。私、お腹、減ってきちゃった。もう、助けを呼ぶ力も、無くなっちゃったわ」
そう、京子が力なく言った。

疲れ果てた京子に、睡魔が、襲ってきた。
京子は、ウトウトと、し出した。



「京子ちゃん。起きて」
京子は、声をかけられ、体を揺さぶられて、ハッっと目を覚ました。
朝日が、窓から、入り込んでいた。
夜が明けたのだろう。
しかし、まだ、外は、ほのぼのと、白々しい。
目の前には、制服を着た哲也が、ダンボールの上にいた。
「哲也君。接着剤から、抜け出れたの。それとも、誰かが、助けに来てくれたの?」
京子が目を上げて、聞いた。
「接着剤から、強引に抜け出たんだ。この店の床は、所々に、接着剤が、塗られているんだ。瞬間接着剤アロンアルファみたいな、協力な接着剤だ。僕は制服のズボン、と、ワイシャツの腹の部分が、接着剤にくっついて、しまって、動けなくなってしまったんだ。だけど、幸い、手には、接着剤が、着いていなかったんだ。それで、力まかせに、ワイシャツを引き裂き、そして、スボンを、脱いだんだ。それで、自由になれたんだ。それで、僕は、ランニングシャツと、パンツ一枚で、この店から、出て、タクシーに乗って、家に帰ったんだ。それで、家で、制服を着て、ダンボールと、ジャージと、マニキュア除光液を持って、タクシーで、また、ここに、もどって来たんだ」
哲也は、そう説明した。
「なんで、ダンボールと、ジャージと、ハサミと、マニキュア除光液、を持ってきたの?」
京子が聞いた。
「ダンボールは、床に敷くためさ。床に敷いて、その上を歩けば、接着剤にくっかないだろ。マニキュア除光液は、君を助けるためさ。瞬間接着剤アロンアルファが、手にくっついて、しまった時、それを、剥す方法を、ネットで、調べたら、マニキュア除光液を、塗ると、剥がせる、って、書いてあったから、持ってきて、みたんだ」
そう言って、哲也は、京子の近くに、ダンボールを敷いた。
そして、その上を、歩いて、倒れている、京子の、横に座った。
「あーあ。京子ちゃん。は、手の指が、床にくっ着いちゃってるね」
京子は、手の指が、床の接着剤に、くっ着いて、しまっていた。
「これで、剥せるか、どうか、わからないけれど、試して、みるよ」
そう言って、哲也は、京子の、手の指に、マニキュア除光液を、塗ってみた。
そして、そーと、床から、剥そうとした。
すると、京子の指は、ヌルリと、床から、剥がれた。
「あっ。剥がれたわ」
京子は、喜んで、言った。
「よかったね。やっぱり、この接着剤は、アロンアルファみたいな、成分なんだ」
そう言って、哲也は、京子の腕で、床と、接着剤で、くっついている、部分を、一ヵ所づづ、塗っていって、一ヵ所づつ、剥していった。
「京子ちゃん。すまないけれど、セーラー服は、ハサミで、切っちゃって、いい?」
哲也が聞いた。
「いいわ」
京子が答えた。
「じゃあ、すまないけれど・・・」
そう言って、哲也は、京子のセーラー服と、スカートをジョキジョキ、と、切っていった。
「さあ。これで、もう、床から、離れられるはずだよ。立ってみて」
哲也が言った。
京子は、おそるおそる、立ち上がった。
ブラジャーと、パンティーと、ソックス、だけの格好で、京子は、立ち上がった。
「やったわ。床から、離れられたわ」
京子は、喜んだ。
哲也に、下着姿を、見られる恥ずかしさ、など、この非常事態では、気にしているゆとり、など、起こらなかった。
哲也に手を引かれて、京子は、ダンボールの上を、歩きながら、店の外に向かった。
とうとう京子は、店の外に出た。
「やったー」
京子は、飛び上がって、喜んだ。
「さあ。京子ちゃん。これを着て」
そう言って、哲也は、京子に、ジャージを、渡した。
「ありがとう」
と言って、京子は、ジャージを着た。
「京子ちゃん。どうする。家に帰る。それとも、学校に行く?」
哲也が聞いた。
「学校に行くわ。制服は、予備のが、一着、ロッカーに置いてあるから」
京子が言った。
「そう。それじゃあ、学校に、行こう」
二人は、野原から、出た。
わりと、近くに、道路があって、車が走っていた。
しばしすると、タクシーが来たので、二人は、手を挙げて、タクシーに乗った。
そして、学校へ向かった。

「ゴキブリ星人は、僕たちが、ゴキブリを殺さないように、世界に、働きかけて、ゴキブリを、殺さなくなったら、地球を攻撃しないでやるって、言ったね」
と、哲也は京子に、念を押すように言った。
「そうね。じゃあ、ゴキブリを、殺さないように、日本政府に、訴えましょう」
と、京子は言った。
「この秘密を知っているのは、僕と君だけだ。地球の運命は、僕たち二人にかかっているんだ。彼らは、早くしないと、地球を滅ぼすって、断言したんだ。でも、こんな、ことを、言っても、誰にも信じてもらえないだろうな」
哲也は、ボソッと呟いた。
「勇気を出しましょう。哲也君。地球の運命は、私たち二人にかかっているんですもの」
京子は、哲也の手を固く握りしめて力強く言った。
「そうだね。うかうかしていたら、地球が、ゴキブリ星人に、滅ぼされてしまうからね」
哲也も、地球を救う使命感に燃えていた。

学校に、着くと、京子は、ロッカーに行き、ジャージから、制服に着替えた。
ちょうど、その頃、生徒たちが、ゾロゾロと、教室に入ってきた。

「やあ。京子。おはよう。早いのね」
生徒たちが言った。
「ねえ。みんな。聞いて。聞いて」
京子は、教壇の上から、みなに向かって、大声で言った。
「なあに。京子?」
みなは、キョトンとした表情だった。
京子は、急いで、話し出した。
「あのね。みんなは、知らないけど、太陽系の外に、M76星雲というのがあるの。そこには、ゴキブリの惑星というのがあって、そこには、ゴキブリ星人というのが、住んでいるの。ゴキブリ星人は、地球人、以上の、科学力を持っているの。私達、人間が、ゴキブリを殺すと、ゴキブリ星人が、地球を滅ぼしに来るの。だから、これからは、ゴキブリは、殺さないで」
と訴えた。
しかし、みなは、「あはははは」、と、腹を抱えて、笑うだけだった。
「京子。あなた、また、変な夢を見たのね。あなたが、ゴキブリを、毛嫌いし過ぎるから、そんな変な夢をみるのよ」
と、全く、とりあわなかった。
「夢なんかじゃないの。本当なの。お願い。私を信じて」
と、京子は、訴えた。
しかし、みなは、ちょうど、大洪水を予告し、陸の上で箱舟を作っているノアを、あざ笑うように、全く、相手にしなかった。
京子と哲也の、二人は、昼休みに、教員室に行って、教師達に、同じ事を、必死で訴えた。
そして、「地球を救うためにゴキブリを殺さない会」という、部活を作りたい、と懇願した。
しかし、教師たちは、そんなバカげた部活、を、つくることは、認めない、と拒否した。
京子が必死で、いくら、訴えても、ダメだった。

それで、二人は、仕方なく、「地球を救うためにゴキブリを殺さない会」というサークルをつくった。さらに、NPO法人「地球を救うためにゴキブリを殺さない会」を立ち上げた。
そして、ネットや、街頭で、ゴキブリを殺してはならないことを、必死で訴えた。
総理大臣にも、「ゴキブリを殺すと、地球が滅びます」という内容の手紙を送り、大手新聞社、各社、そして、テレビ局、各局に、電話し、ファックスを、送りまくった。

しかし、世間は、当然、二人が頭が、おかしくなった、というだけで、相手にしなかった。
京子の家でも、母親、父親から、京子は、頭が、おかしくなったと、思われた。
「京子。しっかりして。おかしなことは、言わないで。おかあさんは、悲しいよ。娘が発狂してしまったなんて・・・」
と母親は、泣いて訴えた。
「お母さん。こそ、私の言うことを信じて」
と、京子は、ガンとして、訴えた。

ある日のこと。
母親は、京子を連れて、日本の精神医学界の最高権威者である、東京大学医学部精神科の浅野浩二最高名誉教授に、娘の精神を鑑定してもらうため、東京都文京区本郷七丁目にある、東京大学医学部付属病院に、連れて行った。
浅野浩二教授は、精神分析学の研究でノーベル医学賞を受賞して、ストックホルムから帰ってきた、ばかりだったが、快く診察を引き受けた。
浅野浩二教授は、母親の訴えを黙って聞いた後、厳かな口調で、
「彼女と二人きりで話させて、もらえませんか。正確な診断をするために」
と、母親に言った。
「はい。わかりました。よろしくお願いいたします」
と言って母親は、診察室を出た。
診察室には、浅野浩二教授と、京子の二人きりになった。
外で待つ、母親は、気が気でなかった。
だいたい三時間くらいして、浅野浩二教授が、診察室から、出てきた。
「どうでしょう。先生。娘は、やっぱり、統合失調症なんですか?」
母親が、おそるおそる聞いた。
浅野浩二教授は、にこやかな顔で手を振った。
「それは、違います。確かに、ゴキブリ星人など、いません。しかし、娘さんは、統合失調症では、決してありません。入院させる必要も、薬を飲ませる必要もありません。娘さんは、これからも、ゴキブリ星人の存在を、訴えを続けるでしょう。しかし、あと、三年、黙って待ってやって下さい。そうすれば、娘さんは、ゴキブリ星人の訴えをしなくなるでしょう。むしろ、自分が間違っていたことを認めるでしょう。それは、私が保証します」
浅野浩二教授は、キッパリと、そう言い切った。
「では。娘は、一体、どうして、あんな事を言うんですか?」
母親が聞いた。
「それは、今は、ちょっと、言えません。しかし、ちゃんとした、理由があるのです。いずれ、その理由を、お話しします。それまで私を信じて頂けないでしょうか?」
浅野浩二教授は、そう言った。
「そうですか。わかりました。では先生を信じます」
そう母親は言って、娘と家に帰っていった。

ある日のことである。
京子と、哲也は、体育館の倉庫の中で、しょんぼりしていた。
部活が、認めてもらえないため、二人のサークルの活動拠点は、体育館の倉庫だった。
いくら、ゴキブリ星人のことを、訴えても、キチガイ扱いされる、だけで、二人は、ヘトヘトに疲れてしまっていた。
「哲也君。誰も信じてくれないわね」
京子は、跳び箱に寄りかかりながら言った。
「そりゃー、無理もないよ」
「哲也君」
京子は、真剣な目で、哲也を見た。
「なあに?」
「私と結婚してくれない?」
京子が、突然、プロポーズした。
哲也は、京子の、突然のプロポーズに驚いた。
「どうして?君は、ドラフト一位指名候補の、小谷が好きで、小谷と、結婚する、つもりなんだろう?」
哲也が聞いた。
「え、ええ。でも、小谷君は、キチガイ女とは、絶対、結婚したくないって、言って、私、絶交されちゃったの。だから、相性が合う、哲也君と結婚したいの。ゴキブリ星人は、いつ、地球を征服してくるか、わからないわ。その時。ゴキブリ星人は、ゴキブリを救う会、の活動を、一生懸命していた、私たちだけは、殺さないでくれるかも、しれないわ」
京子が言った。
「そ、そうだね。確かに」
「じゃあ、哲也君。私と結婚して。そして、急いで、子供も産みましょう。そして、私たちの子供には、ちゃんと、ゴキブリを殺さないように、教育しましょう。それしか、人間が生き延びる道はないわ」
「そ、そうだね。確かに。でも、僕でもいいの?」
哲也は顔を赤くして聞いた。
「哲也君、以外に誰がいるの?」
京子は、断言するように言った。

こうして、京子と、哲也の、二人は、高校三年生の身分で、結婚した。
もちろん、キチガイの結婚式に出席する人などいない。
二人は、町の小さな教会で、二人だけで、結婚式を挙げた。

白髪の牧師が聖書を開いて、哲也に向かって、厳かに言った。
「山野哲也。汝、この女を妻として娶り、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
牧師が言った。
「誓います」
哲也は、力強く言った。
次に、牧師は、京子の方へ視線を向けた。
「庄司京子。汝、この男を夫とし、その健やかなる時も、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも 富めるときも、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓うか?」
牧師が言った。
「誓います」
京子は、厳かに言った。
二人は、エンゲージリングを交換し合った。
これで、二人は、正式に結婚した。
まだ、二人は、高校生なので、別居結婚ということになった。

そして、まもなく、京子は妊娠した。

学校の、野球部は、甲子園には、当然、出場したが、決勝戦で敗れた。

10月半ばになって、ドラフト会議が行われた。
プロ野球界は、チームでなく、当然、技術力のある、選手、個人を欲しがる。
小谷は、最速160km/hの、ストレートを、投げられるので、当然のごとく、全球団がドラフト一位で彼を指名をした。
くじびきで、小谷は、ドラフト一位で、日本ハム・ファイターズに入団が決まった。
哲也は、中学から野球を始めて、リリーフ投手として、それなりに実力があった。
しかし、小学一年生の時から、野球一筋に生きてきた、小谷には、勝てなかった。
二人の実力差は明らかだった。
しかし哲也も、奇跡的に、阪神タイガースが、ドラフト指名した。
そして、哲也は、阪神タイガースに入団が決まった。

冬になり、年が明け、京子たち、三年生は、卒業した。
小谷は、北海道に引っ越し、一方、哲也と京子は、大阪に、引っ越した。
そして、オープン戦が始まった。
小谷は、入団一年目から、一軍での先発として、レギュラーとなり、スターティング・メンバーに加えられて、活躍した。
一方、哲也は、イースタン・リーグでも、なかなか、勝率を上げられず、そして、防御率も下げられなかった。
しかし、元、阪急ブレーブスの二軍の、ピッチングコーチの、山口高志が、哲也のピッチング・フォームの欠点を指摘した。
「なあ。哲也。右足とちゃうか?」
山口高志は、哲也が、あまりに、投球モーションに、力み過ぎて、前足である左足を、遠くに出し過ぎて、右足が低くなり過ぎて、いるのが、いけないのでは、ないか、と考えたのである。
哲也は、藁にもすがる心境だったので、
「わかりました」
と、山口高志コーチのアドバイスを、実行してみることにした。
この、山口高志は、昔、阪急ブレーブス(現・オリックス・バファローズ)の剛速球投手であり、そのストレートは、160km/hを、はるかに超していた。王貞治も、長島茂雄も、その他、どんな強打者も、彼の剛速球を打てなかった。現役を引退した後は、ピッチング・コーチとして活躍し、多くの名投手を育てた。
哲也は、山口のアドバイスを信じた。
そして、ピッチング・フォームを改造して、一心に投げ込みの、練習をした。
その結果、その年の夏、哲也は、一気にブレークした。
哲也の球は、一秒間に45回転し、ホップするのである。
ボールは、一秒間の回転数が、多ければ、多いほど、揚力が出て、ホップするのである。
こうして、哲也は、阪神タイガースの、不動のエースとなった。

ある日のことである。
京子は、哲也と、和やかな食事をしていた。
生まれて間もない、女の赤ん坊を抱きながら。
「あなた。ゴキブリ星人は、なかなか地球に、やって来ないわね」
「そうだね。でも。もしかすると・・・」
「なあに?」
「ゴキブリ星人は、太陽系の外の、M76星雲から、太陽系の中に入って、地球にやって来れるほど、科学技術が発達しているだろう」
「ええ」
「だからだ。当然、核兵器も、地球の、核兵器より、ずっと、高性能の、核兵器を開発して、持っているのは、間違いないよ。一発で、一瞬にして、一つの国を滅ぼしてしまうほどの」
「そうね」
「ゴキブリ星人は、ゴギブリを殺さないと、地球を、滅ぼす、と言ったほどだから、相当、気性が荒いのかも、しれない」
「そうね」
「だから、もしかすると、ゴキブリ星人の、国の間で、戦争が起こって、ゴキブリ惑星の、ゴキブリ星人は、滅んでしまったのかも、しれないよ。その可能性は、あると思うよ」
「なるほど。そうね。確かに、その可能性は、あるわね。そう聞くと、何だか、安心してきたわ」

一方、小谷は、入団一年目の秋に、右肘の内側靭帯を完全断裂して、戦力外通告されていた。
小谷は、入団した、一年目から、日本ハム・ファイターズの、エースとして、活躍した。
ベテラン投手に、ひけをとらない、いや、それ以上の成績であった。
しかし、160km/hの直球を投げられるのは、オレだけだ、と、慢心してしまったため、練習では、ランニングもせずに、怠け、夜は、高級クラブで、豪遊していた。
そのため、腕に無理な力が、かかってしまい、右肘の内側靭帯を完全断裂してしまったのである。
これによって、小谷の野球選手生命は、終わってしまったのである。
小谷は、ヤケになり、大酒を飲んで、市内を、フルスピードで、一億円の契約金で勝った、マツダのアテンザを、時速160km/hで、飛ばし、対向車のダンプカーと、正面衝突して、即死してしまった。
その年の、シーズンが終わり、阪神は、優勝できなかったが、哲也は、最優秀新人賞を獲得した。

シーズンオフになった、ある初冬の日。
「あなた。やっぱり、小谷君とでなく、あなたと、結婚して、よかったわ」
と、京子は、赤ん坊を、抱きながら、哲也に言った。
赤ん坊は、スヤスヤと眠っていた。
「京子。実は、君に、言わなくちゃならない、ことがあるんだ」
哲也は、あらたまった口調で、言った。
「なあに?」
京子は、笑顔で聞き返した。
「実は、ゴキブリ星人のことなんだ」
「ああ。ゴキブリ星人ね。なかなか、地球を侵略してこないわね。ゴキブリ星人は、核戦争で自滅したのかもしれないわね」
「京子。オレを許してくれ」
そう言って、哲也は、突然、京子の前に身をドっと投げたして、土下座した。
「一体、どうしたの?」
妻は、キョトンとした顔で、夫を見た。
夫は、声を震わせて話し出した。
「実は。ゴキブリ星人、は、僕が、考え出したデタラメなんだ」
「ええっ。一体、どういうこと?」
京子は目を丸くして、聞き返した。
「本当は、ゴキブリ星人なんて、いないんだ。演劇部の部員に頼んで、大きな、ゴキブリの、ぬいぐるみを、作ってもらって、ゴキブリ星人を、演じてもらったんだ」
そう言って、哲也は、スマートフォンをピピピッと操作した。
「京子。ちょっと、これを見てくれ」
そう言って、哲也は、スマートフォンを京子に渡した。
それは、高校の時の、演劇部の部員たちの動画だった。
彼らは、「京子。ごめんねー。だましちゃって」、と言って、全員、頭を深く下げた。
そして、大きな、ゴキブリの、ぬいぐるみ、を、頭から、スッポリかぶって、「フォッ。フォッ。フォッ。我こそは、ゴギブリ星人なるぞ」と、ゴキブリ星人を演じた。そして、「バアー。うーそだよ」と言って、ゴキブリの、ぬいぐるみを、脱いだ。
京子は、目をパチクリさせて、驚いた。
「でも、どうして、そんなこと、したの?」
京子は、じっと、哲也を見つめた。
「僕は、どうしても、君と結婚したかったんだ。高校の時は、君は、小谷にメロメロだっただろ。だから、僕が、あんな、デタラメを思いついたんだ」
哲也は、そう言った。
「そうだったの。でも、いいわ。そんなにまで、私を愛してくれていたなんて。私。あなたが世界一、好きよ。告白してくれれば、よかったのに。女は、決して、金や将来性、なんかを、考えていないわ。女は、自分を一番、愛してくれる、男を好きになるものなのよ」
京子は、キッパリと言った。
「そうなのか。それを聞いて安心したよ」
哲也は、ホッと溜め息をついた。
「それと・・・」
と言って哲也は、言いためらった。
「それと、なあに?」
京子は、哲也が、咽喉元に出かかっている言葉を催促した。
「それと、小谷は、君の前では言わなかったけれど。ある時、僕が、小谷に、京子ちゃんのことを、どう想っているか、聞いてみたんだ。そしたら・・・」
と、言って、哲也は、また、黙ってしまった。
「そしたら、小谷君は、何て言ったの?」
京子は、哲也の腕を強く引っ張って、話の続きを催促した。
「そしたら、小谷は、・・・京子は、滑り止めだ。もし、オレが、プロ野球で、スターになったら、京子なんかより、もっと可愛い、絶世の、女子アナ、か、女優と結婚するつもりだ、・・・って言ったんだ。それで、君が、可哀想に思えてしまって・・・」
そう言って、哲也は、言葉を切った。
「そうだったの。そこまで、私のことを、想っていてくれたの。ありがとう。あなた」
そう言って、京子は、哲也の手を、ギュッと握った。
「ごめん。僕は、君との、つながり、を強めたいために、君をキチガイにまでしてしまったんだ」
哲也の言葉は、懺悔する宗教の信者のように、罪悪感だけが占めていた。
「いいの。気にしないで。あなた。だって、あなただって、私と一緒に、世間から、キチガイ扱いされたし、そもそも、最初から、あなたは、私達が、迫害されることを、覚悟していたんじゃない」
そう言って、京子は、哲也にガッシリと、しがみついた。
京子の目からは、涙が溢れ出した。





平成27年10月9日(金)擱筆