とじこもり 〜自然の摂理

 トイレっていいよねセイチだよねと奴が言うので、あたしはハア?!と低く吼えて何がセイチだよと聞き返した。どのセイチだよの方が正確って気づいたけど、聖地だったら笑うし聞きなおすのも面倒だ。また何か言い出したよコノヒトとか思ってため息をつく方が何倍か労力の削減になる。世の中省エネ。夏はクールビズ。まあどうせ建物の中はどこもガンガンに冷えてて変わんない。
 だって秘密のカクレガなんですよ、精神のおこもりなんですヨッ。
 もごもごくぐもった声で、でもどっか元気よく奴が言う。
 何言ってんの聞こえねー。あたしはがっつんがっつん壁を適当にけりつけた。ああ壁はいいな、無口だし何もしなきゃ何もしてこないからいい。ちょっと硬めのサンドバッグみたいでとってもクール。
 パーッとやるんですよ、そんでサラッと水にながしてちょ。
 ええ?
「何それ。汚い話?」
 何溜めてんの何ぱーっとすんの何流すのって相変わらずの低い声で、あたし、言う。スペシャルビュリホーな美脚の行き先を扉に変えたらガッタンガガガって音楽みたいになった。閉まってる扉、たわんで戻ってたわんで戻って、でも何度か繰り返したら飽きた。
「ヨゴレはえんがちょだよあたしだめだよもうホントだめだよ付き合ってらんないよ」
 エッやめてそれやめてってもごもご声が言って、その後をバシンと音が追いかけた。中身軽い扉、手のひらで叩く音。いますかーご在宅ですかーって風なノックに聞こえなくもなかったから、怖いお兄さんズに脅されて布団から出てこなくなったうちの元親父みたいに、居留守を使って黙り込む。だいたいズルイんだみんな、大人なのに。
「…………………」
 黙ってぐるーり、暇だし他にすること無いしで天井とか床とかを眺めた。掃除の行き届いた床、豪雨の後の傘とかでガツガツ掘ってみたくなる。細く長く空いた穴に滴っていく雨粒は、ちょっとはきれいに見えるかもしれないし。涙みたいにいくらでも流せる。
「え!!やだ、やだナオト、ナオト!?」
「……」
「や、だめ、ちがうの、夢のアル話。ほんわかしてくるお話ですのことヨー?」
「…………」
 あたしがどんな音も立てなくなれば、代わりに奴がうるさくなるのは道理だった。世の中のコトワリ。
 少しとがった靴の先で、まだ音をたてないように気にしながら壁をつつく。猫になってた背中、うーんと伸ばして、そうしたらあくびが出た。奴はまだ代わりの声を張って、ナオト、ナオト、ほらチョット指を伸ばしてみてあたたかいでしょう。なんて言ってた。
 だから涙なんかいくらでも出てくる。これもコトワリ。
「いいけど…。あんたソレ電気であったかいだけじゃないのケツが」
 ぶふっとふきだして、それから、奴の発想は確かに面白かったから指を伸ばして電源スイッチを押してみた。
 いやああああアタシの夢を壊さないでえええ。
 でもあたしはトイレに夢なんか持たない。ぬるまったそこに腰を落ち着けて、隠れ家になんかしないでいい。レバーの端にひっかけた指で、ひょいと押すと水が流れる。青い水、全然静かじゃない水。涙なんか、本当に簡単に。
 パッて振り返った勢いで奴の方に向けて扉を開けたら、案の定ガツンて音がした。
 あはははは、バッカでー。
 ひーこら馬鹿笑いしたんでも、出てくる涙はまったく同じだった。


とじこもり 〜理不尽な空想

 あったしさァ、いつも学校行くの凄い早いじゃん。だからついつい考えちゃうんだよね、もし今天災かナンかで校舎が崩れたらー…とかとか。
 えーだって暇なんだもん。あたし、教室にひとりぼっちなワケでしょ。職員室とか保健室とか、えーと、あと部室とか?行けば人はいるけどさ、2−5の教室はあたしだけ。
 ひとりでできる時間つぶしってそれくらいじゃんさ。
 つか2−5サイアクー。3年とか1組みたいに1階にあれば庭とか逃げられそうなのに。上から1年の教室が降ってくるんだよしかも。ひっでェ話!
 ぺしゃんこで発見されたく無いっしょー。圧死はイヤっしょー。つか死にたくないっしょー。なのに確実に死ぬよなこれ普通、しかもげろげろで、とか考えたりするわけさ。
 えー無理だよ、早く行かなきゃいいじゃんって、あんたそりゃ無理むり。
 だってあたし地下鉄だしさあ。
 え、地下鉄。ちーかーてーつー。わかんない?あっちもこっちもコンクリな場所!
 教室よりサイアクじゃね?地下だし、上に建物あったりとかしてさ。
 そこであたしは考えるわけよ。もし今天災かナンかで天井が崩れたら…とかとかね。
 したら、まず食いモンと飲みモン心配だべ?あと、何か壁にできそうなやつとか柱の影とか探すっしょ。ぺしゃんこにならずに済むし、助けがくるまで生活もできるし。完璧。あたし結構アタマよくなくなーい?
 店と店の間はダッシュしてさ、んで、店の前はゆっくり通るのね。したらもー即行学校って感じ。んね?早く着いちゃうっしょー。そうそう、そんで今日もそうなわけ。
 えー。でもいつも考えとくと結構役に立つモンだよー。目ぇつけといた店にすぐ走れるし、慌てて怪我しないで済むじゃん。
 んーそうだなあ、ちょっち寂しいとか怖いとかはあるかもしんないけどー。
 だって想像してみー。あたしだけ助かっててさ、他はみぃんなぺしゃんこなんよ。ダイジョブダイジョブ、あんたテレビで見たことあるしょそーいうの。たぶんそのまんまな感じ?それ思い出しゃオッケ。
 え、無理?泣く?何でよー。あたしは泣かないぞ。元気だぞ。
 ねえね、そんでさ、そういう時って携帯とか通じたら遺言とかすべき?やっぱ先に泣き叫ぶモンかなー。あはは。カヨワイ乙女ならね、そうしてたかもね?
 でもきっと計画が上手くいったなってさ、あたしは喜んじゃうと思うよ。
 オカゲサマで水も食料もあるよ。ちょっと寒いけどね。流石に毛布とかは無いやね。
 ちっちっち。3件先に服屋があるしいざとなったら頑張ればいいかなってね。ふっふーん、ちゃあんと考え済みっスー。
 用意周到、用意周到。ほめていーぞ。
 フフ。やあだ、何の話?ってそりゃあんた、察してくれなきゃーさー。
 あたしがどれだけ先読みできてたかって話でした!
 待ってるから見つけてね。なあんてー。…うん?
 うん。うん、じゃあ。ちょっと寝る。おやすみナサーイ。
 ほんとにねー、夢だったらねー。