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秋の甲州路・諏訪 (後編)



今日は、この諏訪にやってきて2日目、朝からやたら眠い。
前夜は一人でも快く泊めていただけるというペンションでノンビリ温泉を楽しみ、その後は常連と言われる泊まり客さん達に迎えられて遅くまで酒盛りをしてました。
オーナーさんも交えて、本場の甲州ワインを味わいながら、色々な旅のことなど語り合い、とっても楽しかったですよぉ。
ワインはちょっと甘口のロゼ、翌日のことがあるので余り飲みませんでしたが、それでも軽くハーフボトル全部プラスα(他のお客人に勧められたワイン&冷や酒)、いってしまっておりました。(苦笑)
とても気さくなオーナーさんとまたの再会を約束してチェックアウトをすまし、いったん荷物を預けに「上諏訪駅」へ・・・・

私が一人で旅行に出る時は、たいてい近所のコンビニ弁当がその夜の晩ご飯になるのですが、時にはその辺りの名物料理などを食べたくなる時もある。
そんな時ホテルのフロントに料理屋さんを聞くと、かなり格式の高いところを紹介されたりすることもあり一人では食事に行きにくかったりします。
私が自分なりに編み出した方法。
駅前のビジネスホテルなどに泊まったら、近所の居酒屋さんを教えて貰います。
ちょっとした居酒屋さんなら一人でものれんをくぐりやすいし、ご飯モノもちゃんとメニューに載せてある。
何より、その地方の名物料理や地酒も必ずメニューにあるんです。
今回の旅で泊まったペンションは、駅からバスでちょっと行ったところの下諏訪市の郊外に位置し、居酒屋さんが目に付かなかったのですが、駅前でメニューをお店の外に貼った居酒屋さんを見つけました。
この辺りの名物料理って何だろう?
フム、「いなご」「はちのこ」・・・・・なんか昆虫モノばっかりだなぁ.。o○
私も昔の仕事柄、けっこう色々なものを食べされたことがありますが・・
「いなご」「はちのこ」、妙な既成概念さえ捨てる事ができれば、案外美味しく食べられるものです。
「いなご」は微かにエビのような味がしたし、「はちのこ」はほんのり甘くてこれも美味。
しかし、「珍味ざざむし」??!!
なんじゃ?これ?・・・・・名前を聞くだけでは、何だかおぞましそうな響きが・・・

どんなモノなのか見たこと無いのにおぞましがっていては、失礼と思い、寄り道ついでに調べてみました。

「ざざむし」とは、長野県伊那地方を流れる「天竜川」に生息する「川虫」(水生昆虫)の総称です。。
いわゆる、トンボ、カワゲラ、カゲロウ類の幼虫のことです。
最近めっきり漁獲高も減り、文字通りの珍味になってしまっているようですが、それでも、お茶漬け、天ぷら、酒のつまみとして盛んに食べられ、土産物屋さんには「ざざむし」の佃煮が店頭に置かれていました。
あえて「漁獲高」という言い方をしましたが、ほんのちょっぴり、「お遊び」で捕まえるのなら必要ありませんが、たっぷり捕まえて帰るなら、近所の漁業組合で許可証を発行して貰わなければいけないそうです。
収穫期は、12月から2月までの寒い時期。
捕りに行かれるなら、風邪をひかないようにしてくださりませ。
しかし、写真で見たその実物。
私的には、美味しそうとは思えないですけどねぇ。。。。(汗)
でも、そのうちに挑戦してみたいという気も・・・・・・・・・・・
ちなみに、左の写真は、「ヘビトンボ」の幼虫です。
他に下の画像にある、これらもこの辺りでは「ざざむし」と呼ばれています。

ヒゲナガカワトビケラカゲロウ
左から「ヒゲナガカワトビケラ」・「カゲロウ」

文字数稼ぎの寄り道はこの辺で終わらせ、この日は前日行かなかった「諏訪大社」の後二カ所の神社、「諏訪上社前宮」と、「諏訪上社本宮」を目指しました。
余計な荷物はまた駅のコインロッカーに預けると、登りの普通列車に揺られて一駅隣の「茅野」で下車。
そこからバスで、約10分。
まるでマイクロバスの様な小さなバスに乗り込むと、後から地元のおばあちゃん達が団体で乗ってこられました。
どうも皆さん、「通院仲間」というか、何というか、下車されるところはバラバラだけどとても仲の良いお友達同士のようでしたねぇ。
その中のお一人が席に座るなりゴソゴソと荷物を開けると、みんなにお菓子を配り始めた。
その様子を見て、もうほとんど遠足気分だな、って思っていると、私の目の前にもおせんべいが差し出され、私もいつの間にか仲間入り。
「どこから来たの?」「どこへ行くの?」
好奇心たっぷりのおばあちゃん達からの質問攻めには少々閉口しながらも、結構楽しいひとときでした。

おばあちゃん達に教わった通り、「前宮」でバスを降りるとすぐそこに銅製の鳥居があり、ずっと中に進んでいくと、本殿があります。
「諏訪上社前宮」は前を走る県道からは一段高くなっていて、この辺り一帯は「神原」(ごうばら)と呼ばれています。
後で紹介する「本宮」も含めて、「諏訪上社」のなかでは一番由緒の深い地だそうで、社伝によると、ここが「諏訪大神」が初めて現れた地だそうです。
全体の造りは「本宮」よりもかなり簡素ではありますが、「上社」の祭祀の中心地で、昔は生き神だと言われていた、大祝(おおほうり)の居館のあったところでもあります。
「大祝」とは、諏訪で祀られている「建御名方命」の後裔で諏訪大神の神格を持ったままの「生き神」として崇められ、昔はたいそうな権勢を持っていたのだそうです。
その居館は室町時代には他に移されてしまったそうですが、当時居館のあった場所の名残はまだ残されており、特に戦国時代に築かれたのであろう、土塁の跡などを見ると、ここはまるで堅固な山城のようなものだったのではないかと想像されました。

そしてここが「前宮」の本殿。
諏訪の大神が一番最初に居を構えたところと言われ、かなりの高台で、後の諏訪信仰発祥の地となっています。
今現在のこの本殿は、昭和7年に伊勢神宮の古材を使って建てられたものだそうですが、何だか大昔からあるような印象を受けました。
この本殿の後ろ側、少し左側になおも小高いところがあります。
そこが諏訪大神の御神陵「お墓」だと伝えられています。

本殿の前には小さな清流が音を立てておりました。


これがその清流。
古くから「すいが」と呼ばれ、ここから約1キロほど登ったところから湧き出した水が、前宮の神域を流れる「御手洗川」となり、恒例の神事を執り行う際に使われる清めの水として大事にされていたそうです。
昭和の初期に初めて科学的な水質の調査がされたそうですが、水質はとても優れているものだそうです。
試しに一口、口に含んでみましたが、微かに甘みのようなものが感じられ、とても美味しくて、後からゴクゴク飲んでしまいました。
水をすくおうと手を流れのなかに入れると、とっても冷たくて、手はあっという間に真っ赤になるほど。
この流れ、巾は約30センチくらいしかありませんでしたが、流れている水の量はとても豊富で、この高台には日がいっぱいさして、確かに住まいを作るにはとても良いところだと感じました。

この「前宮」を後にして、目指すは「諏訪上社本宮」
県道をただひたすら西の方角目指して、テクテクと・・・・・
途中でちょっとした祠を見つけました。
祠自体はその辺りの氏神を祀ったもので、さほど珍しいとは思わなかったのですが、同じ敷地内にいっぱいある、色々な末社に興味がもてました。

写真にある小さな石の祠は、特に小さなものなら高さ、30センチにも満たぬ物。
こんな小さな祠にも、ちゃんとその周りには、「御柱」が建ててあって結界が張られています。
もちろん、敷地の真ん中に鎮座している大きな木造の祠も「御柱」に依って守られていました。
そういえば・・・・・・・・・
去年出雲大社周辺の神社をあちこち巡り歩いた時、どんな神様を祀ってある神社もすべてあの独特の「大社造り」と言う様式で建てられていて、そして注連縄も、出雲特有の太い物が掛けられてありました。
多分、ある特定の神を祀る方法というのではなく、その地方、その地方により、神様を祀る方法に地元の特徴みたいな物があって、それが今に伝えられているのだという気がしました。

そして見つけた道祖神。
私がこの地にやってきて見た、二体目の道祖神です。
私にはよく分からないけど、道祖神は皆、男女二人の姿で成り立っているのでしょうか?

昨日見つけた道祖神はお二人抱き合っておられましたが、ここの道祖神は仲むつまじく手を繋いでいらっしゃいました。
通りを見ると、やはり週明けのせいか交通量はかなり多い。
そういえば私、この諏訪に来て交通量の多いところばかり歩いていたような。
やはり大型トラックや大型ダンプが猛スピードで走り抜けていました。
この県道をテクテク歩いているうちに何人かのお年寄りを追い抜いてきましたが、あのお年寄り達は、この道祖神に守られていると思っていらっしゃるんでしょうか?
道を横切る時も何だかとても大胆というか、さりげなくと言うか・・・・・・・・・・・・・、
幹線道路と言えば必ず広い歩道がついて、信号も至る所にある道ばかりしか知らない私にとっては、ちょっとばかりハラハラさせられながらも驚きでした。

どのくらい歩いたのかな?
軽く1キロは歩いた頃、やっと大きな銅製の鳥居がありました。

これでちょっと一安心。
また道に迷ったのかと少々不安を感じていたけど、とりあえず一応、道は間違っていなかったらしい。
でも、この鳥居から「本宮」までもかなりの距離がありました。
そしてやってきた、「諏訪上社本宮」

入り口の鳥居をくぐると彫刻に飾られたとても立派な門があってその内側は、こんな長い廊下になっています。
この門のことは「入口御門」、そしてこの長い廊下は「布橋」(ぬのばし)と呼ばれています。
明治維新以前までは、上社の大祝しか通ることが許されず、その時には布が敷かれた事から「布橋」という名称がついたとか。
この長廊は、長さは70メートル余りもあり、その中を歩くだけでもとても厳粛な気分になりました。
廊下を歩ききったところにまた門がありその中に入ると、向こうの方に「社殿」が見えます。
「本宮」の建物は独特の建築様式になっていて、正面に「拝殿」と「幣殿」がありますが、「本殿」は無いんです。

この社殿の右脇に、窪んだところに年中水をたたえていると言われる「砥石」と言われる大岩や、神官や 勅使のみが行くことのできる「遥拝殿」などがあるのですが、この「拝殿」前の石畳の所は、「斎庭」(ゆにわ)と言い、今でも特別な時以外は一般人は入るこ とができないそうです。
とりあえず、「拝殿」の写真も撮ったし、来た道をUターン。
ただ、今度は長廊に戻らず、長廊の外を歩き回ってみました。
四つ足門を出て、右に行くとさっきの廊下、まっすぐ行ってそのまま階段を下りると、こんな所に手洗い場が。
でも、かなり変わった形をしている。
普通、手洗い場は水槽があって、いっぱいひしゃくが並べてあったりするけど、この手洗い場はちょっと趣が違う。

近寄ってみると、何だか湯気が出ていたような気が・・・・・・・・・・・
ん?
目の錯覚?
ひしゃくで水をすくって手に掛けてみると、とても暖かい!
暖かいと言うより、熱いくらい。
「諏訪神社」のなかに温泉がわき出しているんです。
すすけちゃって若干読みにくくなっている立て看板を見ると、「明神湯」という文字がありました。
手を清める水は「手水舎」の横を流れる小さな川を使うのだそう。
そういえばこの御神域にも綺麗な水が細い流れを作っていました。

この「明神湯」の向こう側に、「手水舎」があるのですが、その前に「雷電」という相撲取りをかたどった銅像があります。
諏訪明神はとても力の強い神様としても知られており、相撲とは関係が深く、この神社でも毎年のように相撲神事が行われているそうです。
今でも多くの力士達がこの神社に参拝しているそうですが、この雷電の像も、「諏訪大神」に対して拝礼の姿勢をとった形で作られています。
「雷電」は江戸時代の末期に活躍したここ信州出身のお相撲さんですが、昭和41年に奉納されたこの銅像は、今の鏡山親方、当時の「柏戸関」をモデルにした物だそうです。

そしてやっぱりありました。
「諏訪大社」には欠かせない大きな「御柱」。
写真にあるのは「二の柱」ですが、同じような柱が4本、社殿を囲むように建てられています。
この柱は樅の木でできており、高さは約17メートル、直径は約1.2メートルはあるそうです。
上社の御柱置き場からここまで数千人の氏子によって20数キロもの行程を牽かれていくので、裏側は若干すり減っているそうです。
山から曳かれてから町中をあちこち練り歩き、そしてここで建てられるわけですが、この行事を「御柱神事」と言い、寅年と、申年の7年ごとに行われます。
次回の「御柱神事」は平成16年の「申年」。
今度こそ、大きな事故がありませんように。

まるで駆け足のように「諏訪大社」を巡り歩いてきましたが、「諏訪」に「諏訪大社」という神社はありません。
実は、「諏訪下社秋宮」「諏訪下社春宮」「諏訪上社前宮」「諏訪上社本宮」全部をひっくるめた名称が「諏訪大社」です。

諏訪という町はとても歴史の深い町で、色々な言い伝えが残されています。
ことに「諏訪七不思議」はちょっと面白いです。
本当にこんな事があるの?と思われる物から、今でも現実に起こっている物まで様々。

その中で特に有名なのは「氷湖の神幸」
「おみわたり」のことです。

厳寒時、諏訪湖全体が結氷して数日後、さらに冷え込んだ日の夜更けに、まるで雷鳴のような音と共に、「諏訪上社」の浜から「諏訪下社」のある方向に大きな亀裂ができて、さらに高さが1メートル余りも盛り上がって、まるで大蛇がクネクネと這ったようになります。
これが「御神渡」(おみわたり)で、上社の男神が下社の女神の元に通った道筋だと言われています。
この現象ができて初めて、一般人がこの湖上に出ることが許されるのだそうです。
毎年「御神渡」ができると、この道筋の方向や形からその年の吉凶が占われるそうですが、ほぼ毎年ひび割れのできる方向は同じと言うことで、これが「諏訪の七不思議」の第一に上げられています。

この「御神渡」は、一部、科学的な解明もされています。
平たく言えば、ガラスのコップに入れた水を冷凍庫で凍らせると、コップが割れてしまうのと同じ現象です。
水が凍ると、数%ですが液体であった時よりも体積が大きくなります。
まず水面に薄い氷ができると、その氷はあたかも全体を密閉したような状態になります。
それからもっと冷えてくると、当然その下の水も凍るわけですが、その時に増えた体積分は、水の表面も含めてその容器全体に大きな圧力を掛けることになります。
その大きな力が、例えばコップの氷であった場合はコップを割る原因になり、諏訪湖であった場合は、諏訪湖の表面に張った氷を割る原因になるわけです。
しかし、なぜ毎年諏訪湖では同じ方向に「御神渡」ができるのかはよく分かっていないそうです。

さて、名残惜しい事ながら、今回の諏訪のお散歩はこれでおしまい。
きれいなお姉さんの運転する巡回バスに乗り込むと、荷物を預けてあった「上諏訪駅」へ・・・・・・・・
帰りの切符を買って時刻表を見ると、もう間もなく列車がやってくる。
余り待たなくても良さそうね。。。。。。。
ちょっとホッとしながら改札を越えてホームに出るとそこには、なんと!

こんなのが!!

ん?
写真が小さくてよく分からない?
では・・・・・

駅のホームにこんなのがあった!!
今まで走ってばかりだったから気づかなかったんですよぉ。。。(涙)
この露天風呂は「上諏訪駅」の名物になっていて、列車の乗車券か、駅への入場券が有ればそのまま入ることができます。
タオルや石けんが必要なら、ホームにあるキオスクで売っています。
しまった!!
列車が来るまで後10分しかない!!
10分間でノンビリ露天風呂を楽しむなんて、とても無理じゃないですか。
あ〜あ、「諏訪」にまた一つ宿題ができました。 (^∇^)



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