フェアリー学園の平和な空間に響くせわしない足音があった。
「大ニュース! 大ニュースですわ!」
試験も終わり、それぞれが新しい生活に慣れつつある頃――。
学園が休日の今日、ティナはメイプルに料理講座を受けるべく、部屋に呼んで基本を教わっていた。
そんな午後のひととき。たまたま買い物に出ていたルルカが、戻るなり叫び声をあげ、2人の注目を浴びる。
「そんな大声出さなくても聞こえるわよ」
「わかっていますわ。大声を出したということは、それだけ私が驚いたということですわ!」
ティナの嫌味にも似たセリフを冷静に分析するルルカ。わかっているのなら、やめてほしいものだが。
「で、どんな大ニュースなんですか? ルルカさんが実は男だった、なーんて……」
ゴッ……
セリフの終わりを待たず、回し蹴りがメイプルの後頭部をヘコませた。
「こんな可愛らしい男がどこにいるっていうんですの?」
「……………………」
テーブルに突っ伏しているメイプルからは反応がない。
「あら? もしかして、やりすぎました?」
「もしかして、じゃないでしょ! 少しは加減しなさいよ、ルルカ!」
文句を言うものの、ティナもこの行為そのものには異論はないみたいだ。
と、小さなつぶやきが聞こえた。メイプルが何か言っているようだが……2人は耳を近づけてみる。
「……こんな……こんなことする人……とても女じゃ……」
「オホホホ、言ってくれましたわね!」
「わー! ストップ、ストップ!!」
ルルカが振り上げた右足を、かろうじて受けとめた。振り上げた最高地点でのキャッチだったのが幸いしたのか、ルルカも力が入れにくくなったらしい。
相変わらず、この3人はこんなことをしているようだ。
「で……何が大ニュースなの?」
場が落ち付いたところで、話題を元に戻す。
「あ、そうでしたわね。実は……」
ガーダ導師の研究室の前には、沢山の木箱がならんでいる。
部屋の中を覗いてみると、白髭の導師と、数人の生徒たちがいた。様々な資料や文献を木箱に詰めている最中みたいだ。
廊下に積まれた木箱の中にも、今のティナでは到底理解できない魔術書がギッシリ詰められている。
どうも、話は本当のようだ。
「あれ、ティナじゃないか」
入室すべきかどうか迷っているティナの前に、木箱を持つロットが現れる。
「ティナも手伝いに来たの?」
「ていうか……話を聞いて確かめに来たというか……」
「ガーダ導師の転勤の話?」
「うん……本当なんだ」
ガーダ導師は、すっかりモノがなくなったデスクのホコリを、名残惜しそうにふき取っている。
「王立の魔法研究機関に行くんだってさ。前からアプローチがあったみたいだよ」
「ふ〜ん……」
この魔法使いの力からして、その話は意外でもなんでもない。しかし、実際にこの学園を去ることになるとは、ティナにとってかなり意外なことだった。
ずっとウイント導師とともにいたガーダ導師。当然ティナも、物心ついた頃からずっと世話になっている。ある意味、恩師というべきだが……この学園になにか愛着を持っているような気がしていたのに。
ティナは、手伝うことなく、その作業をしばらく見守った。
ガーダ導師のほうは、そんなティナに気付いているはずだが、声をかけることはなかった。
そして、翌日のお昼。
荷物を積んだ馬車に乗りこみ、ガーダ導師は17年間勤めてきた学園を去っていった。
お昼休みに便乗して見送りに来ていた生徒たちも、馬車がいってしまうと、各々の時間へと戻って行く。
「行ってしまいましたわねぇ」
「お姉さまにはラッキーじゃないですか? 怒られる回数も減りますよ」
「うん……」
ガーダ導師の後釜は決まっていないという。
いや、そもそもウイント導師が今は特に必要ないと言っていた。
なぜか理由はわからないが、どうも2人の導師がティナの進む道を開いてくれたかのように感じる。実際、ティナが目指すべき場所は、これで空いたことになる。
でも、なんだか、モヤモヤする。
ガーダ導師の突然の転勤は、ティナにとって嬉しくも寂しくもある。
「ティナさん、そろそろ講義が始まりますわ」
ともかく……
「うん、そうね」
自分はこの学園で頑張る。
今できることは、それだけなのだから。
1度振り向き、ティナはもう見えなくなった師に対して、一礼を送った――。
|