魔法の使い方〜メイプル・その後〜
「えー、行けないのぉー!?」
 着替えを終えたばかりのメイプルの耳に、水を流し込んだような知らせだった。
 すぐ目の前では、ルームメイトのルシアが両手を合わせてゴメンナサイのポーズ。
 お祝いパーティーの買出しに行こうと思っていたメイプルは、一斉試験の予定がないルシアを誘っていた。そのルシアが急用で行けないという。聞けば、昨日届いていた手紙を今朝になって読んでみたところ……家族旅行をしたいから一旦帰ってこい、とのこと。ベッドの上を見れば、すでに出発の準備が整ったバッグが置いてあった。
「帰ってきたら、うめあわせするから」
「……しょーがないな〜」
 準備万端なルシアを見て、意外とアッサリ諦めるメイプル。
「おみやげ、なにか清酒でもお願いね」
「う……うん」
 どうやら、この機に乗じてお酒をゲットする魂胆だったらしい。メイプルのおねだりに苦笑いしつつ、ルシアは荷物を背負って部屋を出ていった。
 残されたメイプルは、狂ってしまった今日の予定を練りなおさなくてはならない。部屋の鍵をシッカリかけ、とりあえず階下の中庭を目指した。
「どーしようかな」
 買出しに行くのは決定事項だ。とはいえ、帰りの荷物が多くなると予想し、そのためにルシアを誘ったのだ。とても1人で行くつもりにはなれない。誰かを誘うしかないのだが……さて、誰にしたものか。
「こうなったら、ルルカさんに……でも、カリを作るのは望ましくないわね。ルルカさんは却下」
 自問しながら、荷物持ちの候補者を絞ろうと頭をひねる。
「ロット先輩やミスティ先輩に頼むのは、さすがに抵抗あるし……」
 考え事をしていて、階段を降りる足が少し危なっかしい。
「お姉さまをつれていくわけにもいかないし」
 腕を組み、全神経を頭に集中させる。
 1階と2階の間にある踊り場を通り、最後の10段に足を踏み出し……
 ズルッ
 いや、踏み外した。
「ぅひゃぁぁぁぁぁ!」
 ドダドンダドダドズンドダン!
 なかなか派手な音をたてながら、一気に階段を転がりおちていくメイプル。そして、頭を下にして階段の1段目に腰が寄りかかるように、仰向けの状態になって止まる。
「い……った〜」
 腰とか頭とか肘とか膝とか、とにかくあちこち打った。何事かと振り向く生徒たちは、呆れたり笑ったり……特にメイプルを気にかけない様子で去っていく。こういう注目のされかたは、ハッキリ言って恥ずかしい。
「……みんな薄情者ね、こんな可愛らしいメイプルちゃんを助け起こしてくれないとは!」
 世間の冷たさにブツブツ文句を言いながら、自分で起き上がろうとした時、自分を見ている人物に気がついた。見れば、階段の中腹にアクスがいる。
「あ、バカアクス! 見てたなら助けなさいよ!」
「だ、だって……」
 少し動揺したように視線を泳がせている。いつものように、メイプルの勢いにおされて……という感じでもなさそうだ。
「その……ス、ス……」
「す?」
「……スカート……」
「スカート? スカートがどうしたのよ、履きたいわけ?」
 言われても、メイプルが気付くまでに少し間があった。アクスが自分のほうを指さしているので、視線を仰向けの自分に戻してみる。お気に入りのミニスカートのすそが、大きくめくれていた。
「………………わぁぁぁぁぁっ!」
 慌てふためき立ちあがる。途中で、また手すりに頭をぶつけてしまった。
「み、見たなぁ!!」
「み、見え……」
「見えたんだ、なんていいわけは聞き入れないわ!」
 言おうとしていたセリフを先に言われてしまった。結局アクスは何も言えずに、メイプルにペースにもっていかれてしまう。
「純情可憐な乙女のピーを見ておいて、ただで済むとは思わないことね!」
 いろいろ突っ込みどころのあるセリフを吐きながら、メイプルがにじりよっていく。頭の中では突っ込みが完成していたアクスは、その態度に気圧され消去を余儀なくされた。
 アクスの前までやってきたメイプルは、いきなりガシッと手首をつかみ、
「罰として、荷物運び係に決定!」
「え?」
 抵抗の間を与えぬ勢いで、力強く中庭のほうへと歩き出す。アクスは半分ひきずられるように連れ去られてしまった。

中途半端に賑わう街、ブルギール。
 メイプルに強引に連れられやってきたアクスだが、今日は復習でもしようと思っていたらしい。さっきから帰りたがっていたが、メイプルに隙がなくて諦めた様子。おとなしくメイプルの後ろを歩いていた。
「こんな日に勉強するなんて、健全な子供にあるまじき行為よ」
 ようやく素直になったアクスに、メイプルは持論を説明していた。
 手頃な荷物持ちを得たことで、機嫌もよくなったメイプル。さっきの事件も作戦だったんじゃないかと疑わせるほどだった。ただ……アクスにとっても、ちょっと嬉しいハプニングだったかもしれない。
 噴水のある広場を抜けると、中央通りに面した一等地を確保している生食店が見える。見るからにツヤのいい、新鮮な野菜やお肉が揃っていて、メイプルが前々から目をつけていたお店だ。いつかティナに手料理をと思っていたのだが、今回それがかなったので張り切っていた。
「えーと、コレとソレと……あと、アレはあるかな〜?」
 ウキウキしながら材料を選び出すメイプルは、好きな人に料理を作ってあげようとする少女そのもの。
 頭に思い描いた料理に必要な材料を、状態のいいモノを狙って手に取りカゴの中へ。そのたびに、持っているアクスの腕に負担がかかっていく。始めは平気だが、量が増えるにつれて辛くなってきた。
「あったあった。えーと、他には……」
「ま、まだ買うんですか……?」
 いい加減にしてほしいと、アクスが訴えた。腕の筋肉も限界近く、いったんカゴを降ろして休憩していた。
「男のクセにだらしないわねぇ。もっと体を鍛えたほうがいいわ。ちょうどいいわ、この荷物持ちでシッカリ鍛えるのよ!」
 と、自らカゴを持つと、再びアクスの疲れきった手に返した。そして、イヤそうな目で見ているアクスに対し、
「お姉さまの為だと思えば、万事ノープロブレム!」
 人差し指を突き立て、ウインクまでして、アクスにヤル気を起こさせようとした。
 メイプルとしては、自分の可愛いポーズとティナの名前との相乗効果を利用して行なった作戦だったのだが、アクスはティナの名だけに反応した。ティナのためのパーティーと聞いていたので、アクスはがぜんヤル気を奮い立たせる。
「よ、よーし、」
 気合を入れ直すと、改めて籠を持つ。あいかわらず「恋する少年の悲しい性」というのは続いているようだった。
 メイプルは、うんうん、とうなずいて、
「じゃ、コレとコレもお願いね」
 ドスン、といくつかの品を放りこむ。アクスがどうなろうが知ったこっちゃないという感じだ。
 足をガニマタにしてふんばったアクスは、両手の筋肉をフル稼働させて、なんとか籠を支えている。紅潮した顔には、脂汗がにじんでいた。ティナのため、というのがなければ、とっくに放棄しているだろう。
 とはいえ、限界ギリギリの状態で持っていたアクスは、なんとか店員が待つカウンターまで籠を運ぶと、力が抜けたように座りこんでしまった。店員が気の毒そうに見ている。
「ちょっと、ダウンしてるヒマないわよ。今度はコレを学園まで運ぶんだからね」
 会計を終え、自分のモノになった食料を袋に詰め込みながら、再びアクスにカツを入れる。大きな袋と小さな袋が1つずつ。さすがに全部は気の毒だと思ったのか、小さい袋はメイプル自身が持ち運ぶことにしたようだ。
 その分軽くなったとはいえ、大きい袋には重い野菜ばかりが集中して入っている。火事場のバカ力なみの腕力を必要としたアクスは、フラフラしながら店を出る。
「危なっかしいなぁ・・・」
「す・・・少しは、手伝って、くださいよ・・・」
「乙女に向かって、力仕事の催促だなんて、教育がなってないわね!」
 ただ手伝って欲しいだけなのに、理不尽にも怒られてしまった。ホントに気の毒なキャラである。
「女の子には優しくしなさいって、お父さんに教わらなかったの? そんなだから、あんたはいつまでも脇役なのよ」
 そう言われても、優しくしたくない相手というのはいるものだ。
 アクスがメイプルと初めて会話したのは、ゴッドガーデンへ向かう途中。そこから帰って以来、年下のメイプルに逆らえず、すっかりメイプルの下僕になりさがってしまったアクス。同級生にはからかわれるし、メイプルは怖いし……彼の学園生活は暗転していた。
やがて、フェアリー学園へと続く道にキラキラと輝くガトール川が現れる。幅の広い橋がかかっていて、これを渡れば巨大校舎はもうすぐだ。
「あれ〜? 何やってるんですか、ルルカさん?」
「え? あ、メイプルちゃん!」
 橋を渡ろうとすると、ちょうど向こうからルルカがやってきた。慌てた反応に、メイプルは不審なものを感じる。
「お姉さまに付き添ってるんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったんですけど……ちょっと用ができたんですわ。おほほほほ」
 タラリ、と頬に汗が伝う。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」
「な、なんですの、その目は……」
 グルーっとルルカを観察しながら、一回り。そして、
「わかったわ! ルルカさん、昔の男に会うのね!」
 突然とっぴょうしもないことを言い放った。
「な、なぜ、そうなるんですの! 私はただ……ティナさんにお祝いの品でも贈ろうかと思いまして、買いにいくところですわ」
「香水がいつもと違う」
 ……………………。
「ただの、気分転換ですわ!」
「どうして、そんなにムキになるんですか〜?」
 いつもいつも相手を振り回すだけ振り回すルルカだったが、どうも今回は違う。逆にメイプルに振り回されていた。メイプルもそれを感じて、突っ込むのがなんとも楽しそうだ。
「別に、ムキになんてなっていませんわ」
 思い出したように、急に言葉のトーンを下げるルルカ。もっと突っ込んでみたいメイプルだったが、大きな乱入者に邪魔をされてしまった。
 街のほうからやってきた馬車の音に振り向き、慌てて橋の横に避難する。
 上品な装飾がほどこされた大きな車体、馬具も安いものではないだろう。乗っているのは由緒ある家柄の人間だということが、容易に想像できた。
「止まって!」
 車体の中から若い男の声が聞こえ、メイプルの目の前で馬車が止まる。普通に通過していくものと思っていたメイプルは、突然の停車にわけがわからず、3歩ほど後ろにさがった。
 一方のルルカは、その馬車が自分の前に止まると知っていたかのように、微妙に引きつった顔で立ち尽くしていた。
「やぁ、ルルカ。4年ぶり。迎えにきてくれたのかい? 感激だなぁ……はっはっは」
 馬車から降りてきたのは、16歳ほどの少年。白を基調に、青と金色がほどよく飾り、上品な衣装での登場だ。そして、当然のごとくルルカの手をとる。
「さぁ、それじゃあ行こうか、ルルカ」
 嫌そうな顔をしていたルルカ。しかし、諦めたような表情を見せると、その少年と一緒に馬車に乗り込んでいく。ドアが閉じ、馬車は向かう方向を180度回転させた。
 本当にルルカの知り合いらしき男が登場して、一緒にどこかへ行こうとしている。あっけにとられているメイプルに、ルルカが車上から声をかける。
「このことは、くれぐれも内密にお願いしますわ」
 誰に、とは言わなかったが、ティナに言わないようにと釘をさしているのは、メイプルにもよく解った。1度、ゆっくりと頷く。
 街に向かって走り去る馬車。
 その姿が見えなくなって、メイプルも学園に帰ろうと橋に足をかけた。
 そういえば、アクスはどうしたのか?
「おーい、バカアクス〜」
 姿が見えない。
 馬車に驚いて、逃げ帰ったのだろうか?
 それならそれで後で笑ってやるからいいが、買い物袋だけは回収しなくては。なにせ、あの食材は、メイプルのほぼ全財産を消費しているのだから。
「もし1つでも落としてたら、一生こきつかってやるからね!」
 見えない相手に向かって脅しをかける。と、どこかからギクッという音が聞こえたような気がした。メイプルの第六感が反応し、なにげなく橋から下を覗きこんでみると……
「あ……」
掠れた声がメイプルの口から漏れた。
 いつもみたいな元気よく空気を振るわせる声からは、想像もできないぐらい動揺した声が。
 目の前の状況を信じたくない。そんな心理状態が現れたように。
 橋のたもとで、アクスはオロオロと川面に視線を泳がせ、メイプルにどう説明しようかをまとめている最中だった。
「そ、その……あの……」
 やはり、メイプルの顔を見ては、説明しようにも言葉が出てこないようだ。
 あの時、アクスは馬車を避けようとした。しかし、重い袋に体を流され、バランスを崩してしまったアクスは、袋ごと中身をガトール川の清流に落としてしまったのだ。慌てて拾おうと河原に降りたのはいいが、早くも川に棲む中魚たちのかっこうのエサとなっていたのだ。
 輝く水面に、プカプカと浮かぶ野菜やお肉たち。
 流されていくソレは、拾ったとしても料理に使うことは、もはやできないだろう。
 メイプルは、不思議とアクスを責める気になれなかった。ただ、目の前に広がる現実に、溢れ出した別の感情が心を埋めていた。
 大好きなティナに料理を作ってあげられない……
 そんなことを思っていたら、視界がかすんでいた。
 いったい、いつぶりだろうか。少なくとも、フェアリー学園にきて初めての経験だったろう。
 橋の下で見ていたアクスも、これには驚いた。初めてメイプルの女の子らしい面を見た気がして……不思議と見入ってしまった。
「お姉さまに、食べて……もらいたかったのに……」
 最後のセリフは、小さな子供が言ったような、はっきりしない発音だった。

お昼を食べる気にもなれず、メイプルは自室でボーッとしていた。
 本当なら、お祝いパーティー用の料理を作らなくちゃいけないが、材料のほとんどをアクスが流してしまっては作りようがない。今、メイプルの手元には、薬味や調味料だけが入った小さな袋があるだけ。これで何か作るとすれば、味をつけたお湯ぐらいか。
 このままボーッとしていても、どうにもならない。ティナならおそらく許してくれるだろうが、謝りに行く一歩が踏み出せなかった。ショックが大きすぎた。
 おサイフにも、残金は残り少ない。改めて買うのは無理……
「こうなったら……ルルカさんかバカアクスに弁償してもらうしか……」
 ようやく、というか、ついに、というか……メイプルがいつもの思考状態に戻ってきたようだ。
「うん、そうよね。ルルカさんの知り合いの馬車にも責任があるし、落としたヤツの責任は当然だし、弁償するのは絶対条件よ!」
 ガタッとイスから立ちあがり、机を両手で強くはたく。まずはアクスのお金を搾り取ろうと、足音を踏み鳴らし、ドアのノブをつかむ……
 と、開いたドアの向こうには、大きな袋の顔を持った人物がいた。
「あの……もう一回買ってきたから……」
 聞こえた声は、間違いなくアクス。後ろに回りこんでみると、両手と顔面で袋を抱えるとゆー情けない状態でいた。
 弁償させようと思っていたメイプルは、買いに行く手間が省けたというものだ。まさに願ったり……いや、それ以上の好展開を目の前にして、思わずニヤリ。
(コイツ……使えるかも)
 密かに、パシリ第一号の称号を与えたメイプルだった。
「なかなか行動力あるんじゃないの。その行動力を駆使すれば、下の教室まで運べるわね?」
「え……はい……」
 メイプルと別れる時、とことん落ち込んでた彼女を見て、心配になって慌てて買ってきたものの……今のメイプルは全くいつもどおり。ホッとするやら、こき使われて悲しいやら、アクスは複雑な気分になった。
 ベッドの上に置いてあった袋を取りに戻り、メイプルは先導して階段を降りてゆく。アクスは重い荷物を抱え苦労して登ってきた階段を、再び降りるハメになったが……登るときも大変だったが、降りるのはもっと大変なことを知った。
「タラタラしてないで、さっさと来る!」
 そんなアクスの苦労はさらりと無視され、踊り場から両手を腰にあてたメイプルに叱咤されてしまう。しかし、移動速度はあまり変わらず、袋を落とさないよう気をつけながら一歩一歩くだる。
 10分ぐらいかけて、なんとか1階の教室まで運び終える。
 早速、中身の物色を始めるメイプル。しかし……
「……何よ、コレ。なんでキャベツ!?」
「え……キャベツじゃなかったんですか……?」
 メイプルが作ろうとしている料理に必要のないアイテムが、いきなり顔を出した。視線を交わした2人の顔は、どちらもポカンとしている。
「なーに言ってんのよ! レタスでしょ!? あんた、キャベツとレタスを間違えるなんて、使い古されたギャグやってんじゃないわよ!」
「は、はい……」
 別にわざと間違えたわけでも、ギャグのつもりでもないのに、アクスは勢いで返事をしてしまった。
「あーもう! 豚肉なんて買ってきてぇ! 鶏肉でしょ、鶏肉! わかる? ト・リ・ニ・ク・よ! 間違えるんだったら、せめて牛肉と間違えてよね」
 料理など経験のないアクスにとって、食材選びは困難だったらしい。それでも、記憶力だけはよかったのか、メイプルが買おうとしていた材料に近いモノは揃っていた。これなら、なんとか作れないこともない。
「あの……買いなおしてきますか……?」
 ブチブチと文句を羅列するメイプルを恐れたのか、自分から申し出る。しかし、アクスをジッと見たメイプルは、
「いいわよ、これでなんとかするから。今から行ったんじゃ、料理が間に合わないでしょ。それより!」
 アクスの手を引っつかみ、続ける。
「今度は、こっちの手伝いをしなさい」
 と、包丁を握らせていた。

 アクスはなかなか器用なヤツだった。
 ぎこちないとはいえ、教えたとおりに材料を刻むところは、包丁を初めて握ったとは思えない。メイプルも、横目で見ながら感心していた。
 間違えて買ってきた材料を無理矢理使った料理も、だいたいが出来あがった頃。ティナがロットを従えてやってきた。トラブルはあったが、なんとか予定の時間内に収まりそうだった。ホッとするメイプルだったが、いきなりティナがつまみ食いしようとしていたので、テーブルに並べていたフォークでガード。
「いくら主賓でも、みんなが来るまでダメですよ、お姉さま!」
 まったく、油断も隙もない。
「少しぐらいいいでしょ〜……でも、なんか材料がおかしくない?」
「う……そ、それは、遊び心ってヤツです。文句あるなら食べなくていいですよ」
(あれ……?)
 不自然な組み合わせを指摘され、口から飛び出した言葉はそれだった。本当なら、アクスの失敗談を話して笑い者にしてやろうと思っていたのだが……?
(おっかしいなー?)
 何かヘンな気分になったが、
「やはり、王道は進化の妨げになりますわよね。さすがメイプルちゃん、常に新しい味を求めていますわ」
「あぁー! ルルカさんまで!」
 続いて現れたルルカのつまみ食いを止めるべく、再びフォークアタックを敢行。感じた違和感は全てふっとんだ。そして、ルルカにキャベツサンドを口におしこまれてむせ返り、ルルカ防衛計画もふっとんだ。
 ソレを吐き出さずに飲み込むと、2人に釘をさして料理の仕上げを再開。ちょうど完成間近になってミスティもやってきた。これで全員の顔が揃った。
「それでは! お姉さまの4年ぶりの進級を祝って、食べちゃってください〜!」
 集まった面々を眺め回して、お祝いパーティーの開始を宣言するメイプル。
 一同、テーブルの上に並んだちょっと不可思議な料理を口に運ぶと、にわかに品評会が始まる。
「意外と料理うまいのね、メイプル……」
「へへー、見直しましたか?」
 ティナの賞賛に、メイプルは得意そうにティナの顔を覗きこんだ。
「あら、私だってその気になればこのくらいはできますわ」
 反対隣りから、ルルカが負けじと料理の腕を論じてきた。
「私でしたら、シチューに豚肉は入れませんし」
 カッチーン。
 メイプルはなんだか、無性に腹がたった。
「だから、これはわざとなんです! それに、さっきと言ってることが違うじゃないですか!」
「材料を間違えたとして、なんとでも言い訳はできますわね」
「そういうルルカさんだって、口だけじゃないんですか?」
「そ、そんなことありませんわ!」
 2人の間に電光が走る。
 素直にアクスのせいにしておけば、避けられた対決だったかもしれないが……売り言葉に買い言葉なのだろうか? もはや、戦いは避けられない……両者睨みあいながら、そう悟った。
「これは、勝負をつけるしかありませんわね」
「望むところです!」
 メイプルの返事を待たず、ルルカの回転蹴りがメイプルにヒット……と思いきや、予想していたメイプルはフライパンを盾にガードする。それをそのまま、体勢の整わないルルカめがけて投げ付ける。かわせないタイミングだったはずが、
「甘いですわ!」
 さすがの身のこなしで、あっさり避けられた。
 これで諦めていてはメイプルの名がすたる。近くにある手頃な器具を手にとっては、ルルカに怒りの雨を降り注がせる。しかし……全部よけられてしまった。
「おほほほほ。おしるこに練乳を混ぜるよりも甘いですわ!」
 高笑いするルルカの声が、異様に腹立たしく聞こえる。悔し紛れに、持っていたおナベのフタを、ちょうどフリスビーを縦にしたような回転をつけて投げ付け……
「ぶはっ!」
 空気の抵抗を受け、大きくカーブしてしまったソレは、サイドに避難していたハズのティナの顔面にヒットしてしまった。
 時が一瞬停止したように、体を硬直させるルルカ&メイプル。
 ガバッと立ちあがるティナ。明らかに怒っている。
「お、お姉さま、落ちついて……」
「ティナさん、ここで許せるかどうかが、人間の価値につながるかと……」
 怒りをおさめてもらおうと、言葉でなだめをかけるが……
「『灼熱の紅き輝き、我が手指に宿れ』!!」
「えぇ!?」
 右手に火の玉を携えると、自分たちに向かって飛びかかってきた!
「わわっ、お姉さま、危ないです!」
「ティナさん、それはマズイですわ!」
「落ち着いて、ティナ!」
 逃げまわる、騒ぎの根源の2人。暴走するティナを止めようとするロットとミスティ。ただただ、それを眺めるしかできないアクス。

 夕暮れのフェアリー学園。
 名物少女たちは、今日も学園の平穏に刺激を与えていた。


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