毎度のことだが、この日になると早く目が覚める。
楽しみな行楽日というなら話は別だが、そうではない。学校に在籍するものには必ず与えられる日……今日は一斉試験が行われる日だった。緊張感のせいだろうか、目が冴えてしまう。
「わっ!」
ビクッ!
突然横から大きな声が聞こえ、ティナは3センチほどベッドから跳び上がった。
「な、な……」
心臓の鼓動をおさえながら振り向けば、パジャマ姿のルルカがいた。
この部屋には、ティナとルルカしかいないのだから当然なのだが。
「ティナさん、目、覚めました?」
ニッコリと微笑んで、ティナの両手を握り締める。
「今日は一斉試験日ですから、寝過ごしたら大変だと思って、頑張って大声出して起こしてさしあげたんですわ。ティナさん、今日のために頑張っていましたから」
普段は大声出してないと言い張るつもりだろうか。
まぁ……方法はどうあれ、悪意を持っての行動ではなかったようである。ここは、お礼でも言っておくことにしよう。
「そ、そう、ありがと……」
そう、ティナたちがゴッドガーデンから戻ってきて、初めての試験なのだ。
あれから3週間、ティナはマジカルオーブを創ることに、時間のほとんどをかけていた。講義も全部欠席し、この日のために。失敗を繰り返していた理由はわかったのだから、あとは練習するしかないと考えたのだ。
始めはうまくいかなかった。相変わらず爆発を繰り返したのだが、ここ数日になってようやくコツをつかむことができた。成功率は70%というところだろうか……
今はこの70%にかけるしかない。
ティナは小さく気合をいれて、いつもの魔法使い姿に着替えるため立ちあがる。
「手伝ってさしあげましょうか?」
「何を?」
ルルカは、ティナのパジャマに手をかけて、
「着替え、ですわ」
「いらん!」
胸元のボタンを外そうとするルルカの手を、慌ててはたき落とす。
「あらあら、女同士なんですから、恥ずかしがることないですのに」
「女でも、あんたは信用できないわ」
ブツブツと文句を言いながらクローゼットを開く。
そこには、いつも着ている魔法使いの服に寄り添って、まだ1度しか着たことのない白いサマードレスがあった。
眺めていると、なぜか勇気が出てくるような……
ティナは、パジャマから魔法使い姿へと着替えながら、そんな不思議な気持ちになった。
試験にも合格できそうな気がした。
そして、試験会場前。
いつもは教室として使っている部屋の扉に『ピックコレクター終了検定』と張り紙がされているだけの、即席会場なのだが。
つい先ほど、ティナの前に並んでいた生徒が入っていったぱかりである。もう少しでティナの番だ。
「ティナさん、ファイトですわよ」
試験のないルルカが付き添い、ティナの緊張をほぐそうと話しかけてくる。
「う、うん……」
なるべく自然体でいようとするが、やはり緊張は隠せない。
特に、今回はいつもより緊張していた。この試験は何度やっても失敗ばかり、それ以前の試験は100%合格という、極端に偏った経歴のティナである。合否の境目ギリギリの状態で試験に臨むのは初めてなのだから。
てのひらを握ったり、指を絡めたり、廊下に並んだイスに落ち着きなく座っている。
やがて、先ほど入っていった生徒が、満面の笑みを浮かべて退室する。どうやら合格したらしい。
「さ、ティナさん」
ティナはコックリと頷いて、教室の扉を開く。
心配そうに眺めるルルカを残し、1人、中へと入った。
器具が置かれた大きなテーブルと、書類の並んだ長テーブル。試験官を担当する上級ランクの生徒が2人、イスに座って待っていた。いつもの試験と全く同じだ。
そして、ティナが入ってくると、2人の試験官が動揺するのもいつものことだった。
「えーと……まずは、材料の性質についてのテストです」
ピックコレクターで学んだ内容から、全部で30問の問題が試験官の口から羅列されていく。ティナはその1問1問に答えていくのだ。合格ラインは28問以上正解すること。ただ、いつも全問正解を連発しているティナにとって、ここでの失敗はありえなかった。
続いて、材料の保管や加工に関する問題が30問。これも28問以上正解しなくてはならないが、こちらもティナは全問正解だ。
実は、ピックコレクター終了検定はここまで。材料の販売をする権利を取得し、そのまま社会へ出ていくのなら、ここで免許となる特殊なバッジをもらえるのだが……ティナはこのまま次のマジカルリサーチを目指す。学校に在籍している間は免許も渡されない決まりだ。
そして、問題の実技試験。
『炎を起こす魔法』のマジカルオーブを創るというのが、マジカルリサーチの称号を得るための試験。
「それでは、始めてください」
ティナは、用意されている材料で作業を開始した。
すりつぶし、混ぜ合わせ、基盤となるオーブを包み込む……ここまではティナの技術に問題はない。ここからが勝負である。
オーブに手をかざし、魔力を込める。
今までなら、魔力と一緒に心の力まで込めていたせいで爆発していた。事情により、魔法使いレベルの強い心の力を持ってしまったティナは、この低級魔法に見合った心の力に抑える必要がある。
ティナは心の力までがオーブに到達しないよう、極めて集中……しないようにした。
ガーダ導師に説教されている場面、ルルカやメイプルに受ける理不尽な被害……など、過去に起こった負の感情を思い出しすことで、1分の時間を終えた。
ふぅ……
一息置いて、ティナはオーブを包み込む紙にバーナーで点火。黄色い炎が紙と基礎を焼いていく。
爆発……はしない。
まだ火が残っているものの、下に見えた赤い色がティナを喜ばせた。
「やった!」
思わずパンッと柏を打ち、試験官の様子を伺おうとして……
「あれ?」
誰もいなかった。
ついさっきまで2人の試験官が座っていたのに……だいたい、試験の途中でいなくなるなんておかしい。
「……おい、爆発しないな……」
「あぁ……もうしばらく様子見るか?」
声は足元から聞こえてきた。
ティナがたった今まで作業をしていた丈夫で大きなテーブルの下に……覗きこんだティナが、伏せている2人を発見した。
「ちょっと! 何やってんのよ! 試験官なら最後まで見届けなさい!」
怒ったティナは、2人の手を掴み、無理矢理ひきずりだす。
「ほら、マジカルオーブ! ちゃんと創ったわよ」
「あ……え? あ、はい……えーと……」
1人が、燃えかすの残ったマジカルオーブを確認した。
なんだか、普通よりも慎重に時間をかけて見ているような気がした。せっかく出来たのに、なんだか面白くない。
「ま、間違いないかな……」
とりあえず、そう判断したようだ。
「えーと……合格です。ティナは明日から、マジカルリサーチ第1クラス第3教室へ行ってください」
合格の証明……というには安っぽい紙切れに、教室の番号などが書きこまれティナに渡される。
安っぽい紙切れだが、ティナにはそれが輝いて見えた。
すぐに扉を開けて、廊下に走り出す。
「ルルカ、やった! 合格!」
外でティナの帰りを待っているはずのルルカに叫ぶが、姿が認められず困惑するティナ。
「? どこ行っちゃったのよ……トイレかな」
しかたがない。今度は自分が待たなくては。
と、
「ティナ、おめでとう」
背後からかけられた声に、ティナの心は幸せ絶頂を迎えたようだ。
「あ、ロット、ありがとう♪」
クルッと反転して、ハートマークでも飛ばしているかのような笑顔で答えていた。
ここ最近、この2人は一緒にいることが多く、『ロット&ミスティ婚約説』のウワサにもどうやら決着がついたようだ。一方で、2人の仲を不思議がる生徒も多いようだが……とりあえず、マジカルリサーチになるより前に、公認カップルの称号は得ていたようである。
「でも……1人なんて珍しいね」
いつも一緒にいる2人の少女の姿がないので、ロットも少し違和感を感じたようだ。
「ルルカはいたハズなんだけど、いなくなっちゃって。メイプルは買い出しに行ったんじゃない?」
「買い出し?」
「そう。わたしが合格するのも決まってないのに、お祝いパーティーをするんだって張りきっててね……」
あいかわらず思いついた勢いで行動するメイプルを、ティナは迷惑そうに話す。
それを聞いたロットは、こちらもあいかわらず悪口を言わないというか、良心的な意見を述べた。
「でも、ティナが合格するって信じてたんじゃないかな?」
そういわれると、ティナだって悪い気はしない。試験前には逆にプレッシャーになっていたが、今となっては堂々と出席できそうだった。
「あの子は、とにかく楽しければいいのよ」
しかし、ロットが他の子……それがたとえメイプルであっても、優しい言葉をかけるとモヤモヤする。ついつい、メイプルの悪口っぽくなってしまった。
「食べるのが楽しいだけじゃなくて、料理を作るのも楽しいんだとか言うのよ。ヘンなもの食べさせられなきゃいいけど……」
意外だが、メイプルは料理が得意なのだという。ティナ自身、昨日聞いたばかりの事実だったが、まだ半信半疑だ。
「へぇ、メイプルちゃんが作るのか。ティナも作るの?」
「え? あ、あたしは別に……ヘタだし」
両手を振って否定するが、料理を作れるというメイプルが正直うらやましい。自分は魔法のことばかりで、料理なんて作ったことがないのだ。もしパーティーの料理が美味しかったら、少々悔しいが、今度メイプルに習ってみようかと思うティナだった。
と、2人の仲をヒソヒソ噂しながら通り過ぎて行く生徒たちの中から、1人、ティナたちに近づいてくる。
「ロット、そろそろ行かないと遅れるぞ」
ロットと同じグレードマスターの生徒だ。
「あ、いけない。午後にマジカルエージェント終了検定の試験官やるんだ。ティナ、また後で」
とたんに真剣な表情になり、呼びかけられた生徒と一緒に話をしながら行ってしまった。
魔法の研究や、後輩の指導に真剣になるのは、ロットのいいところとティナも認めているのだが……こうして置いていかれるのは寂しいものだ。試験官なら仕方ないのだが、それでもそばにいてほしいのが乙女心というもの。
ティナは小さくため息をもらす。
そういえば、ルルカの姿は見えないままだ。いったいどうしたのか。
このまましばらく待とうと思ったが……階段に向かって歩き出す。
もう1人、大切な人への報告を忘れていた。
コンコン……
「どうぞ」
柔らかな声が答える。
立派な扉を開くと、いつもと変わらぬウイント導師の笑顔があった。
ティナをここまで育ててくれた、世界一といわれるウィッチ。
わざわざ合格の報を知らせなくとも、いずれは報告が入るだろうが……ティナは自分自身で報告したかったのだ。
「試験は終ったのかな?」
「は、はい」
そして、やはり横には、ガーダ導師のしかめっ面もあった。
試験後にティナがここに来るのは久しぶりのこと。いつも合格する度にここに来ていたが、合格できなかった間は、すっかりそれを忘れていた。そして、4年という長い時間を経て、ティナは過去の自分を思い出したのだった。
ティナが来たということは、おそらく合格したのだろう。2人の導師も、それは理解したようだ。
「マジカルリサーチになれました。4年もかかっちゃったけど、でも、やっとマジカルオーブも創れるようになったし、これからもっともっと頑張ります」
改めて決意を固めるように語気を強めていく。
「そして、いつか絶対にウイントさんの助けになれる魔法使いになりますから」
「それは……」
髭をなぞっていたガーダ導師。ウイント導師より早く、彼が問い掛けてきた。
「私の今の立場を狙っている……ということかな?」
「え?」
確かに、そうなるかもしれない。
ウイント導師の補佐をしているガーダ導師。ティナが目指しているのは、今のガーダ導師の立場に似ている。ティナの発言は、ガーダ導師を越えられる……ととられた? そうだとすると、ガーダ導師の気分はよくないだろう。
(やっばーい……)
学園一恐れられているガーダ導師への失態に、ティナは身を縮ませる。
「未来のことはともかく、ティナ、まずはマジカルリサーチでしっかり勉強してくださいね」
とりあえず、ウイント導師の発言で、場の空気は和んだ。
「は、はい……」
そう返事はしたものの、ティナはまだ何かを期待しているような目でウイント導師を眺めている。
いつも期待して、結局聞くことができなかった言葉……それを待っていた。
「あなたの両親も、きっと喜んでいることでしょう」
テーブルの上に並べられた2つのマインドオーブ。ティナの両親の心がこもったもの。
ゴッドガーデンから戻って、ティナはこれをウイント導師に渡していた。自分にはまだ重い……そう思った。周りから認められる魔法使いに成長するまで預けることにしたのだ。
近づいて手をかざしてみる。
何も聞こえない……が、心に何か暖かな気持ちが伝わってくるような気がした。
しばらくの間、気持ちを確かめるように目を閉じる。
ゴッドガーデンで会ったエリーナ……自分の母の姿が見えた。
笑顔の母が……
「ティナ……」
優しい声に呼ばれ、ティナは目を開く。
ウイント導師は、あいかわらずの笑顔で……
「よく頑張りましたね」
少し驚いて、口が半開きになった。ハタから見ると、間抜けな顔だったろう。
(……ほめられた?)
ティナがずっと待っていた言葉……平凡だったが、きっと今のはティナが望んでいた言葉。
本当に嬉しいと、返事もなかなか出来ないのだろうか。
しばし沈黙が続く。
「マインドオーブがティナの手に帰る時を楽しみにしていますよ」
「は……はい!」
ティナの中に、かつての自信がよみがえってきた。
さて、夕方になってティナは、ロットとともに1階の実習教室にやってきた。パーティーのために借りたのだが、この教室は材料の加工をするために、いろいろな設備が整っている。料理を作ることぐらい、充分にできるというものだ。
呼ばれていた時間にティナたちが入ると、メイプルが、なぜかアクスと一緒に準備をしているところだった。すでに料理がほとんど出来あがっていて、つまみ食いするティナの手に、メイプルがフォークを突き立てる。
「いくら主賓でも、みんなが来るまでダメですよ、お姉さま!」
「少しぐらいいいでしょ〜……でも、なんか材料がおかしくない?」
よく見ると、サンドイッチにちぎっただけのキャベツが挟まっていたり、シチューに豚肉が入っていたり、ところどころに不自然な材料が使われている。
「う……そ、それは、遊び心ってヤツです。文句あるなら食べなくていいですよ」
「やはり、王道は進化の妨げになりますわよね。さすがメイプルちゃん、常に新しい味を求めていますわ」
いつのまに現れたのか、ルルカがキャベツサンドを口に品評していた。
「あぁー! ルルカさんまで!」
慌ててルルカにもフォークアタックを試みる。が、スルッとかわされてしまった。
「ルルカ、どこ行ってたのよ。急にいなくなっちゃって」
「ちょっとヤボ用ですわ」
ホホホ、と笑って、残っていたキャベツサンドを、大口開けて叫んでいるメイプルの口に押し込む。突然の所業にメイプルはむせ返ったが、無理矢理こらえてソレを飲み込んだ。料理を吐き出すことは、メイプル最大の恥という意志の現れだ。
やがて、ミスティもやってきて、招待客は揃った。
「それでは! お姉さまの4年ぶりの進級を祝って、食べちゃってください〜!」
なんだかよくわからないメイプルの言葉で、思い思いに料理を食べ始める。
メイプルの料理は、少し納得できない組み合わせがあるものの、味はなかなかのものだった。
「意外と料理うまいのね、メイプル……」
「へへー、見直しましたか?」
メイプルは得意そうにティナの横ではしゃいでいる。
「あら、私だってその気になればこのくらいはできますわ」
反対隣りでは、ルルカが負けじと料理の腕を論じる。
「私でしたら、シチューに豚肉は入れませんし」
そう言われては、メイプルだって黙っちゃいない。
「だから、これはわざとなんです! それに、さっきと言ってることが違うじゃないですか!」
「材料を間違えたとして、なんとでも言い訳はできますわね」
「そういうルルカさんだって、口だけじゃないんですか?」
「そ、そんなことありませんわ!」
2人が激しく争っているフィールドから退散するティナ。なんとなく、巻き込まれそうな気配を感じたようだ。
「ティナ」
ロットが声をかけてくる。
「改めて、おめでとう。これでティナも本格的に魔法の研究ができるね」
「うん、ありがとう、ロット」
(いつか、一緒に魔法の研究をしたいな)
恥ずかしいから、途中からは心の中だけで。
「それにしても、メイプルちゃんの料理、美味しいよね」
「そ、そうだね……」
メイプルは、ルルカにフライパンを投げつけていた。
「今度は、ティナの料理を食べてみたいな」
「……………………え?」
耳元でささやかれたセリフの意味を考えたティナは、なぜか新婚生活を思い描いてしまった。
顔を真っ赤にするティナ。
「な、ななな、何言ってんのよぉ、ロットって……ぶはっ!」
セリフの途中で、ティナの顔面にお鍋のフタがクリティカルヒットした。
そのまま後ろに倒れこむ……が、すぐに立ちあがって、飛んできた方向を睨み返した。
その顔は赤いままだったが、原因が違うのは明白だろう。
「お、お姉さま、落ちついて……」
「ティナさん、ここで許せるかどうかが、人間の価値につながるかと……」
せっかくいい雰囲気だったのをぶち壊しにされて、顔面を強打させられて、黙っているようじゃ人間じゃない。ティナが落ちついて人間の価値を考えた結果がコレだった。
「『灼熱の紅き輝き、我が手指に宿れ』!!」
「えぇ!?」
右手に火の玉を携えて、騒ぎの根源の2人に向かって飛びかかった。
「わわっ、お姉さま、危ないです!」
「ティナさん、それはマズイですわ!」
「落ち着いて、ティナ!」
ティナは、自分のハッピーストーリーを妨害する2人に怒りをぶけつるように、ブンブンと火の玉を振り回して暴れはじめた。
「ルルカとメイプルのバカーーー!!」
夕暮れのフェアリー学園に、ティナの絶叫がこだました……
フェアリー学園所属、無権マジカルリサーチ。
まだまだ、恋も魔法も、階段は遠く、長い――
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