スノードーム

1月。
季節感の乏しい砂隠れの里でも、この月から冬は本格化する。
いつになく吐く息が白い。
・・・もしかしたら、今日は降るかもしれない。
若い風影はかすかな期待を胸に、今日も分刻みのスケジュールをこなす。

しんしんと降り積もり、すべてを白く覆い尽くす雪。
年に一度あるかないか。
見慣れた砂漠の絶対的な光景が一夜にして豹変する様が小気味良い。

だが湿り気のかけらもない砂漠の雪は、水が姿を変えた物とは信じがたいほど乾いている。
風が吹けばなんの躊躇もなく舞い上がり、正面から、後ろから、斜めから容赦なく吹き付け、くるくると空中を踊り狂う。
運悪くその吹雪に出くわした者は間違いなく方向感覚を失う。

降る雪が白いカーペットになるか、人を惑わす吹雪となるかは誰にもわからない。
どちらにせよかなり稀なこの降雪が我愛羅は好きだった。

そんな彼の部屋にあるスノードーム。
ガラスに閉じ込められた液体の中で、据え付けられた人形の周りを作り物の雪が舞うおもちゃだ。
我愛羅を身ごもってから体調を崩しがちだった母親の加流羅が、生まれてくる子に、と作ったという話だ。
その稚拙ともいえるスノードームを時折揺らしては、我愛羅は思いに沈む。
この人為的な吹雪を見ながら母は何を思っていたのか、と。

手に取ってみればところどころ修理の後が見える。
これは確か俺がかんしゃくを起こして壊した跡、これはテマリが落としてしまいバキに怒られながら直した跡、これはカンクロウがぶつかって欠けた跡・・・

それは全くの偶然だった。
ひょいと持ち上げたら、突然底の部分が外れてしまい、一気に中の液体がこぼれてしまったのだ。
2つに割れたスノードームからざらりと出て来たのは・・・白い砂だった。
ここもに砂、か。
自嘲気味に笑う。
生涯逃れ様のない生い立ち。
宿命。
すくってもすくっても指からこぼれ落ちて行く砂。

「あ、お前それ壊しちまったのかよ?!」
巡回の時間だと知らせに、部屋に入って来たカンクロウがとがめるように言う。
兄弟の間でこれは母親が遺したものだという暗黙の了解があるからだ。
彼女の遺品はほとんどない。
これは子供のおもちゃだからという理由で、かろうじて廃棄を免れたいきさつがある。
「・・・フン、しょうがないだろ。
今は時間がない、あとで片付ける」
我愛羅はわざとぶっきらぼうに言うとバラバラになった部品と砂をかき集める。
その時。
ドームの土台に貼付けてあった砂がはげ落ちて、文字がかすかに読み取れた。

「加流羅と我愛羅へ」

目を疑った。
くせのある父の字だ。
ずっと母親の加流羅が作ったものだと思っていたのに。

「どうした」
ひょいとのぞくカンクロウからなぜかその文字を隠してしまった。
「何でもない」
急いで戸口へ向かう。
なんなんだよ、といった様子であとを追うカンクロウ。

待たれていたのだ。
どのような形であろうとも。
父は母子共々、守ろうしていたのだ。
短い時間であったにせよ。
・・・・必要とされていたのだ。

屋敷を出る。
その瞬間空から白い小さな破片が舞い落ちて来た。
「雪じゃん、やっほ?」
「関係ない、見回り行くぞ」
「ちぇっ、警備やりやすくなるじゃんよ、足跡残るからさ」
「吹雪けば同じだ、バカめ」
「フン、今日のは吹雪かねえよ」
「そんなことどうしてわかる」
「カンだよカン、カンクロウ兄さんの」
「・・・せいぜい期待しておこう」

我愛羅の生まれた冬にも何年かぶりに雪が降ったという。
生まれて来る我が子を、身ごもった母親を見舞いに父は雪の上に足跡を残したのだろうか。

静かに降り積もる雪の上の、目に見えるはずのないその足跡に、我愛羅はそっと自分の足を重ね一歩を踏み出した。


我愛羅生誕祝いに寄せて。
コレはあくまでも想像上の話ですが、先代はやはり我が子を愛していたと思います。
そしてどのような形であれ、それを我愛羅に感じ取ってもらいたいと思います。
同じ風影という困難な道を選んだ彼に。
お誕生日おめでとう、我愛羅。