□	はぴば☆
    
    
     休日はノンビリと傀儡の整備にいそしむ。数日かかった任務を終えて、自室でばらし
    た烏の調整を行っていると、乱暴に部屋のドアを開けるものが現れた。
    「カンクロウ、いるか!?」
    「あ?」
     顔を上げれば、姉であるテマリが任務帰りと思われる格好で立っていた。荒げた口調
    と、焦りの表情から、何事かと身構えてしまう。
    「お前…明日が何の日か分っているか?」
    「…明日?」
     言われて、一通り思考を巡らせた。明日というからには、今日の次の日、明後日の前
    の日。日付を考えれば1月の19日となる。それからふと思いついて、カンクロウの表
    情にもまた、焦りが浮かんだ。
    「ヤバイ…オレ、まだこの前の任務の報告書あげてねぇジャン!」
     3日以内に報告書は提出しろといわれていたが、全く手をつけていないことに気づい
    た。が、どうもそうではなかったらしい。
    「バカ、そんなことじゃない!」
     きっぱりとバカ呼ばわりする姉に、ちょっとだけ悲しくなる。
    「…んじゃ何だっつーんだよ?」
     少しだけ拗ねて見せるが、尊大で手厳しい姉は、お構いなし。一向に分らない様子の
    カンクロウに、深いため息を見せている。
    「明日は…我愛羅の誕生日だろう?」
    「・・・・ヤベ。」
     1月19日は、砂隠れの里長、五代目風影となった弟、我愛羅の誕生日。任務やら執
    務やら、人手不足の為にこき使われることが多くすっかり忘れていた。忙しない日常が、
    様々なことを忙殺させる。
    「お前…何か用意したか?」
     恐る恐る尋ねてくるテマリの様子を見れば、それは同じだったようで。
    「いや…何も…。」
     流石に兄弟そろって忘れていました、はかなりまずいのではないだろうか。そういっ
    て、確か去年も同じようなやり取りをした覚えがある。あの時は当日に思い出し、慌て
    て高級な万年筆を二人で贈ったのだが。
     当の我愛羅本人も忘れていたようで、少ない表情に出来うる限りの嬉しさを見せてく
    れていた。
     普段めったに変わらない無表情。それでも昔に比べたらずっと様々な感情を表すよう
    になった。
    「もう、里内外のくの一からは、山のように贈り物が届いているが…。」
     テマリが額に手をやってうつむく。どうやらソレをみて思い出したらしい。自分にい
    たっては、テマリに言われるまで、全く思い出さないという大失態。少しだけ情けなく
    なると同時に、ますます焦りが色濃くなる。
    「去年、万年筆贈ったら…同じようなのがいくつも届いてたジャン?」
    「今年は…どうする?」
     考えることは皆似たようなものなのだろうか?手作りの菓子や小物類を筆頭に、高級
    なアクセサリーやら外国の珍しい置物やらが山のように届いた。中には瓢箪もあり、万
    年筆も同じようなものが何本も贈られていた。
     とりあえず二人が贈った万年筆を優先して使っているようではあるが、時折変えてい
    るところみると、彼なりに贈ってくれた人に、精一杯な心配りをしているらしい。
    「なんか…ありきたりなものしか思い浮かばないな。」
     いらだったようにテマリが、親指の爪を噛む。どんなに考えてみても焦りが先に立ち、
    中々良い案が浮かばない。
    「アイツ…欲しいものが分りづらいジャン。」
     天井を仰いでも、カンクロウにひらめきは訪れない。どちらかというと、我愛羅は既
    に本当に欲しいものを手に入れているような気がする。
     もっとも我愛羅が望んでいたもの。
     ずっと追い続けていたもの。
     それは、我愛羅自身が自らの手で勝ち取り、現在風影となり、もう手に入れている。
     それでもやはり、気づいてしまったら、何か贈りたくなる。何かしてやりたくなって
    しまう。
    「んーー…湯飲み?…やっぱダメジャン?瓢箪?」
    「湯飲みは、無駄に名前が入ったようなのが届いているが?瓢箪も恐ろしいくらい届い
    ているぞ?…いっそ店でも開けるくらいだ。」
     考えても考えても思いつかない。そうしている間に時間だけが無常に過ぎていく。
     カンクロウの部屋にある窓からは、真昼の頂点に達した太陽が、煩いくらいの輝きを
    放っていた。窓にテマリの目が向けられて、容赦ない日の光に目を細める。そういえば、
    こういうときアイツならどうするのだろうか?
    「ナルトなら…どうするかな?」
    「あん?」
     テマリの視線を追って、カンクロウの目も外の太陽へと向けられた。
     煩いくらいのハイテンション。無邪気ではしゃいだ金の髪。砂漠の太陽よりもあつか
    ましい木の葉の下忍が、我愛羅を激変させた。
     今風影として存在できるのは、他でもない。
    「ナルトねぇ…まぁ、アイツなら金はかけないジャン。」
    「いえてるな。」
     仲間のためなら一直線。遠く離れた木の葉から、我愛羅の為に突っ走り、砂のバック
    アップに向かってくれたこともある。口を開けば、仲間だとかつながりだとか、そんな
    ことばかりの煩いヤツ。
    「仲間…か…。」
     ふと、自分の口から漏れた言葉。それがテマリの中で大きなひらめきに変化する。
    「オイ、カンクロウ!耳をかせっ!」
    「いって!引っ張んなっっ!」
     強引にカンクロウの耳を掴んで引き寄せると、二人しかいないというのに、耳打ちす
    る。テマリの声を聞きながら、カンクロウの顔には次第に大きな笑みが浮かび始めた。
    「ソレ、良い考えジャン!」
    「…どうだ?中々他にまねするヤツはいないだろう?」
     悪戯な笑みで笑うカンクロウに、テマリは得意そうに笑っている。姉と弟二人で笑い
    あうと、更にカンクロウがテマリに囁いた。
    「どうせなら…。」
     カンクロウの提案に、良い考えだがと、僅かにテマリの表情が曇る。
    「…だが、間に合うか?鷹丸を飛ばしても…ぎりぎりだろう?」
     心配そうな顔をするテマリに、カンクロウが不敵に口元をゆがめていた。
    「大丈夫、アイツならなんとかするジャン?明日中には絶対間に合う。」
    「そう…だな。」
     窓から差し込む、容赦ない日差し。
     煩いくらいの太陽が、相変わらず世界を照らしていた。
    
    
    
     翌日も砂漠は晴れ。乾燥しきった空気が細かな砂を巻き上げ、無駄に煩い太陽が気温
    を上昇させる。
     今日も一日、無事に風影としての執務を終えた。山済みだった書類も何とか終わらせ
    たし、後は数ヶ月後に控える年度末の決算と、来年度の予算編成が気にかかる程度。
     窓から広がる景色には、砂漠の砂煙の向こうに大きな太陽が沈んでいく。執務室から
    日暮れの景色を眺めていると、ドアをノックするものがあった。こちらの返事も待たず
    に、ずかずかと入り込んでくるのは、二人しかいない。
    「我愛羅!今年もめいっぱい誕生日の贈り物が届いてんジャン!」
     二人のうちの一人が、嬉しそうに入ってくる。まだ出されていない報告書があるはず
    だと思いつき、一言言ってやろうと思ったのだが、言われた言葉に気をそがれた。
    「…誕生日?」
     カンクロウに言われて、我愛羅の目が机のカレンダーを確認する。それからようやく、
    今日が己の生まれた日だと思い出した。
    「…忘れていた。」
     風影として突っ走る日々。忙しい毎日、業務に追われて忙殺される様々なこと。
    「ダメジャン?お前、自分の誕生日忘れんなって!」
     いいながら、自分で忘れていたことは、棚の最上段にあげておく。口にしなければ、
    分らないだろうと思っていたのだが。
    「お前も忘れていただろう?」
     カンクロウの後からテマリが姿を現した。調子の良いカンクロウの頭をぺちんとひっ
    ぱたいている。
    「それを言うなって!」
     文句を言うカンクロウを綺麗に無視して、我愛羅の前にテマリが進み出た。
    「我愛羅、誕生日おめでとう。」
     言われて、我愛羅の表情が変わった。無表情の仮面がはがれ、次第にそっと変化する。
    本当に僅か、それでも嬉しいのだと分った。纏う空気がやわらかくなり、揺らぐ視線が、
    微かに照れていた。そんな我愛羅を前に、カンクロウの目とテマリの目が交差する。
    「それで…今年はコレなんだけどさ。」
    「?」
     テマリが我愛羅に差し出したものは、綺麗に包まれてリボンまでつけられた、薄い正
    方形。一瞬、絵か書だと思った。
    「コレは?」
    テマリとカンクロウに視線を巡らせ、首をかしげる。だが、二人の姉と兄は、悪戯な笑
    みを浮かべているだけ。
    「早く、あけてみろって!」
     カンクロウに催促されて、我愛羅は戸惑いながらもガサガサと包みを開ける。中から
    現れたのは、幾枚もの。
    「コレ…。」
     色とりどりの色紙が、幾重にも重なってつづられたものだった。表紙の部分には、年
    号と日付だけが書かれているが、中をあけてみると。
    
    『我愛羅様、お誕生日おめでとうゴザイマス!我愛羅様に教えていただいたことを、こ
    れからも精一杯がんばります!     マツリ より』
    
     中を開いた我愛羅の瞳が、大きく見開かれていた。一枚の色紙に数人ずつ、様々な寄
    せ書きをしている。
    
    『お誕生日おめでとうございます。風影さまとしてのより一層のご活躍を心よりご期待
    申し上げます  バキ』
    
     色とりどりのペンや、筆で様々な人が言葉を贈る。それなりに歳のいった者は、少々
    堅苦しく。若いくの一達は、かわいらしいマークがアチコチ飛び交っているようなもの
    を。若い男の忍び達は少し乱雑ながらも、精一杯の言葉を文字にしていた。
    「あ…。」
     限られた色紙に溢れんばかりの文字が躍る。達筆なものもあれば、崩れたもの、丸っ
    こい文字。
     そこには今里にいるであろう、忍びやそれに従じるモノ達がこぞって書き記したメッ
    セージがひしめき合っていた。どれもコレも、我愛羅に向かって笑顔と共に贈られたも
    の。どこから引っ張り出したのか、懐かしい写真まで貼ってあるものもあった。
    「大変だったジャン…集めんの。」
    「バカ、お前は色紙をばら撒いただけだろう?集めたのは、アタシだよ。」
     ただの色紙、ただの文字。それがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。人手不
    足で、過酷な任務ばかり。忙しい毎日を、忙しなく生きている。忙殺されてしまう様々
    なことは想像以上に多くて、それでもこなしていかなければならない。そんな中、おそ
    らく僅かな時間を利用して皆で書いてくれたのだろう。
     どうしようもなく嬉しいとは、こういうことを言うのだろうか。
    「本当に…感謝…する…。」
     色紙をめくりながら、我愛羅の思考が昔を振り返っていた。
     過去の自分はどうしようもなかった。そこから立ち上がり、つながりを求め、がむしゃ
    らに駆け抜け、風影になり、それでもまだ周りに助けられることも多くて。
     まだまだ未熟だと思える自分。そんな自分にこんなにも暖かな周りが存在していた。
    優しく穏やかな空間が、満ちているのだと気づかされた。
    「他にもあるんだよ。」
    「そうそう…アイツがやってくれたジャン!」
     更にテマリが我愛羅に向かって差し出したもの。ソレは一本の巻物であり、色や形は
    砂隠れのものとは微妙に異なっている。どこかでみたことのある巻物。
     まさかと思った。
     信じられない気持ちの一方で、湧き上がる期待を抑えられない。
     驚いている我愛羅に、二人の兄弟が開くように進める。
    言われるままに広げていけば、そこから顔を出したのは。
    
    『お誕生日おめでとうございます☆身体のほうはどうですか?風影なんだから、身体を
    大事にしなきゃダメですよ!   春野サクラ』
    
     砂漠の中央砂隠れの里から、遠く離れた木の葉の里より、いくつものメッセージが寄
    せられていた。
    
    『お誕生日おめでとうゴザイマス!一度、風影となったあなたと、手合わせお願いシマッ
    ス!  ロック・リー』
    
     広い広い砂漠を越えて、深い深い森を抜けてその先へ。
     届いた一本の巻物は、木の葉がくれの深いグリーン。
     するすると解いていけば、見知った顔の名前が次々と上げられていく。顔を隠した怪
    しげな木の葉の上忍やら、暑苦しいくらいおせっかい焼きの上忍。更に最後まで広げる
    と。
     木の葉のアイツ。
     崩れかけた文字、コミカルな口調。煩いくらいの色使いと、はしゃぎっぱなしのテン
    ション。書いた人物をそのまま写したような文字が、所狭しと躍っていた。
    
    『オーーッッス!誕生日おめでとうだってばよ!もっと早く言ってくれってば〜。ま、
    これでお前もイッコ、じじぃになったな♪風影がんばれよ!…オレも絶対火影になって、
    追いついてやるからな!
                    うずまき ナルト』
    
     舞い降りた突然の贈り物。
    こんな自分に、こんなにも様々な人が言葉をくれる。自分でも忘れていた誕生日。砂隠
    れの里だけでなく、遠い木の葉の里からも届いた言葉。
     カンクロウとテマリが手配したのだろう。砂隠れだけでなく、木の葉まで声をかけて
    くれた。更に木の葉では、おそらくナルトが。
    「ありが…。」
     忙しい日々の中、突然渡された色紙と巻物。高級品でもなければ、珍しいものでもな
    い。けれど、世界中にたった一つしか存在しない贈り物。
     思わず泣きたくなっていた。そのときには既に、頬を熱い何かが一粒、こぼれていっ
    たのだけれど。
    「バッカ!コレくらいどうってことねぇジャン!」
     まるで我愛羅の涙を隠すかのように、カンクロウがヘッドロックをかましてくる。
     初めて手にした1本のつながり。最初は細く頼りないものだったけれど、次第に広が
    って大きなつながりへと変化し、確実につながりあっているのだと実感させる。
     この手に溢れんばかりの、絆となって。
    「コラ!我愛羅に乱暴するんじゃない!」
     ぐりぐりと我愛羅の頭を乱暴に揺するカンクロウに、テマリがぺちんと頭をはたく。
    けれどその顔は笑っていた。
    「俺も…一つじじぃになった。」
     カンクロウの腕をよけて、我愛羅の顔にも笑みが浮かぶ。カンクロウと我愛羅の頭を、
    かき混ぜるようにテマリの手が引っつかんだ。
    「そうだよ!お前も一つ、じじぃだよ!」
    「なら、テマリはばばぁジャン!」
    「何か言ったか、カンクロウ!?」
     兄弟3人で無駄にはしゃいで笑いあう。目の前の机の上には、二つとない宝物が、夕
    暮れの日差しに照らされていた。他愛も無いちゃちなものかもしれないけれど、自分に
    とっては生涯でもっとも大切なものとなるだろう。
    
     忘れていた生まれた日。
    
     生まれたことを後悔し、生きる意味を見失っていた過去。それはもうずっとずっと遠
    い昔のように感じる。
    
     こんなにも今、自分は。
    
    
     今だから言える、はっきりと。
     この世界に、生まれてきて良かったと。
    
    
     心の底から、生まれたことに感謝できる。
    
    
     自分を包み、見守る存在に。
    
     精一杯のありがとう。
    
     そして、それを手にいれた自分にも。
    
    
    
     誕生日、おめでとう…。
    
    
    
    
    
    					End
    
    
    □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
    
     我愛羅君お誕生日おめでとうゴザイマス!
     そして、ビバ誕生祭☆
    
     これは実話に基づいてかいてみました。昔これと似たようなことを
     やってもらったことがあり、とっても嬉しくて・・・。今でもこのとき
     貰った、色画用紙(作中は色紙になってますが)を大切に取ってあります。
     すごく嬉しかったので、我愛羅君にも体験させてあげたいなぁ〜と
     思って書きました。
     つたない小説を最後まで読んでくださってありがとうゴザイマス。
     乱文お許しくださいませ…失礼いたしました。 
    
     by 冬崎 宙
     今更屋(BLサイト)
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