風影に、第三子が誕生。
どうやら、普通ではないらしい。
砂隠れを探る各国の間者から、そんな噂が広まりだした頃、木の葉隠れの四代目
火影は風影の元をお忍びで尋ねた。
互いの里の不可侵を約する話し合いをする為の、末端が集う会議に参加する上忍に身をやつして砂隠れに入り
案内された地下洞窟に設けられた離宮代わりの隠れ家で、父子に会った。
生まれて10ヶ月になるという赤子は、まだ海のものとも山のものとも解らぬただの赤子にしか見えなかったが
ほやほやとした赤毛と、赤子にしてはしっかりとした視線の強さが、まぎれも無く抱いている男が父親だと示していた。
赤子はむずかりもせず、初めてあった火影をじっと見つめる。
「人見知り、しませんねぇ」
火影は、赤子の頬を人差し指でつっつきながら、風影を見た。
「俺の子だからな」
「どういう理屈ですか、それ」
「火影など、怖がろうはずがない」
「赤ん坊に、関係ないでしょ」
にこりともせず告げる風影に、どこまで本気なのかと火影は苦笑した。
「けど、風影殿のお子だ。豪胆なのは間違いなさそうですね」
「ふん」
面白くもなさそうな声を出した風影の口元が、まんざらでもなさそうに緩んだのを見て、火影は心の中で笑う。
声や表情に出したら、この場は決裂するだろうから。
「可愛いですか?」
「これは、里の物だ」
「は?」
「俺のものでも、母親のものでもない」
「では」
噂はやはりと続けようとして、火影は唇を結んだ。
他里に自国の事を、聞かれて答えるような忍は、下忍でもいない。
ましてや噂が本当だとしたら、目の前の赤子には、守鶴が取り憑いているのだ。
暗い瞳で見下ろすと、赤子の目の周囲が青黒くむくんでいるのが解った。
守鶴に取り憑かれた者は、熟睡できなくなるのだという。
こんなに、幼いのに・・・。
だが、それは、思ってはならぬことだ。
他国の長の考えに、生まれ出てきた命に、他所者が口を挟むわけにはいかない。
それは、いかなる事象を持っても、相手を冒涜する事に他ならない。
己もまた、里を背負って立つ長ゆえに、火影は言葉を飲み込んで笑みを戻した。
「風影殿、この子はきっと 立派な里長になりますよ…」
「長には、上の娘の方が向いてる気がする」
「は?」
「いや」
思わず口走ったらしい自分の言葉に口ごもった風影に、今度こそ火影は笑みを隠せず眼差しを緩めた。
「お嬢さん、かわいいですか」
「何を」
「父親は、みんなそうだって言いますもんねぇ」
「馬鹿なことを言うな」
「オレもね、もうすぐ父親になるんです」
火影の言葉に、怒声を続けようとした風影の口が止まった。
胡散臭げに眉を寄せ、次の言葉を待つ。
火影は、風影に抱かれた赤子の頭を撫でながら、その瞳を覗き込んで続けた。
「その子に、恥じない親父になりたいなぁなんて、思ってるんですよ」
凄まじい咆哮が、里中に響いた。
それは、無力な人間を嘲笑うようでもあり、己と言う存在に刃を向けてくる人間への憤怒とも聞こえる。
天を焦がす紅蓮の炎が、里を覆っている。
地は、屍で埋まっている。
荒れ狂う九尾に、里の忍達は、為す術もない。
『出ます』
窓から戦いを見ていたその人は、天真爛漫な笑顔を浮かべて、火影の執務室に集う重鎮達に告げた。
そのまま、返事を待たずに、踵を返す。
「しかし」
息を呑み、動けずにいた古老の一人がようやく声をだした時には、その背は全てを拒絶していた。
「オレの居場所は、ここではありません」
「四代目!」
投げかけられる言葉は、里長が瞬時に消えた空間に、無常にも落ちる。
「火影様!」
「四代目!!」
絶え間なくあがる黒煙と、生臭い血の臭いが満ちて息さえまともに吸えぬ前線に
ふと現れた里長の姿に、息も絶え絶えで戦う忍達は、一瞬戦う手を止めて目を見開いた。
「遅くなって、すまなかったね」
「いけませんっ。あなたは、前線に出てきていい人じゃない」
下忍や中忍を指揮していた上忍が、驚いて駆け寄ってくる。
「とんでもない。今こそ、働かなくちゃいけない時ですよ」
四代目火影は眉を下げて、制止する部下に困ったような笑みを浮かべた。
「貴方にもしものことがあったら、里はどうなるのですっ」
「何言ってるんですか」
額から血を流しながらそれでも必死に声をあげる上忍に、四代目は、穏やかな瞳を更に細めて静かに口を開いた。
「オレの務めは、里を守ることでしょ?」
「ですが」
「これ以上、里の者を失う訳にはいきません」
言い切った時、その瞳はもう笑ってはいなかった。
決意を秘めて、九尾を見据える。
「奴に、あなた達の誰一人、もう、殺させる訳にはいかないんだ」
言いながら、四代目火影は、己のコートの前をはだけた。
その内から覗いたものを見て、更に周囲の忍達に驚愕が走る。
現れたのは、まだ生まれて間もない赤子だった。
誰もが知っている。
四代目火影が儲けた、初めての赤子だった。
「この子に、九尾を封印します」
「四代目っ!!」
今度こそ、悲痛な叫びがあがった。
四代目が、その子をどんなに望んでいたか、里で知らぬ者はいない。
母親方に事情があって、里の者は喜ばぬ縁組であったが
母と引き換えに生まれたその子を四代目がとても可愛がっていたことは、皆が知っている。
その子に、九尾を。
が、忍達の悲鳴の源は、それだけではない。
封印術を施せば、術者の命も無い。
四代目火影の命と、引き換えになるのだ。
「なりませぬっ」
「それだけはっ」
「九尾は、我らが、なんとしても」
口々に叫ばれる言葉に、四代目は静かに頭(こうべ)を垂れた。
「ありがとう」
形の良い唇から、優しい声がこぼれる。
「でも、これが、オレの仕事なんだ」
九尾を見据えながら、四代目は赤子を抱く腕に力をこめた。
「オレが、自分で背負うと決めた事だから」
瘴気を撒き散らしながら尚殺戮をやめない九尾を睨みつける、四代目火影の精悍な頬が、炎に染まって真紅に揺れる。
長いコートの裾が、熱風で巻き起こった風に翻る。
「術式の準備を手伝ってくれるね?」
一点の曇りも無い静謐な笑みに、もう口を開くものはいなかった。
「君に、九尾を封印するよ」
蝋燭の炎ではった結界の中央、激しく泣き叫ぶ赤子に己の血を混ぜた朱で術式を施しながら、四代目火影は小さく呟いた。
「あの時のオレには、風影殿の気持ちが、全然解っていなかった」
涙は、無い。
里を背負った責任と使命感に包まれた身体が少しばかり震えたが、己の死への恐怖はなかった。
ただ、生まれ落ちたばかりの子に、重すぎる枷を背負わす事が、辛かった。
身を切られるように、切なくて。
己の子に罪を背負わせ、健やかな生を望む事を許さない存在にする事は、気が狂いそうに耐え難く。
けれど、これこそ、他の何者にも代えさせてはならないことだった。
忌み嫌われる九尾を背負うのは、自分と自分の子だけでいい。
里の者は、一人たりとも、もう犠牲にはしないと誓った。
「オレは、火影だからね」
術式が、完成する。
「お前も、火影の息子だからさ」
九尾が、断末魔の咆哮をあげる。
「2人とも、英雄になれるかな?」
そんなこと、少しも思ってやしないのに、酔狂にも道化てみる。
「馬鹿め・・」
術式を見届けようと着いてきた自来也が、結界ごしにその言葉を聞いて背を向けた。
それが、この里の者が聞いた、四代目の最後の言葉だった。
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さろんどたそがれ
小説は RUAN様より頂きました
日記絵に描いた 四代目と風影親子の絵を見て こんなに素敵なお話を書いて下さいました!!
今回も 拝読しながらボロボロと泣く私…
里や手段は違えど
里を守る‘長’としての苦悩が ヒシヒシと伝わってくるお話です…
四代目の出陣のシーンは 情景が目に浮かび その緊迫感は
絵が無くとも 十分すぎる程 読み手に伝わってきます。
あまりにも お話が素敵すぎて 思わず自分の絵を描き直さなきゃ!と思ったほどです。
RUANさん!有難く頂きます!!
また こうして 文師様の琴線に触れて頂けるような絵を描けるように
私も もっともっと修行し努力致します!
有難うございました!
閉じてお戻り下さい