守られている私?or災いを呼ぶ私?

 私という人はほんとにすごい。自分でも恐ろしいくらいに。
 4歳のころ、眼の治療のため熊本の病院に入院していた私は、退院間近なある日、母に連れられてデパートに行った。確か、黄色い靴を買ってもらったと思う。
 1週間後、私はもう退院していたのだが、なんと、そのデパートが火事で全焼してしまったとのニュースが。
 実際、何ヶ月かして、また熊本へ行ってみると、デパートは跡形も無く消えていた。

18歳のころ、私はアメリカのフィラデルフィアという街にいた。
 そこでは、地下鉄に乗って、よく友達とダウンタウンへ出かけることがあった。
 翌年日本に帰国。
 ところが、帰国間もないある日、TVが「フィラデルフィアの地下鉄脱線」のニュースと共に、ひっくり返ってさんざんなことになってしまった電車を写していたのであった。あれに乗ってたら…と、ぞ〜っとした。

 数年後。既に就職していた私は、1月の連休を利用して、関西の友達のところへ行ったのだが…
 15日の夜、神戸の友達のところで1泊、16日の夕方帰ってきたが、みごとに関西の風邪をもらって来てしまい、翌日は途中で早退して帰って寝て過ごした。
 し〜んとした部屋で寝てるのもさびしいので、テレビをつけてみると、な、な、なんと、昨日まで遊び歩いていた神戸の街がめちゃくちゃになって写しだされているではないか。そう、阪神淡路大震災である。

 学校で生徒たちにこの話をすると、
 「わぁ怖〜い!先生が行くところでは災いが起こるんだぁ。先生はあんまりいろんなとこ行かないほうが人のためです。」
 などと言われてしまう。ひどい子達だ!さらに
 「先生、私たちが卒業するまでは、この学校にいなきゃだめですよ!」
 そんな、「災いを呼ぶ女」なんて、最悪な言われ方ではないか。実際私が訪れていても何事も起きてない場所はいくらでもあるのに。
 私はきっと、見えない力に守られてるんだと思うのだが。
 世界のあちこちから悪いニュースが聞こえてくるたび、生徒たちは言う。
 「先生、ひょっとして行ったことがあるでしょう?」
 「うん、10年くらい前に行ったよ。」
 すると
 「ほらやっぱりねぇ!」
 どうやら、そんな昔のことまで私の責任にするつもりらしい。


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