2006. 3. 30. Thu 離任式 10時から体育館で利認識が行われた。 11名の先生方が転退職されることになった。 涙涙で挨拶にならない人、さらりと一言で終わりの人など、様々だ。 最後に、通路の両サイドにみんなで並び、アーチを作って先生方を送り出す。 私はノエルをつれたままアーチに加わった。 ノエルは静かに、去っていく人たちの通り過ぎるのを見ていたが、その中に2名の寄宿舎指導員の姿を見つけると、いきなりアーチから前へ身を乗り出し、通路の真ん中に立って尻尾を振り始めた。 そして二人が通るときには、盛んに自分の身体を摺り寄せている。 二人がとおりすぎると、またアーチの列の中へ戻り、静かに残りの人たちが過ぎていくのを見送っていた。 「お別れのときだって分かるのかなぁ?可愛がってくれた人たちには挨拶をしたねぇ。」 と、周りの先生たちが驚いていた。 お昼に、中学部の職員で送別の食事会をした。 食事の後、T町の中学校へ転勤のK先生は、みんなに笑顔で手を振り去っていった。 2006. 3. 23. Thu いよいよ終わりだなぁ 午後、生徒と、副担任の先生とで教室の片付けをした。 ロッカーの本塁のうち、必要の無いものを、廊下の棚に移動、それから荷物をまとめ、掲示板の紙類をはずす。 給食の献立や時間割をはずし、毎日ホームルームで歌っていた曲の楽譜をはずし、生徒会の規約やら、カレンダーやらをはずす。 最後に、4月に決めて掲げた学級の目標をはずす。 目標には 「チャレンジ! 小さなことから一歩ずつ やるべきことは遣り通す。 冷静に、ん~と考え行動し 自信を持てる2年生」 と書かれていた。 チャレンジという言葉は、生徒が好きな言葉として上げてくれたのだが、その言葉の一文字ずつを取って努力事項を書いたのである。 K君の成長を振り返り、本当にいろんなことにチャレンジしてきたなぁと思う。 小さなことの積み重ねで、ふと気がつけば大きく大きく成長している。 その成長に私がどれだけ助けになったか分からないけど…いや、本当を言うと助けられ、成長してきたのは私のほうだと思う。 K君と、他の担当の先生二人と過ごした1年、私は何といっても心身ともに元気になった。 信じられないくらい健康になれたし、すごく充実してたと思う。 がら~んとしてしまった教室で、帰りの会でいつものように歌を歌った。 4人で綺麗に4部重唱ができるこのメンバーは本当に素敵だ。 さしい気持ちの一方に、とても暖かく充実した思いがある。 楽しかった。1年間ありがとう。 2006. 3. 20. Mon たかが石ころ侮るなかれ! 私の家から、バス停のある通りへ出るには、家を出てからグルリとコの字形に角を二度曲がらなくてはいけない。 所要時間約3分。 だが、実はこの3分が1分に短縮できる道があるのだ。 正規のルートではないけれど、とても便利に通らせてもらってる。 ただ、正規のルートじゃないだけに、足元はあんまりよろしくない。道も狭いし、ボコボコしているところも。 とはいえ、5年もそこを通っているのだから、どうということはない。 今日もいつものように、ノエルとそこをバス停へ向かって歩いていた。 ところが、いきなり右足が何かを踏んづけてグキッとなった。 「あ、いた~っ!」 踏んづけたのは、直径3センチくらいの石ころだった。 この石に、靴のヒールがぴったんこ乗っかってしまっていたのだ。 こんな小さな石ころまで避ける義務はノエルには無いのだが、ひょっとするとちゃんと避けてくれていたつもりだったのかも知れない。 だが道が狭いので二人分の幅を確保できず、外がわになった私の右足がピッタンコ踏んづけてしまったのかも。 私は今まで捻挫というやつを経験したことがない。 昔から身が軽い、柔らかいと驚かれるほど、こけようが、穴にはまろうが大した毛がもせず助かってきた。 さすがにそこそこ歳も重ねたし、運動もしていないから、こんなことで足を傷めるのかな? とにかく「へぇ!捻挫って、こういう感じなのかぁ!」と、妙に感動してしまった。 それにしても痛い。地面に足をつくと、ずき~んとくる。 「あいたぁ!痛いよ~。」 ついつい口に出る。 するとノエルがしょんぼりとうなだれる。 私の歩みに合わせて、ゆっくりゆっくり歩いては、ときどき私を見上げる。 自分が失敗したと思っているらしい。 しかたなかったのに。可愛そうなノエル。 授業のため階段を上り下りするたび、たいへん苦労した。 バス停まで歩き、バスから降りて病院まで歩き、かなり辛かった。 病院で湿布をべたべた貼って休んだので、帰るころには少し良くなっていた。 明日が休みで良かった。1日家でじっとしていよう。 2006. 3. 17. Fri 会食 担任している中2の生徒から、 「会食をしたいと思いますのでどうぞ来てください」 と数日前に招待を受けた。 家庭科の調理実習の一環なのだけど、私と副担任を呼んでくれたのだ。 どんなメニューを作るの?と尋ねても絶対に教えてくれない。とにかくそのときまでの内緒らしい。 ものすごく張り切っているので、なんだか私まですごくわくわくしてしまった。 そして本日のお昼、家庭科室へ行ってみると、すごくいい香りが立ち込めている。 生徒と、担当の先生が、せっせと料理を更に盛り付けているところだった。 出された料理を見てびっくり。 ご飯とお味噌汁、焼き豚にほうれん草とジャコの煮びたし。 昨日の放課後、明日の準備があると言っていそいそと家庭科室へ向かっていたのは、焼き豚の仕込みをするためだったんだな。 それにしても100分くらいの間に、よくこれだけ準備したものだ。 昨年の夏には、カップラーメンを作るのも初めて、スパゲティーをゆでるのもおっかなびっくりだった子なのに。 いただいてみたら、それはそれはすばらしい出来で、感動物だ。 「内緒」と言いながらにこにこしていた彼。私たちを喜ばせようと、心を込めて作ってくれたんだなと、心が熱くなった。 食事後生徒会の話し合いがあったのでゆっくりと会食というわけにいかなかったのが少し残念だったけど、作ってくれた彼も満足気だった。 本当にご馳走様! 2006. 3. 15. Wed 卒業式 昨日までのような強烈な冷えではないが、それでもスーツ姿で体育館にじっと座っているのはかなり寒さが堪える。 それでも天気は最高の青空になった。明日から雨のようだし、卒業式が今日でほんとに良かった。 朝8時半頃、中3の生徒が、まるでまったくいつものように登校してきた。何だか、どうしても彼らが卒業してしまうという実感がわかない。 式本番。 卒業生が入場する通路のすぐわきに席を取り、例の「開場説明」のため放送席へ行った。 ノエルがついてくるといけないので、人が座っている前列の椅子につながせてもらっておいた。 どうにか役目を終えて戻ってくると、何かカチャカチャいっている。 席にたどり着くと、なんとノエルが通路に出て、そこに立って夢中で尻尾を振っているのだった。 私が大まじめに原稿読んでる間、ノエさんはそうやって通路で放送席へ向かって尻尾振ってたんだろうか・なんと恥ずかしい!周りが静かなだけに、ものすごく目立っただろうなぁ。 卒業式が終わると、中学部みんなで3年の教室へ行き、卒業生に花束贈呈。そして記念写真を撮りまくる。 わいわいと盛り上がった後、卒業生は帰っていった。 急に静かになり、なんだかとてもさびしい。 これで4月にまた新入生がいればいいが、実は今年中学部に入ってくる予定が無いのだ。 たった4人。これからずっと4人の生徒だけだ。 本気でさびしい。 盲学校の生徒数現象もかなり深刻になってきた感じだね。 2006. 3. 13. Mon びっくり続き 朝起きたら、いきなり冷え込んでいた。 冷えるらしいと聞いてはいたけど、あんまりだ。 3月に、しかも宮崎市でこの寒さはないだろう!? まったく驚いてしまう。 驚くといえば、職場で、明後日の卒業式の準備をしたのだけど、そのとき突然 「はい、これ開場説明の原稿ね。」 と、教務の先生からテキストの入ったフロッピーを渡されたのだ。 「え?私開場説明担当になってましたっけ?」 びっくり仰天して尋ねると、1月頃には決まっていたと言う。 そのプリントを見落としたのか、点字になってなくて気づかなかったのか分からないが、とにかく初めて聞いたのであせった。 私のところでは、式典やイベントのときには、必ず最初に開場の様子をアナウンスするのだ。 生徒はもちろん、来賓・保護者の仲にも視覚障害者がおられるからだ。よく放送係りになるのでお呼びがかかったのはそう不思議でもないのかも知れないが、とにかくああいう大真面目、厳かなセレモニーでのアナウンスってのはあまり経験がないのですごく緊張しそう。 イベントのときにはよく放送係りになるから、今回のアナウンス担当も、まぁそれほど不思議な人選ではないのかも知れないが、とにかくフォーマルな場というのがどうも苦手だ。 考えただけで緊張してしまう。 明日はじっくり練習しておかなくては。 学級その他で育てた花を体育館へ運んだ。 うちのクラスからは、サイネリア、桜草、ストック。どれも綺麗に咲き誇っている。 卒業式はほんとに暖かくなってくれれば言うこと無しなんだけど。 帰りにバスに乗ったら、それが古いタイプのバスだった。 ノエルはなぜかこのバスが嫌いなようだ。 エンジンの音がいやなのか、特に座席の足元には入りたがらない。 無理やり入れてもブルブル震えて、そのうち通路に這い出してくる。 今日はバスが込んでいなかったので、初めから通路に伏せさせておいた。 通路に伏せていても、やっぱり震えるのは止まらない。 後ろにいたおばさんが 「どうして振るえてるの?寒いから?」 と尋ねてきた。 「怖いんですってこの形のバスはエンジンの音が気に入らないみたいです。」 おばさんは面白そうに笑って 「へぇ!自分の体はエンジンよりもっともっとブルブルしてるわよ。」 と言ったので、私も思わず笑ってしまった。 2006. 3. 11. Sat 百円ショップの名物客 ノエルがたいくつそうなので、大した用事もないけど外に出てみることにした。 百円ショップに行ってみよう。 お風呂を洗うスポンジ、ノエルのワンツーの処理用のビニール袋、お菓子を一つ。そして、忘れちゃいけないガムテープ。 レジに行ったら知り合いの女性(名まえは知らない)が待っていた。 以前このお店には、私の友達が働いていた。 今日レジにいた人と、私の友達とは仲良しらしく、それで私もこの人とおしゃべりをするようになったのだ。 「はぁい、いらっしゃぁい。」 と私から商品を受け取ってレジを打っていたが 「ねぇ、ガムテープ何に使うの?」 思わず苦笑である。買い物に来るたびガムテープを一つか二つ買っていく私は、すっかり名物と化しているんだな。 確かに普通こんなにいっぱいいらないだろう。 「ノエ毛の掃除に使うの。ちょっとでも服に着いてたら痒くなって、ひどくなると蕁麻疹が出るから。」 これでようやく彼女も納得したようだが、なんだか、これから先ガムテープ買うたびに笑われそう。 2006. 3. 10. Fri 送別のイベント 速いもので、またまた卒業生を送り出す季節がやってきた。 中学部の生徒・職員全員で送別行事を楽しんだ。 まずは学校で、生徒たちが考えたゲーム、歌などを一緒に楽しみ、その後ボーリングと食事に出かけた。ボーリングは去年も行って、これで二度目。 4レーンに別れてゲームしたけど、みんなあっちこっちのゲームの状況を見て盛り上がっている。 私は1ゲーム目は生徒と職員それぞれ二人のグループだったけど、2ゲームめが職員ばかり3人で、しかも二人がボーリング得意な人ときてるので、かなりたいへんだった。 でも今日は調子良かったなぁ。2回とも100点超えたから。といってもガータレスでやったんだけど。 食事は夏休みの研修で行った障害者がやっているお店で。 みんな楽しそうにわいわいしていたけど、私は生徒たちが集まっているのとは別のテーブルだったので、あまり話しの輪に入らずじまいだった。 それにしても、ああ、いよいよ卒業式を残すのみになったなぁ。 何かさびしい。 4月からは中学生がたった4人になってしまう。 なんて、私が引き続き中学部の担当でいられるかどうかも分からないのだが。 2006. 3. 6. Mon 演劇本番 先月8日のノートで書いた演劇の本番が行われた。 練習のときは4人のメンバーが来て指導をしてくださったが、今回は6名くらいだっただろうか?実際に生徒が出演するのは、初めの5分くらい。 小中学生7名が、声をそろえてせりふを言ったり、曲に合わせて花吹雪を撒いたりした。 その後は観客席からプロの劇団の演技を存分に楽しむ。 このまえも書いたとおり「スーホの白い馬」の劇をやってもらったのだが、いろいろと面白いアレンジがされていて、すごく良かった。 スーホを演じていた女性の表現力が素晴らしかった。 こんな風に子供たちが、良い芸術に触れる機会が少しでも増えると良いなぁと思う。 2006. 3. 4. Sat もやもや このごろノエルが急に痩せてきたような気がして、心配なので健康チェックに行った。 とりあえず問題は無さそうだ。 長生きの秘訣は、できるだけ人間が食べている食材で食事を作ってやることと言われた。 現実問題オール手作り食というのは私の場合不可能だ。 だいたい、自分の食事もまともに作れないやつが、できるわけない。 でも、フードに野菜とかをトッピングしてあげるだけでもやはり違うのだろうな。 少し工夫してみよう。 一昨年から去年までは太り過ぎてたいへんだったのに、やはり歳をとると体質も変化するのだと思う。 週末になると、母親が帰ってこいこいと電話をかけてくるので、行かないわけにもいかず、出かけてみた。 途中で、実家の近所に住むおばさんと一緒になった。 家のことや私の生活のことなど、いろいろ聞いてくるので、ありのまま答えるが、返ってくる言葉に、けっこういらいらする。 「そんなことないでしょう?」 「でもあなたは頑張ってるから大丈夫」 そんな言葉が、ときどきすごく嫌だと思うことがある。 そんな言葉でやり過ごせるほど、私はらくらくと生きてるわけじゃないのよ!なんて言ってやりたくなる。 言葉を交わすほどにいらいらするほで、バスに乗ったらできるだけおばさんと離れて座った。 母は、わりと元気そうだ。言葉がしっかりしている。良かった。 それにしても料理は相変わらず。味噌汁がまったくの水状態で出てきたり、食器もちゃんと洗ってあるのか怪しいものだ。 父があからさまにそれをけなすのにも、いちいち腹が立つ。 母にしてみれば、せっせとご馳走作って娘を喜ばせているつもりなのだけど、私にとっては、これがかなりストレスになっている。 やっとの思い出食事をすませ、「またねぇ!」と笑ってお暇する。 ああ、こんなこといつまで続けられるか分からない。 母がバス停までついてきて、話をしながら待っているところへ、たまたま友達が車で通りかかった。 街のほうを通るから家まで載せていってあげるよと言うので、ありがたく乗せてもらった。 私と同期採用で中学の先生をやってる彼女は、いつも心から私のことを気にかけていてくれる。友人のほとんどいない宮崎で、私の大切な友達の一人なのだ。 昼間からもやもやしてたせいで、必要以上にプライベートなことを彼女にいっぱい聞いてもらった。 私の言うことを、言葉どおりに受け止めてくれた彼女に感謝感謝。 過去ログ一覧へ戻る 最新のお散歩ノートへ ホームページプページへ |