魔天使連盟のマスターであり、「兄弟」という枠組の中で一番兄のアル。
時に優しく・時に厳しく兄弟たちに接しているが、
そのうちの一人にだけは少し負い目に感じていることがあった。
それはもう何年も前の話になる。


????:「・・・この依頼をお前にやってもらう。」  アル :「これは・・・?」 アサシンギルドの中、依頼といえば当然暗殺のことだ。 ????:「おかしなことに、ギルド内でトップの者に一人でこなしてもらいたいという指示つきだ。」  アル :「・・・ターゲットは?」 ????:「依頼書には記されていないが・・・指令書を見てもらえばわかるだろう。       では、頼んだぞ。」  アル :「ちょっと待ってくれ! まだ受けるとは・・・!!」 ターゲットも知らないのに依頼を受けることはできない・・・アルはそう思っていた。 しかし、ギルド上層部の指示、押し付けられるような形でも受けないわけには行かなかった。 アルに指令を出した人物はその場を離れ、代わりの者が紙切れを持ってくる。  アル :「・・・この人物か?」 その者は無言で頷く。 ご丁寧に発見報告のあった場所まで記されていた。  アル :「俺でなくとも・・・」 見た限りでは、ごく平凡な男の老人。 ギルドの実働部隊で1・2を争う実力者のアルにしかできない任務・・・ 老人も相当な実力者なのだろうと予想した。  使い :「我等がギルドのため・・・よろしくお頼み申し上げます。」 それだけ言い、アル一人がその場に残された。 非常に聞き慣れた声だったが、アルはたいして気にもとめなかった。  アル :「・・・行くか。」 アルもその部屋を後にする。 ギルドの出口に差し掛かると、そこに一人の男が立っていた。 ????:「よぉ、ゼロ。」  アル :「・・・イェーか。」 イェーというのは、本名ではない。 しかし、アルはそれ以外に呼び方を知らなかった。 イェーもまた、アルのことはゼロという呼び方しか知らない。 アサシンにはランクによってコードがつけられており、それによって個人を識別する。 アルがイェーと呼んだ男、アルが来るまでは名実共にギルド一であった。 しかし、アルが入ったときに行われた新人格付け模擬戦闘でアルに惜敗し、トップの座を明け渡すこととなった。 それ以来アルとイェーは格付け戦のたびにトップを競い合い、良きライバルであるとともに親友でもあった。 瞬く間にトップに上り詰め、その後も1,2位を争っているアルは”天翔亞龍” そして、トップの座を奪われても今だ衰えぬイェーは”不墜輝翼”と 周囲からは呼び慕われ、羨望の眼差しを浴びていた。 イェー :「任務か?」  アル :「あぁ。」 イェー :「俺も行っていいか?」  アル :「・・・それはどうだかな。」 イェー :「ダメなのか?」  アル :「依頼内容に一人で・・・とあったらしい。。       来てくれるのは心強いが、何かウラがあるかもしれん。」 イェー :「そうか・・・」 イェーとは、何度も一緒に任務をこなしている。 二人が組むと、周囲のものは「輝龍の出陣だ!」とはやし立てた。 二人も、その期待以上にすばらしい成果をあげてきた。  アル :「行ってくる。」 イェー :「罠かもしれない。ゼロのことだから大丈夫とは思うが・・・気をつけてな。」  アル :「もちろんだ。スグに片付けてくるさ。」 イェーに見届けられ、アルは飛び出していった。 ターゲットのいる場所は意外に近く、砂漠から森に入ってスグの山の中腹だった。 ただの山小屋に見えるが、和風の建築物。 目標の老人と、10代半ばに見える少年が一人。  少年 :「それじゃ、いってくるよ。」  老人 :「気ぃつけるんじゃよ〜?」  少年 :「わかってるって〜!」 少年は老人を残し、森の中へと消えていった。 そこを見計らい、アルが任務に移る。  アル :「・・・邪魔するぞ。」  老人 :「おやおや、お客さんかいなぁ・・・今、茶ぁ持ってきますでのぉ・・・」  アル :「その必要はない。」  老人 :「そうじゃろうな。その服装・・・アサシンじゃな。       ワシを殺しにきたんじゃろう?」  アル :「わかっているなら話が早い。  老人 :「誰の差し金じゃ?」  アル :「知ってどうする。 依頼主に関しては秘密厳守だ。       もっとも、誰の依頼かなど俺の知ったところではないが。」  老人 :「当然の返答じゃな。」  アル :「そろそろ消えてもらおうか。」  老人 :「そうも行かんでのぉ・・・あの子には両親がおらんのじゃ。       ワシが唯一の血縁・・・あの子を残して逝くわけにはいかん。」  アル :「問答無用だ。」 言うが早いか、アルが仕留めにかかる。 しかし老人はすばやく身を翻し、アルの攻撃をかわす。  アル :「・・・やはりか。」  老人 :「なんのことじゃ?」  アル :「手加減はしない。」  老人 :「手加減なんぞしておったのか? それでもアサシンの端くれかのぉ・・・」  アル :「覚悟・・・!」 気を入れなおし、再び攻撃に入るが、ことごとく避けられてしまう。  老人 :「次はこっちから行くぞぃ!」  アル :「くっ!」 老人の怒涛の攻撃にアルは対応しきれず、膝をつく。  老人 :「失望じゃのぉ・・・」  アル :「・・・後悔するなよ・・・?」  老人 :「負け惜しみかぇ?」  アル :「これでもまだそんな口がきけるかな・・・?」  老人 :「・・・なんじゃ、この気迫は・・・!?」 アルの片眼が深い青から銀色に変わっていた。  老人 :「おぬし・・・何者・・・」  アル :「手加減しない・・・とは言わない。       手加減できない。」 老人は身構える。  アル :「・・・生身の人間がどうこうできるものではない。       安心しろ、一瞬だ。」  老人 :「おぬし・・・この力は・・・!?」  アル :「この姿を拝めたこと・・・名誉に思うがいい。」  老人 :「ぬうぅぅぅぅ!!」 アルと老人が交差する。  老人 :「ぐ・・・ ファルス・・・ト・・・」 老人は畳に崩れ落ち、赤い液体を滲ませる。  アル :「・・・任務完了。」 ????:「キシシシ! 見たぜぇ〜、テメェの活躍ぶりw」  アル :「その声・・・イクスか。」 イクス :「そのと〜りだぁ! キシシシシシッ       しかしまさか、ホントに殺るとはなぁ・・・」  アル :「俺は依頼をこなしただけだ。」 イクス :「テメェ、な〜んもしらねぇんだなぁ・・・かわいそうによぉ。」  アル :「・・・どういうことだ。」 イクス :「テメェはまんまとハマってくれたんだよぉ! この俺のワナになぁ!!」  アル :「なんだと?」 イクス :「じゃ〜教えてやろうかぁ! テメェが手にかけたそのジジィ、       アサシンギルドの前マスターよぉ!!       いまだに上層部の意見すら押しのける強い発言力を持つ重鎮よぉ!!」  アル :「・・・バカな・・・!」 イクス :「どーするよ、あのギルドに、もうテメェの居場所はねぇぜぇ?」  アル :「くっ・・・」 イクス :「ついでにいいこと教えてやろうか? 標的を明らかにしないままの依頼を、       テメェを指名して出したのも、この俺よ!」  アル :「お前が・・・!」 イクス :「あとは俺が使いになりすまして、テメェだけに標的を教える・・・       そーすりゃぁ、上層部もターゲットがわからねぇしなぁ!!       この依頼、成功すればテメェは追放。失敗してもテメェの信頼はガタ落ちって寸法よ!!」  アル :「・・・そこまでして地位が欲しいか!!」 イクス :「おうよ! テメェのおかげで俺ぁ2番手から3番手に蹴落とされた!       トップ争いにも入れてもらえなくなったこの屈辱! テメェにわかるかぁ!!」  アル :「わかりたくもないな。」 イクス :「おっと、どうやらここまでのようだな。       俺ぁ一足先に戻って報告しとくぜぇ!       テメェがジジイを殺したってなぁ!! キシシシシシッ!」  アル :「おい、待・・・!?」  少年 :「じいちゃん・・・?」 アルとイクスが話している間に、少年が戻ってきてしまっていた。  アル :「・・・おい」  少年 :「ひっ・・・ば、バケモノ!!」 いまだ片眼の変色しているアルを見て、少年は走って逃げ出してしまう。  アル :「待て! そっちは・・・!!」  少年 :「え・・・? う、わぁぁぁぁぁあ!!」 ガラガラガラ・・・・ 住み慣れた場所とはいえ、気が動転してしまった少年は崖を転がり落ちていった。  アル :「・・・どのみち、あのギルドに戻ることはできないか・・・」 アルは少年を探すことにした。 ガケの下までに木が何本か生えてはいたが、落下の途中で引っかかるようには見えなかったので、 ガケの下の獣道を見回す。  アル :「このあたりに・・・いた。」 気を失っているようだが、骨折などはしていないようだ。  アル :「とにかく、連れ帰るか。」 双子の弟に連絡を入れ、二人で立ち上げた”魔天使連盟”の拠点へと少年を連れ帰った。 アル(弟):「兄者!」 アル(兄):「アル! 急いでベッドか布団を!」 アル(弟):「もう用意してある! こっちだ!」 アル(兄):「あぁ!」 少年をベッドに横たえ、落ち着かせる。 アル(弟):「兄者、アコかプリを呼んだほうが・・・」 アル(兄):「いや・・・それも厳しいな。」 ここは特異な者を保護するための、世間に知られていない閉塞領域。 見ず知らずの人に頼んで、バレてしまうのも問題だった。 アル(兄):「とにかく、できる限りのことはしよう。」 アル(弟):「そだな。」 それから二人は、止血をしたりハーブを挽いて傷にすり込んだりと、 思いつく限りのことをした。 少年が眼を覚ますことを祈るばかりだった。 アル(弟):「・・・詳しいコトは聞かねぇよ。 だいたいわかるしな。」 アル(兄):「すまないな。」 アル(弟):「で、コイツの名前とかわかるのか?」 アルは、老人が倒れ際につぶやいた言葉を思い出した。 アル(兄):「ファルス・・・ト」 アル(弟):「ファルストか・・・」 その日を境に、アルはアサシンギルドに姿を現さなくなった。 ・・・ ・・ ・ その頃のアサシンギルド ????:「それは本当か?」 イクス :「この眼でしっかりと見てきたんだ。 間違いねぇぜ。」 ????:「あのゼロが・・・信じがたいが・・・」 イクス :「でも、事実だぜぇ? キシシッ!」 ゼロが重鎮を殺した・・・その話は瞬く間にギルド内に広まった。 その話は、当然イェーの耳にも入っていた。 最初は信じていなかったイェーだが、アルが姿を見せなくなったことで信じざるを得なかった。 イェー :「イクス! どこにいる!!」 イクス :「俺はココだぜ? ”新たなゼロ”さん。」 イェーは、以前からイクスがギルド内の地位に異常な執着を見せていたことを知っていた。 そのためなら手段を選ばない男だということも・・・ イェー :「ゼロの除名処分は棄却された。証拠不十分だそうだ。       俺がイェーでお前がイクス、それは変わらないようだな。」 イクス :「チ・・・跡を残さねぇのは流石・・・か。」 イェー :「お前の仕業か・・・?」 イクス :「ん〜? なんのことかなぁ?」 イェー :「とぼけるな!!」 イクス :「キシシッ! なんと言おうとゼロがジジイを殺した事実に変わりはねぇんだ!!」 イェー :「貴様ぁ!!」 イクスの胸倉をつかみ、殺気をみなぎらせるイェー イクス :「おっとぉ、同胞不殺の掟は知ってるだろ?       俺を殺したらどーなるか・・・」 イェー :「クソッ・・・!」 イクス :「い〜じゃねぇか、これでテメェもトップに返り咲いたようなモンなんだからよぉ!       もっと喜んだらどーなんだ? キシシシシシッ」 イェー :「ゼロ・・・」 ・・・ ・・ ・ 魔天使連盟の拠点に少年が連れてこられてから早数日。 いまだに少年は目を覚ましていなかった。 二人は昼夜を問わず、交代で少年を診ていた。 アル(兄):「どうだ?」 アル(弟):「変化なしっ ハァ・・・」 アル(兄):「交代しよう。」 アル(弟):「助かるぜ。 しかし、これだけ経っても目ぇ覚まさねぇってのは・・・」 アル(兄):「だが、他にできることは・・・」 アル(弟):「なぁ、兄者?」 アル(兄):「なんだ?」 アル(弟):「コイツ、目ぇ覚ましたらどうすんだ?」 アル(兄):「・・・肉親はいないらしい。ここで保護する。」 アル(弟):「メンバーに入れるんだな。 頷いてくれればいーけどよ。」 アル(兄):「・・・」 しばしの沈黙・・・ アル(兄):「そういえばアル、旅はよかったのか?」 アル(弟):「事態が事態だ・・・近くまで来てたのを幸いに、急いで戻ってきたっつ〜の。」 アル(兄):「そうか、すまなかった・・・」 アル(弟):「いいってことよw」 アル(兄):「あとは俺が診よう。 お前はお前で”やらなきゃいけないこと”があるんだろう?」 アル(弟):「さすが兄者、お見通しか。 なんにせよ助かるぜw」 アル(兄):「気をつけて行ってこい。」 アル(弟):「もっちろんw ぁ〜、そーだ兄者?」 アル(兄):「ん?」 アル(弟):「ちゃんと知らせてくれよ? 俺と兄者、唯一の血縁なんだからよw       それじゃ、またな〜!」 アル(兄):「あぁ。」 アル(弟)は足早に拠点を後にした。  アル :「唯一の血縁・・・か。」  少年 :「ん・・・?」  アル :「気がついたか!?」  少年 :「ここは・・・? 俺は一体・・・?」  アル :「ガケから転げ落ちて気を失っていたんだ。」  少年 :「そっか、ありがとう。 ところで、アンタに聞くのもヘンな話なんだけど・・・」  アル :「どうした?」  少年 :「俺の名前さ・・・知らないかな? 名乗りたくてもわかんなくって・・・」  アル :「・・・記憶がないのか?」  少年 :「わかんないんだ・・・今までどうしてたのか・・・」  アル :「そうか・・・」 アルは少し考えた後  アル :「お前の名前は”ファルスト・メイアード” 俺の・・・弟だ。       俺は”アルツァー・メイアード”」 ファル :「ごめん、兄さんのことも覚えてないや・・・」  アル :「仕方ないさ、自分の名前もわからないほどだ。       記憶がないことに対する不安も多いだろう。」 ファル :「そりゃそーだけど・・・そのうち思い出すさ。」  アル :「前向きだな。 さぁ、まだ病み上がりなんだ。 もう少し休んでろ。」 ファル :「そうさせてもらうよ。 ぁ、そーだ・・・」  アル :「どうした?」 ファル :「アル兄って・・・呼んでもいいかな? なんか”兄さん”ってのがしっくりこなくて・・・」  アル :「そんなことか・・・かまわないさw」 ファル :「サンキュw それじゃ、もうちょっと寝るよ。」  アル :「あぁ、おやすみ。」 アルは部屋を後にし、弟に報告する。 ファルが記憶を失っていたこと、自分達の弟にしたこと・・・ 「正気か!?」と弟は驚いたが、無理もない。 アルは偽りの記憶を植えつけたのだ。 それがどれほど罪深いことか・・・また、もし記憶が戻ったらどうなるか・・・ 考えるほど不安になったが、とにかくファルの面倒を見るしかなかった。
アルはいまだにこのことを気に留めている。 不安も多いが、その頃よりずいぶん増えた兄弟を養うためには、縮こまっているわけには行かない。 今日もアルは狩りの成果を持ち帰る。  アル :「ただいま。」 ファル :「ぉ、おかえりアル兄。」  アル :「ファルか、ちょうどいい。 これを頼むぞ。」 ドサ・・・と、収穫の詰まった袋をファルに渡す。 ファル :「相変わらずすげぇな、兄者の稼ぎは・・・」  アル :「・・・これでも稼ぎ頭だからな。」 ファル :「さすが・・・ってトコだな。頼りにしてるぜ、アル兄w」  アル :「ん・・・あぁ。」 改めて言われると、少し照れくさい。 ”頼りにしてる”その一言で、アルの気持ちはずいぶん楽になる。 償っても償いきれない・・・ならば自分のできることをしてやろう。 そう固く心に決めたアルだった。