私には、アル兄さんと出会う以前の記憶がない。
そのことを特に気にすることはなかった。
そう、あの夢を見るまでは。

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気が付くと見た事のない部屋にいた。
そこはかなり広く、とても豪華なつくりで、どこかの宮殿の中のようだった。
どうやら寝室あるらしく、ベッドでは一人の少女が眠っていた。

(これは・・・夢?)

夢の中で夢だとわかる・・・口は動かせるが声は出ない。
私はこの状況を傍観しているしかないのだと悟った。

使用人:「姫様?」

近くで聞いたことのない声が聞こえる。
寝ていた少女がかすかに動く。

 姫 :「ぅ・・・?」
使用人:「姫様、お起きになられましたか?」
 姫 :「ん・・・あなたは・・・?」
使用人:「私は今日から姫様のお世話をさせていただくことになった者です。」
 姫 :「そう・・・なの。」

『姫様』と呼ばれた少女は、反応もほどほどに、朝日の差し込む窓辺に立ち、外を眺める。
しばらくすると振り返り・・・

 姫 :「あなた・・・名前は?」
使用人:「私はここで生まれ、ここでお仕えするために育てられました。 名乗るような名はありません。」
 姫 :「そう・・・」

ふと、少し沈んだ表情を見せたかと思うと、すぐに笑顔になりこう言う。

 姫 :「じゃぁ・・・あなたは『澄零』。 名前がないと不便でしょ?」

(澄零・・・私の装備、神官の杖の名前と同じ・・・?)

使用人:「すみ・・・れ? 私の名ですか・・・?」
 姫 :「そうよ、私が考えたの。」
使用人:「素敵なお名前ですね。 ありがとうございます、姫様。」
 姫 :「ううん、お礼なんていらないよ。 名前がなかったら呼びにくいじゃない。」
使用人:「それもそうですね。」

2人はクスクスと笑う。
その少女の瞳は、右眼はきれいなエメラルドグリーン、左眼は・・・真紅に染まっていた。


その頃、外では・・・ 門番 :「旅の者か? 許可証を見せろ。」  男 :「許可証はない。」 門番 :「なにぃ・・・?」 男は首飾りを兵士に見せた。  男 :「こういった者だが・・・」 門番 :「それが何だ。 とにかく、許可証なしでココを通すわけにはいかん。」  男 :「こちらにも事情がある。 手荒な真似はしたくないんだ。 通してくれないか?」 門番 :「ダメだ。」  男 :「そうか・・・仕方ないな・・・」 門番 :「くっ・・・」 兵士が身構えた途端、男の姿が消えた。 門番 :「な・・・どこに行った!? まさか・・・」 兵士が振り向くと、さっきの男が走り去っていく。 門番 :「し・・・侵入者だ! 捕らえろ〜!!」  男 :「・・・厄介なもんだな・・・」 男はそう呟くと、再び姿を消す。
突如、風が吹くように景色が変わる。 玉座に座る貫禄のある人物・・・そのまわりの人たち・・・ なにやら騒いでいる。 兵士 :「王、これで何人目だとお思いですか!」  王 :「し、しかし・・・」 大臣 :「王のお気持ちはわかります。 しかし、これ以上犠牲者を出しては・・・」  王 :「むぅ・・・」 兵士 :「街の評判も悪くなる一方です!」 大臣 :「王!!」 (ココは・・・王宮? なんの話をしてるんだろう・・・)  男 :「突然、失礼する。」 一人の男が扉を開き、王に向かって歩いてくる。  王 :「お主は誰だ? 今日は謁見の話は聞いていないが・・・」  男 :「急ぎの用で手続きをしている時間がなかった。」  王 :「外の者は何をしておるのだ・・・誰か、この者を捕らえよ。」  男 :「・・・できるだけ穏便に済ませたい。 話だけでも聞いてはくれないか?」  王 :「侵入者風情が何を言うか。」  男 :「・・・仕方ないか・・・」 兵士 :「どこの誰かは知らんが、おとなしく捕まれ。 そうすれば痛い思いは・・・」  男 :「断る」 兵士 :「なっ!? 人がせっかく薦めているのに・・・こうなれば力ずくでも!」  男 :「自分と相手の力量の差もわからんとは・・・愚かな・・・」 そう言い放つと、男は凄まじい殺気を放った。 それに圧されて、その場にいる人たちは動けなくなった。 (す・・・すごい殺気・・・ でも、この感じ、どこかで・・・)  男 :「どうした?力ずくで捕らえるのではなかったのか?」 兵士 :「くっ・・・」  男 :「まぁいい・・・こうしている時間も惜しいのでな。 話をさせてもらう。」 男の殺気が消え、皆、息をつく。  男 :「話というのは他でもない。 姫の事だ。」  王 :「姫の・・・?」  男 :「ああ。 姫の事で困っているのではないかと思ってな。」  王 :「別に・・・」  男 :「ここに来る途中でも噂になっていたぞ。 『また姫の世話係が死んだらしい。』『あの王宮は呪われている。』とな。」  王 :「そうか・・・」  男 :「王、姫をここに連れてきてもらえないか?」  王 :「それはならん!」 さっきから口篭もっていた王が、急に強い口調で言い放つ。  男 :「なぜ?」  王 :「それは・・・」  男 :「『姫は奇妙な力を使う異色眼オッドアイ』だから・・・か?」  王 :「なぜそれを・・・?」  男 :「やはり・・・」  王 :「・・・どこでそれを聞いた・・・」 男は王に首飾りを見せる。 (顔が良く見えないけどあの首飾り・・・あの人も・・・?) それは『天使連盟』の証であった。  王 :「そ、それは・・・」  男 :「さすが、王はご存知か。 門番は知らなかったようだが。」  王 :「その者か・・・」  男 :「王なら、もう用件は理解しただろう?」  王 :「・・・お主の目的は何だ!」  男 :「・・・知っているのでは・・・?」  王 :「特殊な力を使うものを集めて何をするつもりだ。 世界を自分の物にでもする気か!」  男 :「・・・あまり理解されてはいないようだな・・・」 男は少し残念そうにし、言葉を続ける。  男 :「俺はそういった者達をただ集めているのではない。 保護している・・・と言った方が正しいだろう。      生まれ持った力と姿ゆえに人に受け入れられず、虐げられ、      表に出ることを嫌い、仲間も出来ず一人ぼっちで死んでいく・・・     死んでも誰も悲しむことはない。 逆に厄介者がいなくなったと喜ばれる。」  王 :「くっ・・・」  男 :「そのような者達を保護し、限られた範囲内ではあるが自由に行動できるようにする・・・それが俺の目的。」 周囲の人たちは、初めて知る事実に驚きを隠せない。  王 :「確かに、真実はそうかも知れん。 だが、私の愛娘をお主に預ける事は・・・」  男 :「では問うが・・・今まで何人、姫の力の犠牲になった?」  王 :「ぬ・・・」  男 :「姫をこの王宮の外に出さず、一生閉じ込めておくつもりか?」  王 :「むぅ・・・」  男 :「姫が何かのはずみで表に出て、虐げられても構わないと?」  王 :「うぅ・・・」  男 :「それと、これは王の意思だけでなく、姫自身の意思で私の元に来てもらいたい。」  王 :「・・・お主の言う事が間違っていないのはよくわかる。 しかし・・・」 兵士 :「王!」 周囲のうちの一人が言う。 大臣 :「お言葉ですが、姫をここに居させても犠牲者は増える一方です!」 兵士 :「民衆の心も離れてしまいます、王!」 大臣 :「王!」  王 :「わ・・・わかった・・・ お前たちまでそう言うなら・・・姫をここに連れてきてみよう。 おい、誰か!」 そういうや否や、一人の女官らしき人が姫を連れてくる。  男 :「そちらが・・・姫?」  王 :「いかにも。」  姫 :「お父様、この人誰?」  王 :「あぁ、この人はな・・・お前を助けてくれる人だ・・・」  男 :「初めまして、姫。」  王 :「姫や・・・これからこの人のお世話になるんだよ・・・」  姫 :「この人も、みんなと同じじゃないの? 私は、お父様と一緒にいたい。」  男 :「仕方ないな・・・」 男は再び殺気を放つ。 すると、深い青だった左眼が銀色に染まる。 姫は怖気づく事もなくその瞳を見、何かを感じ取った。  姫 :「みんなと、違う・・・ この人、私と同じ・・・?」 その言葉を聞き、男は殺気を解く。  姫 :「お父様、私・・・この人の所になら行ってもいいよ。」  王 :「姫・・・」  男 :「決まり・・・でいいかな?」  王 :「あぁ。 姫の事をよろしく頼む。」  男 :「一つ忠告しておこう。 この力を制御する術を与える      もしくはこの力を封印する過程で記憶を失う事がある。」  王 :「つまり・・・?」  男 :「あなたたちに関わる事も含めて、ここでの生活の記憶をすべて無くすかもしれん。」  王 :「どの道、そちらに預けたらこっちに戻ってくる事はないんだろう?」  男 :「あぁ。」  王 :「なら・・・あとはお主に任せるだけだ。」  男 :「・・・わかった。 最後に一つ・・・姫の名前は?」  王 :「セラフィア・・・ セラフィア=フィル=マーメイリア。」 (!?) 私は驚きを隠せなかった。 それもそのはず、ラストネーム以外が私と同じ名前だった。  男 :「そろそろ行こうか、姫。」  姫 :「ん。 お父様・・・今までお世話になりました。」 男に手を引かれ、王宮を後にする。  王 :「セラフィ・・・」 大臣 :「これでよかったんですよ・・・王。」
 男 :「どうした?姫。 さすがに不安か?」  姫 :「いえ、自分で決めた事・・・ただ・・・」  男 :「ただ?」  姫 :「外に出るのは初めてで・・・」  男 :「ハハ。 そうだろうな。」  姫 :「あなたも、先程と印象が違いますが・・・?」  男 :「あぁ、こっちが『素』だ。 あぁいう喋り方のほうが『ソレっぽい』だろ?」  姫 :「そうですか。 ところで・・・」  男 :「ん?」  姫 :「あなたの名前・・・」  男 :「俺の名前か・・・今教えてもムダになるかもしれないからな。      その力をどうにかした後でちゃんと教えるよ。」 男は姫の方を向き、笑顔でそう言う。 そのとき初めて、男の顔がはっきり見えた。 (アル・・・兄さん・・・? まさか・・・この夢は・・・) ------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 私はアル兄さんに夢の内容を事細かに話した。  アル :「夢・・・か。」 アル兄さんは少し口篭もった後、驚くべき事を口にした。  アル :「実は・・・それはただの夢じゃない。 俺とセラフィの出会いそのものだ。」 セラフィ:「えっ!? じゃぁ私は・・・」  アル :「あぁ・・・お前は本当に姫なんだ。」 セラフィ:「そう・・・だったんですね。」  アル :「セラフィ、一つ聞いていいか?」 セラフィ:「なんですか?」  アル :「俺をひどい奴だと思ったとか、王のところに戻りたくなったとか・・・ないか?」 セラフィ:「それは・・・でも・・・」 確かに、また王に会いたいとも思った。 だけど・・・ セラフィ:「私は、私の意思で兄さんについて来たんですよw」  アル :「まぁ、多少強要したかも知れんがな。」 セラフィ:「とにかく!」  アル :「?」 セラフィ:「これからも・・・よろしくお願いしますね、兄さん♪」