大村益次郎の父の実家である、秋穂町藤村屋敷跡地には、大正八年の益次郎
五十年祭記念に建てられ元帥山県有朋公、揮毫の「大村益次郎誕生地」碑が建っ
ていて町の文化財指定を受けている。
福楽寺は、大村益次郎の父方藤村家の菩提寺で、両親の位牌や過去帳や戸籍
等があった。位牌は大村家に引き取られたが、過去帳には両親の戒名が残り、
その墓は福楽寺北の墓地にある。
大村益次郎両親の墓には、「門人中建之」とあり、両親の死後、門弟たちが建てたも
のである。
また、母の戒名は、益次郎がつけたとの話が藤村家に伝わっている。
父は「習楽軒瑞光自性居士」で寺子屋で教える姿を思い浮かべさせる。
母は「断機軒栄室妙貞大姉」で孟子の母の故事に由来している。
孟子が学問半ばで帰郷したとき、機(はた)仕事をしていた孟子の母は、機の糸を
いきなり断って「何事も中途で投げ出せば何も出来ない」とさとした故事で、益次郎
も母のこのような教えで成長したと考えられ、益次郎を支えた両親の姿が伺われる。
大村益次郎両親の墓 (秋穂町指定史跡)