A
ALBRET, Arnaud Amanieu VIII, grand chambellan de France et seigneur d'アルノー=アマニウ=ダルブレフランス大侍従長《grand chambellan de France》、『アルブレの殿』アルノー=アマニウ八世(アルブレの殿は、爵位を持たない。)。このガスコーニュの諸侯は、二章第七節でシャルル五世に降伏し、王妃の姉妹であるマルグリット=ド=ブルボンと結婚する。三章第四十七節で、イングランド王に反対して、その不満をシャルル五世に上訴する。
ALBRET, Bertucat d'ベルチュカ=ダルブレガスコーニュの領主。二章第三十二節でアンジュー公に降伏。
ALBRET, Charles Ier d'シャルル=ダルブレ『アルブレの殿』シャルル一世。二章第七節に登場。アルノー=アマニウ=ダルブレの息子。フランス大元帥《Connétable de France》。二章第十七節で彼の軍功について引用されている。
ALBRET, Louis d'ルイ=ダルブレシャルル=ダルブレの兄弟。二章第七節に登場。
ALENÇON, Philippe, d' patriarche de Jérusalem et archevêque d'Auchフィリップ=ダランソンエルサレム総大主教、オシュAuchの大司教。バルテルミ(ウルバヌス六世)によって指名された二十九人の枢機卿の一人。三章第五十八節に登場。
ALENÇON, Pierre II, comte d'ピエール=ダランソンアランソン伯ピエール二世。二章第三十三節で、ブルターニュに対する自分の戦いにブルボン公を伴う。
ALTAVILLA, Louis d', ou de Naplesルイ=ダルタヴィッラ《ドートヴィル》あるいは、ルイ=ド=ナープル(ナポリ)。バルテルミによって指名された二十九人の枢機卿の一人。《アルタヴィッラって言うなら、ルイじゃなくてルイージのような気がする》
AMÉDÉE VIII, comte, puis duc, de Savoieアメデ《アマデウス》=ド=サヴォアサヴォア伯。後に、サヴォア公。アメデ八世。二章第十八節で、フィリップ豪胆公の娘マリーと結婚する。
ANGLETERRE, la reine d', Isabelle de Franceアングルテール王妃イザベル=ド=フランスイングランド王妃。二章第十三節では彼女のフランスへの帰還が描かれている。二章第十五節にも登場。彼女は、フランス国王シャルル六世の娘である。
ANGOULÊME, le sénéchal d', Henri Hayアングレーム家令《セネシャル=ダングレーム》 、アンリ=エ《ヘンリー=ヘイ?》。トマス=パーシーのことではない。二章第二十六節で、カプタル=ド=ブーシュの同輩としてサル=シュール=メール《シャラント=マリティム》の戦いで捕虜となる。
ARAGON, le roi d', Jean Ierジャン《ファン》=ダラゴンアラゴン王。ファン一世。ジャンヌ=ド=フランスの婚約者、三章第三十一節に登場。
ARAGON, le roi d', Pierreピエール《ペドロ》=ダラゴンアラゴン王。ペドロ儀式王《Pierre le Cérémonieux》。三章第三十一節で、国王シャルル五世と同盟を結ぼうとする。
ARMAGNAC, le comte d', Jean Ierジャン=ダルマニャックアルマニャック伯ジャン一世。二章第七節でシャルル五世への忠誠を行動に表わす。三章第四十三節でイングランド王に対する不満をシャルル五世に上訴する。
ARNAUD de Villeneuveアルノー=ド=ヴィルヌーヴ高名な錬金術師。三章の第二十二節で、シャルル五世は彼の弟子の一人に、彼を自分の宮廷に招くために手紙を書いている。
ARTEVELDE, Philippeフィリップ=アルトヴェルド《アルテフェルデ》二章第十五節に登場。フランドルの暴動の首領。ルーズベックの戦いで死ぬことになる。
ARTOIS, le comte de, Philippe, duc de Bourgogneアルトワ伯フィリップ、ブールゴーニュ公ブールゴーニュ公。フィリップ豪胆公《国王ジャン二世の四男にして、シャルル五世の弟》。マルグリット=ド=フランドルと結婚して、アルトワ伯を受け継ぐ。
ARTOIS, le comtesse Marguerite d'アルトワ伯妃マルグリット=ダルトワアルトワ伯妃。アルトワ伯ルイ一世の寡婦。三章第四十四節で、皇帝の訪問の際には王妃の傍に侍していた。
ASSÉ, le seigneur d', Fouques Riboulleフク=リブール=ダッセアッセ卿。イングランドに対する軍団を指揮。二章第三十一節に登場。
AUBRIOT, le prévôt de Paris, Huguesユーグ=オブリオパリのプレヴォ。三章第十一節に登場。この都市の再建の責任を負う。
AUDREHEM, le maréchal de France Arnoul d'アルヌル=ドドレームマレシャル=ド=フランス(フランス元帥)。二章第六節で、シャルル五世により、ペドロ王《カスティリア王ペドロ残忍王》に対する戦争に加わるため、スペインに派遣される。
AUGUSTINS, le prieur général des, オギュスタンの総修道院長ボナベントゥーラ=バドーロ《Bonaventure Badoaro》。オギュスタン修道院は、シャルル五世により建立。三章第五十八節で、バルテルミによって指名された二十九人の枢機卿の一人。
AUTRICHE, le duc Léopold III d'レオポール=ドートリッシュオーストリア公レオポルド三世。二章第十三節でカトリーヌ=ド=ブールゴーニュと婚約。
AUTUN, l'évêque d', Pierre II de Barrièreオタン司教ピエール二世=ド=バリエール。三章第五十八節でバルテルミによって指名された二十九人の枢機卿の一人。
AUVILLIERS, Pierre d'ピエール=ドーヴィリエ一般兵卒。ただし、二章第二十六節でカプタル=ド=ブーシュ(ブーシュ守護職。ジャン=ド=グライー)を捕らえる。
AUXERRE, le comte d', Jean de Chalonジャン=ドーセールオーセール伯。ジャン=ド=シャロン。二章第五節で、第二子である弟とともに、デュ=ゲクランの、コシュレル(ジャン=ド=グライーを破った戦い)で勝利を収めた強力な軍隊に加わる。
AVERSA, L'évêque d', Poncello Orsiniアヴェルサ司教ポンチェーロ=オルシーニ。三章第五十八節でバルテルミによって指名された二十九人の枢機卿の一人。
B
BAR, le duc de, Robert Ierロベール=ド=バールバール公ロベール一世。三章第三十四節でルーブルにいる皇帝を迎えに派遣される。三章第三十六節では、皇帝との再会に際し、国王の傍に侍する。三章第三十七節では、皇帝のパリ入場の行列に加わる。三章第三十八節の、国王の晩餐の際には「名誉の食卓《la table d'honneur》」に侍る。三章第三十九節の「国王達の夜の祝祭《la Fête de la Nuit des Rois》」においては第一卓に着く。三章第六十一節の「皇帝の饗宴《le banquet de l'Empereur》」においては第二位の「名誉の食卓」に着く。
BARI, l'archevêque de Barthélemy Prignanoバーリ大司教バルテルミ=プリニャーノ。三章第五十三節で教皇として選ばれて、ウルバヌス六世《Urbain VI》となる。三章第五十四節では、彼の選出は暴力によって押し付けられた。
三章第五十三節でローマに集められた《当時はアヴィニョン教皇庁時代》枢機卿団によって教皇に選出されたことを知る。三章第五十四節では、枢機卿達が彼の選出に異議を唱えてシャルル五世宛てに手紙を送っている。二十九人の枢機卿を指名する。リエティRietiの司教が指名を拒否する。皇帝ヴェンツラスの選出を司る。リモージュ枢機卿は、彼の指名を非合法と非難する。
BAVIÈRE, le duc de , Albertアルベール=ド=バヴィエールババリア(バイエルン)公アルベルト《バイエルン公アルブレヒト一世?下バイエルン=シュトラウビング公、ホラント伯、セーラント伯、エノー伯》。二章第十三節で彼の娘マルグリットとジャン無怖公を婚約させる。
BAVIÈRE, le duc de (-Ingolstadt), Étienneエチエンヌ=ド=バヴィエールバイエルン=インゴルシュタット公《1392年に上バイエルンは部分公爵領バイエルン - ミュンヘン(ヨハンII世)、バイエルン - インゴルシュタット(シュテファンIII世)、バイエルン - ランツフート(フリードリヒ賢王)に分割される》、シュテファン(スティーヴン)。二章第十三節で彼の娘イザボー(イザベル)は後のシャルル六世と婚約する。
BAYEUX, l'évêque de Nicolas IerDu Boscバイユー司教ニコラ一世=デュ=ボスク。三章第三十四節で、サン=ドゥニまで皇帝を迎えにいく。
BEAUVAIS, le cardinal de, Jean de Dormansボーヴェー枢機卿ジャン=ド=ドルマン。シャルル五世にシャンスリエ《Chancelier de Charles V大法官、国璽尚書、ラテン語のカンケラリウス》として仕える。三章第十六節である聖職者の陰謀の犠牲になる。《ボーヴェー司教は、十二重臣の一人で、大抵国璽尚書をかねる。ちなみに、ピエール=コションはこの役職》
BEAUVAIS, l'évêque de Milon II de Dormansボーヴェー司教ミロン二世=ド=ドルマン。三章第三十三節で高官達の中で皇帝をコンピエーニュまで迎えに行く栄誉を賜る。三章第三十四節ではサン=ドゥニまで皇帝を迎えに行く。
BERGUETTES, le chambellen du roi, Jean de ジャン=ド=ベルゲット王の侍従。三章第三十六節で、皇帝の身辺警護を命じられる。
BERRY, Jean de France, duc de , etc.ベリー公ジャン=ド=フランスベリー公、などなど《オベルニュ公も》。フランス王ジャン二世の三男。二章第十四節では、ブールボン公がサントンジュにおける彼の代理人となっている。二章第二十六節でプワティエPoitiersの町が引き渡される。二章第三十節でカルラCarlatの要塞を包囲する。三章第三十四節では皇帝を迎えに行き、国王の挨拶を皇帝に伝える。三章第三十六節では国王とともに皇帝に再会するために出発。国王の晩餐の時には「名誉の食卓」につく。三章第三十九節では、「国王達の夜の祝祭」において第一の卓に座る。三章第四十一節の「皇帝の饗宴」においては第二位の「名誉の食卓」に着く。そこで皇帝に種々の香辛料を贈る。三章第四十六節では皇帝に対してパリの流行の楽しみを提示する。
BERRY, la fille du duc de , Bonne, comtesse de Savoieベリー公女ボンヌ=ド=ベリー。サヴォア伯妃。二章第十三節でアメデ七世と結婚。三章第四十四節では、皇帝の来訪に際し王妃の傍に侍する。
BLAINVILLE, Jean IV de Mauquenchy, seigneur de, maréchal de Franceジャン四世=ド=ブランヴィールジャン=ド=モケンシー。ブランヴィール卿。フランス元帥。二章第二十五節で彼の勇猛さが引き合いに出される。三章第三十六節ではサン=ドゥニに向かう国王の行列の先頭に立つ。三章第三十七節の皇帝シャルル四世《カール四世》のパリ入場の行列の一員として加わる。
BLANCHE de Navarreブランシュ=ド=ナヴァールフランス王妃。フィリップ六世の寡婦(未亡人)。三章第五十節の王妃ジャンヌ=ド=ブールボン(シャルル五世の王妃)の葬儀に立ち会う。
BOHÊME, le roi de, Jean l'Aveugleボエーム王ボヘミア(ベーメン)王。ヨハン盲目王。シャルル五世の母でフランス王妃(ジャン二世の王妃)ボンヌ=ド=リュクサンブールの父。一章第六節に登場。
BOHÊME, le roi de, Wenceslas de Luxembourg, fils de l'Empereur Charles IVボエーム王ヴェンツラス=ド=リュクサンブール《ヴェンツェル=フォン=ルクセンブルグ》。皇帝カール四世の息子。三章第三十三節では彼の父の傍らにてカンブレに入場。続いて病気の彼の父の名の下にブールボン公を訪ねる。三章第三十八節の国王シャルル五世の晩餐には「名誉の卓」に着く。三章第三十九節の「国王達の夜の祝祭」においては第一の卓に着く。三章第四十一節の皇帝のために設けられた饗宴では大理石の卓に着く。そこでは、ウー伯《le comte d'Eu》に饗応される。三章第四十三節では、一月八日の会議に出席する。三章第四十四節ではフランス王妃の外交儀礼上の訪問を受ける。そこですばらしいブローチを王妃から賜る。
BOHÊME, roi deボエーム王皇帝カール四世《シャルル=ド=リュクサンブール、カール=フォン=ルクセンブルグ、ルクセンブルグ公》の称号の一つ。三章第五十九節で彼の死が想起されている。
BOHÊME, l'archevêque de Prague en ボヘミアのプラーグ大司教プラハ大司教。三章第五十八節で、バルテルミによって任命された二十九人の枢機卿の一人。
BOLOGNE, l'évêque de, Philippe Carafaボローニュ司教ボローニャ司教。フィリップ=カラファ。三章第五十八節でバルテルミによって任命された二十九人の枢機卿の一人。
BORDEAUX, le sénéchal de, (ou d'Aquitaine), Thomas de Feltonボルドー(あるいはアキテーヌ)のセネシャル《家令》トマス=ド=フェルトン。二章第三十一節でベルジュラックの町の手前で捕虜になる。
BOULOGNE, le comte, Jean de , seigneur de Montgasconブーローニュ伯ジャン=ド=ブーローニュ。モンガスコンの領主。三章第三十六節のサン=ドニに向かう国王の行列に加わる。
BOURBON, Jacques II de, comte de La Marche, Grand bouteiller de Franceジャック=ド=ブルボンラ=マルシュ伯ジャック二世=ド=ブールボン。フランス大献酌役。二章第十七節で、ウェールズで戦うために、英仏海峡を渡る。
BOURBON, la duchesse de, Isabelle de Valois, veuve de Louis Ier duc de Bourbonブールボン公妃イザベル=ド=ヴァロワ。ブルボン公ルイ一世の寡婦。三章第四十四節の皇帝来訪の際には、王妃の横に同席する。ブールボン公妃と再会した皇帝は感動し、長い間彼女と話し込んだ。
BOURBON, le duc de Louis II le Bonブールボン公ルイ二世善良公。彼の人物像は二章第十四節にある。二章第三十節では、オベルニュのカルラ《Carlat》の包囲に加わる。二章第三十一節では、ペリゴール《Perigord》地方でイングランドと戦う。二章第三十三節では、ブルターニュ《Bretagne》地方でイングランドと戦う。三章第三十三節では、国王シャルル五世の名の下に、皇帝をコンピエーニュで出迎える。三章第三十六節では、王を伴って皇帝と再会。三章第三十七節では、皇帝のパリ入場の列に加わる。三章第三十八節では、国王の晩餐の「名誉の卓」に着く。「国王達の夜の祝祭」には第一卓に着く。三章第四十一節の饗宴の夜には王太子の保護者役を務める。その後「皇帝の饗宴」で種々の香辛料を渡す時もその役目であった。三章第五十節の彼の姉妹である王妃の死に際しては悲嘆にくれていた。
BOURBON, le duc de , Pierre Ierブールボン公ピエール一世=ド=ブルボン。ルイ=ド=ブルボンの父。二章第十四節に登場。
BOURGOGNE, Antoine de, comte de Rethelアントワーヌ=ド=ブールゴーニュレーテル伯。《フィリップ=ル=アルディの次男。ジャン=サン=プールの弟。ブラバント公、リンブルク公。リンブルク公位を手に入れてからは弟フィリップにレーテル伯領を譲る。》一章第二節でクリスティーヌと、ブールゴーニュ公フィリップを引き合わせる。二章第十三節で、ブラバント公領《le duché de Brabant》を相続。
BOURGOGNE, le duc de, Jean sans Peur, comte de Nevers, etc.ブールゴーニュ公ジャン無怖公。ヌヴェール伯等等。二章第十三節でマルグリット=ド=バヴィエールと結婚。《フィリップ豪胆公の息子。》
BOURGOGNE, le duc de, Philippe le Hardi, comte de flandre, etc.ブールゴーニュ公フィリップ豪胆公。フランドル伯等等。クリスティーヌは彼の命令によって執筆を開始。
BOURGOGNE, Marguerite de マルグリット=ド=ブールゴーニュ二章第十三節で、オストレヴァンOstrevant《アルトワ地方》伯と結婚。
BOURGOGNE, Marie de, comtesse puis duchesse de Savoieマリー=ド=ブールゴーニュサヴォワ伯妃ついで、サヴォワ公妃。二章第十三節でアメデ八世と結婚。
BRABANT, le duc de, Wenceslas de Luxembourg, frère de l'Empereur Charles IVブラバント公皇帝カール四世の兄弟、ヴェンツラス=フォン=ルクセンブルク。三章第三十七節の皇帝のパリ入城の行列に参加。三章第三十八節の国王の正餐に際しては、「名誉の食卓」に着く。三章第三十九節の「国王達の夜の祝祭」では第一の卓に着く。三章第四十一節の皇帝の饗宴の際には第二位の名誉の食卓に着く。
BRAINE, le comte de, Simon de Roucy, conseiller de roi Charles Vブレイヌ伯シモン=ド=ルーシー。シャルル五世の顧問官の一人。カール四世を迎えるために王国の国境まで出向く。三章第三十三節で皇帝とカンブレで落ち合う。三章第三十六節では、サン=ドニに向かう国王の行列に参加。
BRAUNSBERG, l'évêque de, Henri Soerbom, conseiller de l'Empereurブラウンスベルグ司教アンリ=セールボンハインリッヒ=セールボン。皇帝の顧問官。三章第三十九節では、大広間での国王の会食に列席。国王達の夜の晩餐には第二卓に着席。
BRETAGNE, le duc de, Jean de Montfortブルターニュ公ジャン=ド=モンフォール。ブルターニュ公ジャン五世。二章第三十節で、ブレストBrestとオレAurayの城館が彼の陣営の物になる。二章第三十三節でイングランドの大義を掲げる。
BRETAGNE, le duc de, Jean VIブルターニュ公ジャン六世。二章第十五節で、ジャンヌ=ド=フランスと結婚。
BRIEG, le duc de, Henriブリーグ公ブリーグ《ポーランド、シュレジエンのBrzeg》公ハインリヒ。三章第三十九節の国王達の夜の晩餐には第一卓。三章第四十一節の皇帝の饗宴には第二位の名誉の食卓。
BUDES, Sylvestreシルヴェストル=ビュードブルターニュ出身の傭兵隊長。三章第十七節でシャルル五世に死罪判決を告げられる。
BUDOS, le seigneur de, Thibaudビュドの領主ティボー。二章第三十二節に登場。シャルル五世の同盟者として活動。
BUEIL, le seigneur de, Jeanビュイルの領主ジャン。二章第三十一節では、イングランドに敵対する傭兵団のなかで命令を実行する。
BULGARES, le roi des , Bogorisブルガリア王ボゴリス。一章第三十四節で、自分の長男のために退位する。
C
CAMBRAI, l'évêque de, Gérard III de Dainvilleカンブレ司教ジェラール三世=ド=デンヴィール。三章第三十三節で皇帝に再会するために出発する。。
CAPTAL, le captal de Buch Jean III de Graillyカプタル=ド=ブーシュジャン三世=ド=グライー。一章第三十一節では、シャルル五世の敵だが寛大に取り扱われる。自由を取り戻すためにフランスの大義に忠誠を誓う。二章第二十六節では、マレンヌ《Marennes》島《シャラント=マリティム県》に配置されたフランスの兵隊に立ち向かう。続いて、サル=シュール=メールのたたかいで敗走するが、一兵卒ピエール=ドヴィリエの手に落ちる。
CATHERINE, fille du duc de Bourgogne Philippe le Hardiカトリーヌブールゴーニュ公フィリップ豪胆の娘。二章第十三節でオーストリア公レオポールと婚約する。
CATHERINE DE FRANCE, fille du roi Charles V et de Jeanne de Bourbonカトリーヌ=ド=フランスフランス王シャルル五世とジャンヌ=ド=ブルボンの間の娘。三章第五十節で、サン=ポルSaint-Pol教会にて洗礼される。
CAUMONT, Anissant deアニッサン=ド=コーモン二章第三十二節に登場。国王シャルル五世への忠誠心を表す。
CHALON, Jean de, écuyer et chambellan de Philippe de Hardiジャン=ド=シャロンフィリップ豪胆公の盾持ちにして侍従。一章第二節でトパン=ド=シャントメルル《Taupin de Chantemerle》とともに、ルーヴル宮にいるブールゴーニュ公の前にクリスティーヌを連れて行く。
CHALON, Louis Ier de, dit connétable de France(erreur de Christine)ルイ一世=ド=シャロンフランス大元帥だといわれているがこれはクリスティーヌの誤りである。二章第五節で、コシュレルで大勝利を収めた軍隊に彼の弟ジャン=ド=シャロン、そしてベルトラン=デュ=ゲクランとともに加わる。
CHANTEMERLE, Jean de, dit Taupinet, écuyer de Philippe de Hardiジャン=ド=シャントメルルモグラの二つ名を持つ。フィリップ豪胆公の盾持ち。一章第二節で、ジャン=ド=シャロンとともにクリスティーヌをルーヴルにいるブールゴーニュ公のもとに連れて行く。
CHARLES de Durazzo, roi de Naples(Charles III), dit Charles de la Paixシャルル=ド=デュラッツォナープル《ナポリ》王シャルル《カルロ》三世。アンジュー公ルイ《シャルル五世の弟》のイタリアにおけるライヴァル。カルロ平和王の綽名がある。二章第十一節に登場。
CHARLES IV le bel, roi de Franceシャルル四世美男王フランス王シャルル四世。オルレアン公妃の父。三章第四十四節に登場。
CHARLES VI le bien aimé, roi de Franceシャルル六世最愛王フランス王シャルル六世。一章第二十一節でシャルル五世は王太子の誕生を喜ぶ。二章第十一節で、フランス王国を受け継ぐことが定められる。彼の人物像は二章十五節にある。二章第十六節で、彼が三歳の時、弟ルイ=ド=フランス《後のオルレアン公ルイ》が生まれる。三章第六節で、王太子の戴冠についての法律がシャルル五世によって公布される。三章第七十一節で、死の床にあるシャルル五世から祝福される。
CHÂTEAUGIRON, le seigneur Hervé deエルヴェ=ド=シャトージロンシャトージロンの領主。イングランドに対抗する傭兵隊を指揮する。二章第三十一節に登場。
CHIETI, l'éveque de, Elzéar de Sabranシエティ司教エルゼアル=ド=サブランキエティ司教。三章第五十八節で、バルテルミによって指名された二十九人の枢機卿の一人。
CHRISTINE de Pizanクリスティーヌ=ド=ピザン一章第一節で新しい作品を散文で書くことを命じられる。二章第十八節で、予想されうる自分の作品に対する批判に答えている。
CHYPRE, le roi de, Pierre Ier de Lusignanシープル王ピエール=ド=リュジニャンキプロス王ピエール一世。彼のシャルル五世に対する敬意は三章三十一節に現れている。
CLAUDE de Turin, évêqueクロード=ド=チュラントリノのクロード。三章第十三節で大学の設立者のひとりとして名前が挙がっている。
CLÉMENT VII, pape教皇クレマン七世クレメンス七世。三章第六十一節に彼の選出の状況が書かれている。国王シャルル五世は、彼のために声明を発した。三章第五十七節では、彼の望みに従って国王は外交的活動を行う。ハンガリー王とフランドル人達はそれに乗り気ではなかった。三章第五十八節ではオタン《Autun》司教を枢機卿に指名した。三章第六十節で、リモージュ枢機卿はパリに教皇の名前で手紙を送る。三章第六十二節では、国王シャルル五世は、自分のよき顧問官達を信頼して彼の正当性を支持した。三章第七十一節では、国王シャルル五世はその死の床でも自分の選択を弁明していた。
CLERMONT, le comte de, Jean , fils de duc de Bourgogneジャン=ド=クレルモンクレルモン伯ジャン。ブールゴーニュ公の息子。《確かブールボン公?本文中でもブールボン公なのでこのインデクスの間違い。ブールボン公家はルイ九世の息子ロベール=ド=クレルモンが開祖。ちなみにこの結婚の結果、本来ならアパナージュであるベリー公領(ベリー公はベリーとオベルニュの公爵)は王領に返還されるはずであったが、全てクレルモン伯家に受け継がれ、その代わりクレルモン家が断絶した場合、本来ならブールボン家が絶えていなければ、ブールボン家に戻るはずのクレルモン伯領も含めて王領へ返還されることになった。》二章第十二節で美しく高貴な女性マリー=ド=ベリーと結婚。二章第十四節では、名を上げようと努力する美男子である。
CLISSON, Olivier de.オリヴィエ=ド=クリソン二章第三十五節で、ブルターニュのオーレAurayの町を包囲する。二章第三十六節では、ブールゴーニュ公とともに、国王シャルル五世によってカレーに派遣される。
COLONNA, l'Évêque de Lisbonne , Agapito,アガピト=コロンナ《コロンナ家はオルシーニ家と並ぶローマの都市貴族》リスボン司教。三章第五十八節でバルテルミによって指名された二十九名の枢機卿の一人。
COLONNA, Étienne, prévôt de l'église de Saint-Omerエチエンヌ=コロンナサン=トメール教会のプレヴォ《教会参事会主事》。三章第五十八節でバルテルミによって指名された二十九名の枢機卿の一人。
CORFOU, l'archevêque de, Jean d'Aureilleコルフ大司教ジャン=ドレイユコルフ《イオニア海にあるケルキラ島のこと》大司教。三章第五十八節でバルテルミによって枢機卿に指名された二十九名の一人。
COUCY, le seigneur de, Enguerrand VIIアンゲラン七世=ド=クシークシーの領主アンゲラン七世。二章第三十一節で、イングランドに対抗する傭兵隊を指揮する。三章第三十三節で、国王シャルル五世により、皇帝をカンブレまで迎えるために派遣される。三章第三十六節では、サン=ドゥニに向かう国王の行列に加わる。つづいて皇帝の随員を宮殿まで案内する。三章第四十一節の饗宴の夜では王太子の保護者役を務める。
COUCY, Marie de, dille d'Enguerrand VIIマリー=ド=クシーアンゲラン七世の娘。三章第四十四節で、王妃とともに皇帝の訪問を迎える。

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