不許葷酒入山門



 「こら、夕べ何を食べて来たんだ」と、時々、勤務室で看護婦さんに言うことがある。 昨晩焼肉でも食べて来たのだろうかニンニク臭いのである。ニンニクは食べている本 人には、活力の源となるのだが、ニンニクを食べていない人にとっては臭くてたまら ない。しかし、ニンニクの臭をぷんぷんとさせながら、仕事をしている看護婦さんを 叱るものの、実は僕もニンニクが好きでよく食べる。
 僕は伊東のマンションに行くと、新鮮な魚やイカを買い込み、刺身におろすのが好き である、もちろん食べるのがもっと好きである。特に全長7ー8センチの小アジが好 きで、20ー30尾いっぺんに三枚におろして、きざんだ万能ネギをふりかけ、ワサ ビとニンニクをたっぷりつけて食べる。これが美味で、まるで麻薬のようで食べ出し たら止まらない、あっという間にたいらげてしまう。刺身をニンニクで食べるのは、 下品で邪道と思われている人も、一回是非おためしあれ、本当にウマイ!のである。
 さて食べた後、必ず「ああー明日病院にいって皆に臭いといって嫌われたらどうしよ う」と後悔するが、その時すでに遅し、もうどうすることもできないのである。美味 しいとはいうものの、やはり人間相手の仕事をしている我々医療関係者は、ニンニク のように臭が強く他人に不快感を与える食べ物は、出勤前日には食べないほうがよい のだろう。

 禅宗のお寺に行くとその入り口(山門)に「不許葷酒入山門」と書いた立て札がある。 これは「葷酒(くんしゅ)の山門に入るを許さず」と読む。葷(くん)と酒を寺の中 に持ち込んでは行けないという意味である。葷とはニラ、ニンニク、ラッキョウ、ネ ギ、といたに臭の強い食べ物をさす。臭の強いものや、酒を持ち込んでは禅宗の修 行に差し障りがあると言うわけである。お釈迦さまはよっぽど酒や臭の強いものが嫌 いであったのだろう。お釈迦様のように、個人で葷酒を嫌う人もいれば、国家で酒を 嫌う国もある、つい数ヵ月前にベトナムではキエフ首相が、酒に酔っ払うことを禁止 する法律をつくってしまった。これからベトナムを旅行しようと考えているかたは、 刑務所に入れられたくなかったら、くれぐれもベトナムでは酒に酔っ払わないように。
 不謹慎な仏教徒である僕は、やたら酒を呑み、ニンニクやネギのは入ったツマミを食 べては、家に真直ぐ返らず何故か病棟によっては「酒臭い」とか、「ニンニク臭い」 とかいわれてヒンシュクをかう。悪いこととはわかっているが、癖になってこまった ものだ。病院の玄関に「葷酒の病院に入るを許さず」とでも縦看板しておくか?やは り、医療という神聖な仕事をする場である病院には、葷も酒も持ち込むべきではない と僕は考える。

 ....ところが疲れた時に、医局で一杯のむビールやニンニクのタレにつかった焼 き鳥はまた格別なものである。悪いとはわかっちゃいるけど止められない、これが人 間の本音であろう。人間は常に善のみを行えない、わかっているけど悪いことをする のも人間なのである。お坊さんだって般若湯などと言って、こっそりお酒を呑んでい るではないか。ちなみに最近では「不許葷酒入山門」を「許されざれど、葷酒山門に 入る」と読む新解釈があるそうである、だから「許されざれど、葷酒病院に入る」の もこのご時勢では当然のことなのであろうか。