金の無い奴はオレん所へ来い!



『金の無い奴はオレん所へ来い、オレも無いけど心配するな。見ろよ青い空、青 い海。そのうち何とかなるだろう!』と言う歌詞をご存知だろうか。クレージ ー・キャツの植木等の歌った、何とも無責任な曲の一つだ。しかし僕はこの歌詞 が好きで時々口ずさむ。
 人間とは何がしかの上下関係を持ちながら社会生活をしている、どちらかと言う と甘えや依存心の強い自分は常に『強い』上司を探し求めてきた。『強い』上司 とは、決してヤクザの親分ののように喧嘩の強い人ではなく、精神的に『強い』 人である。よく誰かを仲間に誘う時、色々と良い条件をつけて人を誘う人がい る、その中で時々魅力的なのは「おれは金を持っている心配するな」等と言われ る事である。しかし、生来へそ曲がりの性格の自分は常に「オレも金を持ってな いが心配するな、そのうち何とかなるだろう」と言える人を自分の上司や仲間と して探し求めて来た。金があるから心配するなと言う人より、金が無いけど心配 するなと言う人の方が遥かに魅力的で、『強い』人間に僕には見えるからであ る。

 二年程前に夏休みを利用して初めてニューヨークに行った。バッテリ・パークと いう公園から見学コースの切符を買い遊覧船に乗ると、アメリカの象徴とも言う べき自由の女神が見えてくる。その日はとても天気がよく、青空の中にそびえ立 つ真っ白な自由の女神は何か異常な興奮と感動を僕に与え、おもわず武者振るい をしてしまった。
 アメリカは移民が建国した国である、ヨーロッパからの移民は船で何十日もかか り大西洋を渡りニューヨークにたどり着いた。長い船旅に疲れた移民たちが自由 の女神を見た時、自分達が夢にまで見た新天地アメリカに着いたことを知り、お そらく僕の何千倍もの感動を覚えたにちがいない。
 見学コースは自由の女神の次には、隣のエイリス島という1953年まで移民局があ った小さな島を訪れることになっている。その見学コースには多数の日本人がい て、自由の女神で記念写真を撮り目的の90%を達した日本人観光客は、大抵はエ イリス島の観光をスキップしてしまう。しかし、僕はアメリカの歴史を考える上 でエイリス島にはとても興味があったので、移民局の記念館を訪れてみた。
 移民局における入国審査には2つのレベルの移民に分けられていたそうだ。その 一つは十分な金銭をもってアメリカに渡って来た人で、ほとんどフリーパスのよ うに入国を認められた。しかし、ほとんどの人は渡航費用に全財産を使い果た し、アメリカに着いた時には小さなスーツケースと防寒コート、それにわずかの お金しか持っていなかった(10ドルもなかった人はざらだったらしい)。要す るに移民とはいうものの、難民同様の人たちが第二のレベルであった。これらの ほぼ財産を持ち合わせていない人達には、究めて厳しい入国審査が適応されたら しい。そして厳しい審査を通過して彼等は数ドルの全財産を握りしめ、それぞれ 思い思いにアメリカ全土に散らばっていった。誰か親分肌の人がいて「金の無い 奴はオレの所に来い、オレも無いけど心配するな」と言い子分を引き連れてアメ リカで人生の勝負に挑んだかもしれない。そんな人達がアメリカで大成功し摩天 楼の経営者になったか、何処かで夢破れ、のたれ死にしたかは定かではない。

 さて、自分は「オレも金は無いけど心配するな」といえるようなボスの子分にな りたいと思いながら仕事をして来たが、残念ながらそんなに心が大きく、また無 責任な人には今まで出くわさなかった。しかし、気が付いてみると自分は42 才、もうボスを探し求める年ではなく、ボスにならなければいけない年となって しまった。自分が今「オレも金は無いけど心配するな」といって子分を引っぱて いけるだけの器量があるかどうかふと自分に問いかけてみた。

          僕が42歳の時、今から9年前に書いた文章でした。