心臓移植と家族の関係

平成15年11月23日



 平成15年11月22日の新聞の夕刊に日本人がアメリカ で心臓移植を受けたニュースが小さく報道されていました。
そういえば、一時期大騒ぎだったけれど、日本の「心臓移 植」の話は最近あまりマスコミで取り上げられなくなったと 思いませんか。ふとそれに気がついて、心臓移植の現状は今 どうなっているんだろうと「臓器ネットワーク」のホームペ ージを見てみました。日本では心臓移植が1999年(平成11年 )に再開されていますが心臓移植の件数は

     1999年(平成11年)・・3例
     2000年(平成12年)・・3例
     2001年(平成13年)・・6例
     2002年(平成14年)・・5例

でした、そこで今年2003年(平成15年)はどうかというと 10月31日の段階で0例です。つまり今年はまだ1例も心臓移 植は行われていません。また、現在心臓移植希望者で臓器 ネットワークに登録されている人は61人だそうですが、今 のペースでの心臓移植件数ではこれら61人が適切な時期に 心臓移植を受けられるとは到底考えられません。

2003年(平成15年)・・10月31日現在"0例"

 心臓移植のキーポイントはご存知のごとく「脳死下」で の心臓の提供が無いと心臓移植が成立しないことです。た とえ法律で脳死を死と認めても、日本人の宗教感などから は「脳死=死」とはなかなか納得がいかないものだと思い ます。

 臓器ネットワークの公開された資料によると、現在まで に87例の脳死状態で臓器提供に至らなかったケースがある そうです。そのうち60例が脳死の基準を満たしていないと か、医学的に適応外などの理由で臓器提供に至っていませ ん。そうすると残りの30例近くが本当に臓器提供が可能で 有った事になりますが、このうち17例は家族の反対で臓器 の提供が受けられなかったということでした。どんなに臓 器提供カードに、脳死状態での臓器摘出を認めていても、 いざその場になると家族の反対が有って当然の事だろうと 思います。

 僕は20年前のアメリカ留学時代に心臓移植の研究に参 加していて、技術的なトレーニングを受けた時代もあり心 臓移植に関しては技術的な理解は十分あるつもりです。と ころが、日本人の宗教的、民族的概念から考えて心臓移植 の普及は日本では難しいと考えていました。下記の文章は 4年前の平成11年に海老名総合病院附属東病院の循環器 センターに勤務していた時に書いた文章です。

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臓器移植と家族の関係

海老名総合病院附属東病院

            循環器センター 原田 厚 

   平成11年1月29日、海老名医師会からの命を受けて神 奈川県医師会の「臓器移植に関する懇談会」に出席して きました。平成1年から開始された懇談会で、今年のテ ーマは「法施行後の臓器移植の動向」でした。私は毎年 この会に派遣されますが、医師会の皆様に報告をする機 会も無いので、今回は報告がてら私見を少々述べさせて 頂きます。

 移植全般に渡り移植医療の実状が報告されましたが、 紙面と私の専門の関係から心臓移植に焦点を絞らせて 頂きます。南アフリカのバーナードにより1968年に世 界で初めて心臓移植が行われ、現在までに世界で4700 例弱の心臓移植が行われてきました。移植医療は、強 力な免疫抑制剤サイクロスポリン登場後に成績は飛躍 的に向上し、現在の5年生存率、10年生存率は各々約 80%、50%となっています。我が国では、和田心臓移 植の不成功以後、脳死の法律的な整備が遅れて施行さ れていません。

 脳死者からの臓器移植のために、平成9年7月に「臓 器移植に関する法律」が制定され1年以上経過しました 。この法律によれば脳死した身体から臓器を取り出す ためには生前に「臓器提供意志表示カード」に本人が 署名していることが必要です。ところが、このカード に署名可能な16歳以上の国民の僅か3%しか、カード に署名をしていないのが実状です。こんな少ない署名 率の中から昨年1年で47例の脳死者がでましたが、臓器 提供の意志表示をしているにもかかわらず脳死者から の臓器移植はなされませんでした。その理由の主なる ものは、署名に不備があった(丸印をつけるべき所に 丸が無かったなど)、脳死者が悪性疾患や感染性の疾 患であったりとかで移植に適しなかったなどであり、 結局は臓器摘出が可能であると判断されたものは僅か 4例にすぎません。ではこの4例からは何故、臓器摘出 がなされなかったのでしょうか。答えは2例は家族が反 対した、1例は家族が心停止後の摘出を希望した、残り の一例は心停止後に「意志表示カード」があることが 判明したと言う訳です。

 「臓器移植に関する法律」によれば、脳死者が書面 により提供の意志表示をしている(「意志表示カード」 に署名をしている)のみでは不十分で、さらに遺族が 臓器の摘出を拒まないことが脳死者からの臓器摘出に 必要となります。カードには家族1名が署名する欄があ りますが、脳死に臨み他の家族が反対すれば臓器は摘 出できません。カードの署名は脳死移植には必要条件 ですが、十分条件では有りません。この法律には「遺 族」や「家族」という言葉がよくでてきますが、何を もってして「遺族」や「家族」になるのか定義してい ませんし、また家族何人のうち何%の同意があれば臓 器摘出に十分であるとも書かれていません。私は臓器 移植の法律をみるに、「家族」とは何かを考える必要 があると思います。

 我々の属する霊長類は猿と人間からなりますが、家 族を持たない霊長類が猿で家族を持つものが人間と定 義をする学者もいます。ではもう一度「家族」とは何 でしょうか? 興味有る題材で私見を述べる予定でし たが紙面が足りなくなりました。医師会の会合で家族 的雰囲気の中でこの問題について語りましょうか。