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 駒の若返り

 私が将棋を覚え始めた子供の頃(昭和30年代)使っていた駒は、 棋具と言うよりは玩具と呼んだ方が良いような代物であった。 駒の材質は不明のスタンプ駒で、10円の駒は一応五角形の駒形をしていたが、 5円の駒に至っては台形もしくは長方形と言う状態だった。 盤も折りたたんで同封されていた薄い紙製のものを使っていたが、 それでも十分に楽しむことが出来た。
 初めて買った彫り駒はシャムつげの中彫り駒だったが、 購入時期ははっきりとは覚えていない。 しかし迷いながらも大奮発して買った思い出があるので、 貧乏生活をしていた学生の時だったかもしれない。 今にして思えば中級品で騒ぎ立てるほどのものではないのだが、 当時は凄い駒を手に入れたと大満足であった。 値段で諦めて高級品と見比べなかったことが、 結果的には幸いしたのかもしれない。
 初めて手にした思い出の彫り駒も、最近では全く使うことがなくなったしまった。 やはりシャムつげでは国産の柘植と比べて大きく見劣りがするし、 書体も中彫りでは銘駒に到底及ばない。 更に自作の駒が完成すると下手ではあっても愛着がわくし、 何作か作るうちに徐々にでも技量が向上し、 彫埋め駒に仕上げるだけの手間をかけると更に愛着も増してくる。 と言って長年使ってきた物を処分してしまう気にもなれないし、 中彫りの駒は正に『鶏肋』と言ったところであろうか。
 
 購入してから既に40年近くが経過した駒であり、 特別に手入れしたことも無いので、 表面には汚れが付着していかにも中古品と言う状態であった。 柘植駒の場合には手入れをすれば使い込むほどに味のある色に変わっていくが、 シャムつげの場合にもそうなるかどうかは知らない。 しかしこの駒の場合には明らかに汚れであり、 見た目にも疲れきった駒と言う印象が拭いきれなかった。
 さてどうしたものかと迷いもしたが、 とりあえず表面の汚れを落としてみようと思い立った。 汚れを落とすとは言っても布で拭いたくらいでは効果は期待出来ないので、 手元にあった400番のサンドペーパーを使って磨くことにした。 何度か擦っていけば当然のことながら地肌が出てきて、 汚れは完全に除去することが出来た。 右の写真は磨く前と後の状態であるが、 スキャナで取り込んだらこのような色になってしまった。 磨く前の駒の状態は良く表れているが、磨いた後でもシャムつげではこれほど黄色くはならない。 シャムつげの地肌としては次の写真の方が良く雰囲気が出ていると思う。
 駒の表面は見違えるほど綺麗になったのだが、 サンドペーパーをかける上で注意しなくてはならないことがある。 それは駒の文字がV字形に彫ってあるので、 表面を磨くと言うことは表面を削ると言うことでもあり、 磨くに連れて文字の線が細くなってしまうことである。 写真の例では「将」の字の偏の部分、あるいは「飛」の字の右側を見れば、 文字が細くなっていく状況が良く分かるだろう。
 別記事「駒の話(3)」の中で導管への漆の染込みのことを紹介したが、 表面には出なくても駒の内部で染込みがあるかもしれないとも述べている。 そのような場合には表面を削れば欠陥が出現することもあり得るのだが、 右の写真は正にそのような状態であり、磨く前にはこの欠陥は全く表れていなかった。 スキャナの関係で色が大分異なってしまったが、 これは上の写真の下段(磨き後)の飛車を拡大したものなのである。1024x768ピクセルの 画面を15吋モニターで見るとほぼ実物大の大きさになるが、 上の写真を見てもこのような細かい所までは分からない。 実際に将棋を指す状態でこの駒を盤の上に置いたとしても、 よほど目の良い人で無い限り気が付くことはないだろう。
 シャムつげの中彫り程度の駒では木取りは板目となるのが普通であるが、 板目の駒は長年使っているとどうしても反りが発生してくる。 反ったとは言ってもサンドペーパーをかけて初めて分かる程度のものなので、 見たり触ったりしただけでは分からないし、 実際に駒を使っていても全く気が付かなかった。
 右の写真はサンドペーパーをちょっとだけかけた状態であるが、 明るい黄色の箇所がサンドペーパーで削られた部分である。 自然木で作られている駒の性質は千差万別であり、 当然反りの出方もそれぞれ異なったものとなる。 効率よく作業するためにはペーパーを平らな所に置いて駒を擦るのが良いが、 駒の反り具合によっては削り過ぎてしまう箇所が発生する恐れもある。 したがってある程度ペーパーをかけたら状態を確認し、 反りがひどくて平均的に削れない場合には逆に駒を固定し、 必要な箇所にだけペーパーをかけるようにするのが良い。
 
 これまで述べたのは古い駒の若返りを図ったものであるが、 新品の駒でも最初にサンドペーパーをかけておくことは有効であると思われる。
 国産の柘植を使った駒では彫り駒であっても表面は滑らかに仕上げてあるが、 シャムつげの駒の場合にはそれほど丁寧な仕上げはなされていない。 木製品に馴染みの無い人には分かりにくいかもしれないが、 一見滑らかに仕上げられているようであっても、 シャムつげの駒の表面はざらざらであると言っても過言ではない。 駒の表面が滑らかで凹凸が少ないほど汚れは付きにくいので、 使い始める前にペーパーをかけておくことは汚れを防ぐうえで有効であると断言できる。 なおペーパーをかけると辺と角が鋭くなるので、 実用面からは面取りを行っておいた方が良いだろう。
 シャムつげという木材については詳しいことは知らないが、 国産の柘植ほど木質が緻密であるとは思われない。 恐らくどんなに丁寧に磨いたとしても、 国産の柘植ほど滑らかにはならないだろう。 しかし手作りの品と言うものは、手をかければかけるほど良いものになるのが一般的である。 勿論素人が下手に手を出せば悪くなる一方と言う場合もありうるが、 サンドペーパーをかけるくらいだったら問題は発生しないだろう。
 柘植は大変堅い木であるが、駒以外の製品としては印鑑と櫛が代表的なものである。 櫛も使い込むほどに良い色が出てくるものだが、 柘植櫛に名前を彫り、彫埋め仕様で仕上げたことがある。 駒と同様彫り跡に漆を埋めた後はペーパーで仕上げるのだが、 最初は彫った面にしかペーパーをかけなかった。 購入時点でも表面仕上げは十分だと思ったからである。 しかし徐々に細かい目のペーパーで仕上げていくと、 はっきりとその差が表れてしまうのである。 結局両面とも同じようにペーパーをかけることになったが、 これで十分な仕上がりだと思っても、更に細かいペーパーを使うとやはり差が出てしまうものである。 最終的には1600番くらいの細かいものを使ったと記憶しているが、 顔が映るとまでは行かなかったが、十分に満足出来る仕上がりとなった。
 なおペーパーをかける上で注意すべきことは、 非常に細かい削りカスが発生するのでその対策を立てておくことである。 とは言っても一般の工作と大きく変わるわけではないので、 カスが飛び散らないようにしておけば十分であると言えよう。 ペーパーは新品の仕上げであれば800番くらいで良いと思われるが、 基準は無いので作業をしながら自分で判断すればよい。

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