駒の話をしたのならば、盤の話もしないと片手落ちになってしまう。
盤の材質としては、磁石盤等特殊なものを除き、一般的には木材が用いられている。
以下簡単に盤の紹介をしておくが、盤作りの過程等詳細を知りたい方には、
大修館書店発行の「棋具を創る」を一読されることをお薦めする。
著者は埼玉県在住の碁盤師で、碁盤を例に話を進めているが将棋盤も同じことである。
用材としては「榧」が最適であるが、他の用材についても簡単に紹介しておく。
なおこれから紹介するのは、脚付きの盤に関してであることをお断りしておく。
「桂」は普及品として最も一般的に用いられており、6寸盤のような厚い盤も存在する。
しかし柾目盤が取れるほどの大木がないのか、私は板目盤しか見たことがない。
桂は色彩が茶褐色なので、盤面が幾分暗い印象を受ける欠点がある。
しかしこれも慣れてしまえば、特に大きな障害とはならない。
「公孫樹」も盤に適していると聞いているが、実物は一度しか見たことがない。
5〜6寸の柾目盤だったが、木目が非常に粗いのが気になった。
桂も榧に比べれば木目が粗いが、公孫樹の木目はより一層粗いものだった。
色彩は桂よりも白っぽく、明るい色をしているので盤面は見やすい。
「ヒバ」は一般的には「あすなろ」と呼ばれており、「檜」と似ているが檜より生長が遅いので、
木目はより緻密なものとなっている。色彩は淡黄色で、盤面は見やすい。
欠点としては香が「榧」よりもきついので、十分に乾燥した盤であることが望ましい。
「榧」は価格以外には難点はなく、盤の材質としては抜きん出ている。
同じ「榧」でも産地によって評価は異なり、日向物として宮崎産の盤が最高級とされている。
「榧」は淡黄色の物が多いが、産地によって若干白っぽかったり、逆に赤みを帯びたものもある。
日向物は赤みを帯びているのに加えて、アテ(特に樹脂の多い褐色の部分)が多いのが特徴である。
宮崎県の山地は気候が温暖であるにも拘らず土地が痩せているので、原木の生長はより遅いものとなる。
必然的に木目は緻密な物となり、植林材のような同心円状の年輪となることは少ない。
榧材の年輪は人間の指紋と同じように、同じ物は2つとないと言って良いだろう。
木口と盤面の写真を撮っておけば、盗難に遭っても自分の盤である事が証明できると断言する。
榧盤は堅いだけでなく、弾力性に富むので指し心地は良い。勿論耐久性にも優れている。
更に榧の特徴として、木肌が美しいことと、刺激性のない柔らかな芳香が挙げられる。
部屋の中に榧盤が置いてあれば、香だけでその存在を知ることが出来る。
次は木取であるが、基本的には建築材等と同じであり、大きく柾目と板目に分けることが出来る。
右図に各種木取りを示すが、何れも上が盤面となるような木取りである。
図に示すAは天地柾で、盤面に木目がはっきりと出て、乾燥による狂いが少ない。
四方柾の木取りをした盤も存在するが、盤として使用する場合には天地柾が最高級とされている。
Bの木取りは天柾で、天地柾に次いで高級品であり、見た目にも遜色はない。
購入価格と実用性とを考えた場合、天地柾よりもお買得品と言うことが出来よう。
この他に盤面の一端に板目の出る追柾という木取りがあるが、私は見たことがない。
なお、Eは建築用柾材の例であるが、木目の出方が分かるかと思う。
図のCは板目の木裏盤で、Dの木取りだと木表盤となり、盤としての評価は木裏盤より落ちる。
CもDも同じような木取りに見えるかも知れないが、盤師は極力木裏となるように工夫する。
木裏が上位とされる理由は、盤面に現れる木目が、木裏の方が綺麗に見えることにある。
では何故全ての板目盤を木裏にしないのかと言えば、木材の中心に近い所にはしばしば死節や空洞があり、
それらを盤面に出すわけには行かないので、その場合には木表にせざるを得なくなる。
あるいは厚さを減らして木裏盤とするか、碁盤より寸法の小さい将棋盤で木裏盤にする方法もある。
これは柾目にも言えることで、薄い碁盤とするか、厚い将棋盤とするかは、盤師の判断次第である。
さて、生活の洋風化に伴い、畳の部屋がない家庭も増えている。
洋間のテーブルの上等で指す場合、脚付きの盤では盤面が高くなり過ぎて使いにくくなる。
その場合には板盤の方が便利であるが、折畳み盤のような薄い盤では物足りない気がすることと思う。
2寸厚になれば榧製の盤もあるので、「ツゲ」の駒を持っているのであれば、盤と駒の釣り合いも取れる。
板盤でも2寸厚ともなれば、駒を打った時の感触は脚付き盤に引けを取らない。
2寸盤の場合には1枚板で板目の盤とするよりも、2〜3枚の柾目材を貼り合わせて作った方が良い。
一流の職人なら継ぎ目が目立たないように作るし、実際ちょっと見た目には継ぎ目が分からない盤もある。
2寸厚だと1枚板の板目盤は狂いが発生する可能性もあるが、柾目の継ぎ版ではまずその心配はない。
継ぎ盤とは言え盤面は全て柾目となるので、見た目も板目盤より高級感があると言って良いだろう。
2寸盤は台指に入れて使う方法もあるが、私は右図のような工夫をして使っている。
盤の下の丸い物は5〜10o厚の薄い板で、ホームセンター等で購入することが出来る。
これを厚手(薄い物は剥げ易い)の両面テープを使って4隅に固着すれば終了である。
こうすれば盤の下に手が入るので持ちやすく、安定性も向上する。
榧材は一般の店では手に入らないが、薄板なら外から見えないので材質は何でも良いのである。
盤面を保護するためには専用の布カバーがあれば最善だが、
普通の布やボール紙等で代用することもできる。
なお盤面が高くなるので駒台とのバランスが若干崩れるが、
気にするほどのものではない。
私の持っている脚付き盤は4寸5分の厚さで、木目は緻密で癖のない素直な盤である。
日向物にしては白っぽい盤であったが、購入から20年経過して日向物らしい色合いになってきた。
欠点としては盤面の片隅に小さな節があることだが、指していて気にはならない。
あと5分薄く作れば節を消し去ることが出来るので、
恐らく盤師としてもこの節の処理には悩んだことと思う。
私の考えとしては、盤師の判断は正しかったと思っている。
必要なら将来薄くすることも出来るのだから。
東京の日向盤専門店で、凄い盤を見たことがある。
屋久島産の「榧」と言う説明だったが、木目の緻密さは日向物を遥かに上回っていた。
屋久島は言うまでもなく屋久杉の産地で、
「杉」でさえも生長は著しく遅く、緻密な木目を持っている。
その屋久島で育った「榧」だから、日向物を上回る製品が出ても不思議ではない。
同じ木から生まれたと思われる碁盤もあったが、どちらも私の手の届く価格ではなかった。
恐らく、この先屋久島から「榧」を産出することはないであろう。
貴重な屋久島榧の盤であるから、所有者は大切に扱って欲しいものである。
言い忘れたが、盤の大敵は冷暖房であり、急激な湿度変化は盤の割れに直結する。
また大切にしまい込んでいても、カビが発生する可能性がある。
箱入り娘にしないで頻繁に使うこと、これが最も良い手入れ法なのだそうである。
榧盤にはツゲの駒がお似合いだが、素人が変な指し方をすると盤面が傷だらけになってしまう。
予め駒の面取りをしておけば、盤の痛み方は減少する。
駒をコレクションとして保有するのならどちらでも良いが、
実用上は絶対に面取りをしておくべきである。