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 「持将棋と千日手」  

 現在の日本将棋は長い歴史を経て、ほぼ完成された状態で指されていると言えるだろう。
駒の再使用という他国には見られない独自のルールによって、著しく奥行きの深いゲーム
として親しまれてきた。しかし再使用の副作用として発生したのが持将棋であり、駒の数
によって勝敗を決するという奇妙なルールが制定され、少なからぬ人が不満を持ちながら
も、改善されることもなく実用化されている。持将棋は千日手と共に残された、現代将棋
における最後の障害であると言えよう。将棋をより完成されたゲームとするために、この
二つの問題の解決案を提言する。

 先ずは持将棋であるが、私の提案する新ルールは次の通りである。

「自玉の初期位置に敵玉が存在する場合、持駒は使用できない」

現行の点数方式に比べて簡潔であるにもかかわらず、点数方式の抱える問題はすべて解決
できるものと確信する。
将棋の目的は、言うまでもなく相手の玉将を詰ますことにある。にもかかわらず、点数方
式の場合には駒の数で勝敗を決するという、本来の目的とはかけ離れたものとなっている。
しかし本案によれば「敵玉を詰ます」という、将棋本来の目的によって勝敗を決すること
ができる。相入玉状態となっても点数方式のような駒取り競争は発生せず、敵の入玉を阻
止するのか、自らの入玉を急ぐのか、あるいは持駒を打って盤上の駒数を増やしておくの
か、選択肢の多いよりスリリングな終盤となることが期待できる。
 持将棋とは引き分け無勝負のことであり、点数に幅を持たせた現行方式では必然的に発
生しうる。本案の場合にも理論上は引き分けもあり得るが、実戦においてはその可能性は
皆無に近いと断言できる。相入玉で双方持駒が使えない場合でも、敵玉を自玉の初期位置
から移動させれば持駒が使用可能となるので、引き分けは特殊な場合に限られる。例えば
玉以外の駒が小駒で同数の場合、あるいは一方が竜一枚で他方が小駒三枚、のような条件
では詰めることは出来ないようだが、この場合には千日手の問題が絡んでくる。しかし実
戦においてそのような特殊なケースが発生する可能性は、殆ど無視しうる程度のものでは
ないかと思われる。
 本案で異様に感じられるのは、やはり持駒の使用禁止かと思われる。しかし同類のゲー
ムを見回しても、持駒が使えるのは現行の日本将棋だけであり、日本の将棋でも中将棋等
では持駒は使えない。持駒の使用禁止は決して異例なものではなく、点数で勝敗を決する
現行方式の方がむしろ異様なルールであるといえよう。二十四点で何故勝になるのか、大
駒は何故五点なのか、答えられる人は存在するのだろうか。持駒の概念も最初に現われた
時には、異様なルールとして見られていたと考えられる。しかし実戦を重ねることによっ
てそれが優れたルールであることが認められ、他の将棋を押しのけて現代まで生き残った
ものと考えられる。本案の場合も実戦を重ねれば、点数方式との優劣は明らかになる。面
白いものであれば生き残るし、つまらないものであれば消滅する。
 また、多くの人は現行方式に慣れているが故に、本案が異様に感じられるとも考えられ
る。従って将棋を覚えたての初心者にとっては、本案は特に異様なルールではなく、容易
に受け入れられるルールではないかとも思われる。むしろ現行の点数方式を初心者に納得
させる方が、大きな困難を伴っているのではないだろうか。もちろん駒落ち将棋において
も、本案は無条件で適用することができる。

 千日手に関しては「先手負け」を提案する。
 現代将棋は研究が進むにつれて先手の勝率が上がっているようであるが、これはこの種
ゲームにおいてはごく自然な成り行きかと思われる。囲碁の世界においても、日本棋院が
重い腰を上げてようやくコミを六目半としたようである。
 もう十年近く前になるが、数年間の千日手指し直し局の数を調べたことがある。その結
果すべての千日手将棋を「先手負け」としても、まだ先手勝率が優っていることが判明し
た。しかし最初からこのルールになっていれば、先手後手共に指し方が変わるかもしれな
いので、単純に先手勝率が優るとは言い切れない。持将棋問題と同様、千日手の場合も実
戦を重ねなければ結論は出ないであろう。

 将棋に限らず、新しいルールが容易に受け入れられないことは十分に承知している。二
歩や打歩詰の禁止ルールも、定着するまでには相当時間がかかったことと思われる。しか
し実戦を重ねてその優秀性が認識されたからこそ、現在まで続いているのである。米国の
プロ・フットボールの世界では、ルールの改正が毎年のように行われているようである。
その改正案が優れたものであれば翌年以降も継続し、つまらないものであれば翌年は削ら
れる。より良いものを目指すこのような姿勢があるからこそ、毎年多くの観客を集めてい
るのである。
 もう二十年近く前の話になるが、近代将棋誌に本案の前身とも言うべきものを提案した
ことがある。それは「玉が敵の初期位置に入ったら勝ち」という単純なものであったが、
現在ではトライルールという名称で呼ばれているようである。入間将棋センターにおいて
は九七年に適用を始め、六年経た今日まで大きな問題も無く定着しているようである。

 本案の採用により、序盤からの戦術が変わるかどうかは不明である。やはり実戦を積み
重ねなければ結論は出ないと思われるが、もし新しい戦法が現れたとしても、それはむし
ろ歓迎すべきことではないだろうか。何故ならばそれだけ将棋の可能性が広がったと考え
られるからである。駒の再使用も将棋の可能性を拡大し、将棋の発展に大きく貢献した。
長い年月を経て、今度は逆に一部の条件下で再使用を禁止することによって、更に将棋の
可能性が拡大するかもしれないのだ。歴史とはなかなか面白いものである。

追記(04.5.14)
  「初期位置進入で勝」の提案は、近代将棋誌昭和58年11月号の「将棋ルール質問コー
 ナー」で紹介されています。担当の武者野氏は記事の中で「トライ勝利案」と紹介して
 いますが、これがその後の「トライルール」と言う名称の原点かと思われます。
  同じく近代将棋平成4年8月号において、これも武者野氏の「プロ棋界最前線」の中で、
 今回の「持駒一時使用停止」案の投稿があったことを紹介していますが、具体的な内容
 紹介はその後も行われていません。
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