高島城
城は一般的にその土地の地名を冠したものが多いが、
高島城が存在するのは長野県諏訪市であり、
現在では諏訪湖から少し離れた所に建っている。
しかし築城当時は諏訪湖の水面が現在より高く、
高島城は周囲を水面で囲まれた完全な水城だったそうである。
正面に見える天守は復元されたものであるが、
唯一枚残された写真と古記録を基にして原型の再現に努力したそうである。
本丸周辺の石垣と堀を除いて現存するものは無いが、
本丸内には庭園が造られて憩いの場となっている。
この写真はデジカメで撮ったものであるが、
この程度に写っていれば上々であろう。
ただし午後に撮影したので、光の条件は良いとは言えない状況であった。
これは大手門から三の丸・二の丸を経て本丸の冠木門に通じる橋で、
当初はこの堀も諏訪湖の一部と言うべき状態であった。
現在では天守の周囲も住宅地となっており、
大手口に比べると極めて脆弱なようにも思われるが、
かつては諏訪湖の水位が下がった後も泥濘地で侵入は困難だったそうである。
こうした地形の変化は城の調査をする上で重要な要素であり、
現在の地形だけで城の良し悪しを判断してはならない。