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 右利きと左利き

 最近の自動拳銃では安全装置解除のレバーが両側に付いているものが増えているようである。 従来の自動拳銃では後端上部の左側に付いているものが多かったが、 この位置であれば親指だけの操作でレバーを上げることが出来るので、 銃を握っている片手だけで安全装置を解除出来るからである。 ただしこれは右手で拳銃を握っている場合の話で、 左手で握っている場合には反対の手を使わなければレバーを操作することが出来ない。 レバーを両側に付けたのは左手で扱う場合を考慮してのことであり、 どちらの手で握っていても片手で安全装置を解除することが出来ることになる。
 右利きの人間に比べて左利きの人間の数は圧倒的に少ないので、 殆どの道具や設備は右利きの人間に便利なように作られてきた。 それ故に左利きの人は右手も不自由なく使えるように努力することが多かったようであるが、 最近ではどちらの手でも使えるようにしたもの、 あるいは左利き専用の道具も珍しいものではなくなりつつある。 この点に関しては兵器もまた例外ではないようで、 運用法も含めて右利きの人間を中心に発達してきた。 しかし最近では冒頭で述べたように、 利き腕に関係なく使いこなせるように変化する傾向が見られるようである。
 
 対象とした戦闘は不明だが米軍の統計によれば、 左利きの兵士の死傷率は右利きの兵士よりも高いそうであるが、 この統計は恐らく個人戦闘を行なう歩兵を対象としたものではないかと思われる。
 複数の兵員が一つの戦闘単位として行動する場合の例として、 他の兵器よりも少人数で行動する戦車を取り上げてみよう。 操縦手や射手の場合にも機器の配置は右利きの使い勝手を考慮しているものと考えられるが、 最もその影響が大きいのは装填手であると思われる。 殆どの戦車が戦闘室の左側に装填手を配置していると思われるが、 これは右利きの人間にとって尾栓の開閉や弾丸の装填がやり易い配置である。 左利きの場合にどの程度装填速度が遅くなるかは不明であるが、 長時間にわたる速射が必要となるとは思われないし、 不都合であれば左利きの人間を装填手として配置する必要も無い。 左利きの兵士がいたからといって、大きく戦力が低下するとは考えられない。 勿論より多数の兵員が戦闘単位となる艦艇等の場合には、 当然左利きの不利と言うものは完全に吸収されてしまうと思って良いだろう。
 単座戦闘機の場合には一人で全ての操作を行なうことになるが、 機器の配置はやはり右利きの操縦者の便を図って計画されているものと思われる。 しかし利き腕でない腕で操作する場合に大きな障害となるのは、 機器の操作に大きな力を要求される場合と、 逆に力は小さくても精密な操作が必要な場合であると考えられるので、 戦闘時において致命的な障害になるとは思われない。 勿論拳銃の安全装置解除レバー同様利き腕とは無関係の操作性が理想的ではあるが、 そのために装置が複雑化するようだとすれば避けた方が賢明であるかもしれない。 ORの技術も進歩しているので、 操作性だけでなく整備性や生産性をも考慮して検討すべきであろう。
 
 歩兵等の個人戦闘においても、個人の自由度が比較的大きい場合と、 集団として行動しなければならない場合とでは状況が異なってくる。 即ち集団として行動する場合には斉一性が要求されるので、 左利きの兵士も右利きの兵士と同様に行動しなければならない。 具体的に言えば横一線に並んで射撃をする場合、 兵士の間隔が十分に広い場合で無い限り、銃を体の右側にして撃つことになるだろう。 これは弓の場合も同様であると思われるし、 槍襖を形成する場合にも同じ姿勢でないと整然としたものにはならない。 更に刀を抜いた状態で隊伍を組んで追撃又は退却する場合、 全員が右肩に担ぐようにして無用な混乱を防いでいたそうだが、 この様子は屏風絵等で見ることが出来る。
 個々の兵士が己の判断で戦闘を行なう場合には、 左利きの兵士は銃を体の左側に構えて撃つこともあったものと思われる。 薬莢が右側に飛び出す形式の銃では多少の不便はあるかもしれないが、 やはり利き手の指で引き金を引くタイミングを捉えた方が有利であり、 利き目も殆どの人が利き腕と同じ方なので照準も付けやすくなるからだ。 ただしボルトアクションの銃の場合には自動装填の銃とは異なり、 次弾の装填が困難であると言う大きな欠点が存在する。
 左利きの兵士の死亡率が高いとすれば、それはどのような場合であろうか。 完全に個人同士の戦闘の場合には、周囲の状況に影響されることは無いはずである。 遮蔽物の右側から撃つ場合には右利きの兵士が有利であるが、 左側から撃つ場合には条件が逆になるのであるから、 地形の影響が利き腕と死亡率に関与しているとは思われない。 とすればやはり右利き用に作られた銃の影響が最も大きいものと予想されるが、 そこまで分析されているかどうかは分からない。
 過去に遡って火縄銃に関して言えば、 右側に火皿のある銃を左側に構えて撃つことは出来ない。 それ故に左利きの兵士も常に右に構えて撃たざるを得ないが、 極少数ではあるが左側に火皿のある火縄銃も存在するそうである。 ただしこの銃が実戦での左利きの兵士のために作られたのか、 それとも趣味の品として作られたのかは不明である。 現在のように量産化された銃とは異なり、 一丁ずつ手作りの火縄銃は製作自体には大きな障害はないと思われる。 あるいは意外に思われるかもしれないが、 実は規格化して大量生産する現在の生産システムの方が、 規格外の製品を作る場合には大きな労力を必要とするのである。 しかし生産は比較的容易であるとは言っても、 集団としての銃撃戦で使用することは出来ないし、 鉄砲を撃つのは殆どが身分の低い足軽であるから、 そのために特別な銃を作るとも考えにくい。 腕の良い射手のために狙撃用として作ったとも思えないし、 後に述べるように特殊な状況下での使用を考慮したものとも思えないので、 やはり趣味の品である可能性が高いと思われる。
 弓の場合にも集団での戦闘では右に構えて斉一性を保っていたものと考えられるが、 個人として射撃する場合には左手で弦を引くこともあったであろう。 特に身分の高い武士が射る場合には単独での攻撃であろうから、 どちら側で射るかは自由であったものと思われる。 源平時代の大鎧等は弓を射るのに都合良く作られていたそうであるから、 左側で射るのに都合良く作られた大鎧があれば証明出来ることになるが、 そのような鎧が発見されているかどうかまでは知らない。
 韓国ドラマ「チャングムの誓い」の中で主人公の母親が射られる場面があるが、 この時の射手は左側に構えて発射している。 大木の右側に飛び出して放っているのだから、射手は明らかに左利きであると断定出来る。 左で射る必然性は無い場面であるから、 監督が意識して左で射させたと言うよりも俳優の裁量に任せて撮影し、 たまたまその俳優が左利きであったと言うことであろうと思われる。
 
城の張出し部  野戦から離れて攻城戦の場合にはどうであろうか。 右図は石垣上の天守や櫓に見られる張出しであるが、 ここには真下に石を落とす石落しと共に矢狭間が設けられている。 この矢狭間は石垣を登って来る敵を側面から射るためのものであるが、 左側の敵に対しては難なく射ることが出来る。 しかし右側の敵を射ようとすると、 赤で示すように体が張出し部の壁に当たってしまうので射ることが出来ない。 したがって右利きであっても左に構えて射ることになるだろうが、 左利きの射手がいれば好都合なことは言うまでも無い。 このために専用の左利き弓兵を養成するとは思えないが、 ある程度左でも射ることが出来るような訓練は行なっていたのかもしれない。
 では同じ条件で火縄銃を使用する場合にはどうなるであろうか。 弓の場合には特別に左利き用というものを作らなくても、 近距離なので左側に構えて射撃しても命中率に大きな差は生じないものと思われる。 しかし火縄銃の場合にはそうは行かない。 精一杯頑張ったとしても銃を体の正面に持ってきて両手で支え、 銃本体は狭間で支えて発射するくらいのものではないだろうか。 ただしこの方法では銃の跳ね上がりを抑えることは出来ないかもしれない。 火皿が左側にある銃であれば難なく射撃できるのであるが、 果たしてこのことだけのために特別な銃を製作するかどうかについては疑問が残る。 左利き用の火縄銃が狙撃用として作られたのか、 それともこのような特殊な状況を想定して作られたのか、 あるいは単に趣味の品として作られたのかに関しては大いに興味をそそられる。
 現在のMICV(歩兵用装甲戦闘車両)では車内から小銃等の射撃が可能となっているが、 銃眼の配置及び構造は右利き用に作られているようである。 左利きの兵士も右手で引き金を引くことになるであろうが、 左利き用として規格外の銃眼装備が実現することは無いであろう。 戦闘が著しく困難になるというわけではないのだから。
 
 刀剣や槍等の近接戦闘武器の場合にはどうであろうか。 槍襖のように集団で戦う場合にはやはり右利きに都合よく制定されるだろうが、 刀剣の場合でも多くの国で見られるように剣と盾を持っている場合には、 やはり右手に剣と言うことで統一されているものと思われる。 全体の隊形を考えた場合には左手に剣を持った集団がいた方が便利な場合もあり得るが、 左利きのみで編成された集団があったのかどうかは分からない。
 現在の剣道では右手が前に来るように竹刀を持つことが義務付けられているそうであるが、 フェンシングでは左手で剣を持っている選手を見かけることがある。 やはり片手で剣を扱うのであるから、利き腕で剣を持つのは当然のことであろう。 実戦においても集団で戦っている場合には右手で持っていることと思われるが、 敵味方入り乱れての戦いとなれば本人の得意とする構えになるはずである。 剣はどちらの手で持っても使い勝手は変わらないと思われるし、 盾も持つ所を工夫すれば何ら問題ないはずである。
 盾を使用しない日本刀の場合でも、 集団で戦闘に突入する場合には剣道のように全員が右手を前にして持ち、 集団としての戦闘をやりやすくしていたものと思われる。 しかし長い槍に比べれば刀剣の場合には乱戦に陥り易いので、 その場合には自分の持ち易い構えに変えて戦っていたはずである。
 寛永期に描かれた「江戸名所図屏風」には歌舞伎者達の乱闘シーンがあるが、 この中では左手を前にして刀を握っている者がかなりの比率で見られる。 まだ実戦を経験した者が大勢残っている時代であるから、 形式よりも実用性が重視されているためかと思われる。 ただし左手を前にして刀を握っている者でも鞘は左に差しているので、 やはり集団で行動する場合には右利きに合わせていたのではないかと思われる。 また左利きの比率が高いことに関しては、 この時代には現在社会ほど生活様式が規格化されていないので、 右利きに修正しなくても不便を感じなかったためと思われる。
 
 冒頭で自動拳銃のことを述べたが、ふと昔見た西部劇のことを思い出してしまった。 何の放送だったかは覚えていないが、左利きのガンマンが弾丸を装填している場面である。 ガンマンにしてはぎこちないように感じられたものだが、 これもリボルバー式の拳銃が右利き用に作られていたためであろう。 現在のスイングアウト式のリボルバーでも言えることだが、 左利き用のリボルバーという物は作られているのだろうか。
 現在の大量生産方式では規格が統一されていた方が生産性が上がるので、 数の少ない左利き用の製品は全然作られないか、 作られても高価なものになってしまう可能性が高い。 しかし将来的には実体化している治具等を用いることなく、 コンピュータ制御の加工で製品が作られるような時代が来ることと思われる。 そうなれば生産数の少ない左利き用の製品であっても、 製造コストが変わらない可能性も十分にあり得る。 勿論利き腕に関係なく使用出来る製品も開発されるであろうし、 対象も軍需・民需の区別なく進められていくことと思われる。

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