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 巡洋艦「夕張」

 このホームページを訪れる人にとって、 巡洋艦「夕張」の詳細については改めて説明する必要は無いと思われるで、 要目・経歴等については省略する。
 初めて「夕張」の姿を目にした人は、 一様にその奇妙とも言える外観に驚いたようである。 確かに太く屈曲した煙突は本艦の大きな特徴であるが、 それと同時に主砲配置にも驚かされたようである。 単装砲を下部に置き、連装砲を上部に置くと言う配置方法は、 恐らく艦艇の常識に外れていると言って良いだろう。 この独特の砲配置は何故に採用されたのか、 残された僅かな資料を基にして検討を進めることとする。

 「夕張」の建造経緯から推察して、 この砲配置が用兵側の要求で無いことは明らかであろう。 恐らく本艦の提案者である平賀造船大佐の独断によるものと思われるが、 一般的な配置と考えられる連装砲を下部に置いた場合と比較して、 特異な砲配置の長所短所を比較してみることにする。
 用兵者側から見た場合、本艦で有利な点としては真正面への射撃の際、 連装砲の俯角が大きく取れるので最短射撃距離への攻撃力が増すことが挙げられる。 勿論そのためには砲自体の構造上も俯角が取れるようになっている必要があるが、 写真で見る限りにおいては、 それほど大きな俯角とはならないので問題ないものと思われる。 しかしそのような機会は極めて希なことと考えられるので、 正面至近距離への攻撃力の増強を図ったためとは考えにくい。 更に後部の砲配置も同様なのであるが、 こちらは砲を入れ換えても大差ないので、 最短射撃距離の説明では問題の解決にならない。
 船体構造面から見た場合には、 重量物が船体中央部に近付くのでホッギングモーメントの減少が考えられる。 一般的に言って艦艇の場合、 サッギング状態よりもホッギング状態の方が曲げモーメントは大きいので、 縦強度上は幾分か有利になるかもしれない。 同様な理由で縦方向の慣性モーメントが小さくなるので、 波に乗り易い船となることが予想出来る。 しかし何れの場合も微々たるものであり、著しく向上すると言う訳ではない。 恐らく重心及び風圧中心の上昇による復原性の悪化の方が、 より大きな影響を及ぼすものと考えられる。 勿論復原性能には人一倍気を使っていた平賀氏の設計であるから、 復原性能に問題が発生することは無いだろうが、 船としての性能向上に繋がる配置であるとは思えない。

 再び運用面から見ることにして、今度は砲の操作性について考えてみる。 連装砲の詳細に付いては不明であるが、 その給弾は直下から可能だったのではないかと思われる。 もしもそのような構造になっているのであれば、 次のような大きな利点がある。
 右図は艦内配置の想像図であるが、上が「夕張」における想定配置であり、 下は砲の配置を逆にした場合である。 水密隔壁や弾薬庫等の位置は推定であるが、 この図を基にして球磨型巡洋艦を参考にしながら、 各砲への給弾経路について検討してみる。
 先ずは就役した「夕張」の場合であるが、 弾薬は船底の弾薬庫から揚弾筒により、一旦上甲板のA点まで揚げられる。 そして更に最上甲板(船首楼甲板)上の甲板室、 即ち2番砲の乗っている上部構造物内のB点まで揚げられる。 1番砲へはB点から暴露甲板に出て運搬し、 2番砲へは直下の甲板室内から供給することが出来る。 この方法ならば弾薬は垂直移動で最上甲板まで運ばれるので、 水密隔壁を通過する必要が無い。 勿論弾薬庫から直接B点まで揚げることが出来れば、 給弾経路は更に単純で容易なものとなる。
 同様に連装砲を下部に置いた場合の給弾経路を検討してみるが、 上甲板のA点までは同じと考えて良いだろう。 1番連装砲へは上甲板上を砲の直下まで運び、そこから供給することになるが、 この場合には最低でも1枚の水密隔壁を通過することになるだろう。 戦闘中は当然水密戸は閉鎖されており、 その水密戸を開閉しながら運搬作業を行うことになる。 2番単装砲へは上甲板から甲板を2層に亘って貫き、 甲板室の上部まで直接揚げることになるだろうが、 この場合には更にもう1つの揚弾筒が必要になると思われる。 なお弾薬庫や水密隔壁の配置を工夫すれば、 水密隔壁を通過することなく供給が可能になるかもしれないが、 水密区画の長さを著しく長大にすることは出来ない。
 両者を比較した場合、 実際の「夕張」においては給弾経路に無理は無いものと思われる。 しかし砲配置を逆にした場合には給弾経路は長くなり、 水密戸を経由しなければならないと言う欠点も発生する可能性が高い。 給弾経路を考えた場合には実際の「夕張」の砲配置の方が、 明らかに合理的であると言って良いだろう。 平賀氏としては復原性能の確保に自信があったので、 既成の概念に囚われることなく、 一見非常識とも思われるこの配置を採用したのではないだろうか。
 なお後部の砲群では甲板が1層少ないので、 上図の「夕張」に於いてはA点とB点とが同一箇所となり、 逆配置の下図の場合には上甲板を下甲板と見なし、1層甲板を減じた状態で考えれば良い。 基本的な運弾の流れは、前部の場合と変わりが無いのである。

 6門の砲を船体中心線上に配置する場合、 連装3基とする方法も当然考えられたことと思う。 本艦の場合にも特型駆逐艦のような配置にすることは、 排水量を増加することなく十分に可能であったと思われる。 船体構造や艦内配置の点においても、本艦より勝ったものとなることが予想される。 ただしこの場合の欠点は、正面火力が2門となってしまうことであり、 平賀氏はこれを嫌ったのではないだろうか。
 平賀氏の基本的な設計思想は、 復原性や船体強度等の船としての性能は確保しつつ船体の軽量化を図り、 如何にして攻撃力を増大するかにあったと言って良いだろう。 水雷戦隊を率いて先頭に立つ「夕張」の場合は駆逐艦とは異なり、 やはり正面火力は大きい方が好ましい。 前甲板に連装砲2基を背負式に配置すれば正面火力は増すが、 流石にこの配置では復原性に自信が持てなかったことと思われる。 排水量を増やせば当然可能であったろうが、 それでは本来の目的から逸脱する恐れがある。 それらを検討した結果の妥協策として、 3門の正面火力を確保できる本艦の方式が採用されたのではあるまいか。

 従来の常識を打ち破った「夕張」に於いては、 主砲の配置以外にも興味深い点が多々存在する。 また、やはり6門の主砲を中心線に配置した「古鷹」の場合には、 本艦とは異なる配置を採用している。 これらに関しては、また機会を見て取り上げてみたいと思っている。

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