艦船の要目
インターネットのホームページに限らず、艦船関係の書籍や雑誌、
更には一般のマスメディアにも艦艇の要目が記載されることがあるが、
その数値の実態はどの程度把握されているであろうか。概念としては理解していても、
詳細については十分に理解されているとは言い難いので、誤解を招かぬよう簡単に紹介しておく。
1.艦船のトン数
艦船のトン数表示に、大きく分けて3種類あることはご存知の方も多いかと思うが、
最も基本的なことでもあるので、改めて説明することにする。
(1)総トン数
主に客船やフェリー等で用いられているもので、遮蔽された船内容積を表している。
法令で定められた除外区画を除いて容積を算出し、100立方呎を1トンとして計算する。
俗に容積トンとも呼ばれているが、同類に純トン数・スエズ運河トン数・パナマ運河トン数等があり、
それぞれ除外区画が異なる。
(2)載貨重量
貨物船やタンカー等荷物の運搬を目的とした船で用いられるもので、
満載状態の排水トン数と軽荷状態の排水トン数の差と思って良い。
平たく言えばどれだけ荷物を運べるかと言うことになるが、
満載状態とはあくまでも法律によって定められた満載喫水線まで搭載した状態であり、
物理的にこれ以上積めないと言うものではない。
なお満載喫水線は航行区域や季節によって異なるが、これは安全性を考慮して定められたものである。
また、軽荷状態の定義も、一定したものではないことを承知しておく必要がある。
(3)排水量
主に軍艦で用いられているものであるが、船の重量そのものと思って良い。
その時の艦の状態によって呼び名が異なるので、もう少し詳しく説明する。
(A)満載排水量
貨物船の満載状態と同じようなものであるが、軍艦の場合には満載喫水線と言うものは存在しない。
概略全ての物件を定数・定量積み込んだ状態であり、実質的にその艦の性能そのものと思って良い。
あえて概略と述べたのは、戦時と平時とでは異なる場合もありうるからである。
(B)軽荷排水量
あらゆる消耗品を撤去した状態と考えて良いのだが、
旧海軍においては乗員が乗り組んだ状態とされている。
現在の自衛隊及び他国の艦艇でどのように定義されているかは不明だが、
細部では多少の相違がある可能性もある。
何れにしても実際にはありえない状態であり、特に注目を払う必要はない。
(C)基準排水量
1921年のワシントン軍縮条約で定められたものであるが、
当初は満載状態から燃料と予備缶水を撤去したものと定められた。
しかし条約の有効期限内においても、計算上の操作で公表値と実際の排水量とは異なっている艦もある。
この現象は日本だけでなく、各国とも同じことをしているようである。
現在でも条約締結時の条件で算出しているかどうかは不明であるが、
自衛隊の場合には細部が異なっている。
基準排水量とはあくまでも条約のために創られた架空の状態であり、
艦の性能を表すものとは全くの別物と考えても、大きな間違いではない。
にも拘らず現在でも多用されているのは、単なる習慣であるか、
あるいは政治的な意味合いを含むためか、そのどちらかであろう。
基準排水量と言うのは、技術的な面から見ても運用面から見ても、全く無意味なものなのであるから。
なお基準排水量は英トン(ロングトン=2240ポンド)で表すのが正規であるが、
現在ではメートルトンで表示されている。ただし英米での詳細は知らない。
(D)常備(公試)排水量
いわゆる2/3状態で、満載状態から弾薬類を除く消耗品を1/3消費した状態、
すなわち2/3搭載している状態である。
艦艇を設計する上では、この状態で要求性能を満足できるように作業を進めて行く。
旧海軍における公試状態の考え方は、西太平洋における艦隊決戦の開戦時の状態を考慮したものであり、
艦隊決戦において要求性能を満たすように設計を行っていたのである。
しかし現在では武器や戦闘様式の多様化に伴い、この状態で戦闘が始まるとは考えにくい。
現在でも常備状態を設計の目安としているのは旧海軍からの惰性であるとも言えるが、
運用者からの明確な指示が無い限り、技術側から積極的に変えることは出来ないであろう。
ただし弾薬類の一部では、満載状態ではないものもありうる。
なお他国の艦艇についての状況は不明である。
排水量に関して特に強調しておきたいのは、
一般的に公表されている基準排水量と言うものは無意味に近いものであり、
艦艇の性能を比較する上では満載排水量を用いるのが最善であると言うことである。
2.船体寸法
船体寸法の表現にも各種あるが、中には十分に理解されていないものもあるようなので、
一般的に良く用いられている寸法表示の説明をしておく。
(1)長さ
船の長さについては良く理解されているようで、
全長と言うのは文字通り最先端から最後尾までの長さであり、運用面ではこの値が重要となる。
この場合の計測対象となるのは船殻のみでなく、艤装品でも固定物であれば全長の対象となるが、
可動物は格納した状態で計測する。
水線長は設計を進める上で重要なものであり、計画状態(常備が多い)における喫水線の長さである。
バルバス・バウのように水中で喫水線前端より構造物が出ている場合でも、
水線長は喫水線の長さである。
垂線間長は計画喫水線の前端から舵軸中心までの長さであるが、
主として商船で用いられるものであり、艦艇では使用していない。
(2)幅及び深さ
幅に関しては全幅と言う表現で書かれている場合が多いが、その殆どは型幅であると言って良い。
型幅と言うのは船体線図の幅のことで、図に示すように実艦ではこの外側に外板が張られるので、
その板厚分だけ全幅は増すことになる。幅の値は船体中央部付近の水線幅であり、
フレアによって上甲板の幅の方が大きかったとしても、その値を全幅とは言わない。
抵抗や復原性等、船舶算法に用いる幅と思っても良い。
最近の空母のように、水線幅より著しく大きな構造物が存在する場合には最大幅と呼称し、
水線幅とは明確に区別して表現している。
深さの値も型深さであるが、旧海軍では下方の基準がキール下面であるのに対し、
現在の艦艇ではキール上面となっている。両者の違いの原因は、
建造方式の相違に起因しているものと推測する。
かつては平板キールを盤木に据え付けてから組み立てを始めたが、
現在ではキールも含めたブロックを地上で建造し、そのブロックを盤木に載せる方式である。
なお上方は何れも船体中央舷側における線図の値である。
(3)喫水
要目等に載っている喫水は、計画喫水線からキール下面までの距離である。
ただし設計を進める上では、線図に基づいて型喫水を用いて諸計算を行っている。
平板キールなのでその差は僅かである。
ソナードームや推進器等キール下面より下に突起物が出ている場合には、
その下面から喫水線までの距離を表示している。
これは実際の操艦を容易にするために表示するものであり、主要目とは関係がない。
また、前後部の平均喫水と中央部喫水とは一致しないことがあるが、
これはホッギング等による船体のたわみに起因するものである。
3.速力及び航続力
速力の計測は常備状態で行われることが多いが、状態を変えて実施されることもありうる。
日本の場合には出渠直後の船底が綺麗な状態で行われるが、
出渠から数ヶ月経て船底が汚れてきてから実施する国もあるようだ。
技術的見地からは出渠直後の方が理論地に近い値が得られるので好ましいが、
運用面から見れば船底がある程度汚れている時の速力の方が実用的であるかもしれない。
出渠直後から定期的に速力試験を実施し、速力低下の度合いを記録しておくことも出来るのだが、
今のところ試みた艦艇はないようである。問題になるような速力低下はないと言うことであろうか。
速力試験は平水もしくはさざ波程度の海面状況の下で行われているが、
海面状況が悪化した場合には凌波性の善し悪しによって、速度低下の度合いが大きく異なってくる。
要目に書かれた最大速力だけでなく、こうした点にも注意を払うようになれば一人前である。
航続力は、各々の艦艇によって定められた基準速力で航行できる距離のことであるが、
基準速力が異なると比較するのはなかなか難しい。
船体形状の違いにより、同じ速力に換算して航続力を求めることが困難なのである。
航続力の算出は、公試運転の時に一定時間基準速力で航行して燃料消費量を計測し、
燃料搭載量から逆算して求めている。
実際の運行では主機以外に発電機や補助ボイラ等も燃料を消費しているわけであるが、
それらがどの程度考慮されているかは不明である。
速力や航続力は、多くの国で秘密扱いになっていることと思われる。
従って公表されている値は、実際の数値よりも低めのものであると見るのが妥当である。
実際旧海軍の場合、計画値以上の速力が出ても公表はしていない場合が多い。
ただし武器輸出に力を入れている国の場合には、逆の場合があるので注意を要する。
4.要目を見る上での注意点
既に各項目の中でも述べているが、同じ名称で表現されているものであっても、
時代や国によってその基準が異なる場合が多々ある。
しかもその計測基準が公表されることは殆ど無いので、比較検討する際には注意を要する。
艦船に限らず、工業製品においては「有効数字」というものを考慮しておく必要がある。
物の大小を問わず計測値には必ず誤差があり、徒に細かく数字を並べても意味は無い。
艦船の要目の場合には、有効数字は4桁を目安としておけば十分ではないかと思われる。
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