艦艇に設けられている昇降装置は殆どが梯子であり、階段は設けられていない。
一見階段のように見えるものはラッタルとも呼ばれているが、
正式名称は傾斜梯子であって階段ではない。
それでは梯子と階段とはどのように違うのであろうか。
因みに三省堂発行「大辞林」には次のように記載されている。
梯子:高い所へ登るための道具。
二本の長い材に足掛かりとなる横木を何本もとりつけたもの。
階段:高さの異なる所への上り下りのために作った段々の通路。
何だか漠然としていてはっきりと定義付けられているようには思えないが、
梯子は道具であるので可般式であるのに対し、
階段はあくまでも通路の一部であり、
作り付けで取外し不可能なものと言って良いのではないだろうか。
通路の一部として考えるならば、
坂道を登り易くするために斜面を削って踏み段を設けたものは典型的な階段と言えよう。
登山道ではかなり急な階段も存在するが、
どんなに傾斜がきつくても通路の一部であるからそれは階段である。
梯子の典型的なものは消防出初式等で見られる『梯子乗り』に用いられているものであるが、
道具の特徴として形も用法も様々であることが挙げられる。
都市化に伴って一般の家庭では梯子を持っている家も少なくなったかと思うが、
身近なものとしては脚立を挙げることが出来る。
その使用法も単に高所低所間の昇り降りだけでなく、
溝に水平に渡して橋の代用とすることも出来るし、
担架の代用とすることも可能である。
艦艇に用いられている梯子には直立梯子と傾斜梯子とがあるが、
傾斜梯子は階段と同様前向きの姿勢で降りることが出来るので、
傾斜のきつい階段だと思っている人も多いのではないだろうか。
しかし実際にはボルトで留めているだけなので、
必要に応じて容易に取外すことが出来るようになっている。
通常使用している状態では取外すことは無いが、
長大な物品の搬出入の際には取外して運搬経路を確保することになる。
客船やフェリーの乗客通路においても傾斜梯子は用いられているが、
その傾斜は艦艇用よりも幾分か緩やかなものとなっている。
勿論多数の乗客が移動する主要通路の場合には階段が用いられ、
船に不慣れな人でも安全に通行できるように留意し、
陸上建築物と同程度の傾斜及び幅を確保していると思われる。
艦艇の傾斜梯子は急角度であると思われるかもしれないが、
これに関しては幅や傾斜の異なる梯子を使って色々と試験を行ない、
その結果得られた最善の角度だと聞いている。
傾斜が緩いと昇降に要する時間が若干長くなると思われるが、
それ以上に大きな欠点として上部ハッチの開口が大きくなることが挙げられる。
右図は傾斜梯子と利用者の関係を簡単に示したものであるが、
黒の斜線は実状と同程度の60度強の傾斜であり、
赤線は45度程度にまで傾斜を緩めた場合である。
青線は昇降する人間を示しているが、高さは甲板間高さと同じ比率にしてある。
実際には昇る時と降りる時とでは姿勢が異なるが、
梯子の傾斜が緩いとハッチの開口が大きくなる理由は理解出来ることと思う。
ハッチの開口が大きくなるのは構造面からも好ましくないことだが、
応急作業行なう上でも避けなければならないことである。
更にハッチが大きくなれば当然その重量も増すことになり、
場合によっては手動での開閉作業が困難となるので、
バランスをとるためのバネが必要になってくる。
また、単純に必要とする床面積が増えることだけを考えても、
艦艇用としては好ましくないことなのである。
傾斜梯子は鋼製が基本であるが、
暴露部に設けられるものは防食上の観点からアルミ合金製のものが用いられる。
一時期重量軽減のために艦内装備のものもアルミ製とされたことがあるが、
米海軍の実例で火災発生時に熱によって傾斜梯子が解け落ちてしまい、
消火活動に大きな支障をきたしたことがあった。
現在では艦内装備の傾斜梯子は全て鋼製となっているはずである。
直立梯子は通行が頻繁でない所に設けられるが、
名前の通り垂直に設置するのが基本であるが、
マスト等においては若干の傾斜をつける場合もあり得る。
構造的には一般的な梯子のイメージそのものであり、
傾斜梯子に比べれば幅は遥かに狭いし、踏み板の奥行きも僅かなものである。
直立梯子に似たものにステップ(足掛け)があるが、
これは踏み板に相当する丸棒を該当箇所に直接溶接したものであり、
丸棒は手掛けも兼ねている。
ステップは梯子を掛けるほどの距離が無い箇所に用いられるが、
艦尾端やマスト上部等にも用いられている。
丸棒だけのステップは直立梯子に比べて錆の発生が少ないので、
手入れの困難な箇所での使用は適切であると言えよう。
なおちょっとした段差で通行量の多い箇所には、
踏み板を階段状に設けてより通行性を高める場合もある。
ステップは「コ」の字形の丸棒を適切な間隔で設けるだけの場合(右図左上)もあるし、
左下のように丸棒を垂直方向にも曲げて取り付ける場合もある。
丸棒を曲げることにって足が横に滑っても引っ掛かって止まるので、
荒天時にはより安全性が高まることになる。
壁面に取り付ける場合には「コ」の字形の丸棒で良いが、
マストの円筒部等で取り付け部が細くなってくると形状を変えなければならない。
右上の図は「コ」の字形の丸棒の先をすぼめたものであるが、
円筒に直角に取り付けるようになるので、より確実に溶接を行なうことが出来る。
マストが更に細くなればこの方法でも取り付けが困難となるので、
電柱に見られるような丸棒を取り付けただけのステップとなる。
梯子もステップも強い外力を受ければ変形して使用不能となる。
一般的には被弾や事故でも起こらない限りそのようなことは無いが、
例外として錨鎖庫内の昇降装置が挙げられる。
錨鎖庫内には内張りが施されて錨鎖による外板の損傷を防ぐようになっているが、
ステップを設けても錨鎖による変形は避けられないし、
場合によっては錨鎖の繰出しを妨げる状況もあり得ないことではない。
錨鎖庫内に突起物があれば錨鎖による損傷は避けられないので、
錨鎖庫では右図のような昇降装置が設けられている。
錨鎖庫内には左右の錨鎖を別々に収納する必要があるので、
船体中心線に仕切壁(小型艇では前後に分ける場合もある)が設けられている。
この仕切壁に半円形の穴を開けて手掛け足掛けとしただけの単純なものであるが、
錨鎖の影響を受けることはないし、錨鎖の繰出しへの悪影響も無い。
使い勝手は直立梯子に比べて劣るが、緊急性を要する作業では無いので問題は無い。
この装置もステップと呼ばれていることと思われるが、
仕切壁自体はあくまでも構造物であって艤装品ではない。
しかしそれは単に設計上の問題であって、
運用者は使い勝手が良ければそれで満足するだろう。
切抜いた鋼板の端部は角を落として滑らかにし、
下部には丸棒を溶接して手と足の保護を図っている。
縄梯子は直立梯子の変形と言うことも出来るが、現在では常設している艦艇は無い。
大分県竹田市の広瀬神社には戦艦「比叡」のマストがあるが、
そのマストに設けられていた縄梯子を昇ったことがある。
垂れ下がっている時は直立梯子とそう変わらないように思えるのだが、
実際に昇ってみると体が幾分か仰向けの状態となってしまう。
これは体の重心と梯子の位置とがずれているので、
仰向けになるようなモーメントが発生するためであろう。
傾斜梯子も直立梯子も船首尾線に向かって昇降するように設けるのが原則であるが、
これは艦の横揺れ角度が縦揺れ角度よりも大きいためである。
即ち梯子を昇降する時に横方向に揺れても大きな障害とはならないが、
進行方向に揺れると転落等の可能性が高くなるためである。
人間横方向の揺れに対しては足を開いて踏ん張ることが出来るが、
前後に揺れると姿勢を保ち難いことは電車の中で経験していることだろう。
なお前記の錨鎖庫内のステップは横向きでの昇降となるが、
これが利用されるのは揚錨時に錨鎖を収納する時だけであり、
艦が大きく動揺することは無い。
配置の関係上止むを得ず横方向に向けて設ける場合もあるが、
その場合でも水密甲板、特に強度甲板に横向きのハッチを設けることは避けなければならない。
横向きの傾斜梯子は使い勝手が悪いのに加えて、
横方向に大きな開口を設けることになるので縦強度上好ましくないのである。
駆逐艦級の艦でもヘリコプタ格納庫を有している場合には、
その頂部に上がるために長大な傾斜梯子(途中に踊り場あり)が設けられる場合もある。
舞鶴で「しらゆき」を担当していた時に、
艤装員から安全装置を付けてくれと要望が出されたことがある。
荒天時に梯子を降りる場合に危険性が高まるためと言うことであったが、
それは平穏な時と同様前向きに降りようとするからであり、
昇った時と同じ姿勢で降りれば(後向きで降りる)何でもないことである。
こうしたことは教えられなくても分かりそうなものだが、
やはりそれだけ艦艇乗組員の質が落ちているのかもしれないと感じたことがある。
傾斜梯子の角度は外国の艦艇でもそう変わらないと思うが、
実際に昇降してみると歩いた感じが国毎に少しずつ違っていて面白い。
傾斜梯子の昇降はいわゆる「体で覚えている」と言うやつで、
一々踏み板を見なくても迅速に昇降することが出来る。
踏み板の間隔等が目では分からないほど微妙に異なっているだけだとしても、
視覚に頼らずに体で覚えているからこそ、外国艦の微妙な違いに違和感を覚えるのであろう。