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 艦船の復原性

1.初期復原力

 艦船の重量は水の浮力によって支えられ、その浮力の中心点を浮心と呼ぶ。 一般的に船の重心は浮心よりも上にあり、重心と浮心が同一垂直線上にあれば船は安定している。
 図1に示すように船体が傾くと水中に没している部分の船体形状が変わるので、 最初の浮心B0は新しい浮心Bに移動する。この時船の重心位置は変わらないので、 重力による下向きの力の作用線と、浮力による上向きの力の作用線とがずれ、モーメントが発生する。
 重心がGにあれば船を元に戻すようなモーメントが発生し、GZを復原挺と呼ぶ。 GZに船の重量を乗じたものが復原モーメントで、これを初期復原力と呼ぶ。 船の重心位置が高くなると復原挺はG1Z1と小さくなり、復原モーメントも小さくなって復原力は低下する。 更に重心が上がってG2の位置になれば、発生するモーメントは逆向きとなり、 船を転覆させるようなモーメントとなる。
 最初の浮力作用線と傾斜後の浮力作用線との交点Mはメタセンターと呼ばれ、 傾斜角度が小さい場合には一定となる。重心とメタセンターとの距離GMをメタセンター高さと呼び、 設計の初期段階では復原力の目安としている。
 図示はしていないが、GM値が大きくなればGZも大きくなることは容易に理解できると思う。 GMを大きくするためには、Mを上げる・Gを下げるの2つが考えられるが、 Mの位置は水没部の船体形状で定まるので、Mを上げるためには幅を広げる必要がある。 安易な幅の増大は推進抵抗や船体重量の増加を招くので、出来る限りGを下げる方向で 設計を進めるのが一般的である。
 GM値の増加は復原性能上は有利であるが、 GMが過大になると今度は動揺周期が短くなって乗り心地は悪くなってしまう。 特に軍艦の場合にはあまり動揺周期が短くなると砲の照準が困難になるので、 適切なGM値を保っておく必要がある。

2.動復原力

 船体の傾斜が大きくなるにつれてGZの値も大きくなっていくが、概ね乾舷が水没する 付近を境として減少を始める。更に傾斜が進めば復原挺GZは0となり、復原力は失われる。 この時の傾斜角度を復原力消失角と言い、艦艇の場合は90度前後となるものが多い。 ただしこれは荷崩れ等による重心の移動がなく、静かに船を傾けた場合の値である。
 図2に示すのは復原力曲線と呼ばれるもので、船体が傾いた時の復原挺の大きさを表している。 D・D1の曲線は、図1において上甲板の高さの異なる2つの船型D・D1に対応している。 上甲板が水没するまでは同じ曲線を描いているが、D1の船型ではGZの減少が早く始まり、 復原力範囲が小さくなっている様子が分かると思う。
 左側の曲線はGM値が大きく、乾舷が低い場合の1例である。GMが大きいのでGZの増加も著しいが、 乾舷が早く水没してしまえば復原力の喪失が早まる場合もあることを示している。 実艦ではこれほど極端ではないが、GMの値が大きい場合でも、 必ずしも復原性範囲が大きいとは限らないことを知って頂きたい。
 復原挺GZは静復原力と呼ばれ、これに対してその角度まで傾斜させるのに必要な仕事量を動復原力と呼ぶ。 図2において復原力曲線で囲まれた部分は船を転覆させるのに必要な仕事量を示しており、 この部分が大きいほど転覆しにくいと考えて良い。
 艦艇を転覆させる要素で大きいのは風であり、風速が大きいほど船体を傾斜させる力も大きくなる。 船を正横から見た時の投影面積を風圧側面積といい、風圧側面積が大きくなると風の影響を受けやすくなる。 側面から風を受けた船は反対側に傾き、船を傾けようとする力と復原力とが釣り合った所で止まる。
 現在の艦艇では、定められた風速の風を受けた時にどの程度傾くかを計算し、 そこから転覆するまでにどれくらい余裕があるかを復原力の基準としている。 風と言うものは常に同じ速さで吹いているのではなく、時として激しい突風を伴うことがある。 突風は一時的なものなので、定常風よりも大きな値を用いて別の基準を定めてある。
 戦前の駆逐艦は重心を下げ、風圧側面積を小さくする努力を払った反面、乾舷はそれ程大きくなかった。 戦後の駆逐艦は風圧側面積が大きいので一見復原性が劣るようにも見受けられるが、 乾舷が大きいので十分な復原力を持っているのである。

3.その他

 艦艇の場合、戦闘によって損傷を受けた時の復原性も考慮しておかなければならない。 水線下に損傷を受けて片舷だけ浸水すると傾斜が大きくなるので、 小型艦の場合には縦方向に水密隔壁を設けることはない。 しかし両舷対称に浸水した場合でも、その区画は自由水面となってしまうので復原力は発生しない。 船体中央部での損傷は大量の浸水を招き、乾舷の低下と自由水面の影響で大きく復原力が低下する。 艦艇の場合には適切に水密横隔壁を設けて浸水量を局限し、予備浮力と復元性を確保している。
 水線上に被弾した場合には浸水はしない場合もあるが、火災が発生すれば消火しなければならない。 艦船の消火活動で注意しなければならないのは、放水すると同時に排水もしなければならないことである。 排水を怠ると放水された水は自由水となり、荷崩れ状態となって重心上昇と同様の効果をもたらす (図1において、Gが右に移動すればGZが小さくなることが分かると思う)。 実例としても、消火活動を行っていた巨大な客船が転覆した例がある。
 今まで述べてきたのは水面が水平な場合であるが、水面が傾斜している場合には状況は更に悪くなる。 浮力の影響だけで船体が傾いてしまうので、水平面の場合よりも復原力は遥かに低下する。 通常艦船は風の吹いてくる方向に船首を向けるので、このような状態に陥ることはない。 しかしヨット等帆走船の場合は、回頭する際に一時的にこのような状態となるので要注意である。
 潜水艦の場合は、浮上している状態では一般艦船と同様である。 潜水している場合には重心が浮心より下にあるので、極めて安定している。 水上航行から潜航に移る場合は、重心と浮心とが近付いていき、一時的に復原挺が0となる状態がある。 この状態が長く続けば危険であるが、短時間で安定状態に移るので大きな問題とはならない。

4.復原性の改善

 復原性が不十分な艦船の復原性を改善する場合、 先ず最初に検討するのは重心の降下であり、風圧側面積の減少である。 それでも不十分な場合には、船幅の増大を図るのが一般的である。 しかし復原性に関して中途半端な知識を持った人の中には、 GM値を上げさえすれば改善されると考えている人もいるようなので、 艦船の復原性に関して補足説明をすることとした。

 復原性の改善でしばしば引き合いに出されるのは、 旧海軍における「千鳥」型水雷艇の例であろう。 「千鳥」型は計画当初から異常に兵装重量の大きな船であったが、 予算の関係で排水量だけが減少させられた結果、 更に兵装重量の配分比が大きな船となってしまった。 しかも実際の兵装重量は計画時の見積もりよりも増加してしまったので、 元々高かった重心の上昇に拍車をかける状況となった。 このような悪条件が重なって、 「千鳥」型は船体の割りに極めて重心の高い船となってしまったのである。

 艦船の復原性を確認する目安の一つに、メタセンター高さ(GM)がある。 GM値が小さいと復原梃も小さくなり、復原モーメントが小さくなって復原性は悪化する。 GM値を大きくするためには重心を下げるか、 幅を広げてメタセンター(M)を上げる方法とがある。 構造が複雑な艦艇の場合は幅を広げる方法は大工事となるので、 安易な方法としてバルジの装着によってGMを確保する場合がある。 しかし水線付近に装着したバルジは初期メタセンターを高くはするが、 復原性能上は余り効果は無い。
 右の図は復原力が発生する仕組みを表したものであるが、 船体を傾けているので見慣れなていないと見難いかも知れない。(W0−L0)は 直立状態の喫水線で、(W1−L1)(W2−L2)は船体が傾いた時の喫水線である。 船体が(W1−L1)まで傾いた時、船体中心から右側の縦線の部分は水中に没し、 左側の部分は水中から空中に浮かび上がることとなる。 この結果右側では上向きの力が発生し、逆に左側では下向きの力が発生し、 船を元の鉛直状態に戻そうとする、復原モーメントが発生する。 バルジを装着した場合には縦線部分に黒い部分の力が加わるので、 更に復原モーメントが大きくなることが理解できると思う。
 図のBは傾斜後の浮心の位置で、B1はバルジを装着した場合の浮心の位置である。 バルジの分だけ浮心の移動が大きくなり、GM値が大きくなる様子が理解できると思う。 B2は更に傾斜して喫水線が(W2−L2)になった時の浮心位置である。 バルジが完全に水中に没してしまうと、復原力の増加は元の船体だけに頼ることとなり、 バルジの効果が消えてしまったことに注目していただきたい。 このようなバルジの装着では初期復原力を増すことは出来ても、 復原力範囲を増加させる効果は殆ど無いのである。 なお図では何れの場合も重力・浮力の作用線を平行に書いているが、 これは図を見易くするためであり、実際には喫水線に垂直に働くものである。

 このようなことを踏まえ、 「千鳥」型では上甲板にまで達するようにバルジを延長して装着したのであるが、 それでも十分な復原力は得られなかった。
 右の図において、B1は船が幅1の時の傾斜後の浮心位置、 そしてB2は幅2に広がった場合の浮心位置である。 幅の拡大によってメタセンター高さはGM1からGM2へと増大するが、 重心位置がG2の位置に上昇すれば、メタセンター高さはG2M2と減少してしまう。 その結果、復原梃G2Z2が減少する様子も分かることと思う。
 更に幅を大きくして行けば復原梃を大きくすることも出来るが、 排水量は更に増加し、速力は減少してしまうことになる。 また、深さがそのままで幅を広げただけでは、 図からも分かるように上甲板の水没が早まることになるので、 最大復原梃を発生する傾斜角も小さくなり、 復原力消失角も小さくなることが予想される。 2項の動復原力で説明した、図2のDとD1曲線の関係と同様と思えば分かり易いだろう。 単に幅を広げるのではなく、乾舷を確保することも必要なのである。
 重心の上昇が僅かであれば幅の拡大で復原梃が大きくなるので、 たとえ復原力消失角が小さくても、動的復原力は増大する場合もありうる。 しかし重心の上昇が大きなものであれば復原梃は減少するか、 大きくなったとしてもその増加量は僅かなものであり、 復原力消失角及び動的復原力の双方が減少する結果は避けられない。
 「友鶴」の転覆後、復原性に対して更に見直しを図ることとなったのであるが、 結局は過大であった兵装の減少、そしてバラストの搭載により、 重心を降下させることとなったのである。 重心を下げればGMが大きくなって安定性は増すのだが、 GMが過大であると今度は動揺周期が短くなり過ぎて、 乗り心地も悪く、砲の照準が困難な船となってしまう。 そこで増設したバルジを撤去し、 オリジナルの船型に戻して適切なGM値が得られるように改善された。 「千鳥」型の場合には幅の拡大で初期GM値を上げることよりも、 兵装を減らして重心を下げることの方が、より効果的だったのである。 ただし排水量700tの船に100t近いバラストの搭載は、 どう見ても異常な値であると言わざるを得ない。

 なお兵装の減少や、艦橋の小型化等によって風圧側面積が減少したことも、 復原性の向上には多いに役立っている。 風圧側面積が減少すれば風によって船を転覆させようとするモーメントが減少するので、 同じ復原力曲線を持った船でも、動的復原力は向上するのである。
 現在の防衛庁基準では、定められた風速の定常風の中での動的復原力、 そしてより大きな風速の突風を受けた時の復原力について基準が定められている。 しかし戦前の艦艇においては、 まだそこまで動的復原力に関する研究が進んでいなかったのである。

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