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 機関室配置

 旧海軍の駆逐艦においては、前方から『缶・缶・機械』と言う配置が採用され、 米海軍においては『缶・機・缶・機』と言う配置が採用されていた。 戦後の蒸気タービン艦においては米軍に倣い、 缶室と機械室の交互配置が踏襲されている。 交互配置の方が防御上有利であると言う理由からであるが、 あくまでも概念として有利であるとの判断であり、 実際にどの程度の差異があるのか検討されたことは無いことと思われる。
 防御上の理由と言う単純な考え方で無く、1隻の駆逐艦として見た場合、 本当に交互配置が優っているのか、私は大いに疑問を持っている。 両者の比較を数値化して検討するのは極めて困難なことであり、 やはり概念的な検討となってしまうのであるが、 改めて両者の利害について検討してみたいと思う。

1)護衛艦「はつひ」

 護衛艦「あさひ」「はつひ」は米国からの貸与艦で、 黎明期の海上自衛隊において使用されていた。 生産性がが優先されるはずの戦時急造艦であるにもかかわらず、 ディーゼル電気推進と言う戦闘艦では珍しい方式を採用している。
 海自の幹部候補生学校に在校中、乗艦実習として「はつひ」に乗艦したことがある。 推進方式に関しては予備知識を持っていたのであるが、 機関室が4区画となっていることは艦内に入って初めて知り、驚いた。
 「はつひ」は全長で93m、新造時の速力は21ノットで、主要任務は船団護衛である。 投入されるのが太平洋であれ大西洋であれ、最も会敵の確率が高いのは潜水艦であり、 最も大きな脅威となるのは魚雷と言うことになる。 潜水艦魚雷を機関室区画に受ければ、この程度の艦では大きな被害が発生する。 果して「はつひ」のような小艦において、構造を複雑にし、 人員を増やしてまでも区画を細分化する効果はあるのだろうか、 と言う疑問が必然的に湧き出てきたのである。

 右図のA案は「はつひ」で採用された機関室配置で、 前方からディーゼル原動機室、発電機及び電動機室とが交互に配置されており、 丁度蒸気タービン艦における缶室と機械室との関係に良く似ている。 なお下部の数字はフレーム番号、上部の数字は各区画のフレーム数を示しており、 フレーム間隔は21吋である。
 B案は機関室を2区画とした場合であり、 左右それぞれの推進システムが1区画に収まるのでより効率的な配置となり、 各区画1〜2フレームの短縮が可能と思われる。
 この程度の艦においては2区画と言うのも珍しいものでは無いのだが、 不安があるのならC案のように中央に補機室を設け、3区画とすることも出来る。 この案でも全体で1〜2フレームの短縮が可能と思われる。
 「はつひ」の場合には通常航海中でも4区画に当直員が必要となるが、 下2案の場合には当直配置は2区画で済む。 機械そのものの数は減っていないので単純に機関科要員が半減する訳ではないが、 大幅に減らせることは確実であろう。
 「はつひ」の機関室長さは28.8mであるが、これは水線長の32%にも達するもので、 速力21ノットの艦としては極めて大きな値であると言えるだろう。 時代も推進方式も異なるので単純に比較することは出来ないが、 25ノットの「ちくご」型でその値は27%である。

 さて、「はつひ」が主たる脅威である魚雷攻撃を受け、 機関室に被雷した場合の被害状況を、主にA案とB案とをを比較して考えてみる。
 先ずはFr86付近に被雷した場合であるが、 A案の場合でも機関室長さが短いので最低3区画の浸水は免れず、 場合によっては4区画浸水の可能性もありうる。 B案では2区画浸水となり、両者とも推進力は失われることとなる。 B案ではこの場合の浸水量が最大となり、A案よりもほぼ1区画分多くなる。 しかし浸水量は1千t程度と予想されるので、これだけの被害ならば沈没することは無い。 A案で4区画浸水の場合にはB案よりも浸水量が多くなるが、 やはりこれだけで沈むことはない。
 Fr72(99)付近に被雷した場合には、隣接区画への影響が問題となる。 A案ではやはり3区画浸水を免れることは出来ないが、 B案では1区画浸水に留まる可能性もありうる。 機関室前部に被雷した場合にはその前方区画との2区画浸水となるが、 この場合でも機関室が短い分だけ浸水量は少ないものとなる。 推進力の確保と言う点でも、両者の間に大きな差は見られない。

 中小口径の砲弾の場合には、魚雷のように急速かつ大量に浸水する確率は低いので、 砲弾の炸裂による直接的被害が主たる対象となる。
 電気推進艦では原動機・発電機・電動機のどれをやられても推進力は失われる。 A案の場合、1発の砲弾で2区画が被害を受ける可能性は少ないだろう。 従って機器そのものの被害はB案より少ないだろうが、 推進力の確保に関しては大差ないと言って良いだろう。 給電経路を複列にしておけば、1台の発電機で両舷の電動機を回せる可能性はある。 しかし出力そのものは半減しているので、 1軸航行となるB案の場合と速力が大きく異なることは無いであろう。
 浸水被害に関しては、やはり細分化しただけA案が優るだろう。 しかし機関室の長さはB案の方が短いので、被弾確率はその分減少する。 勿論乗員が減れば居住区画等も縮小することが出来るので、 艦全体の被弾確率もB案の方が低いものとなる。

 以上簡単に「はつひ」の機関室配置について検討してみたが、 A案の防御力が大きく優っていると言う結論は見出せない。 B案では建造・維持費も少ないものとなり、乗員確保の点でも有利である。 C案については検討を省略したが、AB両案の中間と思って間違いないだろう。 私が計画者であったなら、B案又はC案を採用していたであろう。

2)蒸気タービン艦

 さて、いよいよ蒸気タービン艦であるが、 右図のD案は米海軍及び戦後の日本艦でも採用されている交互配置である。 E案は旧海軍の駆逐艦で多用されていた方式であるが、 図は何れも1室1缶での機関室配置の概念を示すものであり、 区画の長さは正確なものではない。

 今回も魚雷による被害から検討を進めるが、 E案の場合は機関室に被雷すれば推進力の喪失は免れない。 D案でも1M(機械室)や2B(缶室)に被雷すれば3区画浸水となり、 E案同様推進力を確保することは出来なくなる。 2Mに被雷した場合には、1Mにまで被害が及ぶかが問題となるが、 仮に1Mが直接的な被害を受けない場合でも、推進軸の『おどり』が大きな問題となる。 1Mからの推進軸は長大なものとなるので、魚雷の爆発のような大きな衝撃を受けた場合、 推進軸の隔壁貫通部からの浸水もありうるし、軸心の狂いは避けられない。 機械そのものは無事であっても、推進力の確保は難しいと思われる。 特に1Mの軸が通っている側に被雷すれば、 軸そのものが被害を受けて航行不能となる可能性も高い。 なお2M直後の区画に被雷した場合も、同様の結果になると思われる。
 1Bに被雷した場合には、E案では2缶とも使用不能となって推進力は失われる。 D案の場合には2Bに対する影響が問題となるが、 2Bの缶が生き残る可能性は十分にありうるので、 その場合には推進力は確保できることとなり、 E案よりも優っていると言うことが出来る。
 1Bの直前区画に被雷した場合には、1B区画の長さの違いにより、 D案の1Mが被害を受け、E案では2Bが無事な状況もありうる。 この場合にはD案は1缶1軸、E案では1缶2軸となってE案が優る。 被害が1Bで止まれば、両案とも1缶2軸の運転が可能となり、 浸水量はE案の方が僅かばかり多くなる。

 中小口径の砲弾を対象とした場合には、明らかにD案が優っている。 砲弾の場合には軸の損傷やおどりは無視しうると思われるので、 1発の被弾で両舷軸が使用不能となってしまう可能性はないものと考えられる。 E案においても機械室への被弾によって即航行不能となってしまう訳ではないが、 その可能性は決して低いものでもないと言うことが出来よう。
 片舷のみ使用不能となる確率は、機械室が長い分だけ逆にD案の方が高くなる。 E案では機械室の長さを押さえるために補機の一部を缶室に装備すると仮定したので、 缶室の長さはD案よりも長くなっており、1缶喪失の確率は若干高いものとなる。

 蒸気タービン艦の場合も「はつひ」同様、 交互配置で4区画とした方が防御性そのものは優っていると言って良いだろう。 問題はその優位性が、機関室の延長と乗員の増加による艦の大型化、 言い替えれば建造・維持費の高額化に見あったものであるかどうかなのである。 勿論大型化に伴う被弾確率の増大も検討の対象に入れておく必要がある。 単純に被弾した場合の残存性だけを比較しても、 軍艦の本質に迫ることは出来ないのである。

 特型駆逐艦の場合、第一・三缶室は1缶だが、 第二缶室には2缶が収納されている。 中央に隔壁を儲けて1室1缶とすることも可能だが、 その場合には缶室長さを増さなければならず、排水量の増加は避けられない。 主機の場合にも実装備のものをそのまま使って1室1機にしようと思えば、 機械室が長過ぎてとてつもなく細長い船となってしまう。 縦強度確保のために構造も強化する必要があり、排水量の増加は更に著しいものとなる。 幅を増して長さを押さえた主機を開発しないことには、 1室1機の配置を実現することは出来ない。 特型は排水量の割りに重兵装であり、速力・凌波性も優れた艦であるが、 その高い性能を実現するために、 防御性よりも効率を優先させた機関室配置になったと言うことが出来よう。

3)ガスタービン艦

 艦艇の主機も時代と共に変り、 今後はガスタービン(以下GTと略す)機関が主流になるものと思われる。 そこで最後はGT艦の機関室配置について検討することとする。

 右図のF案は現有艦の一例であるが、 主GT・巡航GT・減速機をそれぞれ同一区画に収めており、 整備性は優れているのかもしれないが、 防御面から見ると好ましい配置であるとは言えない。 1発の砲弾で両舷共使用不能となる可能性が存在し、 このように短い水密区画ではその機能を十分に発揮することが出来ない。 被弾した場合に被害がこの区画に止まらず、隣接区画へも及ぶことが多いからだ。
 G案は配置を改善したもので、各区画が適切な長さとなっており、 1発の砲弾で航行不能となる可能性は低い。 後部に被雷した場合には蒸気タービン艦のD案と同様、 軸のおどりによって両舷共使用不能となる可能性も存在する。 特にGT艦の場合には可変ピッチプロペラを使用しているので、 油圧の喪失による推進力の喪失にも注意しておく必要がある。
 なおGT機関を主船体内に装備した場合、 換装のために強度甲板にも巨大な開口が必要となる。 F案ではこの開口が同一横断面上に来てしまうので、 船体構造上も好ましい配置であるとは言えない。 しかしG案ではGT機関の向きが異なるので、 開口部をずらすことが出来るのも利点である。

 H案は別記事「G/T電気推進」で紹介した艦の場合であるが、 主船体内の機関室はディーゼル発電機と電動機だけなので、 従来艦のような巨大な機関室は必要としない。 長さと共に深さ(高さ)も減少しているので、浸水量の減少も期待出来る。 主機にGTを使用しても可変ピッチプロペラを必要としないので、 軸のおどりによる悪影響も局限することが出来る。 防御面においても、現在の方式より優っていると断言できる。

4)考察

 太平洋戦争における実例を見ると、 損傷して航行不能となっても曳行されて帰還した艦もあれば、 片舷が生きていても2次攻撃で沈められた艦もある。 勿論1軸でも使用可能であれば生還できる確率は高くなる。 しかし推進装置の残存性は艦の性能の一部に過ぎず、 その艦の建造目的に合わせて最適となるよう、 他の多くの性能とのバランスを取って決定しなければならない。
 現在ではコンピュータの発達に伴い、かなり複雑な計算でも短時間で可能となっている。 魚雷による被害予測でも、その圧力の伝播状態が分かれば計算可能である。 被雷個所を変えながら被害状況を調べて行けば、 最適と思われる機関室配置も実現可能かと思われる。

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