最近の水上艦艇の主機としては世界的にガスタービン機関が主流となっており、
海上自衛隊においても蒸気タービン艦は僅かなものとなっている。
原子力利用の舶用機関も形式としては蒸気タービンであるが、
従来用いられてきたような石油焚きボイラを利用した蒸気タービン機関が、
今後建造される艦艇に装備される可能性は極めて少ないものと思われる。
そんな時代に石油焚き蒸気ボイラの話をしても意義は少ないかもしれないが、
舶用機関の歴史の一頁として読んで頂ければ幸いである。
なお私自身も機関関係は専門外の人間なので、
誤りを発見されたら是非指摘して頂きたい。
艦艇に使用される蒸気タービンは小型軽量で大出力を要求されるため、
必然的に高圧高温の過熱蒸気を使用することになる。
蒸気ボイラには大別して細管の中を燃焼ガスが通る煙管式と、
細管内に水を通す水管式とがあるが、
艦艇用としては過熱蒸気の発生に有利な水管式が用いられている。
右図は戦後の艦艇に搭載された水管ボイラの一例であるが、
2個のドラム(水ドラムと蒸気ドラム)を有するので2胴式と呼ばれている。
これに対して旧海軍においては小型艦を除いて、
下部に水ドラムが2個ある3胴式が用いられている。
戦後の艦艇は戦前の艦艇のような高速力は必要とされず、
材質の進歩等でより高圧高温の蒸気が使用可能となったので、
2胴式ボイラでも必要な出力が得られるためと思われる。
また、その断面形状から2胴式はD型、
3胴式はA型ボイラと呼ばれることもあるようである。
水から蒸気への流れを簡単に説明すれば、
給水ポンプで送られてきた水はエコノマイザで暖められてから蒸気ドラムに入る。
エコノマイザは蒸発管や過熱管で仕事を終えた排ガスを利用したもので、
日本語では節炭器と呼んでいることから考えるに、
恐らく石炭焚きボイラの頃から装備されているのではないかと思われる。
蒸気ドラム内に入った水(水とは言っても高温だが)は降水管を通って水ドラムに入り、
蒸発管で更に高温となって蒸気ドラムに戻る。
高温となった蒸気ドラム内の熱水の一部は飽和蒸気となり、
蒸気管を通ってボイラ内の過熱管へと導かれ、
再び熱せられてより高圧高温の過熱蒸気となってタービンに送られる。
降水管と蒸発管には緩やかに曲がった管が用いられているが、
これは熱膨張に対処し易いためと、
ドラムとの取り付け部を垂直にすることが出来るので、強度的に有利なためである。
水壁は燃焼室を囲んで外部への熱の伝達を軽減すると共に、
ボイラ水の加熱にも有効に働いている。
壁とは言ってもやはり細管の集まりであり、
細管の間はガス漏れを防ぐように連結されている。
熱効率だけを考えれば2枚の板の間に水を通せばよいのだが、
水壁にも圧力がかかってくるので鋼管でなければ耐えられない。
ヘッダーは細管を集合・分配しているもので、
小型のドラムのようなものと思っても良いだろう。
艦艇は商船に比べて頻繁に速力の変更を行うため、
必要とされる蒸気の量もそれに応じて変動する。
蒸気の消費量に給水が追い付かなければ蒸気ドラム内の水位が下がり、
更に水位が下がって蒸発管内の水も無くなれば蒸発管を焼損することになる。
逆に給水が多過ぎれば水位が上昇し、
蒸気管内に水が流れ込むようなことになればドラムが破裂する。
ボイラ要員が最も神経を使うのはこの水位管理であり、
自動化を計った初期の艦でも爆発事故が発生している。
更に海面状況によっては艦の横揺れが激しくなるので、
水位の管理はより慎重に行われるものと思われる。
この横揺れの影響を避けるためにも、
当然ボイラはドラムが船首尾線と平行になるように設置されている。
石油焚きボイラの燃料としては重油が一般的であるが、
海上自衛隊では途中から軽油を使うように変更されている。
その重油も海自では質の良いA重油を使用していたが、
旧海軍においてはもっと質の悪い重油を使用していたようである。
重油の中でも質の悪いC重油は粘性が大きく、
A重油でも低温になると粘性が大きくなるので、
重油は加熱して粘性を下げてから使用されることが多い。
太平洋戦争末期の艦艇においては、例えば戦艦「金剛」の例であるが、
燃料が底を付いたので機関科員は重油タンクの中に入り、
外板やガーダー等に残っていた重油をかき集めて使用したそうである。
重油とは言っても底に沈殿したような油であるから、
その粘性は極めて大きなものであっただろうと予想され、
加熱温度も相当高く設定して使用したのではないかと思われる。
そこまで努力して帰還を図った「金剛」であるが、
高速の発揮も之の字運動も出来ないために潜水艦に狙われ、
残念ながら魚雷攻撃を受けて沈没している。
なお燃料は燃料タンクから直接ボイラに供給されるようなことは無く、
こし器を通してから小出しタンクに送られて使用される。
この方式はディーゼル艦やガスタービン艦でも同様であり、
小出しタンクは油澄ましタンクとしての機能も兼ねている。
艦艇では多量の燃料を各所に分散搭載しており、
その移送管系もかなりの長さになるので、
不純物が混入する可能性を完全に排除することは出来ない。
小出しタンクの容量をどの程度に設定するかは知らないが、
フォークランド紛争で被弾した一部の英艦は小出しタンクの燃料に引火し、
被害が拡大して最終的に沈没に至ったとも言われている。
石炭焚きボイラに関しては資料も無いので詳細は知らないが、
水管ボイラであれば基本的な構造はそう変らないのではないかと思われる。
しかし液体燃料に比べると急激な発生熱量の変更は困難なので、
急激な速力変換にはなかなか対応出来なかったのではないかと思われる。
その反面、燃料は石炭に限定されない利点も持っており、
日本海海戦に敗れて中国方面に敗走したロシアの駆逐艦は、
石炭が無くなった後は机等燃えるものは全てボイラ内に放り込んだそうである。
また、これは劇画での話で実話ではないのだが、
寺沢武一著「コブラ」の中では、
SLを走らせて追手から逃れようとした時に、
石炭が無いのでその代わりにダイヤモンドを燃やす話が載っている。
確かにダイヤは高純度の炭素の結晶なので、
燃えカスも残らず最高の固形燃料であるのかもしれない。
蒸気タービン艦の製造は無くなったので、
現在ではかつてのような高圧高温の蒸気ボイラは造られていない。
図面や関連資料は後世に伝えることも出来るが、
実際に現場で製造に携わった人の経験は伝えるのが難しい。
更に実際にボイラを運用する人の経験も同様であり、
一旦途絶えてしまうとその再現には
膨大な日数を要することになる。
今後高圧高温の石油焚き蒸気ボイラが必要とされる可能性は極めて少ないと思われるが、
仮に必要になっても実際に運航するのは更に困難なことであると思われる。