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 恐怖の訴訟社会

 12月になるとさすがに寒い。
 ぼろアパートのドアを開けて部屋に入る。真っ暗な都屋だ。 いつもの事とはいえ佗しい限りだ。 手探りでも蛍光灯のスイッチは分かる。 明かりは点いたものの、寒いことには変わり無い。とりあえず石油ストーブに火を点ける。
 今時木造のアパートに住むなんて、余程の変り者か、俺みたいな貧乏人だけだ。 2階の部屋から外を見回しても、見えるのはコンクリートの巨大なマンションと、 終夜明かりの絶えないレジャービルだけだ。 昔のように甍の波が続く風清は無い。
 マンションの都屋は快適なようだ。 コンピュータが全てを管理し、冷暖房は言うに及ばず、風呂・食事から防火・防犯に至るまでおまかせだ。 唯一の欠点、そして最大の欠点と言えるのが、金がかかることなのだ。 おっともう一つあった、膨大なエネルギーを必要とすることだ。 そう、実を言えば環境保全と省エネルギーのために、俺はわざわざこのぼろアパートに住んでいるのだ。
 
 星空もまともに見えないが、なんとなく外が見たくなって窓に近付いた。 窓を開けようとして一瞬ぎくりとした。 窓の外に見知らぬ男がいるではないか!
 俺の都屋に入ったところで盗む物なんて何もありゃあしない。 と言って下着泥とも思えない。 どじな新米泥ちゃんか。
 泥ちゃんの方は俺の行動を監視していたらしい。 「泥棒!」と叫ぶよりも早く、ベランダに手をかけて地上に飛び下りた。 と思いきや、手をかけたベランダが崩れ落ち、あわれ泥ちゃんは頭から地上に激突してしまった。 すぐに警察に連絡して逮捕できたのは良いのだが、ベランダは直さなければならないようだ。
 警察の現場調査も終わり、ベランダの修理も手配できた。 くそ、面白くもない。 ただでさえ金のかかる年末だと言うのに、とんでもない出費となってしまった。 全く腹の虫が治まらない。 こんなことならいっそのこと、留守のうちに入られた方が良かった。 どうせ取られる物は無いのだから。
 
 何日か過ぎて腹の虫もおとなしくなった頃、見知らぬ弁護士の訪問を受けた。 弁護士なんて用事も無いし、財産も無いし、一体何の用だろう。 立ち話も失礼だろうと思い、とりあえず中に入ってもらうことにした。 掃除は滅多にしないので都屋の中は散らかり放題だが、暖かい分だけ外よりは良いだろう。
 まだ若い弁護士さんは、うさんくさそうな顔をしながら入って来た。 こんなぼろアパートに入るのは初めてなのだろう。 そりゃああんたのマンションに比べたら、俺の都屋なんて惨めなものさ。
 「いったい何の用ですか?」
 ともかく、用件を聞かないことには始まらない。
 「あなたは訴えられているのですよ」
 「はあっ?」
 唖然とした。どう言うことなのかさっぱり見当がつかない。
 「訴えられるって、どう言うことです?」
 「今月の3日に泥棒が入ったでしょう」
 「ええ、そこの窓から落ちて、すぐに捕まりましたよ」
 「その泥棒が訴えているのです」
 ますます訳が分からなくなって来た。
 「私は全然手を出していませんよ」
 「いや、そうではありません。彼はベランダに手をかけて飛び下りようと、おや、新しくなっていますね」
 「ええ、壊されちゃいましたから」
 「そう、最初から直しておけば良かったのです。 そうすれば彼は地面に激突することも無く、あなたも訴えられる事は無かったのです」
 「ちょっと待って下さいよ。それでは泥棒に逃げられてしまいましたよ」
 「そうかも知れません。しかしベランダがしっかりしていれば、彼が怪我をすることは無かったのです。 あなたの施設管理不十分が彼の怪我を招いたのです」
 「・・・・・」
 俺はあっけに取られ、返す言葉も無い。弁護士は続けた。
 「彼はまだ入院中ですが、左目は失明し、首の神経を痛めているので右手も不自由になるでしょう。 彼の職業生命は絶たれたと言って良いでしょう」
 何を言ってやがる。泥棒が減れば結構ではないか。
 「彼は優秀な泥棒でした。70歳までを労働期間と仮定して、予想収入は約30億円と見積もられます。 これに加え、入院費はたいしたことは無いのですが、彼は慰謝料として5億円ほど要求しています」
 「はあっ?」
 余りにも唐突なことなので、俺の頭では収拾不可能だ。
 「幸いなことに、今回は彼も犯罪を犯していますので、裁判で認められるのは恐らく半額くらいでしょう」
 何が幸いだ。半額と言ったって8億ではないか。 年収500万そこそこの俺にどうしろと言うのだ。 いやそれよりも、かってに忍び込んだ泥棒に何で金を払う必要があると言うのだ。 当然俺は弁護士に食ってかかった。
 その弁護士は驚く様子も無く、冷やかに言った。
 「あなたは法律を知らないようですが、現在の法律では危険な施設を修理せずに、 放置しておいたあなたに責任の大半があるのです。 このアパートには、自動家屋診断装置が無いので、ベランダの破損に気がつかなかったのですね」
 馬鹿こけ!壊れていたのは知っとるわい。責任云々が分からないのだ!
 「今回のようなケースは珍しいですね。こんなぼろ・・・いや、失礼。 木造集合住宅に泥棒が入った前例は、ここ20年余りありませんからね。 彼にしてもまさかベランダが壊れるとは思ってもいなかったでしょう、かわいそうに」
 何がかわいそうだ。かわいそうなのはこっちだ。
 「ともかく施設の安全管理を怠ったあなたの責任は明らかです。 下手をすれば7割から8割の責任をとらされますよ。でもご安心下さい。 私に任せて頂ければ悪くても5割、うまく行けば3割程度に押え込んで見せますよ」
 ふん、10億も20億も同じことだ。
 弁護士を雇うような金も無いので、今日のところは帰ってもらった。 まだ頭の中が混線しており、思考回路は正常状態に復帰していない。 被害者の俺が泥棒に金を要求されるなんて、いったいこの世界はどうなってんだ。
 しかし弁護士の置いて行った資料によれば、訳の分からない事件が一杯あるようだ。 参考までにその一部を紹介しておこう。
 
 ・パトカーが追跡していた暴走車が運転を誤り、通行人を礫き殺した。 裁判所は、パトカーが追跡したために事故が発生した、として警察に損害購償を命じた。
 ・マンション火災に出動した消防車が放水し、鎮火したが別の都屋にあったパソコンに水がかかった。 裁判所は、過剰放水として、消防署に損害購償を命じた。
 ・立ち入り禁止のフェンスを壊して廃材置き場に子供が入り込み、積み上げてあった廃材の下敷になって死亡した。 裁判所は、子供が壊せるような貧弱なフェンスに問題有りとして、業者に損害賭償を命じた。
 ・飲酒運転の暴走車が猛スピードで民家のブロック塀に激突し、ドライバーを含む4人が死亡した。 裁判所は、ブロック塀が生け垣だったら死亡しなかった筈だとして、民家の所有者に損害賠償を命じた。
 
 まもなく裁判となった。弁護士を雇う金なぞ無い。 やる気のない、お上がよこした弁護士が一人いるだけだ。 泥棒の奴は、いかにも被害者でございます、と言った顔付きで座っている。 後ろには狡そうな弁護士が控えている。
 裁判はあっけなく終わった。 敵の弁護士の悪知恵と、泥棒の痛々しい演技が功を奏したのか、22億の賠償金を支払えときたもんだ。 そんな金はどこにもありゃあしねえよ。 財産差し押さえだって?出来るもんならやってみやがれ。 自慢じゃあないが、金目の物は何にもありゃしない。
 テレビは14インチのNIES製品だし、冷蔵庫は未だに1ドアだ。 再生専用のビデオも、CDラジカセもNIES製品だ。 パソコンに至っては、超々マイナーなシャンプー杜のMZ−250だ。 こんな物は一文にもなりゃしない。
 支払いが出来なければ懲役刑だそうだ。 ふん、どうにでもしやがれ。 しかしまあ、泥棒に入られて刑務所に行くなんて、この世界はいったいどうなってるんだ。 電車賃も無いので歩いて帰ることにした。 毎日のように通っている道であるが、普段は全然気が付かない色々な店があるもんだ。 そんな中で、ふと1軒の骨董屋が目に付いた。 待てよ・・・MZなんて下取りもしてくれやあしないが、もしかして骨董品としてなら・・・
 
 急いで家に帰った俺は、僅かな期待を持ってMZを骨董屋に持ち込んだ。
 「へーえ、MZとは珍しい物を持っていますねえ」
 「ええ、もう10年以上使ってます。手放せ無くて」
 「中を調べさせてもらいますよ」
 「はい、どうぞ」
 骨董屋はMZを自分のディスプレイに接続し、電源を入れてチャカチャカとキーボードを叩きだした。 最近の骨董屋は陶磁器や刀剣だけでなく、電子製品の目利きも必要だから大変だ。 パソコンに関しても俺より詳しいかも知れない。
 「おおおおおっ」
 突然骨董屋が捻り出した。
 「どうかしましたか?」
 「旦那、これ、いつ頃買いました?」
 「はっきりとは覚えて無いが、この製品が出てすぐだったよ」
 「そうでしょう、そうでしょう。このROMにバグのあるタイプは3台しか発見されていないのですよ。 5千万でどうです?いや、8千万出しましょう」
 異論のあろうはずもない。 1万でも2万でも、金になりさえすれば良いと思っていたのだから。 早速契約書にサインした。
 
 「旦那、こんなものがありましたよ」
 MZを入れて行った段ボール箱の中に何かあったようだ。 それは1通の古ぼけた封筒だった。何のことは無い。宛名を書き損じて出さなかった卦筒だ。 先に切手を貼ってしまい、剥がすのも面倒なのでそのままにしておいたやつだ。
 「あっ、どうも。切手だけでも使おうかな」
 この際だ。62円でも勿体ない。
 「えっ、それ未使用ですか?」
 「そうですよ」
 「未使用なら、その記念切手は10万くらいで取引されてますよ」
 ふーん、何が幸いするか分からないもんだ。 しかしどうしてこんな物が10万もするのだろう。 確かに『大根の切手』というのは珍しいかも知れないが。
 「良かったらこれも譲りますよ」
 「それはどうも。傷は無いようですね。よく見させてくれませんか?」
 「どうぞどうぞ」
 俺は卦筒ごと手渡した。 骨董屋は封筒をかざしたり、虫眼鏡で切手を睨みつけたりして念入りに調べている。 さっきとは別人のようだ。
 「ほーお、こりゃ驚いた。とんでもない掘り出し物だ」
 「大根がどうかしましたか?」
 「いやいや、これは蕪です。大根ではありませんよ。 ほら、10何年か前に品種改良で『利狂徒蕪』と言う甘口の蕪が作られたでしょう。 それを記念して発行された切手なのですが、発行枚数が少なく、一般には出回っていないのです」
 ははあ、なるほど。 切手収集の趣味は無いので専門的な事は分からないが、 そういった類の物がコレクションとして高値で取引されることは知っている。 それなら10万くらいしても不思議ではない。
 「それで10万ですか。偶然手に入れた物なのですが、ハハ、儲かっちゃった」
 「いや、そうじゃないんです。これはエラー切手なのです。ほら、ここのところを良く見て下さい」
 骨董屋はそう言って切手の中ほどを指で示したが、地面から大根の、 いや蕪の葉っぱが出ているだけで、特に変わったことは見られない。
 「おかしな所は無いようですが」
 「はっはっは、素人の方には分からないでしょうね。この切手は地面から直接葉が出ているでしょう。 正規の『利狂徒蕪』では蕪の上都が見えているのです」
 この切手しか見ていない俺に分かろうはずも無い。 もっとも、正規の切手の中にこのエラー切手が交ざっていたとしても、俺には気がつかないだろうけれど。 専門にしている人は細かい所に気がつくものだ。
 「それだけのことで価値が違うのですか?」
 「勿論です。ほら、こちらと比べてみて下さい」
 骨董屋は奥から1冊のストックブックを取り出し、『利狂徒蕪』切手がある頁を開いて見せてくれた。 似たような切手が2枚並んでいる。
 「あれ、赤い蕪と白い蕪があるんですね」
 「そうです。赤が正規の切手で、白いのは色落ちのエラー切手です。 でもそれは結構出回っているので、未使用でも200万程度でしょう」
 へえ、紅白蕪合戦は白組の勝ちということか。
 「それで私の切手はどうなるんですか?」
 「この切手は凄いですよ。蕪が全然見えていない物は『未公開蕪』と言って超貴重品なのです。 今までにこのタイプのエラー切手は2枚しか発見されていませんから。 おそらく1億5千万は下らないでしょう」
 「ほげっ」
 もう言葉も出ない。しかし有りがたい臨時収入には違いない。 それにしても正直な骨董屋で助かった。編されたってこっちは全然分からないのだから。
 骨董屋に礼を言い、MZと切手とで2億円余りを手に入れた。 俺も驚いたが、骨董屋の方でも『こんなに安くて良いんですか』と驚いていた。
 
 2億円なんて俺には不釣合いな金額だし、骨董屋にもそれは分かっているようだ。 にもかかわらず俺が陰気臭い顔をしているので、不審に思ったようだ。
 初めて入った骨董屋に事情を聞かれても、最初は話すつもりは毛頭無かった。 しかし正直でもあり、何と無く親しみの持てる骨董屋だったので、 泥棒に入られてから今までのいきさつをみんな話してしまった。
 「ははは、貴方は馬鹿正直な人ですね」
 俺は骨董屋に、正直な人で助かりました、と礼を言ったのだが、相手は『馬鹿』を付けて返して来た。 しかし言われてみれば、確かに俺は馬鹿なのかもしれない。
 「今の世の中、そんなに正直にやっていたら暮らして行けませんよ」
 「そう言われても不器用なもんで・・・」
 「そのようですね。それにしてもあと20億となると、ちょっと苦労しますね」
 「苦労も何も、不可能ですよ!」  「ははは、相変わらずお堅い人だ」
 「じゃあ、宝くじでも当てろと言うのですか。それでも間に合いませんよ」
 俺は躍起になってかみついた。だが骨董屋は平然としている。 商売柄、感情を表面に出さないようになってしまったのだろうか。
 「まあまあ、貴方は今の世には珍しい人だし、パソコンと切手も快く譲って下さいました。 そのお礼という訳ではありませんが、私の友人を紹介致しましょう。 きっと貴方のお役に立てると思いますよ」
 「どんな会在なのですか」
 「いや、万相談所です。どんな会杜に勤めたって20億は無理ですよ」
 そりゃそうだ。一般杜員に20億支払う会杜なんてありっこない。 地上げ屋にしたって末端の人間では僅かな報酬しかないのだから。
 くよくよ考えていても仕方がない。 ともかくその『万相談所』とやらへ行ってみることにした。 骨董屋は自分のパソコンで『万相談所』の地図を打ち出してくれた。 骨董屋と言うと、何と無く古めかしいイメージがあったのだが、 かえってこういう商売の方が大量のデータを必要とし、パソコンを有効に生かせるのかもしれない。
 骨董屋は親切にも、電話を入れて俺のことを紹介してくれた。 相手も今は暇だから、早く行きなさいと言う。歩いても30分くらいの所だ。 俺は再び骨董屋に礼を言い、僅かな期待を胸にして『万相談所』に向かって歩き出した。
 何と無く、うまく行き過ぎているような気もする。 ひょっとしたら騙されているのでは無いだろうか? 最近は人間不信・社会不信に陥っている俺はそう考えた。 しかしここで騙されたところで大勢に影響はない。 どうせ20億なんて出来っこないのだから。 何はともあれ行ってみるしかない。
 
 予定よりも若干時間がかかったが、そう苦労することも無く目的地は見付かった。 細長いビルの3階で、見た目はぱっとしない事務所だ。
 「やあやあ、お待ちしていましたよ」
 事務所同様にぱっとしない、骨張った小柄のおやじが出て来た。
 「どうも、お世話になります」
 「どうぞ入って下さい。お話は伺いましたよ」
 先程の骨董屋が、俺が出てから再び電話を入れ、詳しい話をしたらしい。
 「はっきり言って、貴方には20億の金なんて作れないでしょう」
 「はあ、その通りで」
 「それでどうするんです?」
 「どうしようも無いですよ」
 俺は半ばやけっぱちになって、掃き捨てるように言った。
 「まあまあ冷静になって下さい。大丈夫ですよ。私に任せて下さい」
 相談屋は、こんなことは朝飯前、と言うような顔をしている。
 「あなたは初めてでしょうが、こんなことはしょっちゅうなんですよ」
 「で、なんとかなりますか?」
 「勿論です。金額も安いことだし、簡単ですよ」
 へーえ、そんなもんかねえ。20億って安いのか!
 「簡単と言われても、泥棒はやりませんよ」
 「はっはっは、泥棒も簡単ではないし、20億も盗めないでしょう」
 それもそうだ。ぼーっとしているようで、急所は押えている。
 「儲けようとしたら、やっぱり3次産業になるのでしょうねえ」
 「いやいや、今は4次産業の時代ですよ」
 「4次・・・ですか?」
 「そう、第4次産業です。初めて聞きましたか?」
 田舎暮らしの長かった俺にとっては、当然のごとく初めて聞く言葉だ。
 「はあ、やはり泥棒か何かですか?」
 「違いますよ。訴訟で食べて行く人達のことです」
 「訴訟?裁判の訴訟ですか?」
 「そう、その訴訟ですよ」
 訴訟で食べて行くなんて、一体どういうことなんだ。
 「訴訟で食べると言われても・・・」
 「なーに、難しいことはありませんよ。 何でも良いから落ち度のある人間を見付け、裁判所に訴える、それだけのことです」
 「じゃあ、たかりですか?」
 「とんでもない!裁判所が公正な判定を下す訳ですから」
 それはそうかも知れないが、何と無くすっきりしない。
 「でも、落ち度のある人間なんて、そんなには居ないでしょう?」
 「なるほど貴方は馬鹿正直な人だ。 私に言わせれば粗探しなんてWINKの見分けをするより簡単なことです。ご心配無く」
 何ちゅう喩えをするおやじだ。 しかし自慢じゃ無いが、俺は未だにWINKの見分けが出来ないのだ。 果してうまく行くのだろうか?
 「でも私はそういう目利きは全く駄目でして」
 「はっはっは、分かっていますよ。貴方は馬鹿正直ですからな」
 「やはり無理ですか?」
 「大丈夫です。任せて下さい」
 相談屋は自信たっぷりだ。こういうことには慣れ切っているようだ。 他に20億もの金を作る当ては無いし、乗り掛かった船だ。任せるしかない。
 「よろしくお願いします」
 「一応20億を目標とし、私への報酬は1億と言うことで良いですかな」
 「はい、それでお願いします」
 先程の骨董屋といい、この相談屋といい、俺の常識とは掛け離れている。 だが話の様子では俺の方が世間知らずのようだ。 そもそも、泥棒に入られて20億もの金を要求される事からして、俺の常識では到底理解出来ない。 後はもう、この相談屋に任せるしか手段は無いようだ。
 
 翌日、小柄の中年男が俺のアパートを訪ねて来た。昨日の相談屋だ。
 「事件当時のことを、もう少し詳しく話して下さい」
 そんなに複雑な話ではない。覚えているままに話をした。 相談屋は聞き終えると庭の方へ降りて行き、何やら調べ出した。 相談屋は庭の隅々は勿論、道路まで出て色々調べていたが、15分ほどで戻って来た。
 「何か分かりましたか?」
 「はっはっは、これなら楽勝ですよ」
 楽勝と言われてもさっぱり見当がつかない。同じ光景を毎日見ていたというのに。
 「まずはあそこを見て下さい。ほら、脚立があるでしょう」
 「はあ、あの脚立が何か?」
 「泥棒はあの脚立を使ってここまで上がって来た訳です」
 「そうかも知れませんね」
 「だからあの脚立が無ければ、泥棒は2階まで上がれなかった訳ですから、当然怪我もしなかったことになります」
 「・・・・・」
 「明らかに脚立の管理が不十分です。訴えれば確実に勝てますよ」
 俺はあっけに取られたままだ。
 「次に塀のそばのゴミ箱を見て下さい」
 「あれも関係あるのですか?」
 「勿論です。あのゴミ箱があればこそ彼は犯行に及んだのです。 ゴミ箱を利用して塀を乗り越えるという逃走経路が無ければ、彼は犯行を諦めたはずです。 あのゴミ箱の所有者も訴えましょう」
 「・・・・・」
 俺はもう言葉も出ない。だが相談屋の口は止まらない。 最終的には訴訟件数は18件にも上った。これが「プロ」と言うものか!
 
 一通り話を聞いたところで、相談屋の事務所に行って書類を作成することになった。 賠償金の合計は80億円余りだ。相談屋の話では3割は堅いだろうと言うことだ。 その通りになれば俺の首もつながる訳だ。
 相談屋の事務所に行くために、俺は相談屋の後を静かについて行った。 歩き慣れた道のはずなのに、小柄な相談屋の頭越しに目につく看板は、何かしら違っている。 そう、見慣れているはずなのに、やたらと目に入って来る看板がある。
 ○○法律事務所、△△法律相談所、××訴訟代理店・・・
 今までは気が付かなかったが、これ程までに多いとは!
 確かに俺が世間知らずだったのかも知れない。 糞真面目に働くことしか能が無かったのだから。 だが、こんなに訴訟ばかりで、世の中はどうなるんだろう?
 金儲けのための訴訟訴訟で、まともに働く人間がいなくなったらどうなるんだ。 なんだかんだと言っても、1次産業や2次産業が無かったら生活出来ないではないか。 俺は恐る恐る、相談屋に尋ねてみた。
 「はっはっは、心配はいりません。まだまだ貴方みたいな人が大勢いますからね。 今度の訴訟で貴方も億万長者ですよ。今のうちに稼いでおくことです」
 なるほど、これが現実的な考え方か。今の自分の利益だけを考えるのが。 俺は空を見上げて独り言のようにつぶやいた。
 「恐怖の訴訟杜会・・・か」

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