ナオくんと小さなおともだち
「わあ、大きなキャベツ」
ナオくんはお母さんがかってきたキャベツを取り出して、大きな声で言いました。
でもよく見ると、そのキャベツはあちこちに小さな穴がありました。
「あれえ、キャベツに穴があいてるよ」
「このキャベツはのうやくを使っていないから、虫がたべちゃったのよ」
ナオくんはキャベツをしらべましたが、虫なんてどこにもいません。
「ねえ、どんな虫がいるの」
「知らないわよ。どうせへんな虫でしょ」
「虫がいたらどうするの」
「くず入れにすてちゃって。お母さんお仕事に行くから、おるすばんしててね」
ナオくんのお母さんは、近くのスーパーでパートの仕事をしていました。
だからようちえんからかえってきたナオくんは、いつもひとりでおるすばんです。
ナオくんのいるおへやはマンションの十階にあります。
ながめはとてもよいのですが、ナオくんはこのおへやがあまり好きにはなれませんでした。
おともだちのマリちゃんのおうちには、せまいけれどもお庭があります。
お庭にはいろいろな木や草花がうえられていて、いつも小鳥や虫たちでにぎわっています。
そんなすてきな庭のあるマリちゃんを、ナオくんはいつもうらやましく思っていました。
ナオくんのお母さんもお花が好きなので、ベランダにはたくさんのうえきばちがあります。
おとなりのおばさんは花が咲くとほめてくれますが、
ナオくんには花たちがさみしそうに思えてなりませんでした。
マリちゃんちのお花は、虫たちとあそんでいてとても楽しそうでした。
でも高い所にあるナオくんのベランダには、虫はとんできてくれません。
だから花たちは虫とあそぶことができないので、いつもさみしそうに見えるのでしょう。
ひとりぼっちになったナオくんは、大きなキャベツをもってベランダへ行きました。
日だまりにこしを下ろしたナオくんは、穴のあいたキャベツを見ながら思いました。
「本当に虫が食べたのかなあ」
ナオくんははっぱを一枚めくってみましたが、やっぱり虫はいませんでした。
穴のあいたはっぱをながめているうちに、ナオくんはだんだんねむくなってきました。
春の日ざしはおだやかだし、風もないのでぽかぽかとあたたかかったからです。
「ナオくん、おきて。あそぼうよ」
だれかがナオくんをよんでいます。
「ねえナオくん、目をさましてよ」
小さな声ですが、たしかにだれかがよんでいます。
ナオくんはぼんやりと目をあけてあたりをみまわしましたが、だれもいませんでした。
へやはマンションの十階だし、ドアにはかぎがかかっていますから、
だれも入れるはずはありません。
「ほらほら、ねぼけてちゃだめだよ」
どうやらその声は、ナオくんがだいているキャベツからきこえてくるようです。
おかしいなと思ったナオくんは、キャベツをもち上げてにらみつけました。
するとはっぱにあいた穴の中から、見たことのない小さな虫がかおを出していました。
「ぼくをよんだのはきみかい」
ナオくんはふしぎに思いながら、その小さな虫にたずねました。
「そうだよ。さっきはびっくりしたぜ」
虫にそんなことを言われても、ナオくんには何のことか分かりません。
「えーっ、どうしてだい」
「だって、あやうくくず入れにすてられちゃうところだったからね。
あわててはっぱのうらがわにかくれたんだよ」
その小さな虫は、ナオくんとお母さんの話をきいていたのです。
「ところできみはだれなんだい」
「ぼくかい、ぼくはモンシロチョウさ」
その虫はじまんげにこたえましたが、ナオくんには信じられませんでした。
「きみがチョウチョだって、うそだろう」
「うそなんて言わないよ」
はっきりとは分かりませんが、その虫はなんだかおこっているようです。
でもナオくんには、どうしてもその虫がチョウチョだなんて思えません。
「だって、羽のないチョウチョなんて見たことないよ」
「それはぼくがまだこどもだからさ。おとなになればきれいな羽がはえてくるのさ」
「へーえ、そうだったの」
ナオくんがかんしんしたようにこたえると、その虫はきげんをなおしたようで、
キャベツを食べ始めました。
「あのね、そのキャベツはぼくのお母さんがかってきたのだから、
ぜんぶ食べちゃあだめだからね」
ナオくんが気になってちゅういすると、その虫はまたおこったように言いました。
「何言ってんだい。そんなに食べられるわけないだろ。
それにぼくはこのキャベツが畑にあるうちから住んでいるんだぜ」
そう言われてみると、ナオくんもそのとおりだと思いました。
「そっかあ。そのキャベツは、きみのおうちなんだね」
またきげんをなおした小さな虫は、だまってキャベツを食べつづけています。
「ねえ、きみはいつになったらおとなになれるんだい」
ナオくんはキャベツにかおを近づけて、じゃまをしないようにそっと言いました。
「こうやってどんどんキャベツを食べれば、もうすぐだよ」
小さな虫は言いおわると、ものすごい早さでキャベツを食べ始めました。
ナオくんは、こんな小さな体で、
どうしてこんなにたくさん食べられるのだろう、と思いました。
「食べた食べた。ねえ、ぼくをあのお花の所にうつしてよ」
あんなにたくさんキャベツを食べたというのに、その虫はちっとも大きくなりません。
ナオくんはふしぎに思いましたが、言われた通りに虫をうつしてあげました。
「ぼくがいいと言うまで、ぼくの体にさわらないでね」
小さな虫はどんどん上の方へ歩いていき、先のとがったおかしな形にかわりました。
ナオくんがおどろいていると、その中から何かがかおを出し、
あっというまに白いチョウチョになりました。
「やあ、またせたね」
白いチョウチョは羽をふってナオくんにあいさつしました。
「おどろいたなあ。本当にきみはチョウチョだったんだね」
「うそなんて言わないさ。それじゃあぼくはお花とあそんでくるからね」
チョウチョは羽を広げると、お花にとんでいってみつをすい始めました。
さっきはさみしそうだった花たちも、今はとってもたのしそうに見えます。
マリちゃんちの庭で見た花と同じように、
ベランダの花たちもチョウチョとあそびたかったのです。
元気になったお花を見て、ナオくんもうれしくなってきました。
そしていつのまにか、またナオくんはねむってしまいました。
「ナオくん、おきなさい」
お母さんの声です。もうお日さまもしずんで、まどの外はうすくらくなっていました。
「キャベツをだいたままねちゃうなんて、おかしな子ねえ」
目をさましたナオくんは、あたりを見まわしてお母さんにたずねました。
「あれえ、チョウチョはどこへ行ったの」
「チョウチョ?チョウチョなんてどこにもいないわよ」
ナオくんはお花の方を見ましたが、さっきは元気だった花たちも、
今はとってもさみしそうでした。
「お母さんお夕食を作るから、そのキャベツかえしてね」
エプロンをつけてナオくんの所にやってきたお母さんは、お花を見て言いました。
「なんだか元気がないみたいねえ。ちゃんとお水をあげているのに」
ナオくんがお母さんにキャベツをかえそうとしてよく見ると、
そこには小さな虫がいました。
さっきチョウチョになってお花とあそんでいた、あの小さな虫です。
「あれえ、元にもどっちゃったの」
ナオくんは虫にはなしかけましたが、へんじはありませんでした。
「ほらほら、キャベツとお話なんかしてないで、早くお台所に持ってきてね」
今度はお母さんにきこえないように、小さな声でもういちど虫にはなしかけました。
でもやっぱりへんじはありませんでした。
「ナオくん、何やってるの」
またお母さんの声です。ナオくんは虫のいるはっぱをもぎとってから、
キャベツをお母さんにわたして言いました。
「あのねお母さん、お花はぼくが元気にしてみせるよ」
「そーお、ありがとね」
お母さんはナオくんの言うことをしんようしていないようですが、
ナオくんには自信がありました。
虫のいるはっぱをもってベランダに行き、そっとねもとにおきました。
「これでだいじょうぶだよね」
お花はへんじをしませんでしたが、
ナオくんにはお花がうれしそうなかおをしているように思えてなりませんでした。
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